第13話 馬車での移動


 店主さんの部屋を借りてポーションの生産を続けた。


 素材が無くなったら店の方に戻って必要な素材を買い、ついでに完成したポーションをちょっと売って部屋に戻る。

 それを何回かやっているとエニグマからメッセージが届いた。



 メッセージの内容は「アズマのレベルが上がってこの街の近くより他の街に行った方がレベル上げが楽だから行かないか」という誘いだった。

 店主さんにはかなりの数のポーションを売ったし、素材も買い込んで沢山あるから街を離れても少しくらいは大丈夫だ。


 錬金術をしていたらレベルが3になっていたとはいえ、それでもまだまだ低いから2人の足を引っ張ってしまうのではないかとも考えたけど、あの2人はそう思ってるなら僕であろうと誘ってこない。

 逆を言えば誘ってきたということはほぼ「来い」と命令されているようなものなのだ。


 拒否権はありそうでないので、仕方なく合流することにする。

 メッセージには南西の門で集合と書いてあった。



「南西ってどっちだ…」


 地図やコンパスを持ってない僕にとって方角なんて知りようもない。日も登りきってNPCもいるし、NPCに聞こう。


 近くにいたおじさんのNPCに聞くと、指をさしてあっちが南西門だ、と教えてくれた。

 妙に子供扱いされたのは見た目のせいだろうか。プレイヤーの見た目を判断して対応を変えるAIとは、技術の進歩は凄い。


「おーいエニグマー!」


 南西門の横、壁に寄りかかって腕を組んで立っているエニグマを見つけたので分かりやすいように手を振りながら近付く。


「来たか…ってなんだその服」


「いいでしょ、アリスさんがサービスってくれたんだ。ところでアズマは?」


「あぁ…。こっちだ」


 エニグマが歩き出すのに着いて行けば、かなりスペースがある広場のような所に馬車が停められていた。駐車場みたいだ…って、馬車も車だから駐車場で合ってるか。

 ここに来たということは、馬車を使って移動するのだろう。


「予約してたんだっ。ほれ」


 先に馬車に乗り込んだエニグマが、今度は馬車の中から体を出して手を差し伸べてくる。

 体が小さくなったのを見てなのか、どの女性に対してもそうなのか。有難い事には変わりないので、伸ばされた手を掴んで引っ張ってもらおう。


「こういうのはっ、補助なんだよ。少しは自分でも乗るように動いてくれ」


「下手に動くと体勢崩すし」



 中には既にアズマが座っていて、暇そうに金貨で指で弾いて上に飛ばしていた。

 空いたスペース、アズマの横に座ると、頭に乗っていたうさ丸が膝の上に移動してくる。


「待った?」


「まあまあ。というか何でセーラー服着てるんだ?」


 やる気のない会話をしている間に、エニグマが窓から御者さんに話しかけて馬車が動き出した。

 電車や自動車とは違った揺れ方で新鮮だ。


「エニグマ先生」


「なんだ」


「馬車についてご教授ください」


 無駄に…ではないけど知識があるエニグマ先生に聞いておく。そしてやはりというか、話を聞いて更に聞きたくなった事も話してくれる。




 テレポートのようなシステムがない、あるいは発見、開発されていない現段階で、馬車は最も効率のいい街と街を移動する方法らしい。

 窓から見える景色を見ていてすぐに納得できたが、この馬車めちゃめちゃ速い。この速さの理由は一日が四分の一の時間で終わるからそれに合わせてるんじゃないか、と言われている。



 そしてゲーム内で初めてエニグマと会ってすぐに聞いた説明の通り、このゲームにはバリアがあって行けない所がある、みたいなのは存在しない。

 強いモンスターが配置されているというだけで、頑張れば低レベルだろうがシステム上は何処にでも行ける。


 しかし話はそれだけで終わるほど簡単ではないようで、徒歩だろうと馬車だろうと辛い点はある。


 馬車ならば、ほぼ確実というほどの高確率で戦闘が発生する。

 その戦闘で敵になるモンスターがかなり強いらしく、運営が指定してる訳では無いが、1度倒せば次から通る時は低確率でのみ戦闘が発生する仕様もありプレイヤーの間ではボスモンスターとして認識されている。

 あとお金がかかるというのも、人によっては辛い。


 徒歩では、何処に行くにしても長い距離をモンスターの相手をしながら歩く事になる。

 ついでに言えば、徘徊型のボスモンスターがいたり、道で馬車のプレイヤーとボスモンスターが戦っているのに巻き込まれたりと、徒歩の方が辛いことは多い。



 攻略組と呼ばれる戦闘をこなして最前線にいるような人達でも、現在は2つ目の街で足が止まっているらしい。

 サービス開始のその日なのにもう2つ目の街どころか、3つ目の街に挑戦しようとしている時点で凄いと思うけど。


「街の名前とかあるの? 今まで聞いた事ないけど」


「あるぞ」


 あるんだ。5時間くらいプレイしてるのに1回も聞いた事なかったからないものだと思ってた。


「最初にいた街は「ルグレ」。俺達が向かっているルグレから南西の街は「ルークス」、逆方向のルグレ北東には「バジトラ」かある」


 ルークスとバジトラに行く途中にいるボスモンスターの強さは同じくらいらしい。



 しかし街の仕様は違うようで、ルークス近辺は単純に敵が強いため戦闘でレベルを上げるのに向いている。

 逆に、バジトラの敵はそこまで強くないが、街の近くに鉱山があって、そこから石炭や鉄などが採れる。それ故に街は鍛冶師が多く、鉱石の需要は常に一定以上あるので鉱山に行けばお金が稼げる。


