第97話 錬金ラボ


 結局アズマとエニグマの両方に声を掛けたが、アズマは別のことをやっているので来ない。

 エニグマは暇らしいのでクランハウスのホールで適当にだべりながら、バジトラの鉱山へ向かう途中で買った岩を削る道具を使い作業をしている。エニグマは掲示板を閲覧しているようだ。


「やっぱ公になってる情報にはねぇわ、『夢見る者ドリーマー』って称号」


 急に何を言い出すのかと思ったが、前に『モチモチな餅の気持ち』についてと一緒に話した夢幻世界の事か。

 ヒュプノスさん曰く、あの世界は『夢見る者ドリーマー』という称号があれば行ける。だがその称号の情報は公開されてないらしい。


「僕も持ってないけどね」


「そこなんだよな、お前が持ってないのに行けたって事は条件が違う。ヒュプノスの言ってることが真実だとして、それとは別の条件を満たせば行けるかもしれんってのが悩み所だ」


 ヒュプノスさんの言動を思い返してみる。

 夢幻世界で合流して、「人が居るのは珍しい」と言った。その後に『夢見る者ドリーマー』なんだね、と決めつけるように言ってきた。


 珍しい、という事は夢幻世界でヒュプノスさんと会った人は僕が初めてではない?

 僕より前にヒュプノスさんと夢幻世界で会った人が『夢見る者ドリーマー』の称号を所持していたからそれが条件だと思っている…とか。

 だとしても僕が夢幻世界へ行けたのは謎のままだ。称号が関係しているとしても、僕は夢に関わる称号は持っていない。


「夢の世界に関してはお前が鍵になるからな」


「…なんで?」


「行けたのがお前だからだよ。ヒュプノスは『眠りの神ヒュプノス』の称号を持っていてもそれをいつどこでどのように手に入れたかは分からない。その点、夢に関わりが無さそうな称号しかないお前が再現性を見つければ俺とかでも行けるようになるかもしれんだろ」


「なるほど」


 しかし行けた理由に心当たりはない。ヒュプノスさんと一緒に寝たという事以外はいつもと変わらない感じだった。

 ……ということはヒュプノスさんと一緒に寝れば行けるとか?


 それをエニグマに言ってみると、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「流石に一緒に寝ろってのは俺は無理だな。頼んだぞ」


「え? それ僕に言う?」


「ヒュプノスがお前を気に入ってんだからいいだろ」


 良くはないね。精神面とか色々。


「ま、それは気長にやってくれれば良い」


 でも確かヒュプノスさんと一緒に寝たのは昨日が初めてじゃない筈だ。前にも、湖底遺跡がある湖の近くで眠ってしまった事があったけど、あの時は夢幻世界に行っていない。


 昨日と前のを比べて、何か変わった点はあるか。

 当然だが、レベルは上がったしスキルや称号も増えた。だが現状ですら夢幻世界には関係なさそうな物しかないので、これは関係ない。

 逆に、ヒュプノスさんが変わったという考え方もある。前に湖で寝た時は『眠りの神ヒュプノス』を持っておらず、昨日は持っていたなら、僕が夢幻世界へ行ったのは『眠りの神ヒュプノス』の効果である可能性が出てくる。

 あるいはずっと前から持っていたが、運が関わってくるとか。


 …この2つのどっちかな気がしてきた。


「他に話すことあるか? なんか聞きたい事あったら聞いてくれてもいいが」


 考えても分からないので、ヒュプノスさんが『眠りの神ヒュプノス』をいつ手に入れたのかは暇な時に聞いておこう。


 今はエニグマの話に思考を切り替える。


「…そうだ、錬金術の新しいアビリティを覚えたんだけどさ、「分解キット」ってアイテムが必要らしいんだよね」


 師匠の家に行った理由の1つだった。師匠が床で寝てたりカメラの事を聞いてきたりしたせい…というかちゃんと覚えようとしてなかったからすっかり忘れていたが。


「いや知らん知らん知らん。生産キットが無いなら施設買えよ」


「お金無いけど。錬金ラボ15万ソルもするよ?」


「それなら貸してやるから買え」


 貸してくれるのか、15万。金持ちだな。


 エニグマはインベントリから皮の袋を3つ取り出して渡してくる。受け取るとずっしりした重みがあり、自分のインベントリに収納すると所持金がピッタリ15万ソル増えていた。


