第62話 夏祭り


 遠くから太鼓の音が聞こえる。午後6時、まだ日は沈んでないけど待ち合わせの時間だ。


「あっつ…」


 玄関の扉を開けた瞬間、熱気がブワッと来る。

 地獄だぁ。


 昨日は鉄とか銀とかに魔法陣を彫ったり、耐久テストをしたりで夕飯を食べた後もずっとやってて、結局寝たのは午前2時過ぎで昼くらいまで寝てたし、やっぱり夜更かしは良くないね。

 現地集合だから迎えなどない。


 段々と太鼓の音が大きくなってくるのにつれて音頭も聞こえてくるようになり、公園に到着した頃には喧騒も加えて聞こえるようになる。

 公園の入口近くに立って、スマホを弄っているアズマを見つけ、手を振って名前を呼びながら近寄る。


「アズマー!」


「……」


「何?」


「いや、銀髪じゃないんだなって」


 あー、FFのアバターは銀髪だったし、女の子になってからそっちの姿でしか会ってないからか。


「銀髪は僕の趣味だよ」


「おけおけ」


「エニグマ…じゃない、祐哉は?」


 アズマはプレイヤーネームが苗字から取っているから、名前で呼ぼうが苗字で呼ぼうがどっちでも良いけど、エニグマは苗字も名前も面影がないので、呼び方は戻した方がいいだろう。


「かき氷買いに行った。そろそろ戻ってくるだろ」


「あーねみー。アズマー、お前また誘拐してきたのか…」


「…? またって何だ、前科ないぞ」


 祐哉が「氷」と大きく書かれたカップに盛られた、赤いシロップがかけられた氷を3つも持って現れる。どうやって持ってるんだそれ。


「買いすぎじゃない?」


「その声…凛か?」


「まだ疑問系なんだ」


「新しく人を覚えるのが苦手なんだよ。髪とか眼鏡とかで判断してるんだがな…お前銀髪じゃないのか」


 それさっきも言われた。


「つかクソ暑い。明日無しでいいか?」


「まあ、僕はいいよ」


「異論無し。ゴールデンタイムに2日連続でダンジョン潜れないとエアリスに文句言われそうだし」


「それな」


 祭りは2日間あるが、2日目は行かないという事になった。祭りでやりたいのは色々食べたいってくらいだし、花火も毎年同じだし、別にって感じだから良いけど。


「あ、そうだ。病院は行ったか? 困った事はないか? 手伝える事あったら手伝うぞ。アズマが」


「なんでオレだけなんだ」


「そうだなぁ、髪を洗うのが大変だよ」


「それは手伝えない事なんだよ少し世間体を考えろ」


 祐哉から辛辣な言葉を貰う。世間体って何だよ。


「つーか、やっぱ小さいな」


 ゲーム内と同じように、子供扱いされて抱き上げられる。最近よく感じる、足が浮く感覚。

 体が変化してから、服は─不本意ではあるが─買ってもらったけど、靴は買い忘れて、病院とか役所に行った時もそうだったけど、サイズが少し大きめのサンダルを履いているが、抱き上げられて脱げそうになる。

 ちなみにこのサンダルは真白のだ。いつまでも借りる訳にはいかないし、通販で適当なサイズの靴を買おう。…というのを病院に行った日も考えていた筈なんだけどな。すっかり忘れていた。


「あぁ、ゲーム内でも思ってたが…」


 祐哉が僕を抱き上げ、顔をじっと見つめて言う。


「─やっぱその舌、美味そうだよな」


「はっ!? 怖っ! アズマ助けて!」


 背筋が冷える感覚と共に、腕や脚が寒くなって鳥肌が立つのを感じる。


「それは…ロマンチックな口説き文句の改変なのか?」


「どう考えてもカニバリズムだよ! こんな口説き文句存在しないんだよ!」


 じたばた手足を動かして何とか下ろしてもらう。祐哉とは結構長い付き合いだったが、食人衝動があったのは知らなかったし予想外だ。僕に被害が出る場合はこれからの付き合いを改める必要がありそうだ。


「アズマの後ろに隠れても食ったりしないって。冗談だよ」


「いや、平然と嘘つくから信用無いよ」


 割とマジでナチュラルにサイコパスなんだよなぁ、祐哉もアズマも。


「なんか食べるか」


 何かを察したのか、アズマが無理やり話を変えてくる。

 シャクシャクと祐哉がかき氷を食べる音と祭りの喧騒、スピーカーから流れる音楽だけが聞こえる。つまり誰も提案をしない。


「ん? 凛焼きそば食べたいとか言ってなかったっけか?」


「あ、たこ焼き食べたい」


「焼きそば何処行った?」


「アズマ、こいつはそういう奴なんだよ。諦めろ」


「人をサイコパスみたいに言わないでよ」


 そんな、アズマとか祐哉じゃないんだし。


「悪いがお前ら2人ともサイコパスな。アズマは自己中過ぎだし、凛は言動に責任取らんし。まともなのは俺だけだ」


「はいダウト」


「ボートを用意しろ」


 なんでボート? というかそれ僕に言ってる?

