第12話 調薬


 FFをログアウトするとバイザー越しに自分の部屋の天井が見える。


 それにしても、いつもご飯を作っている兄さんが呼んでくれなかったのは僕に配慮して昼食は好きなタイミングで食べろという事なのか、兄さんがハマりすぎて忘れているのか…。



 1階に降りてキッチンを見ても片付けられたお皿が無いので、恐らく後者である。

 ゲーム内で兄さんとは会ってないけどそんなにハマっているのか。

 


 冷蔵庫を開けて何かないか確認してみる。

 調理の必要がなくて僕が食べても良さそうな物はゼリー飲料とプリンくらいだ。プリンは食事というより間食なのでゼリー飲料を取り出して飲む。


 ゼリー飲料でも食事とは言い難いけど、栄養素がいっぱい入ってるらしいし運動しないんだからこれくらいで大丈夫だろう。

 それより今はゲーム内の僕の体が心配だ。アリスさんに変なことされてないと良いんだけど…。



 ついでに水を飲んでトイレに行ってから階段を上がって自分の部屋に戻り、再びヘッドギアを被ってFFにログインする。



『Fictive Faerieへようこそ』



 バイザー越しに天井を見ていた目を閉じ、次に目を開くとログアウトした店主さんの部屋でアリスさんがカメラをカシャカシャと鳴らしていた。


「起きたかリンよ。随分と早いな、ちゃんと食事摂っておるのか?」


「アリスさんどころか店主さんにもログアウトの理由言ってないんですけど何で知ってるんですか」


「エニグマの奴に聞いたのじゃ」


 聞いたら求めてなかった有益な情報まで教えてくれるのは好きだけどアリスさんに言うのはマイナスポイントだよエニグマくん。


「フォルダが潤うのぉ〜」


「肖像権…」


「ぐっ…でもゲームじゃしなぁ。そこら辺の権利ってどうなっとるんじゃろ」


 うむむむと唸っているが最終的に土下座までして許可を求めてきた。写真くらいなら別にいいのだが、僕もカメラで撮りたいので何処に売ってるのか教えてもらうのを条件に許した。


「カメラ? スクリーンショットを起動すれば出てくるぞ」


 まっさかーと思いながらシステムからスクリーンショットを起動する。


 三脚と、アリスさんが持っているのと同じカメラが出てきた。普通に使えば普通のカメラなんだけど、三脚を使うとカメラから見える映像が小さいウィンドウに映されて見える。撮影のタイミングもウィンドウから自由に決めれるようだ。

 これ監視カメラとして使えるな…?


「5分間手を離してると消えるぞ。あと消えるよう念じても消える」


 対策はされているらしい。

 5分か…しかし逆に言うと、5分間はカメラを通した視界の情報が手に入るという事でもある。街の外とかで人がいないのに三脚とカメラがあったらプレイヤーキラーを警戒するべきかもしれない。


「それにしても、寝顔も可愛いがやはり起きてる姿も可愛いの、お主」


 ログアウト中の姿も撮られていたようだ。先程の許可を取り消そうか悩んでしまうな…。

 しかし一度許可したのを取り消すのは面倒そうだし、アリスさんはいろんな人に試着を頼んでことごとく拒否されているらしくて可哀想なので今回はスルーしよう。


「まあいいです…それよりポーションを作らなければ」


 アリスさんに払った分が減ったのもあるし、店主さんの個人スペースを借りたのだから礼はしなければならない。

 手持ちにあるポーションを売るにしても数が少ないし、売るかはまだ分からないけど拾った素材を使ってアイテムを作りたいという欲もある。


「撮るのは良いんですけど音無くせませんか? あとフラッシュも」


「了解じゃ」


 アリスさんがカメラを弄ってる間にさっさと始めてしまおう。

 まず作るのは薬草を煮るだけのHP回復ポーション。とりあえず20本くらい頑張って作ろう。



 丸底フラスコをスタンドで固定して、三角フラスコは自分で持つ。

 アルコールランプの火が2つのフラスコを温められるようには見えないがそこはゲーム的な処理で可能だった。


 タイミングをずらして薬草を入れたので急げば緑が濃くなる前に中身をガラス瓶に移せるのだがかなり忙しい。

 良い感じの緑色になったフラスコを取ってもう片方を入れ替えるようにスタンドに固定し、ガラス瓶に移したらまた水を入れて火に当て薬草を入れ、また入れ替えて…と繰り返すうちに20本以上完成した。



