第96話 赤蟻


「『パラライズアロー』。よいしょっと」



 弓を使って蟻と戦い始めてから分かった事が2つある。


 1つは、蟻は麻痺属性の耐性が低いという事。

 『ポイズンアロー』や『スリープアロー』を当てても1回では状態異常に陥らなかったのだが、『パラライズアロー』は1発で麻痺状態になる。

 麻痺状態になったら当然動かなくなるので、そこに普通の矢を放つなり斧で攻撃するなりして状態異常が終わる前に倒してしまえば、1対1の戦闘は楽に終わる。


 そして複数体出てきた場合…といっても、2体までしか同時に出てきたことがないので3体以上になるとどうなるか分からない。

 2体同時に出てきた時は、最近手に入れた『バーサークアロー』というアビリティを発動して矢を当てれば蟻同士を仲間割れさせられる。

 『バーサークアロー』で付与出来るのは「狂化」という状態異常だが、エニグマが使っていた『狂化バーサーク』は違いステータスや見た目に変化はない。モンスターに当てれば最も近い生物を攻撃するようになる、という効果のようだ。

 モンスターを一時的に仲間に出来る訳でもないので1対1で使っても意味はないし、2体を一緒に相手している最中でも少し難しい。ベストは会敵した直後、2体が同時にこちらへ向かってくる瞬間に『バーサークアロー』を撃つこと。

 同じ種族とはいえ攻撃されているのに黙っていることはなく、攻撃された蟻も反撃する。結果、仲間割れして片方が死んだ頃にはもう片方も瀕死なので、そこに『パラライズアロー』を撃って安全に倒したり普通の矢を放ったりで終わりだ。




「採掘も順調だし、案外1人でも来れるなー」


 戻る道を覚えてない事以外は順調。

 むしろ、最初から死んで帰るのを前提にしているため全て順調と言っても過言ではない。


 死んで帰る、とは言っても自分から死にに行くのではない。行ける所まで行ってそれで死んだら鉱山の探索は一旦中断しよう、という考えなだけだ。

 だから当然出てくる蟻は倒すし、死なないなら次から次へ採取ポイントへ向かって採掘を行い、ガンガン進む。


 それで問題なのが、このままだとあんまり死ななそうな事。


 蟻との戦闘だって最初の数回、対処法を見つけるまでは危ない場面もあったが、それ以外は何事もなく倒せるようになった。

 この調子で行けば、かなり深くまで行っても死なないかもしれない。


「…まあ、ボスとか居るだろうしそこで死ぬかな」


 モリ森ですらダンジョンで、クマがボスとして居るんだし、鉱山なんて分かりやすい範囲があるんだからダンジョンだっておかしくない。というか森でダンジョンなんだから鉱山もダンジョンだろう。

 蟻が出てくるからボスは女王蟻とかかな。




 そうして数十分、蟻との戦闘や採掘を繰り返しながらかなり進むと、通路の壁にあったランタンが無くなった。


「暗いって…」


 ベルトに引っ掛けていたランタンを掲げて道を照らすが、自分の付近しか見えない。

 懐中電灯のように一方を照らすのではなく、周囲を照らすランタンの光では先が見にくい。懐中電灯かそれに類似する物があったら買おうか。無かったら作るのも検討してみよう。


 ランタンを掲げる事で片手が塞がるため、戦闘にも影響しそうだ。この場合は左手でランタンと弓を持って右手で矢を番えて放つか、戦闘中だけランタンをベルトに引っ掛けるか、かな。

 ただ、この暗闇の中だとランタンと弓を同時に持つ方が弓を構える時に手を前に出す関係で光も少し前の方に行くので、多くの情報が得られる。

 でも弓と一緒にランタンを持つと狙いがブレたりするかもしれないしなぁと悩んでいると、カサカサという音が聴こえた。


 反射的に弓を構えた結果、やはり左手にランタンと弓を持つ形になったのでもうこれでいいやと諦め。


「前の方…見えないな。でも音は1体かな、『パラライズアロー』…」


 矢を番え、『パラライズアロー』を発動していつでも放てる準備を整えておく。

 これまでは壁にランタンがあったから薄暗いとはいえ前方を視認出来たけど、今は光が自分の持つランタンしかないので前も後ろも見えない。音が大きくなってきて、近付いているとは分かっても正確な位置を把握出来ないので、もし外したらと思うと適当に撃つのも危ない。


