第25話 妹


 産廃と呼ばれそうな初級等価交換、初級というからには上級とかもあるのだろう、とそっちに期待しつつ理の天秤を片付ける。


 一旦錬金術は終わりにして、別の事をしよう。

 完全に錬金術からは離れないが、やるべき事は素材集め。あとこの街、ルグレの教会のクエストをクリアしてないので、ファストトラベルの開放のために教会にも行こう。

 気分的に白衣は錬金術をやっている時の方がかっこいいので白衣から軍服ワンピースへ着替え、うさ丸を呼んで頭に乗せる。


「まずは教会、迷わないように行こう」


 師匠と出会ったように棚から牡丹餅みたいな事もあるが、目的がある以上はそっちを優先した方がいい。それに、突発イベントも良いことばかりとも限らない。


 店を出ると、空はまだ暗く街には月明かりと街灯しか光がないため暗い。

 NPCはいないが、現実時間では昼という事でプレイヤーが沢山いて喧騒に包まれている。


 星空を眺めながら、人とぶつからないように注意しながら歩く。


 余裕ぶって空を見上げながら歩いているが、実は僕は教会の場所を知らない。エニグマとアズマにフレンドメッセージで聞いたので返信待ちだ。

 しかしベンチに座ってボケーっと返事を待っているより、露店とかを覗いて錬金術で使えそうな素材がないかと歩いているのだが…そもそも素材を売っているような露店が少ない上に、珍しく素材を売っている露店には目新しい物はない。


「はぁ……」


 それになんか見られてる。視線を気にしていると気分が沈む。

 軍服ワンピースを着て頭にウサギを乗せていたらそりゃ目立つよね。


《『エニグマ』からフレンドメッセージが届いています》


 おお。

 やっと返信が届いた。エニグマの話によると街の南東側、城壁の近くにあるらしい。

 しかし南東がどこにあるのかは分からない。


「歩こう…」


 城壁の近くにあるなら壁にそって1周回れば見つかるだろう。



 トコトコ。テクテク。


 ピタッ。ピタッ。


 トコトコ。テクテク。



 なんか、誰かが後ろに着いてきてる気がする。

 僕が歩けば後ろから足音が聴こえ、止まれば聴こえなくなる。


「えっと、どうしました?」


 振り返って、刺激しないように話しかける。このままでは城壁の内側1周の旅に同行者ができてしまう。


「やっぱり、凛兄?」


 僕の後ろに立っていたのは白髪の、今の僕や真白に似た少女。

 それと、話してもないのに僕の名前を知ってる事、その呼び方。もしかして…


「真白?」








 やはり、僕の後ろを着いてきていた白髪少女は真白だった。

 プレイヤー名は『ブラン』。何処かの国の言語で白、という意味だったような。


 フレンド登録をした後、一息ついてから真白にオシャレしてて偉いね、と言われた。この軍服ワンピースはかっこいいし可愛いが僕が選んだのではなくアリスさんに貰ったというのを話したら、会ったことあるしフレンドにもなっているとのこと。

 アリスさんが言ってた僕に似た女の子はやっぱり真白だった。


「スキルは?」


「魔法取ったよ。凛姉は私が守るから」


 ステータスはINT極振り、スキルは完全に魔法特化。現在のレベルは9。

 魔法のスキルは火、水、風の3つを頑張ってスキルオーブを買って取得したらしい。値段は1個1万くらいだそうだ。それよりレアな魔法、例えば氷だとかもあったらしいけど、20万とかするから無理とのこと。

 そしてステータスポイントを全てINTにつぎ込んでいるなら、ブランのINTは271になる。

 誰に似たんだか、そんな後先考えずに1つのステータスに割り振っちゃって…。


 …僕も一緒だった。やっぱ兄妹なんだなぁ。


「姉はやめて」


「でも周りの人は不思議に思うでしょ?」


 確かに。

 だが僕も今まで兄として生きてきたプライドが……いやでも今は姉だし…うーん。


「妹でも良いよ?」


 それはない。

 しかし今の僕は真白よりも小さいし、見た目も色素の薄い髪色と同じ赤系の目で似ているので妹と言われても仕方ない。


「姉で…」


 兄は諦めよう。妹にされるよりかはマシだ。


「しょうがないなぁ」


 なんで僕が悪いみたいになってるんだろう。

 でも誰が悪いかって話になったら女の子になった僕が悪いんだけど……女の子なったのは僕の意思じゃないから理不尽だ。


 うさ丸が気になったらしいブランにうさ丸を預け、並んで歩く。


「いっぱい懐かれたから欲しかったら1匹あげれるよ」


「欲しい!」


 客観的に見れば微笑ましい姉妹の会話を続ける。

 アリスさんに貰ったメイド服をブランにあげようという話をすると僕が着るべきと反論をもらった。自らの意志で着る予定はないので要らないんだけど…。


 着いてくるブランと話しながら壁沿いに歩いて行くと教会っぽい建物を発見した。

 ゲーム内が夜でもクエストは発生するようで、教会の関係者っぽいおじいさんから言われたのは、モリ森のフォレストウルフを5体倒して来てほしい、というものだった。


 フォレストウルフなら僕が倒した訳ではないが、アズマのレベル上げの過程でよく見た。それと手に噛みつかれた。

 ブランもファストトラベルを解放していないらしく、一緒に行くことに。パーティーを組んでなくても解放できるのかという疑問だが、ブランが多分大丈夫、と謎の自信を持っているのでそれを信じることにした。


