第11話 冒険者ギルド
アズマがレベル8になり、そろそろ切り上げるかというエニグマの指示によってまた街へ戻ってきた僕達。アズマは鎧を作るためのお金を稼ぐために倒したモンスターの素材を冒険者ギルドに売りに行くらしいので、まだ行ってないなというのを思い出し、着いていく事にした。
大きく『冒険者ギルド』と書かれた看板の建物に入っていく。
ここまで大きい看板なら僕でも気付きそうなものだったけど、始めた直後の僕は多分スキルオーブの店を探してて1回認識してもすぐに忘れたんだと思う。きっとね。
アイテムを売却できる窓口で、アズマが狼の皮や肉などを売っている間にエニグマ先生に説明を求める。
「冒険者ギルドは……まあ色々ある。クランの創設もここに申請して登録されるし、クランホームという活動拠点の斡旋をしてもらったり登録をしたりもここ」
アズマが今やっているように、モンスターの素材の売却もできるらしい。
ただし水入り瓶とかの一部のアイテムは売れないらしいし、薬草とかは売れるには売れるけどそこまで高くは売れないとのこと。
戦闘系のプレイヤーだけでなく、生産系のプレイヤーにも優しいようで、作った装備や武器などを冒険者ギルドが買い取り、それを売っているらしい。
単純な利益でも優しい話だが、本質は名前が売れるという事のようだ。プレイヤーが作った装備には任意でアイテムステータスに作製者の名前を記録できるらしく、それを見たプレイヤーが本人を訪ねるようになる、という仕組みと説明してくれる。
「ポーション売れる?」
「リンが作ったポーションもそこの売店で売ってるだろ」
売店に並んでいるポーションを見ると、NPC産のものより色や回復量が疎らだ…。あと飛び切り濃い緑色のゲロまずポーションも1本だけある…。
「これ僕のなのかな…」
「さっきぐれーぷがギルドにも売ったって言ってたしそうなんだろ」
「なんかタグ付いてる」
ポーションの瓶に巻き付いた紙には『「雑貨屋ぐれ〜ぷ」をよろしく〜!』と書かれていた。店名的に店主さんだ。
というかごめん店主さん、今まで店の名前知らなかった…。
「そういうサービスもあるんだよ」
「なるほどね」
エニグマの説明を聞きながら売店をぐるっと1周してみるけど、めぼしい物はなさそう。
売っていても薬草とか、携帯食料とかそういうのだ。ギルドに売られた毛皮や肉は専用の売店でそれぞれ需要がある人向けに売られているらしいのだが、モンスターの素材は今のところ使い道がないので行かなくていい。
アズマも素材の売却を終えたようで、こっちへ向かってくるのが見える。
「そういやリン、お前昼飯食ったか? 俺はお前がポーション作ってる間に食ったけど」
昼飯…?
メニューを開いて時間を確認するともう14時を過ぎている。
「まだ食べてない…」
「食った方がいいぞ」
楽しくて夢中だったから今まで気付かなかったけど、言われてみればお腹減ったな。
というかエニグマはいつの間に食べてたんだ。ポーション作ってる間って言ってもログアウトしてご飯食べて戻ってくるほど時間はなかったし、ずっと掲示板見てたような…?
「じゃあ食べてくるよ」
「待たせたな」
「行くぞアズマ。リンは昼飯食ってくるらしいから俺達だけで狩りだ」
「昼飯!? リンまだ食べてないの?」
「あはは…」
アズマに先に食べとけよと。エニグマには宿をとれ、と言われたので宿を探すために別れる。
宿をとれ、と言われたものの、このゲームは開始直後。プレイヤーが全て同じ場所からスタートするからかどの宿屋に行っても満員。何処も空いてない。
ログアウト中も体は残っているらしいから、倫理観的な話では宿は借りておいた方がいいという説明は原初のフラスコを買いに行く途中で聞いていたので、宿屋をとらないという訳には…
いや…? 安全と窃盗の心配?
確か、裏路地とか人がいないような所はともかく、大通りなんかはPvPが不可という設定があったはず。
そして装備類で盗まれて困るものはない。優秀な装備は持ってないし、初期の服であればわざわざ盗んだりはしないだろうし。
……大通りで良くない?
