第10話 森のクマさん


 店に戻り、薬草を買ってカウンターを借りてポーションを作成し、店主さんに買い取ってもらって1万ソルほどのお金を作った。


 そして今度こそ露店で素材の物色をしよう、というところで、智樹…もといアズマから用事が終わってゲームにログインした、という報告を受けたため合流することに。



「随分かかったな」


「ごめん。で、どう? あれやっぱり凛なのか?」


「そうだろ。本人がそう言ってんだし」


「いや…こういうのってもっと戸惑うものなんじゃ?」


 どうやらアズマは未だに僕が本当に長門凛かどうかを疑っているようだ。こちらとしては僕は僕だからそれ以上の紹介はないんだけどな…。


「僕は女の子になりたい願望があったわけじゃないけど、男という性別に執着はないよ。僕は僕だ。そうだなぁ、アズマの部屋にジャッジメントシリーズのポスターが飾ってあるのは知ってるよ」


 ジャッジメントシリーズ、アズマが好きなゲームシリーズだ。ビデオゲームであり、ジャンルはサードパーソンシューティング、いわゆるTPSだ。

 内容はロボットを操作してミッションをクリアしたり、オンラインの対戦を行うといったもの。ロボットのパーツなどをカスタマイズして、自分好みの性能に変えるのも楽しみの一つ…らしい。前に同じゲームを持っているエニグマがそう語っていた。


 そのジャッジメントシリーズに登場する敵のロボットのポスターが、アズマの部屋に飾ってある。アズマの家に行ったときに何回も見たことがある。


「他人を家に上げることが珍しいから信憑性は上がった…けどまだ信じられないな。もうちょっと整理する時間が欲しい」


「んなもんどうでもいいだろ。これが凛本人ならそれで終わりだし、凛じゃないならそれでいい。こいつが良いと思ってるなら俺らが口を出すべきじゃない」


「裕哉とは適応力の差があるんだ」


「エニグマって呼べカス」


 そんなこんなで合流して、今度はアズマのレベルを上げるために街の外へ。

 今まで僕の我儘をエニグマに手伝ってもらったし、その分エニグマのように僕がアズマを手伝う番…なんだけど、アズマはアズマで普通に強いから僕の出番はない。


 ポーションも持ってきたんだけどな…。


「っし、レベルアップ。順調だ」


「んで、アズマは何やるんだ?」


「騎士…でいいと思ってる」


 アズマが目指すプレイスタイルは騎士。

 だが騎士はロールプレイの話で、パーティプレイの話をするなら敵の狙いを自分に集め、攻撃させている間に味方の火力で倒してもらう役割、いわゆるタンクをするつもりらしい。


 エニグマ曰く、タンクというのはそれなりに難しい役割だ。

 一番重要になってくる防御力だけでも、物理防御力と魔法防御力がある。敵はもちろん物理攻撃をしてくるのもいれば魔法攻撃をするのもいる。

 物理防御だけではなく、魔法も防御するならステータスの配分も考えないといけないし、敵の攻撃に耐えられるだけの装備も必要になってくる。

 そしてパーティプレイがいつでもできる訳ではないのを考えると、防御面だけにステータスを割り振っていると攻撃力がなくて敵を倒せない。


 要はステータスの配分が難しいのだ。それでも騎士をやりたいから頑張ると。錬金術をやろうとしてる僕も大概だけど、アズマも人の事言えないよ。


「こういう時のために俺の伝手はある。今のところ最もデカい鍛冶クランのリーダーとフレンドだからな。何なら、裁縫師もいるしな」


「金が貯まったら頼む」


 もう既に鎧を作ってもらう計画は始まっているようだ。

 聞こえてくる会話によるとアズマは兜も被るようで。全身鎧だと装備に要求されるステータスも重くなってくる、というのをエニグマに教えられて燃えたのかイノシシを狩るペースが上がった。


「お、シロの実だ」


「キュイ〜」


 アズマのレベルも更に上がり、エニグマと店主さんの会話でダンジョンだと発覚したモリ森にて狩りを続行中なのだが、一切と言っていいほど僕の助けが必要な場面はないし、ゲームを初めてから素材集めばっかりしていたせいでまだレベル2の僕はとっくに抜かされている。

