第27話 念願の(1)


 師匠と出会ったりアリスさんから軍服ワンピースを貰ったりブランと会ったりしてから数日。あれから特に何事もなく時間が経った。

 むしろ、何日かに分けてやるべき出来事が最初の2日で起こりすぎなだけだったのだ。その反動なのか、数日の間は目立った出来事はない。


 だがイベントともいえる出来事がないからといって何もしてなかったわけでは決してない。

 『合成』を使ってポーションを大量に作り、店主さんに売ってお金を稼いだり。煙玉が作れないので結局師匠に会いに行ったり。

 最初に師匠と会った時はセーラー服と白衣で、次に会った時は軍服ワンピースだった。服が変わったのも何故か褒められたが、それは置いといて。



 そして師匠に煙玉の作り方を教えてもらいに行ったら、また本を渡された。その本の名前は『レトの魔術教科書』だ。


 『レトの錬金教科書』よりも難易度が高く、錬金教科書はステージ3までだったのが、今回の魔術教科書は倍の6まであった。

 内容も魔法に関する物が多く、属性相性─火が水に弱く、風は火に弱いといったもの─に関する問題や、魔法陣を描く問題、魔法陣を見てなんの魔法か当てる問題など、単純に難しい。

 前回の錬金教科書は30分くらいは使って解いたが、魔術教科書は全力で集中してもかなり時間を使った。


 ステージ1と2は優しく、基本的な魔法に関する問題、先述の属性相性だとか、魔法において存在する属性と存在しない属性を分ける問題だった。


 ステージ3ではまず、基本的な魔法陣の属性を覚える事から始まる。

 魔法陣の属性を覚えたら、ランダムで表示される魔法陣の属性を5回連続で当てる事でクリア。


 難しくなるのははステージ4から。ステージ4では魔法陣の方向性。

 魔法陣は適当に描けば勝手に魔法が出るものではなく、正しく描いて初めて意味を成す。

 だから魔法陣を描く時は、ウィンドカッターなら風属性と刃の要素を、ファイアボールなら火属性と球の要素を描く必要がある。その刃や球の要素を覚える事がステージ4の目的だった。


 ステージ5は自分なりに魔法陣を5個描き、全てが正しく発動すれば成功。これはステージ3と4をちゃんと覚えていれば簡単だった。描くだけだったので10分ほどで終わった。


 そして1番難易度が高いかもしれないステージ6。

 内容は途中まで作られた魔法陣を完成させること。聞くだけなら簡単なのだが、実際の難易度は遥かに高い。

 そもそも、魔法陣の属性や要素の描き方は人によって違う。しかしどうであっても正しいと認識されれば発動するのが厄介だ。

 例えば『火属性』を表すだけでも一般的な炎の形を描く人もいれば太陽を描く人もいるし、『刃』を表すにしても剣や刀、鎌など表現が様々だ。

 なら案外適当に描いても正解するのではないか。そう考えもしたが近しい表現にしろ、というよく分からない指示と単純に問題の数が多いのが辛い。これまでは5問程度だったのに20問もあった。

 だから1問解くだけでもまあまあ時間を使い、1問解くごとに集中力が切れて休憩し、また1問解くために何時間も集中し…と繰り返した。


 そしてようやく、ついさっき終わったのだ。達成感と疲労感で動けない。

 この教科書の難しいところは、カンニングが一切できないところだろうか。ステージ選択がなく、一度進むと戻れないのでしっかり覚えないと後のステージで詰む可能性があることを比較的簡単なステージ3で気付けたのが良かったんだろう。


「時間制限なくてよかった……いや時間制限あったらキレて運営に問い合わせるけど」


 『レトの魔術教科書』を読破したことで取得した新しいスキル。

 魔法だと思っていたのだが、教科書の名前の通り『魔術』というスキルだった。魔法との違いは恐らく、魔法陣を描いて使うかどうか。

 魔法陣は描いてストックができるので手で言えば魔術の方が早い。だが僕がやったように覚える事が多すぎるので人気は出なさそうだ。エニグマ曰くそういったスキルは確認されてないらしいから覚える前に挫折した人ばっかりなんだろう。