「真剣な顔も可愛いぞ!」


 納品分の20本をインベントリにしまい、余りの5本程を実験に使う。


 実験内容はアズマと合流する前にも試していた、シロの実を使ったもの。

 シロの実を潰して煮込むのは先にやっていたが、それでも多少なりともHPを回復する効果は得られた。では薬草と一緒に煮込んだ場合、回復量は上がるのか? という疑問からの実験だ。


 懸念点があるとすれば、薬草を使ったポーションを作る時に煮込み過ぎると、回復効果が薄くなること。

 回復成分が熱に弱いのかは不明だが、アルコールランプに出力調整機能なんてものは存在しないので、結果から推測するしかない。



 早速ポーションが入った瓶から三角フラスコに移し、シロの実を指で潰した果汁を一緒に入れる。

 ポーションに直接果汁を入れてみても変化はなかったので、変化させるのであればやはり錬金術を通して作成する必要があるだろう。


 果汁というと水分なので透明に近い色と思うのだが、ゲームだからかシロの実の果汁は白い。

 その白とポーションの緑が混ざって透明な緑から黄みの緑になり、透明度が下がったせいでポーションを通して奥を見れなくなった。



──


『HP回復ポーション・シロ』

すっきりした甘みの回復ポーション。

HP回復50。


──



 いい感じだ。

 HP回復量が50に行った事はこれが初だ。


 元の素材になった薬草のポーションの回復量は30。回復量30のポーションを材料にしてこれなら、偶然完成して取っておいた回復量45のポーションを素材にすればそれだけ回復量が上がる可能性がある。


 アイテム欄を操作して回復量45のポーションを取り出し、三角フラスコに注いでシロの実の果汁も入れる。そして加熱。


 先程と同じく、フラスコを左右に振りながらシロの実の果汁とポーションを混ぜ、色が十分に混ざったところで空のガラス瓶に移す。


「おぉー……変わってないような」


 45ポーションは緑色というよりも翠色と表現すべき色なのだが、白と混ざっても綺麗な色になる…と思いきや先程の物とあまり変わらない色だ。



──


『HP回復ポーション・シロ』

すっきりした甘みのポーション。

HP回復55。


──



 失敗したのか、それとも成功してこれなのか。


 失敗していたとしたら偶然の産物である45ポーションが勿体ないし、成功していてこれなら回復量があまり上昇してない。

 しまった、何回か試して調べてからやるべきだった。もしかしたらこれよりも回復量が高くなるかもしれないのに…。




 その後も余ったポーションとシロの実を合わせてみたが、回復量が低い物で40、高い物でも50が限界だった。

 素材になったポーションの回復量は30か35のどちらかのみ。


「この素材の場合の下限が40で上限が50と仮定するなら上昇量の最高値は20で低くても成功なら15上がる……」


 同じように考えるのであれば上昇量の最低値は10か5。45ポーションで完成した物の回復量は55。

 つまり10しか上昇しなかった45ポーションでの実験は失敗に近いのだろう。悲しいね。



 納品分を残して余ったポーションは使ってしまったが、シロの実はまだ少し残っている。


 そこで、「完成したポーションを瓶に移してフラスコに戻してシロの実入れるの面倒だし工程省こう」という思いつきで最初から薬草とシロの実の果汁を入れて加熱してみる事にした。


