第18話 二日目
「んん…」
暑さで意識が覚醒する。飛び起きてクーラーを点け、時間を確認すると午前6時30分近く。
昨日はルグレに着いてエアリスさんとアクアさんとフレンド登録をして別れ、1人で店主さん所に行って時間も遅くなったからログアウトして寝た。
思い返してみれば濃い1日だ。初日から別の街に行ったし、錬金術を始めてスキルレベルはまあまあ上がった。あと合成のチュートリアルがなくてキレかけたりもした。
そして間髪入れずにログイン。
夏休みは最高だ。まだ3日目だから全然余裕あるし課題も終わらせているから、夏休みが終わるまで学校のことを気にする必要はない。体の変化という点を除けば。
まあ、それは考えてもどうにかなることでもないし、どうにかなるとしても考えたくはない。後回しでいい。
『Fictive Faerieへようこそ』
もう大分聞きなれたシステムボイス。聴くのはこれで4回目くらいかな。
目を開くとログアウトした時に居た店主さんの部屋に居る。椅子で寝てた筈なのに、いつの間にかベッドで寝ている。
「店主さんが移動させてくれたのかな…」
部屋を見渡しても店主さんの姿はない。僕の横で何故かアリスさんが寝ているがそれは無視しておこう。
「リンよ〜、我の作った服を着ておくれ〜むにゃむにゃ」
この人起きてない? ログアウトしてたらプレイヤーキャラクターは動かないし寝言も言わないはずだし……いや、もしかしてログインしたまま寝てる?
「リンよ〜! 我の! 作った! 服を! 着ておくれ〜!」
起きてた。
「嫌で〜す」
ベッドから降りて伸びをする。
昨日は夜遅かったから店主さんの店に来てすぐ部屋を借りてログアウトしちゃったから素材は買えてない。今のうちに買っておこう。
「リンよ〜! お主に似た
部屋から出て店の方に行くが後ろから呻き声が聞こえてくる。
僕に似た女の子って真白かな? だとしたら僕を姉にしている…? …いや、さすがに平気だよね。昨日の夕飯の時は兄って呼ばれてたし。
「あ〜、リンちゃんおはよ〜」
「おはようございます。早いですね」
「まあね〜。βテストの時からこのゲームはやり込むって決めてたし〜」
店には既に店主さんが居た。お客さんと話しているし、店の中は昨日は全然見なかったけど今日はいっぱい客が居る。
「リンちゃんのおかげで繁盛してるよ〜」
「それは良かったです」
カウンターから出て店の中の素材を売ってるコーナーへ向かう。ここで薬草と水入り瓶、シロの実などを買えるだけ買う。今の所持金は1万ソルくらいしかないが供給過多によってめっちゃ安いのでお金はそこまで気にしなくていい。
水が何処かにあればガラス瓶に入れて水入り瓶にできたんだけど、川とか湖とかを見かけないからガラス瓶ばっかり貯まる。
ポーションを作るにしても水入り瓶から水を出してその瓶に完成したポーションを入れれば1本で済むから、空きのガラス瓶はそれだけ持っててもあんまり意味が無い。
それに、昨日試した『合成』では水を大量に使うせいで若干不足気味だ。
素材を買い、店主さんの元へ戻るとカウンターの横に列ができているのに気付く。
「店主さん、あれは?」
「ガチャガチャだよ〜。1回700ソルで〜、ランダムでポーションが出てくるの〜」
説明を聞くと、昨日僕が大量に売ったポーションを話題性を大きく売るにはどうしたらいいか考えた結果、回復量が疎らな事を利用してガチャガチャを作って設置したらしい。プラスチックの部分はなく、木や石で作られてる。
プレイヤーがガチャガチャを作るのは想定されていたのか、管理者が筐体へアクセスするだけで商品は変更できるし、カプセルは用意しなくてもいい。かなり便利だ、ガチャガチャ。
そんなガチャガチャの筐体は木工とか鍛冶とかガラス細工とか色んな人を伝手で頼って作製したとの事で、エニグマもそうだったけど店主さんも交友関係広いんだなと感心。
本来であれば1本1350ソルで売られている回復量がHP60のポーションなんかも排出されるようにしているらしく、「もしかしたら得するかも…」と挑戦してくれているようで、売上は良いそうだ。