 ルークスはレベル上げ、バジトラはお金稼ぎと、プレイヤーの目的で行先が大まかに分かれるらしい。今回はアズマのレベルに合わせての移動なので、レベル上げに向いているルークスへ向かっているということだ。



「もう拠点の街を変えるレベルなんだ。今いくつ?」


「さっき11になった」


「僕の4倍くらい強いね」


「いや、リンの方がアズマよりプレイ時間長いだろ」


 それはプレイスタイルの差だ。僕は錬金術師という生産職、アズマはタンクという戦闘職。

 経験値効率で考えれば戦闘の方が早くレベルアップするだろうけど、錬金術だって面白いところはあるし、人が少ないなら僕がちゃんと使えるスキルだって広めてあげるのも悪くないだろう。今はまだ実績がないから無理だろうけど、いつかは。


 だけど…


「戦闘できる錬金術師もかっこいいかもね…」


「他の生産職と違って戦闘に関わるアイテムを作るし、不可能ではなさそうだけど」


 アズマの言う通りだ。鍛冶師や裁縫師が作る装備も戦闘に関わるアイテムではあるけど、間接的な関わりだ。

 それに比べ、錬金術で作るアイテムはポーションや…ポーション。今のところポーションしか作れないな。



 まあポーションでも、戦闘中に使用するアイテムだ。

 現に、使えるかはまだ不明ではあるけどポイズンポーションが既に完成している。敵を毒状態にするんだから、攻撃の手段としては確立している。

 …使えるかは別として。


 毒みたいな攻撃できるアイテムもあるんだし、そのうちもっと強い攻撃アイテムが作れるかもしれない。それに期待しよう。


「頑張るよ…」


 それに、ポーションを作り続けていつの間にか錬金術のスキルレベルも10まで上がり、気付かぬうちに新たなアビリティも増えている。

 新しく増えたアビリティの『初級等価交換』。毎度の如く生産キットがないので使えないのだが、それでも等価交換というのは面白そうだ。初級というからには続きがあるんだろうし、かなり期待できそうでもある。


「新しくアビリティが増える度に生産キットが必要になるかも…お金足りるかなぁ」


「また増えたのか? 今回のは?」


「アビリティは『初級等価交換』。生産キットは『理の天秤』」


「どっちもβテストでも正式サービスが始まってからも聞いた事ないな」



 それはそうだと思う。だってエニグマが説明してくれたようにβテストの終盤でやっと一つだけ生産キットである『原初のフラスコ』が見つかって、それを使ってた人が錬金術やめてその生産キットは僕が持ってるから、別の入手ルートがない限り僕しか錬金術をできてないのだから。

 錬金術ができなければスキルレベルを上げるのはスキルポイントを使うしかないけど、βテストとはいえ生産キットすら発見できないスキルにポイントを割り振るのは躊躇いがあっただろうし。


 と言っても、テスターの錬金術やっていた人がいなければ『原初のフラスコ』を僕が入手できずに軽く詰んでいたかもしれないし、結局運が良かった。それだけだ。



 あ、そういえば。


「これ飲む?」


 アズマと合流するちょっと前に「クリアリーフはミントの味〜」と、HP回復量が一定以下の物と混ぜると従来の味が鼻を通るような味に変わった結果から、ある食物兵器の可能性を考えていた。



 ゲロまずポーションにクリアリーフ。鼻を通り抜ける不味さ。味覚だけでなく嗅覚も潰して少しの間後遺症も残る正しく兵器。


 緑茶みたいな見た目なので視覚からの危険信号は受け取れない。

 ただし1度口に含めば不味さを認識する前に吹き出し、吹き出しても苦さの後の強烈な甘さによって巨大な嫌悪感を口内で味わう。

 それにミントだから吸った空気も吐く空気も口を通る度に気持ち悪いし、鼻で呼吸しても苦さと甘さが混じって気持ち悪い。それが後遺症だ。


 という僕の感想を踏まえてもう1度作った『ゲロまずミントポーション』。



「俺はパスで…」


「…? オレも喉乾いてないし要らないな」


 エニグマは錬金術を試している時にゲロまずポーションを飲んで吹き出したのを見ているから、色か見た目で察したようだ。アズマは見てないはずだけど、天然で回避した。


 まあこのあと高確率で戦闘するんだから非戦闘要員の僕が主力の2人を潰してしまうのは良くない。戦犯どころの話じゃなくなる。

 このゲロまずミントポーションは…しばらく封印かも。


「…情報が正しければもうすぐ戦闘に入るな。装備出しとけよ」


「あいよ」


 エニグマの指示でアズマが剣と盾を出現させた。剣も盾も、飛び抜けて良いものではないが、それでも性能は十分ありそうな見た目をしている。

 ゲロまずミントポーション同様、視覚から得られる情報が全てではないので言い切れないが。


「ボスモンスターって何が出てくるの?」


 願わくば毒ポーションを飲ませやすい敵であれ。


「でっけぇ狼らしい」


 はい。


「はいじゃないが」


「急にどうした」


 そもそも毒ポーションを飲ませやすい敵とか存在しないし別にいいか。

 毒の状態異常が発現する毒薬である以上、ぶっかけて攻撃はできない。でも要は瓶ごとだろうと敵の口に毒ポーションを突っ込めばいいだけだ。


 それが1番難しいけどね!



