第15話 チュートリアルください
約5時間振りにログアウトした。
ベッドから降りてグイーっと伸びをすると少し動きやすくなる。
「兄さんはまだやってるのかな…」
兄さんが僕と同じようにSNSの連携設定を行って同期してあるのかは分からないので不安を覚えつつも連絡しておく。
夕飯はまだだとしても、ログアウトしたのはトイレに行きたかったという理由もあるのでさっさと行ってしまおう。
下へ降りるとキッチンでは既に兄さんが料理していて、もうすぐできるから待っててと言われたので、トイレに行ってから適当にFFでやりたい事をスマホのメモ機能で箇条書きにしておく。
・錬金道具の確認
・『合成』の実行
・錬金術に必要なステータスの調査と配分
・戦闘で使えるようなアイテムの作製
・金属バットの性能確認
と、パッと思いつくのはこのくらい。少し考えればやるべき事とかも出てくるんだろうけどゲームはゲームだし自由奔放に、好きな事をやればいい。
現実で性別が変わったとかいう超大きい問題抱えてるんだから、ゲームでくらい好きにしたい。
「できたよー、凛は真白呼んでおいで」
「ほいほーい」
兄さんがお皿に盛り付けしたり米を装っている間に真白を呼ぶために2階へ上がり、部屋に入る。
相変わらず真白の部屋はぬいぐるみが多い。手のひらサイズの小さい物から2m近くある巨大な物まで、沢山のぬいぐるみが置いてある。
「確かどこかのボタンを押すとゲーム内に通知が行くようになってたはず…あ、起きた」
バイザー越しに目を覚ましたのを確認してからご飯できてるよ、と声をかけてから1階へ戻る。
兄さんはお皿に移したおかずや米をテーブルの上に運び終え、コップに麦茶を注いでいた。
今日のおかずは野菜炒め。庶民的……かは分からないが肉と野菜を炒めるだけだから調理の手間は少ない料理だ。
「兄さんもFFやった?」
「やったよ」
「どんな感じ?」
「凛や真白を守れるように強くなってる途中だよ」
昔からそうだが兄さんは過保護だ。ゲーム内でくらい、守られなくても平気だというのに。
「今はレベル14になったところだね」
そっか、レベル14ね…。
レベルと言えば、エニグマ…いや祐哉が、ってどっちでもいいか。兎に角エニグマが話していた事を思い出す。
──「レベルって13から極端に上がりにくくなるんだよな。βテストのレベル上限は15だったらしいが俺含めてガチ勢でも14までしか行かなかったんだとさ」
何日かあったβテストでも14までしか到達できなかったのにサービス初日になんでそれと同等なのか。どれだけ効率求めてプレイしてるんだ。
本当に今日始めたんだよね? 実はβテスターでしたとかじゃなくて?
「何してたの?」
「街の近くの森で蟻とか熊とか大きい蛇を倒してたりかな」
森のクマさん…。いや、もしかしたら別個体という可能性も…あるといいなぁ。
それはそうと新情報。蟻と大きい蛇は見たことない。兄さんが言っている森がモリ森とは別の森なのか、モリ森は昼には蟻や蛇が出るのか。どっちだろう。
「凛兄にまだ会えてない」
降りてきた真白が椅子に座りながら会話に参加してくる。
真白は僕と会いたいのか。今のFF内の僕はセーラー服と白衣着てるからこっちは会いたくないんだけど。
「僕もう別の街行ったよ」
「どこ?」
「最初の街の南西のルークスって街」
真白は魔法使いとしてプレイするようで、何個かの属性魔法を取得したそうだ。あと裁縫師の人とフレンドになったらしい。
お兄ちゃん的にはその裁縫師の人がアリスさんみたいな人じゃないと良いな。というかアリスさんしか裁縫師知らないけど他の人いるのかな。
そんな感じでそれぞれやっていた事を話し合いながら夕飯を食べてから、お風呂に入って自分の部屋に戻る。
「あつい…」
どの部屋もエアコンで快適な温度にはなっているがお風呂上がりは暑い。クーラーが直接当たる所でボーッとしてるといい感じに体が冷えてくる。
かといって長く当たりすぎると風邪を引いてしまうので直ぐに直接当たらない所、ついでにFFをやるというのも兼ねてベッドの上へ寝転がる。
FFを起動する前に何となくスマホを確認すると、祐哉から画像が送られてきていた。
掲示板のスクリーンショットらしく、街にある教会でクエストをクリアするとファストトラベル機能が開放されるというものだった。但し各街でクリアしないといけないので僕がいるルークスだけ開放してもすぐには使えない。
一応メモに追加しておく。覚えはしないがログアウトすれば確認できるくらいにはしておいた方がいいだろう。忘れやすいし。
『Fictive Faerieへようこそ』
本日3回目の案内ボイス。
ログインを完了して宿屋の個室で目を覚ます。
「ファストトラベルも良いけど先に…いやでも忘れるのも嫌だし……」
悩んだけど、やっぱり錬金術を優先する事にする。
最初にアイテムの確認でもしよう。
──
『錬金釜』
錬金術の『合成』で使用する生産キット。
『錬金小樽』
錬金術の『合成』で使用する生産キット。
『占星盤』
錬金術の『星占い』で使用する生産キット。
──
ふむ、錬金小樽は合成とは別だと思っていたがそうではないのか。
『合成』の説明には錬金釜しか書かれてなかったけど1つのアビリティに対して生産キットは必ずしも1つとは限らないと。
あとは占星盤か。『星占い』というアビリティは取得してない。今後スキルのレベルアップによって取得する可能性も考えられるが、どっちにせよ今は使えない。頭の片隅にでも置いておこう。
じゃあ『合成』をやってみよう。
錬金釜を適当なスペースへ取り出す。中々大きく、女の子になって小さくなった僕の体では不便だ。踏み台を持ってこよう。
しかし探しても踏み台はなかったので部屋にあった椅子を代わりに使う。
大釜とも言えるサイズのこの錬金釜。中に何も入ってないため底まで見える。真っ黒なだけだが。
「薄々思ってはいたけどこのゲーム、チュートリアルとかないしプレイヤーに優しくないな…?」
冒険者ギルドは結構優しめの設定だった筈だが。
それに、鍛冶や裁縫、料理、木工などは現実にもあるからチュートリアルがなくても何となく分かる。だが錬金術は現実にはないからチュートリアルがないと何も分からない。
これも不遇と言われた原因の1つだったりするのだろうか。
だがこんな所で嘆いていても運営には届かないし、運営に問い合わせたとしてもチュートリアルが今すぐ追加されるわけではない。
仕方ない、錬金術のイメージからやってみよう。
イメージが大切。
先ず着目すべきは『釜』という点。見た目はお米を炊く道具の釜より壺に近いが、名前は釜なので釜だろう。
釜はお米や水を加熱するものだ。『合成』というアビリティで使うのに加熱が必要になるかも…火を起こせる道具は『原初のフラスコ』セットのアルコールランプしかないが?