 薬草は加熱しないとポーションにならないからか、現状は緑色は一切ない。一緒に入れたシロの実の果汁の色である白が、緑よりも先に水と混ざり、全体が白い液体に変化する。

 加熱しているとじんわりと緑色が浮き上がってきて、フラスコを振ると混ざって抹茶みたいな色になった。



──


『シロのポーション』

朝に飲むと健康に良い味がする回復ポーション。

HP回復60。


──



 素晴らしい結果だ。

 先にやっとけば良かった。飽くまで結果論だが。



 色の変わり方と完成時の色が違うように、工程が違うと名前も変わるようだ。


 そして着目すべきは回復量。会心の出来だった45ポーションとシロの実を合わせたポーションよりも5高い。

 これが成功なのか失敗なのかは数がないので分からないが、回復量60のポーションを作れた実績があるなら試行回数を増やす理由には十分だ。




 同じやり方で10本ほど『シロのポーション』を作成する。

 作った中でHPの回復量は最低で40、最高で65だった。振り幅が大きいけど、それでも回復量は十二分にある。店主さんが破産しないか心配するくらいには。



 最後に売るものと売らない物の選別をしなくては。

 自分やエニグマ、アズマが使う用に『シロのポーション』は回復量が高いのを2、3本持っておこう。そして薬草ポーションとその派生は全て売却用。


 白衣とセーラー服のお礼も兼ねて、最も回復量の高い65の『シロのポーション』はアリスさんにあげよう。他のシロポーションは売ってもいいかな。また作れるし。



「アリスさん、これあげます。お礼です」


「ん? ポーションか? でも我は戦闘出んしなぁ…」


「良いから受け取ってください」


「いやのぉー、リンがそれ売って我に服の依頼してくれた方が嬉しいんじゃがなぁ…」


 何でこの人こういう時だけ頑なになるんだ。こうなったら最終奥義……


「そんな…頑張って作ったのに……」


 なんか自分で言ってて吐き気してくるな。今は女の子だから良いけど中身普通に男だし。


「う、うぅむ…仕方ない、貰うかの。頑張って作ったのをくれると言うなら断る訳にはいかんしな。家宝にでもして飾っておくかの…」


「いや欲しいなら作ってあげますから使ってください。売っても良いですけど」


「家宝って普通は売らないんじゃよ。ほれ、頑張ったなら褒めてやらねばな! よーしよしよし!」


 そう言いながら頭をわしゃわしゃと撫でてきた。

 うーん裏目。余計な事言わなければ良かったって感じがひしめいてきた。…まあいいか。



 インベントリに入れてしまうと、売らずに自分で取っておく分と混ざるので、机の上に置いたままにして店主さんを呼ぶ。



「はいは~い」


「これ売れますか?」


「わあ〜凄いね〜。計算するからちょっと待っててくれる〜?」


「分かりました」


 店主さんが1つずつポーションを確認している間に別のことをやっておこう。例えば僕が食べて死にかけた毒草を使ったアイテムの作成とか。


「リンちゃん〜、これ価格の設定変えても良い〜?」


「大丈夫です」


 やはり市場の具合によって価格は変動するものなのだろうか。

 それか今回売ったポーションは回復量が高いし、相対的に回復量が少ないポーションの価値が下がるのかもしれない。

 だが僕がそれに口出しできるほどの力や知識は持ってないし、値段を変えると言っても急に50ソルとかになる訳ではないだろう。


 それなりに利益が出れば僕としては文句はないし、黙ってアイテムでも作ろう。



 毒草を使って何か作るにしても、現段階では生産キットが『原初のフラスコ』しかないので薬品系しか作れない。

 この薬品系、というのが何処までの範囲をカバーしてるかは分からないが回復ポーションが作れるんだし毒ポーションくらいなら作れるだろう。


 モリ森で毒草はそれなりの数集めて来たので何回か失敗しても平気だし、同じくモリ森で毒草を集めてきても使い道がないプレイヤーに売られた物が、店や冒険者ギルドにあるので数で困ることはないはずだ。



 毒ポーションを作る上での注意とか方法とか知ってるわけないので回復ポーションと同じ要領で煮込む。

 暫く眺めているとフラスコ内の水に段々と毒草の紫が移ってきた。



 でも待てよ、これどのタイミングで止めれば良いんだ…?



 回復ポーションは濃くしすぎると回復成分が死滅か蒸発かで回復量が落ちる。だが毒の場合は?

