第73話 概念って?


 訓練所から自室へ戻り、ベッドの上で何をするでもなくただ天井を見ていた。

 腕と頭が痛かったから休憩していたが、とても暇だった。それで暇潰しにステータスを眺めていたら、称号の下に「状態異常」という項目を見つけた。いつもはこんな項目ないのだが、名の通り状態異常がある時のみ表示されるようだ。

 その状態異常に表示されていた内容は「筋肉痛」と「頭痛」。

 うーむ、何回見てもリアルな状態異常だ。


 リアルと違う点は明確な制限時間があること。ベッドで寝転がっているうちにその時間が終わり、「別に筋肉痛なんてありませんけど?」みたいな感じでスっと治った。

 思考加速のスキルを試した時は負担が大きいから頭の痛みが強くなったのかと思ったけど、情報量が増えて頭痛の状態異常に引っかかっただけだった。


「ふぃー…何しようか」


 頭痛も腕の痛みも無くなった所で次に何をするか考える。


 なんか色々とあったせいで課題が増えて、前からやりたいと考えていた事が出来てない気がする。ガスマスクとかガスマスクとかガスマスクとか。

 でも別に作れるようになったというのは断じてない。機構を再現するのは僕では難しいから、見た目だけ再現して魔術を使うにしても、毒を無効化する魔法陣は作れてないし。


 …いや、作れば良いのか。

 なら作ろう。頑張って考えれば案外なんとかなる事は多いし、今回もそれに期待しよう。


「毒無効…」


 同期と魔法陣を強化する魔法陣を作った時を参考に、イメージから逆算して考えるのがいいだろう。

 そういえば強化の魔法陣もまだちゃんと試してない…。でも今はいいや。


 毒を無効にするイメージって何だろう?

 理科で、特定の生物には毒素を分解する器官か何かがあるって教わったような。人間で言うと…アルコールを分解する肝臓とか? アルコールは毒という程有害でもないけど、分解するなら肝臓が近い。

 でも、肝臓を描いても毒を分解する魔法陣になるかと問われるとそうでもない気がする。むしろ魔法陣として成立するかすら怪しいものだ。

 …それ以前に、肝臓がどんな形をしているか覚えてないからどうせ描けない、というのもある。


 じゃあ肝臓はなしだ。他のを考えよう。

 だったら毒を解除する魔法陣…例えば毒属性に反転する要素で毒を打ち消す物を作り、同期や強化と同じように魔法陣の中に「継続」の効果を持たせる魔法陣を描く事で毒を無効化し続ける…とか。

 だがこれを実現するには問題点が2つ。1つはまず毒を解除する魔法陣を作り、更に継続効果を与える魔法陣も作る必要がある。

 この前提を満たした上でもう1つ。そんな魔法陣なんて、絶対にMPのコストが高いのだ。1秒にどれだけのMPを持っていかれるかなんて予想がつかない。


「戦闘中に無くなる可能性がある…から無理かなぁ」


 もし作れたとしても、戦っている最中に魔法陣に先込めしたMPが切れたら今度は僕のMPを吸い始める。MPが尽きたら今度はHPを吸われる。

 外せる状況ならそうするが、毒無効の魔法陣を付けているって事は毒煙玉の中にいるか敵が毒を使うかだ。どうせ外せる状況にはいない。


 うーん…。

 僕がMPを込めなくても魔法陣に勝手に供給されるシステム、心当たりはあるっちゃある。師匠から貰った、ずっと身に付けているネックレス。「黄昏の首飾り」だ。

 このネックレスは中央の白い宝石の中に魔法陣があり、周りの複数の色の宝石からMPが供給される。宝石のMPはそれぞれの条件に合った環境に居れば勝手に回復するという優れもの。

 しかしこれもこれで分からない事は多い。まず宝石の中に魔法陣を入れる方法が分からないし、どうやって宝石からMPを供給するのか、宝石は何処で手に入るのか。



 分からないなら作ったであろう本人に聞こう、という事で師匠の所へやってきた。


「師匠ー?」


 いつもは師匠の家の玄関を開けたら姿が見えるのだが、今日は見えない。前に街へ買い物か何かで出掛けていた事があったけど、今回もそれだろうか。

 師匠が僕に気付こうが気付かなかろうが、勝手に入っても文句は言われないので入る。


 家の中のいつもと違う点と言うと、積み上がっていた本が崩れて床に落ちている事くらいだ。

 とは言っても、師匠の家は本がめっちゃ多くて何十冊も積み上げている本のタワーが何個もある。その本に頻繁に引っかかって崩れるけど、師匠は戻す時と戻さない時があるのでこの光景は割とよく見る。