「……っ!」


 左手のランタンが照らす光の範囲に蟻が入ってきた瞬間に番えた矢を引き絞り、放つ。

 弓から放たれた矢は見事にありに命中したが、その動きは止まらない。


「はっ!? 何でさ! 『クイックアロー』!」


 麻痺を与えられなかった事に驚きつつも続けて矢を放ち、HPがまだまだあるのを確認して矢筒から取り出す矢を鉄製の物に変える。

 壁にぶつからないように回避したり、バックステップで距離を取ってから矢を放つというのを何回か繰り返してようやく倒せた。


「なんだこいつ…」


 消えていく蟻をよく見ると、色が少し違う。これまでは黒だったのが、ほんのちょっとだけ赤みを帯びている。

 ドロップアイテムも「バトルアーマーアントの甲殻」になっている。


「バトルアーマーアント…戦闘用の種族って事かな」


 戦闘服かと思ったけど、戦闘服の英語はバトルドレスだったような。



 それはそれとして、ここにバトルアーマーアントが出てきたって事は今後も同じ蟻と戦うんだろう。

 今まで『パラライズアロー』で楽に倒せていたのが一転、麻痺が効かないとなるとスムーズな戦闘が出来なくなる。


 何回か戦って色々試したいけど、アーマーアントを基本種族としてバトルアーマーアントに進化したとかなら毒や睡眠も効かなそうな感じはする。完全に別種族ならまだ、まあ…って感じ。

 戦闘に特化した蟻なら状態異常は全体的に効かなそうだけども。


「一応試してみるけど…『バーサークアロー』が効かなかったら面倒だなぁ」


 この狭くて暗い通路で2体以上を同時に相手するのは厳しそうだ。しかも強化個体だし。



 暗くなっても採取ポイントは近付けば光って場所を教えてくれるようで、ピッケルで採掘を行い、素材を回収する。


「採取ポイントくん、もうちょっと主張強くても良いんだよ」


 そうすれば離れていても分かりやすいし、その前を蟻が通った場合に光の1部が消えるから蟻が来てるって分かる。

 多分、そう思っての近付かないと光らないシステムなんだろうけども。


「さてと、再開ーって!」


 ピッケルをしまい、弓を取り出してベルトに引っ掛けていたランタンを手に持って探索を再開しようとすると、すぐ近くまで蟻が来ていた。

 どうやらピッケルで掘る音で蟻の足音に気付けなかったようだ。


「『ポイズンアロー』!」


 反射的に距離を取りながら、矢を番えて『ポイズンアロー』を発動して放つ。

 当たった矢の分のダメージは通ったみたいだが、それ以上は減らない。毒も1発では効かないらしい。


「『スリープア──ったい!」


 続けざまに『スリープアロー』も使おうとしたが、発動の前に蟻に接近されて噛まれてしまった。

 危惧していた防御力の低さはやはり心配していた通りのようで、一撃でHPが全損して死んだ。







「…ですよねー」


 サスティクにあるクランハウスで復活し、呟く。

 どうにも手が足りない。ランタンを持つ手とピッケルで採掘する手、弓を使う手2本。合計4本くらいは最低限必要だ。更に言うなら近接攻撃を行う手とかも欲しい。


「まあ、収穫の方が多いしいっか」


 どうせ素材が足りなくなったらまた行くだろうし。それまでに色々便利に探索出来るように準備しよう。



 自室に戻って手に入れたアイテムの確認を行う。


 前回手に入れて結局そのままの鉱石類、銅や鉄は今回の探索で入手した分を加えると、個数で言うとそれぞれ500個くらいはある。

 ただ、中にはレアな物もあるようで100にも満たない物や数個しか無い物もある。


 100個にも満たない物は金鉱石や銀鉱石。銀は前の探索でも手に入れていたが、それでも少ない。逆に金は前回は手に入れてないけど、今回で銀と同じくらい集まった。

 おそらく、金は一定以上進まないと出現しなくて、銀はそこまで進まなくても出るけど少ないとかだろう。


 数個しかない物は鉱石というより宝石のようで、ルビーやエメラルドなど。これに関しては本当に使い道が分からない。けどキラキラしてるからとっておこう。


「で、岩が300個近くと」


 正体不明な岩が前回のも含め300個を超えている。これの中身は魔石だったりクリスタルだったりと、福袋みたいな感じだ。


 …福袋みたいに簡単に開けられれば良いんだけども。


「取り出すの面倒だなぁ…」


 1個1個、岩の中のどの辺にあるか分からない魔石や宝石、クリスタルなどを端から削っていって取り出すという作業が待っている。

 何が辛いって、1個に使う時間が多いのに量も多いのだ。ここの作業が1番辛い。


「誰かと話しながらやるかぁー」


 とは言っても、作業しながら適当に流したりしても大丈夫な相手というとエニグマかアズマくらいしかいないわけだが。

 ……いつもと大して変わらないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る