 魔術の利点はストックできる事だけではない。

 描き方さえ知っていればどんな魔法も使えるし、下手したら作れるのだ。雷だとか氷だとかも使える。


 まあ、強い魔法になればなるほど魔法陣の難易度も上がるんだけども。

 教科書の中にも雷の魔法陣はあった。あれは雷属性に方向指定の矢印の要素を足したから電撃を飛ばす魔法だ。矢印で解決できるとは思ってなくてこれもかなり時間がかかった。


「けど、これで煙玉が作れる…」


 最初の目的から寄り道しすぎて東京に行くつもりが北海道まで来てしまったような感じだが、ようやく帰りの便を確保できた。

 師匠に煙玉の製法を聞いた際にただこの魔術教科書を渡されただけだったが、これを取得してからもう一度聞けという事なのだろう。


 …あれ、まだ寄り道残ってない? 渋谷行く前に秋葉原寄る感じかな。

 いや、なんか表現がおかしい…? まあいいや。


 とにかく師匠に魔術を覚えた事を報告しに行こう。

 寝転がっている僕の上に乗っているウサギを1匹ずつ退かして立ち上がり、うさ丸を頭に乗せて「黄昏の首飾り」に触れて師匠の元へ移動する。

 足元に魔法陣が現れる。視界が白で埋まり、次に視覚で物を認識する頃には逢魔の空間に到着している。


「…うーん?」


 この移動で現れる魔法陣を今なら理解できると思ったが…微妙なラインだ。

 通常の魔法陣よりも図形が多い。テレポートという魔術の実行結果から考えると空間転移なのだろうか。だとすれば属性は空間とかそんな感じで、要素も空間だから属性と要素が被っているのか?


「師匠ー?」


「来たか助手。出した課題は終わったかな」


 この数日間で何回か師匠の元へ赴いたが、その中でなんで弟子が欲しかったのかを聞いた。理由は弟子という言葉に惹かれたのと、錬金術をやる上で手伝ってくれる人がいたら楽なのではないかと考えた結果らしい。それ以来、師匠には「助手」と呼ばれている。


「魔術は取得しましたよ」


「ふむふむ、やはり良いセンスだ。魔術は私の教科書を使っても難しいからね」


「これで煙玉を作れますか?」


「ふむ、まだ解答を求めるかい? ヒントならあげてもいいが」


 師匠の話によると、錬金術師ならば失敗して試行錯誤を繰り返して成功させるのも楽しみの1つらしい。


 一理あるし、僕もそれなりに検討はついてる。

 連日、師匠の元へ通っている時に出されたヒント…というかほぼ答えだが、ケムリの実は火に弱いらしい。前にマッチとか火打石とか考えていたのも案外的外れではなかったようだ。

 つまり鍵となるのは火の魔法陣及び、魔術。


 だがその前に。


「分かりました。あと師匠、研究ノートみたいなのってないですか?」


「向上心が高いね。そんな助手にはこれをプレゼントしよう」


 師匠が本棚から取って渡してくれたのは、題名がなく中身も全て白紙の本。

 流石師匠、察しが良い。僕が欲しいものをピンポイントでくれる。

 この白紙の本は読むためでなく僕が書くために使う。魔術の属性や要素についてや、合成のレシピ、メモなどに使えないかと本を探したのだがなかった。紙を使おうとも考えて買ったが、やはり纏まっている方が良いので白紙の本は助かる。それに買った紙は魔術に使うから無駄にはならない。


「戻るの面倒なんでここ使っていいですか」


「うむ、君も中々遠慮がなくなって来たな。好きにしてくれていいよ」


 そう言って師匠は机で何かを書くのに戻った。


 許可は貰ったのでここで準備と合成をする。

 まず必要なのは火の魔術。火力は不要、発火さえすればいいからそこまで難しくはない。

 発生だけなら要素を描く必要は無い。属性だけ描けば、火なら発火するし水なら水が溢れる。だから大きい円の中に火を描き、不要ではあるが寂しいので三角形と逆三角形でデコレーションして完成。