 …でも今日はかなり酷いな。


「片付けておくか…」


 本の数から見るに、結構な数の塊に連続で引っかかっている。出掛けようとしてたから積み上げるのが面倒でそのままにしたのかな。

 いい加減本棚買えば良いのに。

 散らばっている本を拾い上げ、近場に積み上げていく。


 なんか、前にエニグマとアズマと僕の家でお泊まり会をした時にエニグマが持ってきたDVDに似ている。

 あれは昔話か童話か、何にせよ小学生とか幼稚園児向けの話だった気がする。内容は死者が河原で延々と石を積み上げて、偶に鬼がやってきて積み上げた石を崩して帰っていく。そしてまた石を積み上げて…という描写を最後に終わった。

 名前は賽…賽は投げられた? 忘れたけど、確か「賽」が入った名前だったと思う。


 そんな事を考えながら、足場が無くならないような量ずつ積み上げていくと、本の下から肌色が見えてくる。更に片付けると、本の下敷きになっていたのは師匠だと判明する。

 驚きよりも困惑の方が強い。何やってるんだこの人。


「何やってるんですか師匠…」


 本を退かしつつ、師匠に声を掛けて起こす。


「…ん、助手か」


 かなり掠れた声だ。


「あぁ、体が痛い…」


 まあ、床で寝てたらそうなるだろう。しかも本の下敷きになってたし。

 師匠の足辺りにある残りの本も退かし、師匠が歩きやすいように足場を作って立たせる。


「うむ…助手は良い嫁になるね」


「どうですかね」


 誰の嫁になるというんだ。

 それはそうと、ネックレスの…宝石の事を聞きたくて来たが、寝起きで教えてくれるんだろうか。

 師匠は情報を所々意図的に教えてくれない事があるから、寝起きの今ならそこも緩くなってるかもしれないけど、教えてくれるにしても寝起きでちゃんと答えられるのか。


「ふぅ。で、来たという事は何か用があったんだろう?」


 師匠は椅子に座ってテーブルの上に置いてあった瓶を手に取り、その中身を飲み干す。

 瓶の中身の水、なんか赤かったけど何だろうあれ。


 っとと、それも気になるけど本題は別だ。


「このネックレスの宝石について教えて欲しくてですね」


「ああそれね。中央の白いのは普通の魔石、周りのはそれぞれの属性の魔石を高密度に凝縮した魔石だよ」


 随分簡単に聞けた。

 でも当たり前みたいな顔して言われても、魔石もまだ手に入れてないし、凝縮とか聞いた事もない。


「では中に入ってる魔法陣は?」


「えー…っと。それは魔法陣を光属性の魔術で構成して「固定」の概念を与えてから投射の魔法陣で魔石に移したね」


 …? ちょっと何言ってるのか分からない。

 まず「魔法陣を光属性の魔術で構成する」という時点で分からない。いや、ここはまだそういう事が出来るのか知らなかっただけで、理解出来なくはない。

 問題はその次だ。「固定の概念を与える」って何? これに至っては思考が理解しようとすらしない。

 ついでに「投射の魔法陣で魔法陣を魔石に移す」というのも…と思ったが、これもそういう魔法陣があるのか知らなかっただけで、これもまだ理解は出来る。


「固定の概念を与えるって、何ですか」


「んむ? 前に渡した本に書いておいた筈だが」


 それ以上言わないって事は面倒だから自分で調べろって事か。

 前に渡した本というのは恐らく、同期の魔法陣を知った時に読んだ本だろう。全部は読んでなかったし後でちゃんと読もう。


「ちなみになんですけど、魔石の凝縮って…?」


「魔石同士を合成し続けるだけだよ」


 同じアイテムを合成すると元のアイテムになるだけで何も変わらなかったけど、あれ凝縮してたんだ。

 でもポーションを合成した時は回復量も変わらなかったような…。凝縮にも何か条件があったりするのかな。


「ふわ…っと、まだ眠いな。すまない助手、私はもう少し寝る」


「はい。じゃあ僕も帰りますね」


「うむ、また来るといい」


 さて、素直に教えてくれたのは嬉しいけど、何からしようか…。

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