第24話 初級等価交換


 

 アリスさんとの写真撮影を終え羞恥心で人の顔を見たくなくなった僕は、店主さんのベッドの上でウサギ達に囲まれていた。アリスさんは写真の選別と現像をしてくる、と言ってどこかへ行ってしまった。

 恥ずかしかった。全力で可愛いポーズをしているのをアリスさんに見られているのと写真を撮られているのとずっと可愛い可愛いと言われるのがあんなに恥ずかしいとは。


 思い出すとまた恥ずかしくなってくるので忘れるように師匠から貰った指南書を読む。



 合成の指南書は『合成』に必要な道具や基本的な条件、持っていると便利なスキルやアビリティが書かれている。

 条件などに関しては、自分なりに調べた事と師匠から教えて貰った事が大体同じなのでそこまで目新しい情報はなかった。

 道具は、ルークスの薬屋さんの錬金術師から貰った『錬金小樽』についても書かれていた。基本的に錬金釜の下位互換で、利点は場所を取らないこと。戦闘中なんかにも頑張れば使えるらしい。

 使い方は樽の中に水と合成する物を入れて振るだけ。しかし確率で失敗するのであまり推奨はされない。


 持っていると便利なスキルやアビリティには、水を使うということで水魔法や専用の水のクリスタル、先程教科書を読んで取得した計測なんかがある。

 この『計測』はスキルだと思っていたのだがアビリティだった。しかも錬金術に属している。アビリティの効果は錬金釜の中に入ってる水の量やアイテム1つのコストを数値化する、というもの。


「んじゃーやりますか」


 コストが数値化される。つまり、計算を間違わなければ爆発の可能性は無くなるというのに等しい。間違えたら爆発するけど。

 白衣とセーラー服に着替え、まず水のクリスタルを使って錬金釜に水を…。


 …意気揚々と使おうと思っていたが、これどうやって使うんだろうか。

 魔力を込めれば属性に沿った効果が出る、と師匠は言っていた。

 つまり魔力を込めれば良い。でも魔力を込めるってなんだ?


 八面体のクリスタルを握ってそれっぽく力を入れてみるが何も起きない。


「ネックレスは意志に反応するしそのタイプなのかな…」


 クリスタルを持って水が出るように念じる。


《『水精クリスタル』を使用します》


 システムメッセージの後、クリスタルから水が溢れ出て手を伝って錬金釜の中に入っていく。すぐに沸騰する、瓶10本分まで入ったが止まる気配はない。


「あれっ?」


 放置していても止まることはない。ステータスを確認するとMPがなくなりそうなので、止めるように念じるとクリスタルから水が発生しなくなった。


「止める時も念じないとダメなのか…」


 そりゃそうか、蛇口だって捻って出したままにして勝手に止まることないし。

 しかし、使用するのにMPを使うのか。MPはそんな多くない上にHPよりも幾分か回復速度が遅いので毎回クリスタルを使って水を入れる、というのはできなさそうだ。水槽みたいな物を買ってMPが余っている時にクリスタルを使って貯めておくべきだろうか。


 まあそれは後回しにして今は合成に集中しよう。

 新しく手に入れたアビリティである『計測』を発動する。


【錬金釜 0/8380】


 ウィンドウに表示された数値はおそらく、錬金釜の容量。左が0なのは素材を入れたら増えるんだろう。

 薬草を1つ入れると0が190まで増える。水入り瓶は210、シロの実は280。


「190、210、280…」


 合計の数値は680。つまりそれがシロのポーションを1本作る時に必要な容量になる。10本にすると6800。

 そういえば、『計測』の説明欄に発動していればアイテムステータスからもコストを確認できる、みたいなことが書かれていたような。実際に薬草のステータスを見てみると、下の方に『合成コスト:190』という表示が増えていた。

