第61話 金属加工


 エニグマにフレンドメッセージで色々聞いてみた。

 金属に魔法陣を彫ろうというのは、鍛治屋の中で貴金属の加工、細工をやる金細工職人というのがあるらしい。鍛治スキルを取れば解決する。

 次に、バジトラの鉱山にいた幽霊の事だが、掲示板にそういった情報はなく、エニグマも見た事がないと言っていた。もっとも、エニグマは虫が苦手なので蟻と2回戦った辺りでもう入らなくなったとかでそこまで深くは行ってないらしいが。


 鍛治のスキルオーブはルグレにはないけど、バジトラにはあるというのも教えて貰ったのでバジトラで買った。ついでに公共の鍛冶場があるらしいし、やる事にした。

 お金を出して作る店やクランの施設よりかはグレードが低いが、基本的な事は一通りできるようで、炉やふいご金床かなとこなんかが置いてある。金細工用には大きい鋏とか、小さめの鎚とかやすりが工具箱のような物にまとめられている。



 で、問題の金属加工なのだが。先ず鉄とか銀とかを、鉱石からインゴットと言われる状態にするべきだ、とエニグマからのメッセージに書かれている。どうせ知らないだろうから、という理由でやり方なんかも全部教えてくれた。

 「前に現実準拠だからクソ難しいって言ったが、あれβテストの後で修正されてたわ。間違えた情報教えてすまん」というメッセージが送られてきた通り、現実でやるよりかなり簡略化されている…っぽい。そもそも現実のを知らないからなんとも言えないけど。

 炉に鉄鉱石を放り込み、炉の下の穴に鞴で風を送ると中の石炭だか木炭が赤くなる。火は着いてなかったと思うが、そこら辺も簡略化の1部のようだ。

 それなら錬金術ももう少し優しくてもよくない? ……まあ現実の錬金術なんて知らないし、優しかったとしてもこのレベルだったら変わらず文句言ってると思うけど。


 段々暑くなってくるのに合わせて、炉の中の鉄鉱石も赤くなり、次第に溶けて液体になってくる。

 液体に変化してからしばらくしたら、鉱山で採れた石灰石というのを放り込んで観察を続ける。この石灰石というのは人によっては家の庭に敷いてあるような、防犯用に踏むとジャリジャリうるさいあれだ。なんで鉱山で採れるのかは知らないが、これも使うらしい。


 石灰石を加えると岩石を構成する成分が分離し、なんかが浮いてくるのだが、そこら辺も簡略化されているようで分離したのを掬い上げる必要はないとのこと。

 そしてここから炭素がどうとか酸化がどうとかがあるのだが、そこもなんと簡略化。現実と同じようやるのも可能らしいが、僕には知識も技術もないので代用案として用意されている方をやる。方法として謎ではあるけど、教えて貰った通りに鞴で炉の下の穴に空気を送る。

 数分間空気を送り続けたら、炉の側面に付いている蛇口みたいなのを捻ると液体の鉄が流れてくる。それを用意されている型に流し込んで放置して冷やすとインゴットの完成だ。


 鉄以外の鉱石も全部同じ方法でインゴットにできるらしい。エニグマからは化学式があーだこーだ聞かされたが、ゲームならそこまで深く考えなくていいと思う。

 まあ、エニグマが言うことも分からなくはないけど、そんなの学校で習うにしても一般人には難しいし、まだ習わない年齢の子だってやるかもしれないんだからこれくらいが丁度いいんじゃないだろうか。


「ふう、疲れた」


 鉄をインゴットにするだけで結構疲れてしまった……いや、僕はほとんど何もしてないけど。強いて言うなら暑くて辛かった。これはエニグマがやったら間違いなく途中でやめるか怒って暴れる。

 型に流された鉄に触れると、『鉄インゴットを作製しました』というログが表示され、インベントリに入る。

 完成したインゴットの数は20本、最初に炉に入れた鉄鉱石は30個…個? 今は個にしておこう。入れた石灰石は5個だ。完成するインゴットの数は鉱石の3分の2、必要な石灰石は鉱石の6分の1くらいかな。