 錬金釜を取り出し、水を入れてからケムリの実と完成した魔法陣が描かれた紙を入れて混ぜる。


「許可したのは間違いだったか。合成は眩しいんだったな」


 師匠の独り言をスルーし、完成した物を確認する…が、何もない。

 つまり失敗。火の魔法陣を合成で使うのは不正解か。


「次の手は…」


 だが成功するかは分からなかったので次のプランも考えてある。そもそも合成を通さず作れるのではないか。


 同じ魔法陣を描き、先に魔力を込めておいていつでも発動できるようにしておく。

 そしてその魔法陣が描かれた紙でケムリの実を包む。ちょっとの衝撃や時間経過で勝手に出ないようにしっかり包んでおく。

 そしてアイテムステータスを確認すると、ケムリの実から変化していた。



──


『煙玉』

ケムリの実と火魔術を用いた煙幕を発生させる玉。

一定の衝撃で起爆する。


──



 完成だ。今まで合成で頑張っていたのに案外あっさりと完成して少し落ち込む。

 だが、これで煙玉と毒ポーションを合成できれば僕は強くなれる。


「ふふふ……」


 錬金釜を混ぜ混ぜ。光が段々と強くなってくる。


 さあ、錬金術が戦闘へ介入する第1歩だ!


「ああぁぁぁぁ目があぁぁぁぁ!」


 目を閉じるの忘れてた。

 師匠の家は物が多くてのたうち回ると怪我しそうなので、大人しく座って視界が回復するのを待つ。


「よし…」


 少しずつ戻ってくる視界。手だけを見て、結果はまだ確認しない。

 そして十分回復したら立ち上がっていざ確認!


 錬金釜の上には、煙玉が浮いている。


《『合成』に成功しました》

《『毒煙玉』を作製しました》


《『錬金術』のレベルが上がりました。14→15》

《『錬金術』のアビリティ:『星占い』を獲得しました》


 毒煙玉、完成。

 そして大量に流れるログ。錬金術のスキルレベルが上がり、新たなアビリティも取得したらしい。


「感情が豊かなようで」


「師匠だってずっとやりたかったことをできたら嬉しいでしょう」


「確かにね」


 さて、早速大量生産して性能の実験と改善点の発見、改良をしなければ。


「では!」


 黄昏の首飾りに触れて雑貨屋ぐれ〜ぷに戻る。


 大量生産、それに伴い合成で現時点の強化をしよう。

 まずパターン1。強い毒、素材を複数突っ込んで作った+6の毒ポーションを使った毒煙玉の作製。

 パターン2。煙玉1個に対して大量の毒ポーションを使って合成。

 パターン3。もっと強い毒の作製、もといそれを使った毒煙玉の作製。


 それには大量の煙玉が必要になる。魔法陣は簡単だからケムリの実の数に合わせて枚数描こう。

 ケムリの実は数日の間でエニグマとアズマから貰っていたので40個強ある。


「うぇへへ…」


 魔法陣を描いてるだけなのに楽しくなってきちゃった。

 顔がにやけるのを抑えながら、ケムリの実と同じだけ円と三角形2つ、火で構成される魔法陣を描き続ける。

 描き終えたら1つずつ魔法陣が描かれた紙でケムリの実を包んでいく。ケムリの実と魔法陣が減る代わりに増える煙玉を見ては笑って作っていく。


 煙玉を作り終えたので錬金釜を置いて水、+6毒ポーション、煙玉を入れて混ぜ混ぜ。今度は目を瞑るのを忘れずに光を防ぎ、完成した毒煙玉の品質を確認する。



──


『毒煙玉』

ケムリの実と火魔術を用いて発生する煙幕に毒を付与した玉。

一定の衝撃で起爆する。

発生する煙を吸うと強い「毒」の状態異常を発現する。


──



 ふむ。1個目の毒は『強い』という表現が付いてなかった。つまり毒ポーションの品質で効果も変わる。


 ならばパターン2と3だ。

 錬金釜に水を注ぎ、煙玉と10個ほどの毒ポーションを投げ入れる。もちろん爆発しないようにコストと容量には気を付けながら。


「さて、どちらが正しいか…」


 どちらも正しいというパターンもある。

 いやぁ、楽しいなぁー。今の僕は玩具を買ってもらった子供みたいな表情をしてるだろう。それも仕方ない。そのくらい楽しいのだから。


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