 わざわざ錬金釜に突っ込むより、アイテムステータスから確認した方が安全かつ楽そうだ。


 とりあえずシロのポーションの材料を入れてしまったので続きを。

 シロのポーション1本を作るのにそれぞれの素材を合わせると680、今錬金釜に入っている水の数値は8380だから、8380を680で割ると約12。

 薬草、水入り瓶、シロの実を合計12個ずつ入れても爆発はせず、混ぜると光って完成する。

 回復量は60。ヘラを使ったからか、回復量が高めのポーションを大量生産できた。


「よしよし」


 次が本題というか本命というか。

 毒煙玉を作ろう。まずは必要な容量の確認。1つしか作らないから錬金釜の起動分だけで大丈夫だとは思うけど念の為。

 毒ポーションのコストは860、ケムリの実は410。


「……瓶1本の容量はどのくらいなんだろ」


 起動した時の詳しい数値が分からない。

 MPがまだ回復してないので水入り瓶を取り出して錬金釜に注いでいく。1本入れる度に容量は500増え、10本入れた時、つまり5000に達した時点で沸騰が始まる。

 案外余裕だ。

 しかしだからといって大量には作らない。レシピが確定してない現時点では数少ないケムリの実を浪費する訳にはいかないのだ。


 心配性だと思うがこれで間違えて全部消えるとかになったら目も当てられない。


「品質とコストは関係しない、っと…」


 毒ポーションを何個か見たが、どれもコストは一緒。素材を何個か突っ込んで作った+6の毒ポーションだけコストが少し高かったけど、それは誤差の範囲だ。

 瓶10本分の水を錬金釜へ入れ、毒ポーションとケムリの実をポイポイっと放り込み、ヘラでグルグルと全体を大きくかき混ぜる。


「さあ、僕の戦力強化の第一歩だ」


 釜の中の夜空のような水にちらほら見える煌めきは、やがて光へと変わる。段々と活性化するように強くなる光は僕の視界を塞ぐ。

 光が消えると、そこには毒煙玉が…と思っていたのだが。


 結果は成功しなかったようだ。錬金釜の上に浮いているはずの物がない。

 代わりに現れたシステムメッセージは『失敗』の文字。


「相性のいい素材、ね…」


 成功する気満々だったので失敗したら何を変えるべきか、とかは何も考えてなかった。


 だが今の僕は師匠の教えを得て失敗した場合の改善点は知っている。

 2つの素材に共通点を持つ素材、もしくは方向性の指定。

 とは言っても何も思いつかなかったので、煙玉と毒は合わさるという賭博に近い仮説を立て、まずは煙玉を作ることにする。


 ケムリの実を煙玉にさせるには何と合わせれば良いか。

 そもそも、ケムリの実自体がほとんど煙玉みたいなものだ。割ると煙みたいに綿が飛び出てくる。

 煙玉というなら、ケムリの実の中身はそのままで、衝撃などで起爆できる球状のものだろうか。それならば、今回のパターンは相性とか共通点ではなく方向性の指定。


 必要になる素材は、中が空洞で簡単な衝撃で割れたり壊れたりする球。

 壊れやすいという点で思い付くのはガラス球だが、中を空洞にするのは難しいだろう。ならば自然由来のものが好ましい。


「落花生みたいなの…」


 アイテム欄をパッと見て引っかかった物。

 モリ森で拾ったけど使い道がないと思って放置していたアイテム、クルミ。中身は入っていると思うがクルミってなんか空洞のイメージあるなぁ、なんて考えながら錬金釜を起動してクルミとケムリの実を投げ入れ、混ぜる。


 光った後の錬金釜の上には…何も無い。

 これも失敗。


「うーん、何がダメなんだろう…」


 踏み台にしていた椅子から降りて座り、考える。

 中に詰める、みたいな感じではないなら何なんだろう。


 エニグマに頼った時に語っていた煙の説明を思い出す。

 煙というのは固体や液体の微粒子が空中に浮遊している状態…だっけ。あと燃焼によって発生するとか。煙のないところに火は立たないって言うし、煙に火は必要なのかな。


「…意味違くない?」


 噂に関する諺だったような。

 というか逆じゃない? 火のない所に煙は立たない、か。なんで煙が先になってるんだ。


 とにかく、次に試してみる要素は火。だがあいにくと、今の僕は火のアイテムを持ってない。

 そもそも火のアイテムって何なのだろうか。


「火…火ぃ? クリスタル…はコストが高すぎるから無いと思いたいけど」


 あとはマッチみたいな火を発生させる道具。技術が発展してないこの世界だとマッチより火打石かな?

 だがマッチや火打石をケムリの実と合成したところで、という感じがある。マッチとかは着火するための道具であって、殻を割ると中身が煙のように出てくるケムリの実に着火してもそんなに意味はない気がする。


 まあどちらにせよ確認できてないアイテムだ。要は、現時点では詰みである可能性が高い。


「後で師匠に聞きに行こ…」


 先に試したいこと全部やってから師匠のところへ行こう。

 錬金釜をしまい、代わりに出すのは『理の天秤』。まだこれも試す必要がある。

 今回は今までの『合成』や『調薬』とは違い、前情報がある。

 師匠から貰った『レトの等価交換指南書・初級編』を読んで、何ができるのか、どう使うのかは知っている。


 この『初級等価交換』というアビリティは任意のアイテムを下位互換の物に変換する事ができる。鉄を下位変換すれば屑鉄に、回復ポーションを下位変換すれば回復量が落ちる。だが悪い事ばかりではない。数が増えるのだ。

 だから回復量の高いポーションを作り、それを下位変換すれば少し回復量が落ちたポーションが大量に作れる。

 使い方は簡単。理の天秤の右の皿に物を置いて唱えれば実行できる。


 まずは試行。使うアイテムは回復量が60の、さっき合成で作ったポーション。


「『下位変換』」


 ウィンドウにズラッと変換候補が並ぶ。

 45まで下げれば2個、30まで下げれば3個……といったように、回復量が下がれば下がるほどアイテムの数は増える。

 45を選択すると右にポーションを置いたことで傾いていた皿が水平になり、ポーションが光の粒となって皿をぶら下げている棒に入っていった。今度は左の皿の上から光の粒が降り、瓶の形なっていく。


「……瓶増えてない?」


 光の粒が瓶を形成し、光らなくなるとポーションが2つになっている。しかし中身はともかく、瓶は一体どこから来たのだろうか。

 瓶も一緒に下位変換すれば回復量を減らさずに量を増やせるのではないかとも試したが、1個ずつしか変換できないから無理だった。


「このくらいかな…」


 正直、この『初級等価交換』ではできる事が少ない。上位互換ならまだしも、下位互換の素材に変換しても質のいいものはできないので使い道はほぼない。

 あるとすれば、耐久性を意図的に下げた素材が必要だとか、回復量の多いポーションを回復量を落として量産するとか、そのくらいだろう。

 商売に使うのはありかもしれないが、性能を求めるところでは使えそうにない。このアビリティ、産廃とか言われたりしそうな予感がする。


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