「…無理か」
よく考えれば大通りで寝ててもPvPできないだけで、人には触れられる。裏路地とかに引っ張られたら普通にキルされてしまうだろう。
…このゲームのデスペナルティって把握しきれてないんだけどお金だけなのかな。
何はともあれ、大通りでログアウトは却下だ。そんなことして今考えていたような事態になったらアズマとエニグマに超怒られる。
…希望があるとすれば、店主さんかアリスさんか。
あの2人は自分の店を持っている。とは言っても、店というだけあって客もいるし、僕がそこでログアウトとはいえ寝ていたら邪魔でしかない。迷惑をかけるわけにはいかない。
だがしかし。それ以外に案があるかというと…ないのだ。
本人から許可が降りればその好意に甘えさせてもらおう。飽くまで降りれば。
無理ならまあ最終手段の大通りかな。
まずは店主さんから。アリスさんは好感度バグってて怖いし。
フレンドリストから店主さんを選択し、メッセージを送る。
すると直ぐに『良いよ〜!』と返ってきた。優しいが過ぎる。優し過ぎて詐欺に引っかかりそう。
さっさと店主さんの元へ行き、さっさとご飯を食べてきてついでにポーションを作って売ろう。一宿一飯の恩というやつだ。
その諺、使い方あってるっけ? まあいいや。
「店主さーん」
雑貨屋ぐれ~ぷに到着し、ドアを開けながら店主さんを呼ぶ。
「おぉ、リンよ!や っと来たか!」
何でアリスさんが居るんだろう。アリスさんと極力エンカウントしたくないから店主さんに先に聞いたのに、これでは意味が無いではないか。
「何で居るんですか」
「愛ゆえ…というやつじゃな!」
「こわ…」
店主さんに話を聞くと、アリスさんと店主さんはフレンド同士らしい。店主さんは店に売られてきた素材を、アリスさんは裁縫で作った小物を互いに取引していると。
アリスさん的には服の試着も頼みたいらしいが、店主さんは利益がないから拒んでいるらしい。
「で、毛皮を買いに来た時にお主が来るという連絡をぐれーぷが受け取ったから我が居るわけじゃ。我にも頼ってくれてよいのだぞ? リンならいつまででも無賃で泊めさせてやろう」
「機会があれば…」
機会があれば。これはなんか「行けたら行く」というのと同じニュアンスの、遠回しの否定なのだが、アリスさんには一切通じてない。
でもここに泊めてもらったとしてもこの人に場所知られてるなら意味なくない? ならどっちでもいいか。
「まあそれはそれとしてじゃな。白衣を作ってきたぞ!」
アリスさんの手には綺麗に畳まれた布。受け取って広げてみると、僕の体にしては大きめの、膝くらいまで丈のある白衣だった。
「ほれ、その服では白衣は映えん。下に着るものも作ってきたぞ」
更に渡された物を見る。白基調に黒いラインの入った襟がある服、それと藍色のスカート。
いわゆる、セーラー服と呼ばれるもの。
「これは好きに選べ」
追加で赤のスカーフ、黒のリボン、水色のネクタイを渡される。
「セーラー服の分のお金払えるほど持ってないですよ」
「サービスじゃ」
人の好意をここまで怖いと感じたことは初めてかもしれない。
エニグマは『表現が下手で過程を理解してないだけ』と言っていたけど、絶対それ以外にあるよね。恩を押し付けて頼みを断りづらくするとか。
「リンが着るのを楽しみに頑張って作ったんじゃぞ! 早く着るがよい!」
前言撤回。やっぱ何も考えてないかも。
手に抱えた白衣とセーラー服などをインベントリに入れ、アイテム欄から装備変更でセーラー服と白衣を着る。装飾は水色のネクタイにしておく。
「…下着姿は?」
いつの間にかカメラを手に持って構えていたアリスさんが怪訝そうな顔を覗かせる。
「ないですよ」
カメラを持ってるから分かりきってたけどやはり写真を撮られる。いろんな角度から撮ってくるし、ポーズの要求までしてきた。
まあポーズくらいならサービスしてくれた礼もあるしいいだろう。そこは納得する。
でも店主さんも撮ってるのは何で…?
「それよりお金なんですけど」
「そうじゃったな。我も一応商売じゃし、金は貰わんとな。8000ソルじゃったっけ」
「2万8000ソルです」
「2万、8000ソルと…」
《『アリス』から取引を持ちかけられています》
内容を確認するとこの装備を2万8000ソルで売買するというもの。漫画とかでよくある契約書に小さい文字で書いてあるとかそういうのは無い。
「はい」
手持ちから取引分のお金が引かれる。これで正式にこの装備は僕の物となった。
セーラー服は喜んで着ているわけではないけど、アリスさんの言う通りこの方が映えるから別に良い。客観的に見ればおかしい点は何処にもない。真白に見られると面倒そうだけど。
「アリスちゃん、撮った写真で良いのあったらわたしにも頂戴〜」
「やじゃ!」
「店主さん、ログアウトしていいですか」
「良いよ〜。奥の部屋使いたかったらいつでも良いからね〜」
カウンターの奥、僕がカウンターでポーションを作っている間に店主さんが出たり入ったりしていた部屋に案内される。
何故かアリスさんも一緒に部屋に入ってきてるし、ログアウトするにしてもなるべく早く戻ってこよっと。
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