第22話 逢魔時の路地裏


 先頭を歩く銀髪の少女と、それに追従する大量のウサギ。

 傍から見れば、そんな構図だっただろう。草原から近い街の入口で衛兵さんに説明し、中に入れてもらって店主さんの店、雑貨屋ぐれ〜ぷに到着するまでの間にあらゆる人のあらゆる視線を受けた。主に好奇の視線。


 ウサギ達には奥の部屋で家具を壊したり部屋を傷付けたりしないように注意して自由にさせている。大体はベッドや椅子、テーブルなどの上で丸くなって寝ているが、何匹かは店に居る僕の方へ来て僕の肩や頭に乗ったり、カウンターの上で動き回ったりと活発な子もいる。

 店にいても特にする事はなく、客の人と少し話したりウサギ達と戯れるだけだ。

 だがウサギを引き連れてこの店に戻ってきた事で物珍しさに惹かれた客が来ているらしく、ついでにガチャガチャを回していくから中身がなくなった。それによって店主さんが帰ってくるのを待っているのだ。

 全く意図していなかったけど、宣伝にはなったっぽい。



「お待たせ〜」


 店の入口からではなく奥の部屋の方から店主さんがやってきて、ガチャガチャに触れてしばらくすると離れ、また回され始めた。


「人増えましたね」


「リンちゃんのおかげだね〜」


 間接的にそう。僕というよりウサギのおかげだ。


 店主さんが帰ってきたのでカウンターの席から降り、素材コーナーに何かないかと探しに行く。薬草とか瓶とかは店主さんがいなくても勝手に買い取れるようにガチャガチャと似たシステムの売却ボックスが設置されているので見る度に補充されている。

 薬草とシロの実、水入り瓶を全て買って店主さんの部屋に戻る。


「さて、そろそろポーション作らないとヤバそう」


 ガチャガチャの中身も、客が増えた事で直ぐに無くなりそうだし。

 錬金釜をアイテム欄から取り出し、椅子の上に乗っているウサギをテーブルの上へ移動させ、椅子を踏み台に合成を始める。


 あとついでに実験を。

 今までは最大でも10本ずつ作っていたが、水を瓶4本分追加すると10本作れるだけの容量を確保できる。でも1番最初に試した時は追加の水は10本分だったので、4本追加で10本作れるなら8本追加すれば20本作れるのではないか。

 先に起動する分も含めて18本分の水を注ぐ。

 そして薬草、水入り瓶、シロの実を20個ずつ投入!



 ──爆発した。



 実に昨日ぶりだ。HPは9割ほど消し飛ばされた。ミリ程度の体力しか残ってない。


 理論値で言えば18本で成功する筈なのだが。「3.9本分の水=薬草、水入り瓶、シロの実10個ずつの容量」とかだとしても8本あれば問題ない。

 合計で使った水の本数は18。いつもは14。

 つまり、起動に使った10本も容量にカウント…されてるよね、追加しなくても合成はできるんだし。


 新理論発見とか思ってたけどただ見落としてただけだった。

 つまりシロのポーション10本分の容量は4本じゃなくて14本なのね。じゃあ4本追加するだけでコスパ良くなるとか甘い考えは捨てた方が良さそうかな。


「大人しく10本ずつ作ろうか…」


 最も水の効率がいい本数を求めて作ろうとも一瞬考えたけど面倒だからやめた。

 水は有り余ってるしそこまで気にしなくても……良くないな。1回で錬金釜の起動に10本、容量確保のために追加で4本、ポーションの材料の水入り瓶10本で合計24本も使うのか。


 空のガラス瓶の数が700を越えているのに水入り瓶は100とちょっとしかない。仕方ないので合成を中断して、店主さんに水を手に入れる方法はないか聞く。


「お水かぁ〜。近くのモリ森に湖があるけど〜、あんまりおすすめできないよね〜」


 まあ自慢じゃないけど僕めっちゃ弱いからね。


「NPCって水飲まないんですか?」


「水が発生するアイテムがあるらしいね〜」


 らしい、というのは店主さんも見たことはないということだろうか。NPCと交渉して買えるかもしれないし、探してみよう。

 店主さんに伝え、ウサギを部屋に置いてうさ丸だけ頭に乗せて店を出る。



 考え無しに出てきたが、情報を聞いておけば良かったかもしれないと少し反省。

 水というのは生きていく上で必要になるものだ。だがNPCが井戸から水を取って運んでいるような姿は見たことがなく、井戸も見当たらない。

 もしNPCが水を飲んで生きているのであれば、その水が発生するアイテムは家の中にある可能性が高い。そして普及率。あらゆるNPCが十分に水を飲んで暮らせているとするなら、家に1つはあるのだろう。