 そんな訳でモリ森に出てくる『フォレストウルフ』という狼と戦うアズマを尻目に、うさ丸と素材集めをしているわけだ。


「よし、やっとレベル5だな」


「いいペースだ」


「アズマって戦闘系のスキルとか覚えてるの?」


「『剣』のスキルを覚えてるぞ。早く鍋の蓋からちゃんとした盾に変えたいし盾のスキルも覚えたいな」


 盾のスキル…累計値の蓄積でもスキルは取得できるらしいし、鍋の蓋でモンスターの攻撃を受け続けるか殴ってれば取れるんじゃないかな。

 でも盾で殴るって…いや、シールドバッシュとかあるし、間違ってはないかな。


 僕と違ってちゃんとステータスを振ってるからか、アズマは難なく戦闘をこなしている。僕は素材集め、エニグマはアズマの戦闘を腕組んで見てるだけだ。



 森の中をかなり進んだ頃、素材集めに夢中になっていたら2人とはぐれ……



──月明かりの下で、クマさんに出会った。



 morinokumasan.濃茶色の毛で包んだ大きな体を持つクマさん。名前は『フォレストベア』。名前まで森のクマさんだ。



「さて、どうしよ…」


 徘徊型のボスなのか、僕がボス部屋に迷い込んでしまったのか。

 このクマさんはノンアクティブモンスターなのか、警戒心が強くて僕の出方を待っているのか。

 色々と疑問は尽きない。クマさんは口に咥えた魚もそのまま、置物かと思うくらい微動だにしない。



 アイテム欄を開いて使えそうなアイテムを探しても、キノコくらいしかない。クマってキノコ食べるのかな……?


 マウタケをクマさんの前に放り投げてみるが、反応無し。



 次に使えそうなアイテムは……ハチミツ。

 クマってハチミツが好物のイメージがなんなくあるけど、実際は違うらしいね。


 瓶に採取されたハチミツを1本、マウタケの横に置いてみる。



「しかし クマ は うごかない!」


 なんて事だ。咥えていた魚を座って食べ始めてしまった。ここまで警戒が解けてるなら別に無理して逃げようとしなくてもいいのではなかろうか。


 地面に放置されたハチミツはもったいないので回収し、クマさんに近付く。

 マウタケは別にいいかな…。数はいっぱいあるし、用途も謎だし。


 魚を食べるのをやめないので、本能的とか、野生の勘とかで僕が雑魚雑魚の雑魚だというのを理解しているのかもしれない。


「思ったよりフカフカ……」


 後ろからクマさんに抱きついてみた。毛はゴワゴワだと思っていたのだが、一本一本はサラサラしていて全体での感触はフカフカとか、フワフワに近い。


「わおっ」


 さっきまで座っていたクマさんが、魚を食べ終えて四足歩行の状態に戻った。抱きついていたせいで今は跨って乗っている形になる。


「金太郎かな……」


 のっしのっし歩いていくクマさんの上で、自分の足で動かずとも進んでいく景色を楽しむ。多分これは僕の頭の上でうさ丸が見てる光景と同じだろう。


「あ、エニグマとアズマ……」


 まさかのボスとエンカウントした、という衝撃で忘れていた。

 素材を集めてはぐれてしまったし、2人には心配されてるかもしれない。早急に戻るべきなんだけど…。


「クマさんクマさん、さっきのところ戻ってくれたりしない?」


「キュイッ」


 僕の言葉が通じたのか、気分なのか用があるのか分からないけど、クマさんがUターンして歩き始める。

 しばらくすると、地面に置かれたマウタケがあった。

 これ、さっき放り投げたあのマウタケっぽい。


「この近くを歩いて行けば戻れるかな…」


 クマさんの背中から降り、2人を探すために来た方角へ向かって歩いていく。



 後ろからはのっしのっしと、変わらずクマさんの足音が聞こえてくる。


「着いてくるんだ……」


 もしかして、僕がまだステータスをどうするか決めてなくてオール1だから弱すぎて心配なのだろうか。


「つか兎って本来発声器官がないから鳴き声とかないんだが――」


「あ、リン居た……って後ろ!」


 エニグマとアズマの声が聞こえた方を見ると、2人が僕を見て武器を構えていた。

 いや、なんか視線が違うような……?