ハズレとされる物でも店で売っているポーションとそこまで大きな値段の差はないからか人気もあるらしいが、そのせいでポーションの在庫がなくなりそうと言われた。
「じゃあ作りますよ。味とか何個かありましたけど要望あります?」
「ほんと〜!? じゃあ緑茶みたいなのを4割と〜、ヨーグルト味が2割〜……」
それと、乳酸菌飲料みたいなのを4割くらい。
言われた事を記憶して店主さんの部屋に戻る。きっちりその割合じゃなくても、大体で良いと追加で言われた。
正確な数を指定せず、割合で言ったのは納品数はこっちに任せるという事だろうか。
それなら僕の錬金術のスキルレベルを上げるついでにたくさん作ろう。お金も貰えるし願ったり叶ったりだ。
先ずは合成の実験ついでに。
昨日作ったシロのポーションは、同時に大量に作ると回復量が同じになった。しかし作った全てが同じではない。1回目に成功した時は10本が回復量50、その次は1本だけで回復量は45、その次は10本で回復量は55。
つまり作るごとに品質が変わる。『調薬』と同じならばランダムではないだろう。
だとすると何が原因か。僕が手を加えれる部分は2つ、素材を入れる時とかき混ぜる時。
素材を入れる時に手を加える場合は入れ方か素材の品質のどっちかだけど、昨日の『合成』の時に回復量55のポーションが完成したパターンではシロの実を離れて投げ入れていた。なので入れ方による変化はなく、素材の品質も今のところ確認した事例はない。
となると残るのは混ぜる時に品質の変化がある可能性。まあそこまで考えなくてもこっちだと分かる。だがこっちで確定だとしても、混ぜる時にどうすれば良いのかが不明だ。
「混ぜ方……綺麗に混ぜれたら品質は上がるか…?」
「うむうむ! よいぞその表情! あと我の作った服を着てくれ!」
めっちゃうるさい。
アリスさんは無視して思考を再開する。
…分からないな。データがないと結局予想でしかないし、さっさとやろう。
錬金釜を取り出し、踏み台代わりに椅子を引っ張ってきてその上に乗る。錬金釜を使う必要最低条件に瓶10本分の水が要るというのは昨日分かったので10本取り出し、栓を抜いて水を錬金釜へ注ぐ。
「ヨーグルト味は…シロのポーションと」
2割と少なく指定されたヨーグルト味。他のと比べて味も回復量も良いから高価で扱うのだろうか。
昨日の検証…検証? 兎に角、昨日の色々試した中で、シロのポーションを10本作るときの追加する水は瓶4本というのは分かっている。
追加で瓶4本分の水を入れ、その後に薬草、水入り瓶、シロの実を10個ずつポイポイ入れる。
予想が正しければ、ここからが品質を左右する作業である。
「ヘラだっけ、あれ作ってもらうか買うかした方が良いかなぁ…」
原因は木の枝にあるとも考えられなくはない。しかしそれを言っていてもどうしようもないので作ってしまおう。
混ぜ方で左右されるとするなら、全体が混ざるように大きく回すのが良いのかな。
混ぜ始めると水が真っ黒になり所々キラキラと煌めいてくる。
「リンよ〜我を嫌いにならないでおくれ〜…」
なんなんだこの人。無視してた僕も悪いけど情緒ヤバいでしょ。
「嫌いにならないんで邪魔だけはしないでくださいよ」
「うむ!」
まぜまぜ。しばらくの間ぐるぐると木の棒回していると、合成完了の予兆であるキラキラが光へと変わったので腕で顔を覆い目を閉じる。
「ぬわぁぁぁ目があぁぁ!」
腕の隙間から目を閉じていても分かるくらいの光を感じたので目を開けると、錬金釜の上に瓶が浮いている。それに触れると成功のログが流れてくる。
《『合成』に成功しました》
《『シロのポーション×10』を作製しました》
床をゴロゴロとのたうち回っているアリスさんを尻目に、完成したポーションのアイテムステータスを確認する。
回復量は55。混ぜる作業が品質を決定するならやはりヘラは買ってくるべきだろうか。
あるいは、時間をかけると品質が低下するという可能性も……いや、無い気がする。
