第9話 やべー人
エニグマの話によれば、SNSをやってる人とか、このゲームを調べて始めた人は錬金術をゴミだと思っている節がある。僕みたいに超楽観的な「え? 不遇職? 大丈夫大丈夫! なんとかなるよ! 面白そうだし!」みたいなアホな思考で始めない限りは錬金術など到底選ばない。
でも僕は楽観的なだけであってアホじゃない。決して。
…多分。
「もうちょっと強く」
「はいはい」
今はここまで作ってきたポーションの手順を踏まえて、別に錬金術でやる必要なくない? と検証中である。
検証内容は、『原初のフラスコ』を使った錬金術のアビリティ、『調薬』を介さずとも水入り瓶を温めて薬草突っ込めばポーションできるんじゃないか、というものだ。
幸いにも、エニグマが火魔法を取得していたので瓶を加熱するのはエニグマの魔法でやってもらうことにした。
…「幸いにも」にもというか、その髪や目を始め、装備まで赤系の色で統一された見た目で水魔法とか使ってきたら初見殺しにも程がある。それはそれで戦術としては有効かもしれないが。
数分加熱していたが、瓶の中の水は沸騰しても色に変化がない。いつもなら既にゲロまずポーションが完成しているくらいの時間は経っているはずなのだが、インベントリに入れて確認してみても水入り瓶から変化はない。
この結果から導き出される答えは、ポーションは錬金術を介さないと作れない可能性が高いという事だ。
NPCもポーションを売っている品切れが存在して、仕入れるまで店に並ばないが、ゲーム内で1日経てば復活しているらしい。何処かから仕入れているとすれば、その元を辿っていくとNPCの錬金術師に着くはずだ。
店主さんがNPCから聞いた話によると、この街には錬金術師はいない。つまり、NPCの錬金術師に会うには別の街に行く必要がある。
NPCの錬金術師に会えば、『合成』に必要な生産キットである『錬金釜』の情報を、運が良ければ実物を手に入れられると思ったのだけど…。
レベルが低いのもあるし、物理的な距離の問題もある。もうちょっとしばらくは無理そうだ。
「錬金術使わないと駄目っぽいな」
「だね」
数分加熱しても変化がないのでそろそろやめる。
水入り瓶から薬草を取り出しても『調薬』と違って消えずに残っているので再利用できそうだ。
減ったものといえば時間とエニグマのMPくらいしかない。
MPといえば。
HP回復ポーションは見たことあるし作った。名前が『HP回復ポーション』であり、HPが付いているのなら『MP回復ポーション』があっても不思議ではない。
MPが回復しそうな材料を見つけたら買ったり採取しておくべきだろう……いや、何が素材となるか分からない錬金術においては、MPが回復しそうとか関係なく集めておいた方が良い。
閑話休題。
火魔法を使って水入り瓶を加熱しつつ薬草を煮込んでポーションが完成しなかった事で、もう1つ疑問だった『錬金術を使わなくても水に薬草を浸しておくだけでポーションが完成するんじゃないか』というのも否定された。
だがまだ分からないのが、『錬金術及び、原初のフラスコを使わないとポーションが完成しないかもしれない』という事だ。
原初のフラスコを使って水に浸した場合…言い換えれば、今まで成功したパターンから加熱という過程を省いた場合、同様に成功するのか? といった疑問である。
それを試すために、丸底フラスコに水と薬草を入れて放置し、三角フラスコでポーションを量産しこの店で材料を買って量産してをやっていたのだが、数十本作っても全く変化する気配がない。
「やはり加熱は必要過程…」
放置してポーション量産はできそうにない。
とはいえ放置している時間で何十本も作ったことでポーションの作製にも慣れ、回復量が30以上が安定してきたのでプラスマイナスはゼロ…いや、今後を考えるとプラスかもしれない。
それともう一つ、先程拾ったシロの実の果汁を煮込んでみたら、HP回復効果を持つ物になった。HPの回復量は15と、薬草を使ったものよりも低い。
名前も『シロの水』で、ポーションですらないのを考えると使い方を間違えているのだろう。
シロの実の説明を読むと回復するみたいなことが書かれてるので、ポーションには使えると思うのだが…。
「沢山できてるね〜」
「これ売っていいですか」
「もちろ〜ん。400ソルが22本、500ソルが14本と〜…」
店主さんが実験中のシロの水を不思議そうに持ち上げている。
しまった、まだ試してる途中なのにカウンターに放置してた。
「それまだ売れないです」
「なるほど〜。この白いポーションは買い取るとしたら1本150ソルくらいかな〜? あと700ソルが6本で合計が〜…おお、2万ピッタリ〜」
カウンターの下から袋を取り出して渡される。中を見ると金貨がぎっしり入っていて、インベントリに入れると所持金が2万ソル増えた。
「破産しません?」
「大丈夫だよ〜。そこの露店通りで店出して売ってるし〜」
「さっきから行ったり来たりしてたのはそれか」
確かに店主さんはさっきから店の奥から出てきてどこかへ行ったと思ったら定期的に帰ってきてまたどこかへ行ってを繰り返していた。露店出せるならこの店の意味ないのでは……?