 グダグダ言い合いながら歩き、たこ焼きの屋台の前まで来てたこ焼きを買って食べていると、不毛だと判断したのかアズマがまた話を変えてくる。


「凛も早くサスティクに来てくれ」


「考えとくよ」


 来いといわれてそうポンポン行けるようなものじゃないんだよね。特に、僕は錬金術っていう生産スキルがメインだし。


「俺にもたこ焼き1つくれ」


「自分で買えば?」


「1つくらい良いだろ」


「仕方ないなぁ」


 開いている祐哉の口にたこ焼きを突っ込む。田舎な方だから安いんだし、それくらい自分で買えばいいのに。


「そういえばヒーラーはまだ見つかってないの?」


「誰も探してねぇからな、エックスだってアズマが拾ってきたから予定にはなかったしな」


「捨て犬?」


「いつもの癖だ」


 ああ、また助けたんだ。じゃあその活動してればヒーラーにも会えるんじゃ…?


「それはそうと、来週はイベントだしさっさと合流してレベリングした方がいいかもな」


「イベント?」


 ……言われてみれば、ゲーム内のメッセージにそんなのが書かれていたような。後回しにして忘れてたや。


「どんなイベント?」


「時間加速設定を適用してやるアイテム収集イベントってくらいしか情報は出てないな」


 え、少なっ。


「いつ?」


「来週の土日」


 つまりちょうど一週間後か。それにしては出てる情報が少ないような。こんなものなのかな?


「じゃあとりあえずイベントまでに色々準備しなきゃ、だね」


「だな。どういう形式の収集かは分からんしな、ドロップアイテムかもしれんし、採取系かもしれんし」


「オススメのスキルとかある?」


「武器系のスキルはそのスキルじゃなくてもアビリティが使えるのもあるから、まあ暇ならスキルレベルを上げるのも良いかもな」


 さっきから祐哉としか喋ってない……って、アズマ居ないし。


「アズマはほっといても戻ってくるだろ」


 確かにアズマはいつもサラッと居なくなってスッと戻ってくるけど、今回は何してるんだ。何か買って来るのかな。


「武器系のスキルで言うと、エックスは何でも使う奴だな。その分、武器に使う金が馬鹿にならんが。大剣とか短剣とかも使うし、斧もハンマーも。後は刀も使うし格闘もやる」


 可能な限りの武器を全て使っている、という事らしい。

 湖底遺跡で手に入れた『必殺撃大全』って本もエックスって人が使ったとのこと。で、必殺撃というのは蹴り技でトドメを刺すと派手なエフェクトが発生する技で、蹴り技に威力補正もあったりするんだってさ。

 近接戦闘はあんまりやるつもりもないし、そこまで興味ないけど。


『迷子のお知らせです…』


 スピーカーから急に迷子のアナウンスが流れる。


「アズマじゃね」


「え? アズマ迷子になったの?」


「いや違ぇよ。迷子を本部まで届けたんだろ」


 あ、そっちね。てっきり僕の方向音痴がアズマに移ったのかと思った。いや、僕でも流石にこの公園じゃ迷わないけど。


「year.焼きそば食うか?」


 アズマが焼きそばのパックが複数入った袋を持って戻ってくる。

 …本当にアズマが迷子を本部まで送ったのか…? 焼きそば買ってきたんじゃなくて?


「ありがと」


 真偽はどうあれ、焼きそばは貰っておこう。祭りの焼きそばってなんかいつもより美味しい気がする。


「話を掘り返すが、ヒーラーは居なくても今は十分やれてるし、あと1人もどうせ見つからんからお前も入れて6人ピッタリだ」


「パーティーのお誘いって事?」


「まあそういうこった。あとクランも作ったから入るか?」


「僕ってどういう立ち位置になるの?」


「生産職とかじゃないか?」


「んふふっふふぁふふ」


「アズマは食べ終わってから話して」


 行儀悪いなぁ。


「好きにやれば良いってよ」


「僕の利点は?」


「施設とかの場所の提供と…店も出せるな」


 それ要る? 場所はぐれーぷさんの部屋借りてるし、ぐれーぷさんにポーション売ってるからお金も困ってないけど。


「まあ良いや、入るよ。ゲーム内で会った時に加入方法教えて」


「任せろ」


 そんな話をしながら、色んな屋台を回って祭りを楽しみましたとさ。

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