 つまり、家具屋とか不動産屋みたいな所に行けばあるかもしれない。

 そうと決まればまずは家具屋からだ。









「……ここ何処?」


 迷った。

 裏路地のような所を歩いているが、後ろも前も雰囲気は変わらない。別に僕はそれほど方向音痴ではない……と思っていたのだけど、いつもは地図があるから平気なだけだった。

 このゲーム地図ないから不便なんだよなぁ。


「来た道覚えてないしとりあえず進も……」


 行き止まりならこっちに道がない事の証明になるし。

 建物と建物の間の小さな道。薄暗いし人も全くいない裏路地を歩いていく。曲がる事もなく、行き止まりにもならない。

 やる事がないので茜色に染まりつつある空を眺めつつ歩く。薄暗くても空はしっかり見える。




 ……迷ったことを認識してから5分が経過した。

 明らかにおかしい。裏路地が長い事もそうだが、曲がり角がないし行き止まりもない。しかも歩いて行って見る景色には見覚えがある。

 デジャヴではない、これは先程から何度も見ている景色。割れて放置されている瓶の残骸、栓がされずに中身が零れている水入り瓶。古く傷んでいる木箱や樽、苔が模様のようになっている壁。


「なんだここ…」


 特殊なマップに移動する何かの条件を満たしていたのか、確率で迷い込むホラーマップみたいなものなのか。どちらにせよ、正式な道ではないことは間違いない。

 同じ景色を何回、何十回と見ながら歩くが相変わらず曲がり道も行き止まりも存在しない。ただ道があるだけ。


「うさ丸、帰った方が良いかな?」


「キュィ…」


 元気がない返事、ということは恐らく否定。うさ丸の野生の勘を信じて進み続けよう。




 それからも何回も同じ道を歩いていて気付いた事がある。

 歩き続けて10分近く経っているのに、空が変わらない。このゲーム内は4倍の速度で時間が流れる。つまり10分は40分と同等なのだ。

 40分あれば、茜色と空色が混ざった空も茜色に染まる。それなのに変わらず空色は見えるし、雲の形状も覚えてしてしまった。


「なんか動かした方がいいのかな……」


 こうも変化がないならば、自分が変化を起こし、正しい変化ならば道が開くみたいなギミックなのだろうか。

 しかしヒントがない…のは錬金術もそうだが、この場においても何を変化させればいいのか見当もつかない。


 それにただ進むと戻される、というわけではないかもしれない。

 空のガラス瓶をアイテム欄から取り出して置いても、木箱や樽を壊しても、中身が零れている水入り瓶を回収しても少し歩いていると元に戻った景色を見る。

 同じ構造が連続しているのか、リセットされて戻されるか。


「どうであろうと意味不明なんだけど…」


 エニグマを頼ろうともしたが、フレンドメッセージ機能が使用不可になっているし、そういうイベントなんだろうか。エニグマなら神隠しの類の話も知っていると思ったけど、メッセージが送れないなら頼れない。