「がんばえー」


「狼だから高火力で高いAGIを持ってると予測できる。防御や魔法は知らん」


「アズマ、タワーシールドとか使わないの?」


「…それありだな! 金貯まったら作ってもらうか」


「聞けよ!」


 曰く、狼のボスだから手下の狼もいて数はプレイヤーの数で変動するらしい。要は僕も含めて3人分の狼がいるが僕が戦闘できないから2人で相手してもらわなければならない。


 僕もできることはするがそう多くはない、と伝えてもやれるだけやるぞとしか返ってこない。


「まあいいや。これ渡しとくね」


 2人にシロのポーションを5本ずつ渡しておく。効果も高めの物を選んで渡したのでこれで頑張ってもらおう。


「何だこれ」


「ポーションか。良いのか?」


「材料はあるから作れるし、ここで2人が死んでも困るから上げる」


「回復量がHP60? 随分上がったな」


 エニグマが最後に見た僕のポーションは薬草ポーションで、その時の回復量は大体30か35、稀に40だったので、そこから更に20も上がっているシロのポーションには驚いているようだ。


 そうしている内に馬車が止まる。扉を開けて外へ出ると、白い狼が馬を襲っていた。


「行くぞ! 『エンチャントファイア』!」


 アズマは左手に盾を、右手に剣を持って子分の狼を攻撃する。狼が噛み付いてくるのを盾で防いだり殴り飛ばしたりして、隙ができたら剣で攻撃、というパターンを繰り返して確実に数を減らしている。

 エニグマが戦うのは初めて見るけど、炎を纏った剣で1匹の狼を何度も斬り、HPが無くなると次の狼を攻撃している。アズマの何倍もの速さで狼を殲滅してくれている。



 ちなみに僕は後ろでずっと同じ狼と戦っている。ステータスもまだ悩んでて全て1だし武器も木刀と鍋の蓋だから全然HP減らないのこの子。



 アズマとエニグマによって子分の狼がやられているのを見てボスが黙っている筈もなく、より多く倒しているエニグマの方へ向かって走り出す。


「『ヒートアップ』!」


 エニグマの叫びと同時に目に見えて速度が上がり、剣が纏った炎が消える。

 名前から予測するに、恐らくあれは火魔法のバフ効果があるアビリティ。速度が上がったのと剣の炎が消えたのが同時ということは1つしか発動できないか、消費が激しいので節約のために炎を消したかになる。


 攻撃の時だけ『エンチャントファイア』と叫んで剣に炎を纏い、斬りつけた直後に解除しているのを見るに、同時に発動できない訳ではなさそうだ。となるとMPの節約という線が考えられるが、攻撃の時だけ発動するというので節約できているのかは謎だ。


「『シールドバッシュ』!」


 子分の狼を片付けたアズマがエニグマとボスの戦闘に横槍を入れる。エニグマがボスと戦っている間に子分は1匹を除いて全て倒されているので、これで2対1の構図が完成した。



 残ってる1匹? 僕が戦ってる奴だよ。



「少し頼む」


「任せろ!」


 ボスとの戦闘で少しずつダメージが蓄積していたエニグマはアズマに対処を任せ、ポーションを取り出して飲み始める。そして『ヒートアップ』と唱え、ボスへの攻撃を再開した。


 エニグマとほぼ互角だったボスも、アズマが戦闘に参加した事で不利になっている。攻撃はアズマに防がれ、エニグマに斬られてそっちを狙うと今度はアズマから攻撃を受ける。

 アズマは防御力が高いので強い攻撃でも倒せず、エニグマは速いので大振りの攻撃は当たらない。


 そうしている内にどんどんHPを減らされ、光の粒となって消えていく。


「っし!」


「案外楽勝だったな」


「あのー! 終わったなら助けてくれないかなぁ!」


 未だに狼を殴り続けている僕を尻目に2人はハイタッチしている。戦果は認めるからこいつ倒してくれませんかね。




 結局、HPを減らし続け、あともう少し! …という所でアズマの盾に殴り飛ばされて僕と戦っていた狼は倒された。

 もう少しで友情が芽生えそうだったのに。河原で殴り合う的なあれが。


「疲れた…」


 戦闘時間で言えば2人よりも数分長い。ずっと動き続けて避けて殴ってを繰り返すのは疲れた。


「白衣でパンツ見えん」


「サイテーだよ」


 エニグマは後で殴っておこう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る