そしてこれ以上のイメージが湧かない。
「とりあえず水入れて加熱してみようか…」
水入り瓶を取り出して注ぐが変化なし。どう見ても量が足りないので当然といえば当然である。
データを集めるために使った水入り瓶の本数を数えながら注いでいくと、10本目を入れ終えた時に水の量が一気に増え、釜いっぱいになって沸騰し始めた。
「なんでぇ…?」
どういう原理…というより、ゲーム的な処理なのだろう。
このゲーム、現実的な所とゲーム的な所の境目が分かりにくい…。
それはそうと、勝手に沸騰し始めたということは準備完了という事ではなかろうか。
「…何を合成しようか」
無計画さが目立つ。『合成』を実行する事で頭がいっぱいだったから何を合成するかを考えてなかった。
手持ちのアイテムから選ぶとしたら…何だろう。この『合成』のアビリティの仕様が分からないので何とも言えない。
合成というのなら、薬草と水でも突っ込めばポーションができたり? …いやしかし、既に水が入ってる釜に更に水を入れる必要あるのか。
「まあいいや。どっちも大量にあるし、後から追加すれば」
水入り瓶は10本使ったので薬草も10本突っ込んでおこう。ついでにうさ丸にも食べさせてあげる。
数分待ってみるが特に変化はなし。薬草がぶくぶくと沸騰によって上がってくる泡に押されて漂っているだけ。
「最初の10本とは別に必要なのかな…」
先に投入した瓶10本分の水はこの錬金釜を起動するのに必要だとすると、薬草を突っ込んでも水と合わさらないのも納得が行く…か?
いや分かんないけど。錬金術とかやったことないし。
考えてるより実行した方が楽なので水を更に投入しておく。『調薬』の時は薬草と水入り瓶は1:1だったので薬草と同じ10本。
しかし水位が上がるだけで水の色が変わったりはない。
「なんでや…」
考えられる理由としては…思いつかないな。沸騰してるから加熱の必要はないだろうし、薬草と水が合成不可とか?
なら合成失敗という事だろうか。でも薬草は錬金釜の中を漂っている。これシステムで中身をリセットしてくれるとかないのかな。
「いや? …アイテム同士の合成ならできるかな?」
アイテム同士の合成。完成形が僕が持っているポーションと同じ、瓶に入った形であるとしたら。
水入り瓶から水を出さず、瓶のまま入れてみる。
──しかし何も起きない!
漂っている薬草に瓶が増えただけ。
「すぅぅぅーーーー…」
落ち着こう。深呼吸だ。
「何でやねんっ!」
落ち着こうとしたら色々考えてしまい逆効果だった。
おかしい。本当にチュートリアルがないのは何でなんだ。運営は錬金術をやろうとしているプレイヤーに何を求めてるんだ。こちとら錬金術の知識なんて無いが?
もう1回、ちゃんと落ち着こう。
流石に運営でも失敗した時に失敗とも言わずに中身をリセットしないとか不親切な事はしないだろう。してたらキレる。
この段階でも変化がないのはまだ途中であると考えてもいい…が、これ以上手を加えるとして、何をすればいいのか。
ポーションを作るのであれば、薬草と水に相性が良いのはシロの実だろうか。合わせたら回復量上がったし。
ならばシロの実を入れてみよう。これも薬草や瓶類ほど多くはないが、数はそれなりにある。
アイテム欄から取り出して入れる。しかし変化は…ない?
心做しか、湧き出る気泡が大きくなってるような…。
うさ丸が頭の上から部屋にあるベッドに移動したのを見ていたら、後ろから爆発音と共に衝撃が。
「ぐべっ」
椅子の上から吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、視界の左上にある緑色のHPバーの八割近くが消える。
《『合成』に失敗しました》
《『薬草』をロストしました》
《『水入り瓶』をロストしました》
《『シロの実』をロストしました》
「……チュートリアルはないくせに失敗のログは発生するんだ」
深呼吸。ついでにラジオ体操。
「ふぅ〜。キレそう」
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