 2人の視線は僕の横を通って更に奥を見ているように思える。しかし僕の後ろにはクマさんしかいない。


 あ、クマさんか。


「落ち着くんだ2人とも。クマさんは攻撃してこないから」


「クマさんって何だよ!?」


 アズマが驚いて大声を上げる。クマさんが大声に反応して敵対しないか不安にもなったが大丈夫そうだ。

 2人と話していると、クマさんは僕達に背を向けて森の奥へ歩き出す。

 ありがとう、と大きな声で言いながら手を振っていると、一度だけこっちを見て頷いてくれた。


《称号:『動物に愛されし少女』を獲得しました》


「…エニグマ、説明を頼む」


「分からんって事しか分からん」


 なんか手を振ってる間に称号を獲得していたらしい。

 動物に愛されし少女ね…。詳細を確認してみよう。


──


『動物に愛されし少女』

夢物語の少女は動物の寵愛を受ける。

動物系キャラクターの好感度上昇率にプラス補正。


──


 このゲームでは僕は動物に好かれるらしい。


 猫飼いたかったんだけどまさかゲーム内で飼えるのかな? ゲーム内ではあるけどモフモフパラダイスが作れるのかもしれない。




 と思っていた時期が僕にもありました。



 そんな甘くないね。好感度上昇率にプラスの補正が掛かるだけで最初から好感度が高い状態で始まるんじゃないからね。フォレストウルフを撫でようと思ったら普通に噛まれてしまった。


 でも僕が近付いて撫でようとするまで動かなかったし、僕って弱すぎてモンスターから興味なくされてるのかな。



 噛まれた手を撫でながらアズマによって倒され消えていく狼を眺める。

 ああ、こんな姿になって……皮…。皮素材って何に使うんだろうか。やっぱりアリスさんみたいな裁縫師に行くのかな。鍛冶師の人は使えないだろうし。


「何やってんだか…」


「クマさんは優しくしてくれたのに…」


「それがおかしいんだよなぁ?」


 レベリング中のアズマから少し離れて、戦闘に巻き込まれないようにエニグマと話しながら薬草をもしゃもしゃと食べる。草って感じの味。不味くはないからそこまで気にならない。


 HPが全て回復するまで食べていると、うさ丸がキュイキュイ言い出したのでアイテム欄から新しく薬草を出して食べさせてあげる。


「よく食べて大きくなるんだよ、うさ丸」


「それ大きくなんのか?」


「なるでしょ多分」


 草原に生えてる普通の草もアイテム欄にあるけど、うさ丸が喜ぶのは薬草なので普通の草の出番はない。普通の草というより雑草だけど。


 素材にも味がついているのを知った僕は、何となく持ってる素材を試食していくのだった。








****








結果発表。


マウタケ  → 普通のキノコ。

ヒノコ   → 中がヌメヌメしてて甘かった。

シロの実  → いい感じの酸味と甘さ。イチゴに近かった。

ハチミツ  → ハチミツって味。

クリアリーフ→ ミント。

ドングリ  → 硬かったけどピーナッツみたいな味した。

ウサギの肉 → 噛みちぎれなかったから食べにくかった。

イノシシの牙→ 硬すぎて食べれなかった。

キイロの実 → 酸味が強かった。

毒草    → 苦かった。あと毒状態になって死にかけた。

タポポン  → 凄いモフモフで喉に詰まって死にかけた。

木の枝   → 流石に食べられない。

ラルーク  → 味も見た目も食感もリンゴ。

ヨルメタケ → ジャリジャリしてた。白菜みたいな味した。


以上!




 新しく拾った素材だとか、拾ったけど錬金術で使わなそうだった素材も食べてみた。何個か食べられないのもあったけど。



 キイロの実はシロの実より一回り小さい、似た形の木の実だった。

 育つとシロの実になるらしいけど、強い酸味を調理で使われる事もあるからキイロの実でも需要はあるらしい。


 毒草はモリ森の深いところで生えていた紫色の草だ。名前と、僕が毒状態になった通り、摂取すると体に悪い。

 これを使って毒ポーションなんかも作れそうではあるけど、戦闘になって「これ飲んで」って渡しても飲んでくれるわけないので使えるかは色々試してから決める事になる。


 タポポンはフワフワした草が集まった植物で、綿毛を飛ばして繁殖するらしい。

 名前もタンポポっぽいというか捩ってるだけだしほぼそのままタンポポだ。用途は不明。


 ラルークは木になっていた赤い果実……というよりリンゴ。

 これも調理で使われたり、そのまま食べられたりと需要はあるらしい。


 最後にヨルメタケ。木の根元に生えていたキノコで、猫の目みたいな模様が傘の部分にある。

 食べた時に食べる前より森の中がよく見えるようになったので、暗視効果とかそういうのがあるキノコなんだろう。

 1個しか発見できず、その発見した1個も「どうせ探せばいっぱい生えてるでしょ」と確認する前に食べてしまったので正確な効果は不明だ。



 毒草を食べた時とかタポポンを食べた時に死にかけていたせいで、アズマを助けようとしていた僕が逆に助けられてしまった。

 それからも木の枝を食べようとしていたからか、奇行に走るなみたいな事を言われて、エニグマとアズマが過保護になった。別に現実と違って死んでも平気だから大丈夫だと思うんだけどな…。

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