「何? 富豪?」


「色々な。はよ買え」


 急かされたので岩からクリスタル類を取り出す作業を一旦中止し、立ち上がってホールの受付パネルの前まで移動する。

 パネルの前に立つと画面が表示され、そのうちの「設備カスタム」を開いて、薄暗く南京錠のマークが付いている「錬金ラボ」を選択する。


【生産施設:「錬金ラボ」の開放には15万ソルが必要です】


 開放しますか、という質問の下に用意された「はい」という選択肢を押す。


【「錬金ラボ」が開放されました】


 しばらくパネルを眺めていると最初の画面に戻った。


「開放出来たよ」


「先に行ってろ」


「はいよー」


 言われた通りに、水晶から「錬金ラボ」を選択して転移する。


 移動してきた錬金ラボを見て、最初に浮かんだ感想は理科室のような場所だな、と。

 地面と繋がって固定されている机が3個ある。ガラス棚や本棚もあるが、中には何も入っていない。

 床や壁は木製、机は金属と木が使われていて、プラスチックなどは見当たらないため、現代の理科室っぽくはない。そこも含めあくまで第一印象だ。


 後ろを振り返り、錬金ラボのパネルは何が出来るのかなと弄ってみると、錬金術の生産キットや素材の購入が出来るようだ。


「あとでカスタムも見とこ」


 カスタムにどんなのがあるか気になる。でも買えるかは別。


 錬金ラボの中をぐるーっと1周歩いて元の位置に戻ってくると、遅れてエニグマがやってくる。エニグマは鍵穴のついた大きな箱を抱えている。現実では1人より2人とかで運んだ方が良さそうなほど大きいサイズの箱だ。

 その箱をパネルを挟んで転移のための水晶と対になるような形で置き、位置を調整する。


「何それ」


「保管庫へのアクセス権と保管庫のフォルダ作成権」


 何を言ってるのかさっぱり分からない。

 エニグマも僕が理解出来てない事は理解しているようで、箱の前でメニューを操作していると思われる動作をしながら説明してくれる。



 どうやらこの箱は、教会からクランハウスへ無料で転移出来るようになると言われて渡した鍵を持っている人のみが使える、保管庫に行かなくても保管庫のアイテムを取り出したり保管庫にアイテムを入れたり出来るらしい。ただしクランハウスかその施設の中限定で。

 錬金ラボなどの生産施設は、生産を行った時に作ったアイテムの品質などを多少補正する効果がある。錬金ラボを開放したから僕がここでアイテムを作るだろうと箱を設置してくれた、とのこと。


 箱にはもう1つ機能があり、箱を設置した数だけ保管庫にフォルダを追加出来る。元々保管庫にはアイテムを入れる数の上限は無いが、フォルダを作る事によって目的のアイテムを探しやすくなる効果がある。

 今回は2個目の設置らしく、フォルダの合計数は2つ。エニグマに言われて見てみると、「売ってもOK」と「錬金素材」がある。

 この「売ってもOK」はぐれーぷさんの店に設置してある箱で作ったフォルダで、名前の通り商売に使っても良いという物が入っているようだ。

 もう1つの「錬金素材」は今設置した箱で作ったフォルダ。これも名前の通り、僕が錬金術で使うためとか、使えそうな素材を入れてくれるらしい。既に毒草や水入り瓶、ケムリの実などが入っている。


「めっちゃ高性能」


「だろ。これからはここも有効に使えよ」


 そう言ってエニグマは錬金ラボの中を右から左へ見渡す。


「…ここ椅子ねぇの?」


 椅子を探してたらしい。だが僕が錬金ラボを歩いて1周した間では椅子は見かけていない。


「無いんじゃないかな」


「…戻るか」



 水晶からホールへ転移し、先程使っていたテーブルへ向かって、さっきと同じように座る。

 そして僕はまた岩からクリスタル類を取り出す作業に入り、エニグマはまたメニューを操作している。


「あー、他に聞きたい事とかあれば言っていいぞ」


「聞きたい事…? クランの名前が結局どうなったかとか?」


「決まってねぇよ」


 まあ、そうか。決まってたらクランメニューの名前が「未定」から変わってるだろうし。


「じゃあエニグマの名前の由来とかは?」


「名前の由来か?」


「うん、僕とかアズマは本名から取ってるけど、エニグマは違うじゃん?」


「そうだな…最近、ここ2、3年くらいは大体のゲームでこの名前を使ってるからだな。前は意味がカッコイイとかで「スティグマ」って名前を使ってたんだが」


「スティグマ…。どういう意味?」


「汚名とか聖痕とかだった気がするな。そんで使ってて厨二くさいと思って語感が似てるエニグマに変えた」


「へぇー…。エニグマにも意味があるの?」


「あぁ、謎って意味だな」


 謎。それ別にスティグマとそう大して変わらないような気もする。

 というか、エニグマにもちゃんと意味があったのか。何かのクマの種類かと思ってたけどそうでは無いらしい。


「このゲームにも居るかな、スティグマさん」


「語感だけで名前付ける奴もいるし、居なくはないだろうな」


 …現実にはいなくても、ゲーム内でスティグマとかエニグマって名前のクマが出てきてもおかしくはないかも。


「他には…恋愛観の話でもするか?」


 いきなり何を言い出すんだエニグマは。


「恋愛観?」


「そうだ。災厄に見舞われどうすれば良いか分からない、っていうお前を導く恋のパペットになってやる」


 キューピットじゃないのか。何だよ恋のパペットって。


「別に恋愛するつもりないよ?」


「はい話題終了」


「えぇ…」


 変な形の話題の振り方だったから断っても強引に話してくるかなーと思ったけど、そうでもないらしい。本当に何なんだ。


「ま、色々変わって分からんこともあるだろうしな。そういうのもある程度は知識あるから聞いてくれていいぞ」


「無難で後悔しない生き方」


「それは俺も知りたい」

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