「エニグマくんも手伝ってよ〜。どうせ暇でしょ〜?βテストで有名になったんだから客引きとかしてよ〜」
「有名なの?」
「名前だけはな。それだって名前は知られてんだろ」
頬杖をつきながら掲示板を見てるらしいエニグマは、一瞬だけ店主さんを指さしてまた掲示板を見るのに戻った。
店主さんもエニグマもβテストで何かして名前は有名とのことだ。名前だけって事はどんな姿なのかとかは知られてないのだろう。
「何したの?」
「…近くのダンジョンにぐれーぷと素材集めに行ったんだよ。それで盛り上がって最奥まで行ってボスを倒したんだが、初討伐だったらしくてな。攻略組とか言われるようなプレイヤーがいそいそと準備してる間に倒しちまったもんだから色々言われて噂されて…」
「掲示板とかSNSで名前だけ広まったんだよね〜」
……エニグマは分かってたけど、もしかして店主さんも結構強い?
そしてダンジョンって何処だ。街の近くにそんなのあったかな。
「ダンジョンはさっき行った森だ。『モリ森』とか変な名前でな」
…丸々モリ森?
いや、それよりさっきマウタケやヒノコを拾った森はダンジョンだったのか。言われてみればモンスターも違ってた…かな?素材集めに夢中で戦闘はエニグマに丸投げしてたから覚えてないや。
「ボスなんだった?」
「クマ」
「クマ…」
エニ…『グマ』…?
あ、いや、なんでもない。疲れて少しテンションがおかしくなってきたのかもしれないし、ポーション作りは一旦やめようかな。
ポーション売ってお金も結構貯まったし、アリスさんに製作を頼もうか。
店の中で走り回っていたうさ丸を呼び寄せ、頭の上に乗せる。
「もういいのか」
「お金は稼げたしね。アリスさんに頼みたい事もあるし」
白衣なら構造も簡単だろうし、性能はあんまり求めてないので3万ソルあれば作ってもらえるだろう。多分。
そうでなくても色々と素材は欲しい。今持っている素材も、新しい素材も。
「ちょっと待って〜」
「…? どうしたんですか?」
「これからも作ったポーションはウチで売ってくれないかな〜?」
まさかの取引のお話だった。
ポーションを使って商売するにしても、自分の店を買うほどのお金はないし、買い取ってもらえるなら売ろうと思っていたので困ることは無い。
「お得意様として〜、ウチの商品の割引とリンちゃんが欲しい物をなるべく発注してあげる〜」
…謎に好待遇だ。
この店は素材を買い取ってそれを売っているので、ポーションの材料になる薬草や水を買うために今後も利用する予定だった。それに割引がついて更に商品の発注までしてくれると。
それだけの価値がポーションにあるというのか。
「人が多くなればポーションは品薄になるからな。そこなら多少高くても売れるし、例え相場でも利益は出る。それだとリンが直接売った方が儲けられるから、割引と発注を餌に供給源を確保しようって魂胆だぞ」
エニグマくんは賢いですね。
本当に店主さんはそんなことを考えてるのだろうか。あのほんわかした雰囲気とふにゃっとした笑顔の下で? いや、どうだろう。
しかし利益で言えば普通よりも安く素材を購入でき、その素材で作ったポーションを売って儲けれる。
ここで断って割引や発注についての話をなしにして他のところで売るのは、繋がりを作るのが面倒だし、態々店主さんの話を断る必要もない。
「ずっと作ってる訳じゃないんで納品の量とかバラつきがありますけどそれでいいなら…」
「ほんと〜! やった〜!」
「連絡取れるようにフレンドなってくれませんか?」
「わぁい、ぜひぜひ〜!」
