第72話 ログ確認
「キュイキュイッ!」
太ももに重みと温かさを感じながら目を覚ます。起きたのに気が付いて僕の太ももに乗っていたうさ丸が鳴く。
「ん、おはよう…うさ丸」
重くて動かしにくい右腕を左手で撫でつつ、寝ている思考を無理やり起こすと、頭痛が酷い。多分、さっきの弓の練習で使った集中力が回復してない。
最後は地面に倒れて意識を失った筈だが、今は木に背中を預けて座っている。木々の間から落ちてくる木漏れ日が心地良い。
「『必殺撃・プロト1』」
ぼやけた視界の中で、エニグマを見つける。
エニグマは何かを呟いた後に藁人形を蹴ると、大きな音を立てながら人形が爆発する。
その衝撃はこちらまで届き、爆発で発生した風が僕の髪を揺らす。
「…ダメージ判定はなし。演出として使えなくはないか」
頭は痛みを消すための回復に専念しているから、何で爆発したかとかの理解を一切拒む。まともに考えられるようになるまでもう少しかかりそうだ。
「起きたか。大丈夫か?」
「ん」
起きた僕に気付き、エニグマがこちらへやってきた。
藁人形から離れ、僕の隣に座って、僕と同じように木に背中を預けている。
「今何時」
「…16時だな」
頑張って記憶を掘り起こす。
確か、弓の練習をエニグマと始めたのは14時だった。何分かは忘れたけど。
ゲーム内は日が登っていた筈だから、14時30分は超えているだろう。
そこから練習をした。
集中しすぎてどれだけの間やっていたかは分からないけど、少なくても10分、長くても30分くらいだろうか。
つまり14時半くらいから15時半の間のどこかで気を失った。現在が16時という事は、30分から1時間程度しか寝てないということになる。
そりゃまだ頭が痛いわけだ。そんな休憩出来てない。
しかし、終わった直後に比べると大分マシになっている。
「相変わらず集中したら凄いよなお前」
ボロボロな僕に比べ、エニグマは随分と余裕そうだ。
声に反応してエニグマを見ると目が合い、ニコッと微笑んでくる。
「しばらくはやりたくないかな」
「だろうな、俺だってそうだ。ダンジョンのボス戦でもあんな疲れねぇよ」
太ももに乗っているうさ丸を撫でながら、回復に努める。
まずは視力。ぼやける視界をどうにかするため、左手で目を擦り近くにいたうさ丸をしっかりと視認してから遠くを見る。藁人形までちゃんと見ることが出来た。
視界が元に戻った事で拾う情報が増え、頭が少し痛むが思考力も戻ってきた。
足を動かして立ち上がり、少し体を動かす。
最初から最後まで弦を引き続けた右腕は、動かす度に激痛が走るくらいまでに疲れている。右腕だけ異様に重く、左手で支えないと手を上げる事すら出来ない。
「ほれ」
立ち上がったエニグマが、瓶を取り出してその中身を僕の口に流し込んでくる。
「んぐ…」
乳酸菌飲料みたいな味。これは僕が作ったポーションの1つだ。エニグマにあげた奴の中にも当然あったし、それを飲ませてきたんだろう。
「ぐっ、ごほっけほっ…」
急に飲まされたからビックリして空気も一緒に飲み込んでしまい、喉に違和感が。咳をしていると少しずつ治ってくる。
咳をしていて気付いてなかったけど、右腕の痛みが薄くなったし少し軽くなった。ラジオ体操みたいな感じで腕をぶんぶん振っていると、多少残った痛みにも慣れてきた。
「ふぅ、ありがと」
「ああ。俺はもうホールに戻るが、お前はどうする?」
「僕はまだ訓練所にいるよ」
なんかいつの間にかシステムメッセージのログが凄い事になってるし、少し確認してから戻ろう。
水晶に触れて転移していくエニグマを見送りつつ、再び木に背中を預けて座る。
ログをスクロールして見ていると、大量に並ぶ弓術スキルのレベルアップログ。それに伴い、アビリティも取得している。
さっきの練習で流れたログだが、エニグマに矢を当てるのに全力で集中していたから気付いてなかった。
1つずつ確認しよう。
まず弓術スキル。スキルレベルは17まで上昇している。
最後に確認した時のレベルは6だったので、11も上がった。
スキルレベルの上昇によって、アビリティも増えた。
スキルレベル10で「パラライズアロー」、15で「スリープアロー」。なんかの条件を満たしたとかで「マルチプルアロー」と「ミラージュアロー」というのも増えている。
アビリティの説明を見ると、どれも矢に特殊効果やバフを与える物のようだ。
パラライズアローは麻痺、スリープアローは睡眠を付与する。これは文字通りだし、どっちもよく聞くような単語だから大体分かっていた。
マルチプルアローは、上に矢を放った時に、頂点で複数に分裂して落ちてくるというアビリティらしい。
強力な分、クールタイムは600秒、つまり10分と長めに設定されている。
1回の戦闘で使えるのは1回のみ、連戦になると使えそうにないけど、それでも十分強そうだ。
ミラージュアローは少し特殊なアビリティだ。
効果は矢を放った時に幻影の矢を同時に発射出来る。幻影にダメージ判定はないけど、フェイントとかには使えそうだ。
特殊な部分とは、別のアビリティと同時に使用できること。最初から覚えているクイックアロー然り、パラライズアローやスリープアローも、果てにはマルチプルアローとも同時に使用出来る。
そしてもう1つ、放った矢の姿を消せる。だから、幻影を避けるように誘導してその避けた先に見えない状態になった矢を当てる、なんて事も出来る。