昨日、回復量55のポーションを作った時は爆発が怖くてシロの実を1つずつ遠くから投げ入れていて時間がかかったが、今回はそれよりかなり短い。
やっぱり混ぜ方の気がするしヘラ買いに行こうかな。
「大丈夫ですかアリスさん」
「うごぉぉ……リンが我の作った服を着てくれれば見たさで治るかもしれん……」
「大丈夫そうですね」
部屋から出て、店の方に居る店主さんに客がいなくなったタイミングでヘラがないか聞いてみるが、ないらしい。普通のすらないので大きめの物はやはりオーダーメイドしか作れないかもしれない。
かと言って木工ができる知り合いはいないし、そもそも店があるがあるかも分からない。ついでにお金もない。
「話は聞こえてきたぞリンよ! 木工なら我の知り合いに腕が良いのがおるぞ! 何、礼は要らん! どうしても言うのであれば我の作った服を─」
「木工といえば〜、ガチャガチャを作った時に頼った人なら紹介できるよ〜。どうする〜?」
「お願いしていいですか」
「分かった〜! 今オンラインだから聞いてみるね〜」
「何故じゃリンよ! もう少し我に優しくしておくれ!」
いや、僕もアリスさんが嫌いだからこうしてる訳じゃないんですけどね?アリスさんが服の話題出さなければ僕もちゃんと対応するんですけど。
「来てくれるって〜」
「ありがとうございます」
「いいよぉ〜」
「うぐっ…ひぐっ……リンよぉ…我を、嫌いにならないで…」
「アリスさん酔っ払ってます? なんかテンションおかしいですけど」
とうとう泣き出したし、テンションの上下が激しい。前に酔った兄さんを相手にした時と似たような面倒くささを感じる。
「酔ってなどおらぬ…我は、我はぁっ!」
「じゃあ服着てあげますから泣き止んでください」
「これじゃ」
演技かよ。
渡されたのは白黒の可愛らしい服……メイド服だった。可愛い女の子がメイド服を着たり、周りが着せたりするのはアニメとかだと定番だけど自分で着る事になるとは。
しかし着てあげると言った手前やめるなんてしたらアリスさんがうるさくなる。
手に持ったメイド服をインベントリに入れ、アイテム欄から装備変更で着る。
「動きにくっ…」
スカートが長くて走ると足に絡まりそうだけど……そうならないようになってるのかな。スカートの構造とか正直分かんないしなぁ。
「可愛いね〜」
店主さんがカメラで撮ってくる。客が全く居ないとはいかないけど、少ないタイミングで助かった。
割り切ってるとはいえ人に見られるのは恥ずかしいので店主さんの部屋に戻る。店主さんもアリスさんも着いてくるけど、店主さんは店にいなくて平気なんですかね。
「……うむ、よい出来じゃ」
アリスさんが手に持っているカメラからカシャシャシャシャシャ…と、常に撮影している音が聞こえてくる。メモリ容量とか大丈夫なのかな。
「これもう外していいですか」
「何故じゃあ!そんな可愛いというのに!」
「動きにくいんですよ」
可愛いのは認める。自分じゃなければ、僕も店主さんやアリスさんと同じ立場か傍観者になってるだろうし。自分じゃなければ。
「アリスちゃ〜ん、前にも言ったけど〜、利益がないんだよ〜」
「むっ……利益か。そうじゃなぁ…試着した服をそのままお主にやろう!」
「セーラー服と白衣で十分なんです。カッコイイ服は欲しいけど可愛い服は別に要らないんです」
「そうか……では試着した服をやるのはそのままとして、お主の要望に沿った服も作ろう。それでどうじゃ?」
「まあ…それなら良いですけど」
可愛い服は真白にでもあげればいい。可愛い女の子が可愛い服を着るのは義務、とか言ってたし真白も可愛い服は欲しいだろう。
属性の違う服を作ってくるぞ! と言って店を飛び出していったアリスさんを見送り、店主さんが呼んでくれた木工の人が来るまでポーションではなく別の物を作る事にする。
アリスさん居ないしセーラー服と白衣に戻しておこう。
さて、それはそうとまた実験です。
「辛いね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます