第16話 独学の実験


 爆発という言葉をご存知だろうか。英語だとエクスプロージョンとか言うあれだ。

 圧力の急激な発生、または解放によって発生する光・熱・音や破壊作用を伴う現象、それが爆発だ。

 爆発にも種類があるが、それを考えずに爆発を起こしたい、というだけならば空気を通さない閉鎖空間で火を使っていればいい。それだけで火によって気体が膨張し、扉やガラスなどの脆い部分から内部からの圧力で破壊される。まあ勿論、中に人がいた場合は死ぬ。爆発とかではなく呼吸不能の方が死因だろうが。



 以上、エニグマ先生の解説でした。


「痛いなぁもう…」


 ポーションを『合成』で作ろうとしたが、薬草と水入り瓶を入れた錬金釜に追加でシロの実を投入したら爆発した。


 如何せんデータが足りない。失敗の原因はシロの実だけとは限らないのだ。

 例を挙げるとするなら、表示されないだけで時間制限があるとか、素材を入れられるのは2つまでで、3つ目を入れたから爆発したとか。


「回復したらやろう…」


 八割近くのHPが消し飛ぶ威力の爆発だし、このままやったら死んでしまう。

 自然回復を待っているうちに色々考えておこう。



 失敗した原因は不明だけど、やった事は薬草と水入り瓶とシロの実を錬金釜に入れただけ。


 もし同じ手順で同じように爆発してしまうのなら、シロの実を入れることが間違いか3つ目の素材は入れられないか。それで爆発しなかったら、時間制限があるかもしれない。

 最悪のパターンは運が関わること。運で失敗と成功の判定が行われる場合はどうしようもない。僕がどれだけ頑張ろうが運によって爆発してしまう。


 …無いとは思うんだけどね。


 『調薬』のアビリティでかなりの数のポーション類を作ってたけど、品質はタイミングで決まる。

 同じ素材、同じ手順、同じタイミングであれば、作製結果は全く同じになるだろう。



 その論で行けば、このゲームの作製判定に運はないと考えられる。データが少なく、希望的観測であるかもしれないし、『調薬』だけが運が関係してない可能性もあるが。


 少なくとも、素材を突っ込んでもメニューを操作しているだけでアイテムが完成する形式ではなく、作製過程があるというのは意味があると思う。


 数分、考えるべき事から脱線して色々考えているとHPが全回復していた。

 こういうのはデータを集めてから考えた方がいい。可能性は別の可能性を否定することでより強固な物へと昇華する…とかどこかで聞いたことあるような気がする。


 一つ気になったが、先程の爆発の時にうさ丸は僕の頭からベッドへと移動した。あれは偶然だろうか。


「うさ丸、爆発しそうになったら分かる?」


「キュイッ!」


 しまった、うさ丸が僕の言葉を理解していても僕はうさ丸の言葉を理解できないんだった。とりあえずうさ丸が変な行動を取ったら錬金釜から離れるのが吉だろう。

 偶然だとしたら僕より弱いうさ丸が爆発を受けて死んでしまうかもしれないし、ベッド上で待っててもらおう。



 さて、と錬金釜の前で倒れている椅子を起こし、その上に乗る。錬金釜の中身は空。

 最初と同じで、先ず瓶10本分の水を投入する事から始める。


 数えながら水を入れていくと、やはり10本目に急激に水が増加し、沸騰を始める。


「起動に10本…」


 その後に追加した10本分の水はどうしようか。あれで水位が上がったので、少なくとも無意味ではなさそうだけども。


「うーん…」


 …今回は入れよう。但しあとで入れないパターンも検証してみる。


 瓶10本分の水を追加で入れこれまた先程と同じように薬草10本、水入り瓶10本を投げ入れる。

 錬金釜に変化はない。気泡が大きくなることも、水の色が変わることもない。


 問題はここから。シロの実を投入する。これも薬草などと合わせて10個。


「…変化なし、と」


 先程の気泡が大きくなる現象は発生しない。

 同じ素材を投入して爆発が起きないという事はつまり、相性が悪くて失敗したとか、3つ目の素材は入らないという可能性は否定された。

 すると時間制限があるという可能性が大きくなってくる。また失敗するのは時間も素材も勿体ないので、先にどうすれば成功するかを考えよう。



 この場合、温度調節は不可能だ。熱しているわけでもないのに勝手に沸騰している以上止められない。


 となると、素材を入れると勝手に合成される…というのは、メニューを操作してれば勝手に完成するというのと同義になるが…。

 仮にそうだとしたら、薬草と水を入れた時点で完成していてもおかしくはない。素材が足りないかもしれないという考えもあるが、これ以上求められているのであれば手持ちの素材では完成しそうにない。


 しかしそれを否定する可能性はある。『合成』とは2つ以上の物を合わせて1つの状態にすること。


「混ぜ合わせる事も、合成の1つ…」


 モリ森で拾った大きめの木の枝を取り出し、錬金釜の中の水がぐるぐると回るように大きく動かして混ぜる。

 するとどうだろうか。透明だった、底が見えていた水が段々と黒くなり、煌めいてきたではないか。


 しばらくぐるぐるとかき混ぜていると、煌めきが光へと変わった。驚いて混ぜるのを止めているのにも関わらず、水の勢いは止まることなく回り続けている。


「ほえ〜」


 思わず感嘆の声が出てしまう。水が真っ黒なのもあり、煌めきは夜空に輝く星のようだ。


 相も変わらず回り続けている水はやがて強い光を放ち、僕の目を潰した。



「あああぁぁぁ目がぁぁぁぁぁ!」



 強い光を目の前で発生させられ、椅子から転げ落ちて床をゴロゴロとのたうち回っていると段々治ってくる。


 いや、のたうち回ってたから治ったとかではなく、時間で回復しただけだが。


 戻ってきた視界を歓迎し、立ち上がって錬金釜を見る。中に水や素材はなく、空中に瓶が浮いていた。瓶の中には抹茶色の液体が入っている。


《『合成』に成功しました》

《『シロのポーション×10』を作製しました》


 浮いていた瓶に触れるとログが流れ、瓶は消えた。

 『調薬』でも作製したシロのポーション。アイテムステータスを見てみると、どれも回復量は50だった。


「整理の時間だ」


 前回のと比べて、変えた点は時間をかけてなかった事と、混ぜた事。水が黒になり、星のように煌めいていたのを考えれば混ぜたことは正解だろう。

 時間制限があるのかは未だに不明だが、少なくとも必要最低限の事は理解した。


 しかしこれだけでデータが十分かと問われれば、断じて否。ここから派生させて条件を細かくしていくことが大切だ。


 次は起動後に水を追加しない。これは単純に、必要ないなら無駄であるからだ。



 椅子をもう一度起こし、その上に乗る。

 またしても水入り瓶10本分の水を入れ、沸騰したのを確認すると今度は追加の水を入れずに、薬草と水入り瓶を投げ入れる。

 変化はなし、先程と同じ結果になる。


 次にシロの実を10個入れる。



──瞬間、爆発。



 気泡が大きくなるとかそういう暇もなく、最初に試した時と同じように…いや、向きが違う。さっきは後ろから爆発を受けて前から壁と激突したが、今回は前から爆発を受け背中から叩きつけられた。

 視界の左上にあるHPバーは七割くらい消えた。



《『合成』に失敗しました》

《『薬草』をロストしました》

《『水入り瓶』をロストしました》

《『シロの実』をロストしました》



「っつぅ…」


 大きく息を吹き出す事で痛みを和らげる。効果があるかは知らないがやっていると楽だ。


「さてと…」


 また、爆発した。


 今回は時間制限ではないだろう。初回との違いは、追加で水を入れなかった事と、大きい気泡が発生しなかったこと。

 変更点で思い当たる節といえば、追加の水が鍵だろう。気泡に関しては副作用だと考えられる。



 この『合成』において、追加の水が何の役割を果たすのか。これが重要になってくる。


 パッと思いつく可能性は「3つ目の素材を入れるのには追加の水が必要」だから。それか「水の量は容量を表していて、その容量をオーバーする素材を入れた」の2つだ。


 似たような可能性だが、容量説であれば2つの素材を合成しようとするだけでも、2つの素材の容量が大きければ失敗してしまう。それが3つ目の素材にのみ追加の水が必要なのであれば、2つまでならどんな素材でも水は追加しなくても合成できることになる。


 この2つの可能性を明確に分けるには、やはりデータが必要である。



 次にやるべきは、水を追加せずに、薬草と水入り瓶とシロの実を1つずつ入れて混ぜる事。

 これで爆発しなければ、「3つ目の素材は追加の水が必要」という説は否定され、容量説が正解に近くなる。

 もちろん、僕の思慮が浅いだけでもっと別の可能性も有り得るが。





 数分の待機によってHPが完全回復した。


 毎度の如く倒れている椅子を起こし、その上に乗る。今回も起動に瓶10本分の水を入れ、薬草1本、水入り瓶1本を入れ…


 …いや、爆発するかもしれないというのを考えたら近くから入れるべきではないだろう。

 流石に二回も死にかけて、同じことを繰り返すほど愚かではない。少なからず学習はするのだ


 爆発することも考慮して、シロの実は遠くから投げ入れよう。椅子から降りてベッドの上から錬金釜に入るようにシロの実を投げる。

 チャポンと気味の良い音を鳴らしながら入ったが、爆発する様子はない。



 椅子の上に戻り、先程使った木の棒をアイテム欄から取り出してぐるぐるとかき混ぜる。成功した時と同じように水が真っ黒になり煌めいてくる。

 しばらく混ぜていると、また同じように煌めきが光へと変わった。もう混ぜる必要はないので、棒をインベントリに放り込んで錬金釜から離れ、腕で目を覆っておく。


 覆った腕越しに強い光を感じたので覆うのをやめ、錬金釜を見るとこれまた先程と同じように瓶が浮いていた。



《『合成』に成功しました》

《『シロのポーション』を作製しました》

《『錬金術』のレベルが上がりました。10→11》



 浮いている瓶に触れるとログが流れる。ついでに錬金術のスキルレベルも上がったらしい。


「Re:整理タイム」


 今回、爆発しなかったという事は、一先ず容量説を信じても良いかもしれない。10個一気に作るのは無理だったけど、1個なら容量的に作れた、のかも。


 次に調べるべき事は追加した水について。1本入れれば1本分の容量が増えるのか、10本入れてようやく10本分の容量が増えるのか。区切りで言えば5本も有り得る。


「がんばりましょー…」


 今回は倒れなかった椅子に乗り、起動させて追加で瓶1本分の水を入れ、薬草と水入り瓶を10本ずつ入れる。そして爆発を考慮してベッドからシロの実を1個ずつ投げ入れ…



──爆発。



《『合成』に失敗しました》

《『薬草』をロストしました》

《『水入り瓶』をロストしました》

《『シロの実』をロストしました》



 やはり爆発した。既に3度目にもなるログを眺めながら次の準備をする。


 同じように起動し、今度は5本分の水を追加で入れ、その他は同じように薬草と水入り瓶を10本突っ込んでからベッドの上からシロの実を投げ入れる。

 全部投げたけど、爆発はなかった。時間制限で爆発しないうちに混ぜ、今回は成功した。



《『合成』に成功しました》

《『シロのポーション×10』を作製しました》



 つまり、5本でも容量は増えている。しかし5というのは区切りのいい数字でもあり、5の倍数ずつ入れたら容量が増加するかもしれない。

 4本、3本、2本…と減らしていき、失敗するなら5本ずつで容量が増えるかもしれない。


 1本ずつ増えて行くが、このレシピは5本と4本の間がボーダーで、4本では失敗するけど5本は成功するとかだったら面倒だが。



 考えた通りに実行した結果、4本で成功、3本で失敗した。つまり、1本ずつ増えるという可能性が極めて高い。


「ふぅ…」


 不明な事を1つずつ解明していく、探究とも言える作業。

 未知を既知へと変化させるこの瞬間こそが、錬金術師としての『生きている』事の証明なのだ。



 まあ錬金術師として生きてこなかったから知らないけど。



「素材、なくなっちゃったな」


 毎回水入り瓶を20本、薬草を10本使うものだから沢山あった素材も尽きてしまった。この街に店主さんは居ないし、最初の街、ルグレへ帰ろう。


「帰るようさ丸」


「キュイィ〜」


 錬金釜をインベントリにしまい、うさ丸を頭に乗せて部屋を出る。受付でチェックアウトを済ませて馬車に…の前に、教会へ寄ろう。

 毎回馬車に乗って、低確率でボスとの戦闘というのをカットできるファストトラベルは魅力的だし。


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