 色で言えば、薄い紫より濃いドロドロした紫の方が毒々しいという表現が当てはまる。より濃く毒草の成分を水に反映させればそれだけ強い毒になるのかもしれないが…。


「何事も試行回数がないと分からないなぁ…」


 結果を比較して僕なりの結論を出そう。

 今は何でもいいのでデータが欲しい。今回はもうかなり濃くなってしまったし、このまま毒々しい色になるまで煮込んでしまおう。


「リンちゃん、お待たせ〜」


 スタンドでフラスコを固定し、毒草を追加で入れてグツグツと沸騰しながらその色をより濃く、粘度が高くなる様を見ながら丸底フラスコの方で次の準備をしていると、店主さんに声をかけられた。


「今回はポーションの種類が多いから〜、取引でやろうね〜」


《『ぐれーぷ』から取引を持ちかけられています》


 ログアウト前に見たのと同じシステムメッセージ。


 取引内容は僕が作ってテーブルの上に置いてあったポーションを、合計1万3800ソルで買い取るというもの。不備はないので承認すると、所持金が取引に書いてあった分と同じ1万3800ソル増える。


「ありがとね〜。レシート要る〜?」


「いえ、こちらこそ部屋を貸してくれてありがとうございました。レシートは…一応貰っておきます」


「リンちゃんなら勝手に使ってくれて良いからね〜」


 それは有難い。今後も宿とれるか分からないしアリスさんに頼るのはちょっとアレだったので、ログアウトする時は店主さんの部屋を借りよう。迷惑にならない程度で。



 取引を終え、店主さんとアリスさんが話し始めたので調薬の続きを。


 毒草を大量に投入し、スタンドで固定して放置していたフラスコは透明度が一切存在しないような紫色で、ハチミツ以上粘度の液体が入っていた。


 煮込むのを止め、ガラス瓶にフラスコ内の液体を移し替える。粘度が高いせいでフラスコに引っ付いて中々時間がかかる。

 いつもは一瞬で終わるような作業を数十秒かけてようやくガラス瓶に移せた。



──


『毒ポーション+6』

毒性の強い液体。

飲むと効果の高い『毒』の状態異常を発現する。


──



 完成したポーションを振っていてもやはり粘度が高いせいで、飲ませるにしても時間がかかり過ぎるし回復ポーションだと言って渡すのも無理がある。


 丸底フラスコをスタンドに固定し、水と毒草1つを入れてしばらく放置。


 毒ポーションで気になる事というと、名前の後ろにある『+6』という表記。

 品質があるとしたら、薬草ポーションを作った時に偶然できた45ポーション、あれにプラスが無いのはおかしい。よって品質は違う可能性が高い。


 他のポーション作成と違った点は毒草を追加で投入した事。それくらいしか思いつかないので8割くらいの確率でそれだ。

 このプラス表記が素材の数なのかは毒草の追加は適当にやったせいで分からないけど、後々試す必要が出てきた。これで効果が上がるなら薬草ポーションやシロポーションの効果も上がるかもしれない。


 まあ効果が上がるのと利益が出るかは別ではあるけど。


 だって素材2個使って効果が上がっても『回復量が50から100になる』みたいな跳ね上がり方すればまだ分からないけど、回復量50のポーションが現実的な上がり方するなら上がっても回復量は60くらいだろう。

 ちなみに店主さんから貰ったレシート見る限り、回復量50のポーションは750ソルで、回復量が60だと900ソル。


 素材を多く消費して少し性能の良いポーションを作っても、その素材で別々のポーションを作った方が利益は出る。

 真偽はまだどうか分からないのでどちらにせよ実験はする予定ではあるが。



「ポイズン〜」


 毒草を1個しか入れてなくても長い時間煮込んでいれば透明度はなくなり、紫も濃くなってくる。

 そろそろいいかとスタンドから外してガラス瓶に移す。今回は粘度は水とそう変わらないのですんなり移し替えることができた。



──


『毒ポーション』

毒性の強い液体。

飲むと『毒』の状態異常を発現する。


──



 やはり、毒草を1つしか入れてないからかプラス表記はない。確証には至ってないけど1歩ずつ真実に近付いてる感じがして良いかもしれない。FFは検証班として活動していくのもありかも…。


 続けて色々作ってみよう。楽しくなってきた。


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