勿論、こんな強いアビリティはポンポン使える訳ではない。特殊な部分はクールタイムにもある。
通常の矢を放ち、本体の矢を消さない場合はクールタイムは30秒。消すと180秒。
他のアビリティと併用した時には、それぞれ別々にクールタイムが発生する。
例えばクイックアローとミラージュアローを同時発動して本体を消さない場合、ミラージュアローのクールタイムは40秒だけど、クイックアローは普段と同じ15秒。
発動から15秒経ってもミラージュアローは使えないけど、クイックアローは再使用可能になる。ちなみに消した場合のミラージュアローのクールタイムは200秒。
ポイズンアロー、パラライズアロー、スリープアローと同時に使った場合は3つともクールタイムは同じで、本体を消さなければ45秒、消したら210秒。
マルチプルアローは飛び抜けてクールタイムが長く、本体を消さなくても300秒、本体を消すと1200秒。マルチプルアローと併用して本体を消してしまうと20分もミラージュアローを使用出来なくなってしまう。
まあ、マルチプルアローと組み合わせてしまったら本当に強そうだからこれくらいが妥当かもしれない。
降ってくる矢も幻影だったり消したり出来るらしいし。
ミラージュアロー単体だけでもかなり脅威的な性能なのに、他のアビリティと組み合わせる事が出来るというのは、バランス壊れるんじゃないかってくらい強い。
条件を満たしたから取得したらしいマルチプルアローとミラージュアローだけど、なんの条件だったんだろうか。
マルチプルアローは空から降ってくるという性質が、僕がやった上から矢を降らせて当てるというのに似ているからまだ分かる。
だが幻影を発生させたり見えなくするミラージュアローはなんなんだろう。
……まあ、もう一度取得しなきゃいけないって訳でもないし、取得したものはそれでいいだろう。悪い効果が付く事もないんだし。
これでログの確認は終わり…ではないのだ。まだある。
ログには『思考加速』というスキルを取得したと書かれている。
スキルの詳細を調べると、レベル概念が存在しないスキルで、アクティブ効果のみ。発動すると2倍の速度で思考出来るというもの。
発動してみると周りがぴょんぴょん走り回っているうさ丸がゆっくりに見える。しかし2倍の速度なのは思考だけで、体は2倍にはならない。むしろ思考が加速しているせいで体が上手く動かないくらいだ。
頭痛が酷くなったので思考加速を解除する。どうやら負担も大きいようだ。そんな気軽に使える物でもないかな。
《【訓練所】のカスタム『時間操作』が購入されました》
《パネルよりゲーム内時間、時間加速設定の変更、スキルまたはアビリティのクールタイム解除が可能になりました》
うさ丸を撫でていると、また新しいログが流れてくる。誰かがカスタムを購入したようだ。
時間操作のカスタム、天候操作と比べてかなり高かったけど、時間加速設定も変更出来てクールタイムの解除も可能だからなのか。
それは高くて当然…というか、時間加速設定の変更もクールタイムの解除は出来る事自体が驚きだ。
試しにクイックアローを藁人形に向かって撃ち、パネルを操作して「クールタイム解除」を押してみる。
もう一度クイックアローを撃とうとすると、無事に成功。クイックアローのクールタイムである15秒は経過する前に再び撃てたので、しっかりクールタイムを解除出来る。
「なら使ってみよっと」
先程確認したアビリティ、マルチプルアローを唱えて発動し、腕の痛みを無視して上に放ってみる。
矢は高くまで飛んでいき、落ち始めるというタイミングで分裂して複数の方向に落ちていく。
藁人形に当たるように矢を放ったが、藁人形だけでなくその周りの地面にも矢が突き刺さっている。パネルで藁人形のダメージログを確認すると、いつもよりダメージが高い。
スキルレベルが上がったから弓での攻撃に乗るボーナスが強くなったのもあるが、恐らくマルチプルアローにダメージが上がるバフ効果がある。
クールタイムを解除し、もう一度構える。
「『マルチプルアロー』『ミラージュアロー』」
矢を番えて引いた弦に、もう1本矢が増える。しかし触れることは出来ず感覚もない。
元々番えていた矢を放つと、その矢とは少しズレた軌道で追うように飛んでいき、同時に分裂を初めて先程の2倍の数の矢が降ってくる。
「どれが偽物か、どれが本物か分からないから全部避けなければいけないのか。強いなぁ」
クールタイムを解除して、今度は本体の矢を消すように意識してマルチプルアローとミラージュアローを発動し、放つ。
ミラージュアローの幻影の分しか矢が降ってこないように見えるが、実際は見えている矢は偽物で、本物の攻撃判定のある矢は見えない。
強いと言えば強いけど、本体を消すか消さないかは使い分けが必要になりそうだ。
本体が見えない方が強いけど、本物と偽物の区別がつかない方も十二分に強い。が、本体を消してしまうと20分間はミラージュアローが使えなくなるから使うタイミングはしっかり考えなくてはならない。
「勿体なくて使わないのはダメだけど何も考えずに使うのもダメだなぁ…」
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