「僕も今INT極振りだからなぁ…。ねえブラン、魔法ってどうやって使うの?」


 草原を通ってモリ森へ向かう途中。ただでさえ弱いのに、攻撃に使う予定だった毒煙玉を作れず、戦えるかすら不明な僕の戦力をどうにかしようという緊急会議が脳内で行われ、INT高いんだから魔法を使おうという結論に至った。


「決められてる詠唱を口にすると出る」


 1個、適当な呪文を教えてもらってそれを口にしてみる。


「風よ、刃となりて我が敵を切り裂け。『ウィンドカッター』!」


 しーん……。


 おかしい。ウィンドカッターどころかウィンドすら発生しない。ブランに教えてもらったのが間違えたとかでなければ――


「やっぱりスキル無いとダメなのかな」


 ブランの呟きを耳が拾う。まさか魔法系のスキルはスキルオーブからしか取得できないのか。

 そういえば累計値で獲得できるってアバター作った時に教えてもらったけど、累計値で取得したスキルは一つもないな。


「あと、やった事ないけど心の中で強く魔法をイメージしてもできるらしいよ」


「なるほど?」


 言われた通りにイメージするために目を閉じて集中する。


 思い描くのは強い風。でも並大抵の風とかは比にならいないくらい密度が高くて強い圧力によって押し出される、スプレーの超強いバージョンのようなもの。

 その風は草や木を切断しながら飛んでいく。そんなイメージ。


「風よ、刃となりて我が敵を切り裂け。『ウィンドカッター』」


 補助効果とかを狙って呪文も唱える。



 …が、何も起きない。


「やっぱ無理なんじゃない?」


 ですよね…。


 結局どうやっても魔法は発動しなかったので諦めて金属バットを握る。魔法を教えてもらっている間に森に入っているので、そろそろエンカウントするだろう。

 金属バットを右手に、どの角度から来ても一定以上の強さで殴り飛ばせるように構えながら進んでいくと、ガサッと茂木が揺れる音がした直後に狼が飛び出してくる。


 想定していたよりもストレートに来たため、バットを振らず反射的に避ける。だがこれは悪いことではないだろう。おそらく避けなかったら首とかに噛みつかれていた。

 狼は一匹だけではないようで、今まさに反転してまた攻撃してこようとしている初撃を避けた狼とは別の場所から物音が聞こえる。

 まずいなと思いつつ、多数を相手にするならできるうちに数を減らしておくべきだろうと、最初の一匹の攻撃をまた避けながらバットを振る。当たってはいるが、どうにも威力が弱いようだ。アズマが使っていた剣とは違い、バットは攻撃力は高くても殺傷力が低いのだろう。

 それでもダメージは与えられている。避けて攻撃して、という最も基本的な動作を繰り返し続けると、やがて狼のHPは0になり、倒すことができた。


 運が良いのか悪いのか、最初に遭遇したのは4匹の群れだったが、僕が1匹と殴り合ってる間にブランが残りの3匹を魔法で倒していたのでその戦闘はすぐに終わった。


「さては極振り強いな…?」


 落ちてるアイテムを拾いながら狼とエンカウントを待つ。

 魔法スキルも他のスキルと同じようにスキルレベルが上がると新しい魔法がアンロックされ、魔法攻撃力に補正がかかる……らしい。他のスキルとか言われても、僕が持っているスキルは錬金術しかないし、錬金術にステータスボーナスがあるかどうかなんて知らないのでなんとも言えない。


「スキル開くとアビリティ一覧が出るでしょ? そこでもう1回スキルの名前のところ押すと詳細出るよ」


 うっそだぁー。


──


『錬金術』

黄金の錬成を目的とした術。

研究、進歩の中で様々な分野を模倣し、取り込んで真理へと近付いていく。


──


 …うそだぁー。

 ちょっと期待しながら開いたけど、それっぽい項目も数値もない。魔法系のスキルと違って生産用のスキルだからだろうか。


「ステータスボーナスないんだけど」


「大丈夫だよ。凛姉は私が守ってあげるから」


 微妙に下手なフォローだ。


 沈む気分を晴らすために狼くんには犠牲になってもらおう。

 素材集めをやめ、狼を探す事に集中する。とても視界が悪い夜の森の中で、聴覚を頼りに近くにモンスターがいないか確かめる。

 集中することで感覚が鋭くなる。微かな風に土と血の、鉄の匂い。木々が揺れる音の中に混ざる葉を踏む音。


「ブラン、多分左後ろの木」


「分かった」


 呪文を途中まで唱えてもらい、姿が確認でき次第放ってもらうように伝える。


 木の間から姿を現したのは、狼…ではなく、クマだった。

 そう、クマ。昨日、アズマやエニグマとこの森に来た時と同じクマさん。誰かに倒されてるかもしれないので同じ個体かは不明だが、少なくとも種族は同じ。

 魔法を放とうとするブランを手で制し、まだいつでも放てる状態を保ってもらう。


 僕達を見て攻撃しようとしないが、それでも警戒はしている。

 金属バットを下げて、クマさんに近付く。動きはなく、じっと僕を見ているだけだ。


「よしよし」


 頭に手を伸ばして撫でると、クマさんから敵対的な雰囲気は消えた。ブランもそれに気付いたのか魔法を解除する。


 クマさんを撫でたりする必要はなかったのだが、僕達では物理攻撃力が高いクマさんの攻撃を受けたらほぼ間違いなく死ぬし、だからといって戦闘せず無視していても攻撃されないとは限らない。

 なら動物に好かれやすい僕に懐いてもらえば戦わなくて済むのではないかと考えた。確証はなかったので7割くらい賭けだったが、上手くいってよかった。


「なんかブランの部屋にある大きなぬいぐるみみたいじゃない?」


「こんなリアルじゃないよ…」


 あまり気に入ってなさそうだ。クマはデフォルメされた方が好きなのかな。

 クマさん、もふもふで可愛いのに…。


「その熊どうするの? 飼うの?」


 この質問はクマさんに関して。

 僕が撫でたせいで懐いてしまったが、前回はすぐ去っていったから平気だろう。ボスだから既定のエリアからは出られないとかなのかも。


「あ、どっか行っちゃった」


 そんな話をしているとクマさんがのっそのっそと歩いてどこかへ行ってしまった。散歩に来ていてたまたま会っただけなのだろうか。


「あと狼1匹倒せば終わりだしそっち探そうか」


 歩いていればそのうち出会うだろう、と歩き出した瞬間に物音がしたので金属バットを構える。


 草陰から飛び出てきた1匹の狼。音に反応してバットを構えているので振る時間は十分にある。

 両手でバットを持ち、大きく振りかぶって腰を捻りながら狼目掛けてバットを振るう。


「うわっ」


 踏ん張る事のできない空中では衝撃がそのまま伝わる。

 筋力のない今の僕では狼の重さを飛ばす事はできずに飛び込んでくる軌道を逸らすだけだが、こちらはダメージを与え、攻撃を受けずに済んだ。


「凛姉、避けて!」


 ブランの声を理解せずに横に飛び退く。狼から視線を逸らさず見ていると水の球が当たり、光の粒となって消えていった。

 消えていく狼を眺めながら射線に被ってたのか、とようやく理解した。同時に複数のことを考えるのに慣れてないので目の前の戦闘に集中しがちだが、パーティでやるならこれも気を付けないと。


「5匹目、と。帰ろうか」


 来た道は覚えてないが、どの方向から来たのかは覚えているのでそっちへ向かう。






 何事もなく街へ帰り、教会へ達成報告に行くとこの街のファストトラベルが開放された。

 教会でブランとは別れると思ったのだが変わらず着いてきた。文句はないが、雨が降ってきてしまったのでとりあえず雑貨屋ぐれ〜ぷへ戻ってきた。


「このゲーム雨とかあるんだね…」


 服は店に入った時点で既に乾いていた。多分、雨に当たってなければすぐ乾くようになっている。

 それにしてもこのゲーム、昼夜があるし天候もあるなら、季節とかも存在するのではないか。だとしたら現在は暑くないし寒くもない、でもちょっと暖かめの気候だから春だろうか。


「うさぎがいっぱい…!」


 ブランを店主さんの部屋へ案内すると走り回ったり寝たりしているウサギ達を抱っこして撫で始める。


「そういえばブラン、兄さんとは会った?」


「うん、会ったよ」


 兄さんは昨日の夕食の時点でルークスの近くの森にいるモンスターと戦っていたと思われる発言をしていた。ブランはまだルークスには行ってないらしいし、兄さんがルークスに行く前だろう。


「『ナス』って名前だった」


「ナス?」


 ナスってあの紫の野菜の? 僕やブランみたいに名前そのままとか部分を別の言語に変えてなら分かるけど、兄さんはナスに関係する名前じゃないでしょ。

 耕太って名前だから、耕す→畑→作物のナス……なのかなぁ?


「耕兄そこまで考えて名前付けてないと思うよ。最初に思い浮かんだのがナスだったとかなんじゃない?」


 それは有り得そうだから困るな……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る