 ここから魔法陣を彫るわけだけど…鉄でいいのかな? 銀の方が性能良いとかあったりするのかな。

 ……試作段階だし、鉄でいいか。


 鑢を手に取ると、何も表示されてない、真っ黒なウィンドウが現れる。


「…え? やっぱチュートリアルないの?」


 せめてこれの説明くらいしてよ。


 エニグマに助けを求めると、ウィンドウに素材となる金属のインゴットを入れれば良いと教えてくれた。

 鉄のインゴットをウィンドウに触れさせると、呑み込まれるように入っていく。その後、ウィンドウが銀色に変化する。ここから指で形を整えるようにするらしい。

 曰く「3Dモデルの簡易作製」だとか。よく分からないけど。

 僕がやりたいのは魔法陣を描くだけなので、軽量化の為に薄く小さくして…多分きっと確実にこういうやり方ではないと思うけど、ゲームだから……いや、うーん…。


「まあいいか…」


 縦横5cm、厚さ1cmくらいで角を丸っこく削ってある鉄板に、さっき覚えた同期の魔法陣、火の付いた導火線の横に丸を描く。

 描いたら次のフェーズに移行する。ウィンドウから鉄板が出てきて目標が表示され、鉄板の1部が光る。

 表示されているのは「彫刻」という2文字。鉄板にはウィンドウに描いたのと同じ魔法陣が光り浮かんでいる。システムアシストみたいなものなんだろう。


 中学校の時に木工で使ったような気がする削る道具……正確には木工用はのみ、石や金属の加工用はたがねらしいけど、まあ同じようなものだ。

 箱からたがねと槌を取り出して、鏨を叩きながら光が浮かんでいる所を少しずつ削っていく。


「ほあー…」


 多分、これも簡単になっているんだろう、金属だから木工でやった時よりも確実に硬い筈なのに思ったより簡単に削れる。


 数十分集中して黙々と彫り続け、ようやく完成。体感で数十分なので、下手したら数時間かもしれない。

 工房に入った時にどこかへぴょんぴょん行ってしまったうさ丸も、いつの間にか近くの椅子の上で寝ている。自由な奴め。


「よいしょっと」


 うさ丸を頭に乗せ、出した鏨や槌を片付ける。

 やるべき事はまずリンクしているかの確認と、耐久性のテスト。紙にインクで描いた魔法陣が1回使ったら消えるが、鉄板に彫ったから無限に使えるという訳ではないだろう。

 目立つのは嫌だし、リアダントクリスタルの閃光は周りにも迷惑がかかるので、人が居ない場所に行こう。

 …師匠の所でいいや。移動も楽だし。




「という訳で来たんですよ」


「うむ、そういうのはやる前に言って欲しかったかな」


 結果は良好。リンクも成功してるし、魔法陣も消えてない。

 彫った時は集中力からの解放ですっかり忘れていたMPの処理だが、先込めもちゃんと可能なようだ。そしてなんとストックも可。何回まで使えるというのは分からないけど。


「まあ、助手が頑張っているのを否定するつもりはない。というか助手、クリスタルの消耗具合から見て遠くから…少なくとも街1個くらいは離れた所から使っただろう?」


「え? はい」


「いつもは街中からだ。違うかい?」


「そうですけど」


「旅でもしてる?」


 補導でもされてるのかっていう雰囲気だ。


「まあ、別の街に行くことはありますね」


「理解した」


 師匠はふむふむと呟いて机に向き直った。この話は終わったけど、まだ聞きたい事はある。

 髑髏の魔法陣の事とか、今師匠が言ってた「クリスタルの消耗具合」というのも気になるし、他にも色々。


「師匠、この魔法陣ってなんですか」


 一番気になる髑髏の魔法陣を出しながら聞いてみる。


「む? 前に渡した本に属性は大体書いて…って助手、何故それを?」


「毒を作ろうとしました」


「何故…?」


「これ、何の魔法陣なんですか?」


「これは命を捧げる事で別の命を奪うことができる魔法陣だ。捧げられる命の数に上限はないが、捧げた命の質や数と等価の命を奪える」


「強いですか?」


「コストパフォーマンスも倫理観も最低最悪だろうね」


 使えないか。量産はできないけど、切り札として取っておくにしては捧げたのが僕の命だけというのは弱いかな。そもそも、死んでもリスポーンする僕の命は捧げた判定になるのかというのは疑問に思うところである。

 髑髏の魔法陣の話は終わり。魔法陣ついでに、もう1つ気になっていた太陽の錬金術記号を複数描いた魔法陣についても聞こう。


「ではこれは?」


「む……。助手、貴様もしかして馬鹿か? こんなもの作ったら稀代の天才でも魔力吸収に耐えきれずに死ぬぞ」


「どういう効果が出ますか」


「ふむ、まあ、万が一に完成したら街を1つ消し飛ばすくらいの威力はあるだろうね」


 なにそれつよい。


「何十万という人に命を落とすのを覚悟して協力してもらわなければ完成はしないだろうから大丈夫だろうが…。助手、間違ってもこの魔法陣に魔力を込めようなんて考えないように」


 死んでも生き返るし、ずっと繰り返せば完成はしそう。その「何回も」というのが気が遠くなるくらいの回数ではあるだろうからあんまりやりたくないけど。

 しかも強いとは思ったけど、街を1つ消し飛ばす威力だと調整ができないから場所とかを気をつけなきゃいけないし、そんなの使ったら自分も巻き込まれるし。


「じゃあクリスタルの消耗具合とは?」


「…その首飾り、いっぱいクリスタルが付いてるよね」


「はい」


 黄昏の首飾りは中心に白、その周りに複数の色の宝石がある。これが師匠の言うクリスタルだろうが、消耗具合とは…?


「中心のクリスタルに魔法陣が入ってるだろう?」


「え?」


 本当だ。よく見たらクリスタルの中に魔法陣がある。あれだ、祭りとか縁日の屋台でたまにある、ガラスの中に鹿が入ってる置物みたいだ。

 魔法陣は首飾りを使って移動する時に出てくる物と1部似ているが、色々混ざっている。


「使った魔力は他のクリスタル…もとい、魔石から供給される」


「赤とか青のこれですか?」


「そうだよ。そのいっぱい付いてるクリスタルは高密度の物で、それぞれに合った環境で内部の魔力が勝手に回復していくんだ」


「環境って?」


「あぁ、赤いのは暑いところとか火の近く、青いのは湿度が高い所とか水の中とか、そういうのだ」


 じゃあ物によってはほぼ永久的に魔力を回復できるって事か。

 ……強くない?

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