 もう打つ手がないので壁に隠し通路とかないかなーとか考えつつ木刀を壁に当てながら歩いていく。

 ちょっと歩いていると木刀が空を切る感覚の後にカンッという木刀が壁に当たる音が響く。


「これは予想外…」


 本当に隠し通路があるとは。

 木刀が引っかかった所は他と変わらず壁があるように見える。だが木刀がそうであったように、触れてみてもすり抜けてしまう。

 ずっと変わらない道を歩いていくよりも、この隠し通路を進んだ方が何倍も良さそうだ。時間の浪費具合的にも。


 隠し通路に入り、また歩いていくと開けた場所に出た。先程までの路地裏のような街中ではなく、平原のような、街の外のような場所。

 一目見るだけで明らかに違う種類の木が沢山あり、花壇には草、丸太にはキノコなども生えている。そして何より目立つのはその中にある家。

 作られたであろう自然の中にポツンとある家はかなり古い。木造っぽいが所々傷んでいて、金属バットで強く叩けばすぐに壊れてしまいそうだ。



「ここに客が来るとは珍しいね」


 背中の方から声がしたので振り返ってみれば……誰もいない。

 しかし人はいないが猫が座っていた。まさかこの子が喋ったのか、と思いつつ頭を撫でてみるがニャーニャー鳴くだけで話してくれなくなった。


「私は猫じゃないよ!」


 再び声が。今度は正面、斜め上の方から聞こえてきた。

 見上げてみると、低木の枝に乗ったリスが。猫を抱えて立ち上がり、リスと同じ目線に合わせるとうんうん、と頷いてきた。


「やっと分かったか。私はリコ、ここに住んでるんだ」


「この家に?」


「その家は私の主のレト様のだよ」



 このリコというリスは、家の主であるレトという人に子供の頃に拾われ、生きていくうちにかなりの力を持ち、喋れるようにまでなったらしい。

 そしてそのレトさんとやらは静かに過ごせて、なおかつ街に買い物などに行くために困らない場所を求めたがなかったので街中から結界で隔離した場所に住むことにして、数十年前にここに来た、と。

 所々難しい言葉で説明されて理解できない事もあったけど、とにかくここは普通は入る事ができない空間らしい。


「なんか凄いね」


「そうだよ。レト様は凄いんだ!」


 自慢してくる辺り仲が良いか慕っているんだろう。慕っているならそれだけの事をしている筈なので、どちらにせよ仲は良さそうだ。


「猫は喋らないの?」


「その猫はまだ新参者だからね」


 成程……。

 雑貨屋ぐれ〜ぷに戻れば大量のウサギがいるけど、猫も飼いたいな。何処にいるんだろ、猫。


 折角だからリコの言うレトという人と会ってみたい、と言ってみると元気よく「良いよ!」と返事をした後、低木から飛び降りて家の近くのリスサイズの高さに設置されているベルを鳴らした。

 猫を撫でて待っていると、ドアが開いて中から人がでてくる。ちょっと緑がかった白髪で、耳が長い。他のゲームではエルフと呼ばれる種族の特徴を持っている。


「どうしたリコ。餌がなくなったか?」


 中性的な顔だけど声は高い。どうやら女性らしい。


「おっと、人が来てたか」


「この子がレト様と会いたいって」


「私に? ふむ……まさかとは思うが君、「原初のフラスコ」を持っているか?」


 レトさんの口から出た、僕が持っている錬金術の生産キットと同じ名前。

 予想など微塵もしていなかった言葉に息が詰まってしまったが、所持している、というのを伝える。


「そうかそうか。私が売った相手とは別だったが、ここに来れたならば些細な事だ」


「それはどういう……?」


「君、錬金術師だろう? または見習いか。私に弟子入りしたまえ。フラスコのように全ての道具をあげることはできないが、ここで使わせてあげよう」


 マシンガントークというのだろうか、こちらが口を挟む暇すらなくグイグイ来る。


「それとこれをやろう」


 彼女がポケットをゴソゴソと漁って取り出した物。

 白い宝石を中心に、赤や青、黄色や緑の小さな宝石で装飾されたネックレス。見るだけでかなり高価と分かる。

 それをポイっと投げて渡してきた。


「これは?」


「ここに来る時はそれを使うといい。さて弟子よ、私に君の錬金術を見せてくれ」


 まだ弟子入りするとは言ってないんですけど。


 レトさんの言う事が理解できなかったのでアイテムステータスを確認する。



──


『黄昏の首飾り』

逢魔の空間へ誘うネックレス。触れて念じれば逢魔の空間へと移動できる。

製作者 レト=ノクス


・装備条件:レト=ノクスが指定する。

・INT+26


──



 特別な意味はなくそのままだった。これを持っていればいつでもここに来れるという事か。

 あとレトさん、フルネームはレト=ノクスなんですね。


「今は『調薬』と『合成』、それに『初級等価交換』を覚えていますけど調薬と合成しかできてないです」


「期待以上だ。それで、調薬と合成はどこまで?」


 昨日始めた錬金術で自分なりに理解してきた事を話していく。

 『調薬』で様々なポーションを作った事、『合成』で何回か失敗した事。そして『合成』で入れる水の量で容量が変わる事、性質に共通点を持たない素材同士では合成できない事。


「ふむ。君、独学か?」


「はい」


「ふむふむ、誰からも教わらずにそこまで辿り着いたのは凄いな。師匠として褒めるべきだ」


 そう言って頭を撫でてくる。


「だが師匠として、錬金術師の先輩として教えるべき事がある。君の「性質に共通点を持たない素材同士の合成は不可」という説は半分正解、半分不正解だ」


 なんと。

 僕もまだデータが足りない為、説や仮定の域を超えなかったのだが、ここで答えを教えてくれるというのか。


「君が試したというレシピ、薬草とマウタケだったか。それを合成するには水を加えればいい」


「水?」


「薬草と水、マウタケと水というようにどちらもポーションが完成する。水を加えて合成すればそれらのポーションを合成した物ができる。結果は同じだが1段階、過程を減らせるんだ」


 合成させたい2つの素材が直接合成不可な場合、どちらにも関係する、相性のいい素材を追加で入れる事で合成が可能になるという。

 また、合成には形を指定しないと完成しない物もあるし、相性の良い素材が発見されずにずっと記録がない素材同士、というのもあるらしい。


「なるほど……ありがとうございます」


「なに、師匠としては当たり前だ。話を戻すが、等価交換をしないのは何故だ?」


「道具がないです」


 師匠はすっかり僕のことを弟子として扱っているし、師匠から錬金術について教わるのも悪いことではない。この際弟子になっておこう。


「ふむ。『理の天秤』か、あれは確か旅先で必要になったから買った時の物が余っていたな」


 少し待っていてくれ、と言い残して師匠はボロい家の中へ入って行った。


 師匠が戻ってくるまで暇なのでまた猫を撫でて時間を潰す。

 裏路地を歩いていた時に嫌という程見た夕暮れは、既に夜へと変わっている。



「まさかレト様に弟子入りするとは思ってなかったよ」


 空気と化していた、僕も少し忘れかけていたリコが喋る。

 僕だって迷い込んだ所で錬金術師の人と出会うとは思ってなかったし、弟子にされるとはもっと思ってなかった。


 師匠の口振りから、ここへ来たのが僕でなくとも弟子にしていただろう。ここへ来させるために「原初のフラスコ」を誰かに売った、というような事を言っていた。

 だから恐らく、僕を見て錬金術の才能を感じたとかではないはず。師匠は僕よりずっとずっと凄い錬金術師だろう。リコが喋れるのも師匠が原因かもしれない。


「師匠はなんで弟子が欲しかったのかな」


 最終的な疑問はそれだ。

 エルフは長寿という設定があるからなのか、師匠は若く見える。だからまだ寿命で後継者が欲しいとかそういう理由ではない……と思う。


「待たせたね」


 戻ってきた師匠の腕には、天秤と何冊かの本が抱えられている。

 天秤には葉のような模様の装飾が施されていて、シンプルではあるがカッコイイ。

 本はそこまで分厚くなく、パッと見て2cmか3cm程度の厚さの物が3冊。


「天秤は使ってないからあげよう。こっちの本は私の研究書だ」


 受け取った天秤と本をインベントリに入れ、主に本を確認する。



──


『レトの合成指南書』

レト=ノクスが記した錬金術のアビリティ『合成』の指南書。

合成の条件や方法、簡単なレシピなどが書かれている。


『レトの錬金教科書』

レト=ノクスが作製した錬金術の教科書。

条件を満たして読破すれば新たな道が見えるだろう。


・条件:INT115以上


『レトの等価交換指南書・初級編』

レト=ノクスが記した錬金術のアビリティ『初級等価交換』の指南書。

初級等価交換の使い方や条件、簡単なレシピなどが書かれている。


──



 本は師匠の指南書と教科書だった。

 この指南書というのが、ゲームにおけるチュートリアルなのかもしれない。何故このゲームはこうもプレイヤーに厳しいのか。チュートリアルは初めてやる時に出すものだろう。

 あと教科書。読む為の条件と思われる項目がINTが115以上であること。現在レベルが3の僕が持つステータスポイントは90。全てをINTに割り振っても91にしかならないので、しばらくこの教科書は放置になるかもしれない。


「ありがとうございます、師匠」


「うむ、暇があればいつでも来ていい。あと帰る時もネックレスに念じれば帰れるよ」


 行き帰りで必要ならば、常時装備しておいた方がいいかもしれない。アイテム欄からネックレスを選択して装備する。


 時間も結構経っているし、そろそろ帰ろう……という所で、裏路地に迷い込む前の目的を思い出す。


「師匠、合成に使う水ってどうやって確保してますか?」


「水? そんなの水のクリスタルで…そのネックレスにもついてるやつだ」


 師匠がポケットに手を入れてゴソゴソと動かした後に手のひらサイズの青い八面体を出して渡してくる。


「質はこっちの方がいいから、欲しいならあげよう」


 この水のクリスタルは魔力、つまりMPを消費して水を発生させる事が可能らしい。クリスタルは属性毎に存在していて、それぞれの属性に合う効果を持っている。


 これで家具屋とか不動産屋とかに行かなくても済むし、師匠には感謝ばかりだ。

 ゆっくり指南書を読んだり等価交換を試したいので早速帰ろう。

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