フレンド申請を店主さんに送ってすぐ、フレンドリストに『ぐれーぷ』という名前が増えた。
初めて約3時間でフレンドが4人。コミュ障にしては上出来がすぎる。内2人はリア友だけど。
フレンドリストを開いているついでに、アリスさんにメッセージを送っておく。すぐ返信が来て、今は特にやることもないそうなので噴水広場で待ってるらしい。
呼んでおいて遅く行くのは申し訳ないので早速アリスさんの元へ向かおう。
店主さんに一言入れてから店を出て、エニグマと並んで噴水広場へ向かって歩く。
「エニグマはいつまでも僕と一緒にいて平気なの?」
「攻略組とかになるつもりはないし、俺は楽しくやりたいんだよ。リンや智樹…じゃねぇ、アズマと一緒にやってた方が1人でやる何倍も楽しいだろ」
「そっか」
「おー! リンよー! 待っておったぞー!」
まだ噴水広場に到着してないというのに、エニグマとアズマと会う前に話した人の声が。
前を見れば、褐色の女性が金色の髪を靡かせながら、ほぼ水平に浮かんでこっちへ来ている。
――なんでこの人飛び込んで来てるんだ。
「危ねぇな」
ぶつかる、そう感じた瞬間。エニグマに服の襟を引っ張られ、飛んでくるアリスさんを回避した。
「なんじゃお主! 我とリンの戯れを邪魔しおって!」
おかしいな、僕の記憶だとアリスさんとは少し話してフレンド登録をしただけでそんな仲良くなった覚えはないんだけど。
アリスさんの中で何がどう飛躍してこうなったのか解らない。
「お前なぁ、前にも女子に迷惑かけて散々言われたの覚えてねぇのかよ」
前科あるんかい。
「あれはその……一応反省しとるし……。ってお主! エニグマではないか!」
そういえば面識あるってさっきエニグマが言ってたな。やべーやつだってエニグマが言ってたの、さっきは理解できなかったけど今なら分かるよ。
「もうちょい抑えろよ。既にイエローカード出されてるようなもんなんだから、次そうなったらアカウント凍結という名の強制退場になるぞ」
「うっ…でも抱きつくだけじゃし……」
「せめて本人に許可取ってやれ。そうすれば合意の上で成り立つんだからよ」
「すいません……リン、よいか?」
「嫌です」
「うぐっ…」
エンカウントする度に抱きつくと評されて攻撃じみたダイブをされるのは嫌だ。これは誰だってそう。実際僕もそう。
「残念だったな。それより用があって来てるんだろ」
「うぬ…リンよ、製作依頼じゃったな?」
ようやく本題に入れるようだ。
金銭のやり取りとかがあることを想定して、フレンドメッセージでは「製作依頼がある」ということしか伝えなかったから、ここから依頼する形だ。
「はい。白衣って作れますか?」
「白衣…白衣? 白衣って給食のあれか?」
「科学者の方です」
アリスさんはうむむと唸った後に掌をポンと叩き、作ってくれるという話をしてくれる。装備としての性能や、追加効果などは任せるように頼んだ。
値段は2万8000ソル。本来なら4万くらいの性能にする予定なのをサービスでこの値段にしてくれた。
そんな仲良くなってないのにそこまでされると怖いんだよね。
「リンのために色々追加効果を付けてやるぞ!」
「好感度バグってて怖い…」
何がアリスさんをそうさせるんだ…アリスさんが可愛い女の子が好きで今の僕が可愛くなってるとしても、普通そうはならないでしょ。
「信用してもらいたいんだろ、表現が下手で過程を理解してないだけだ」
エニグマが耳打ちして教えてくれる。
「だとしてもだよ…」
「好かれてんだから素直に受け取っとけよ。メリットはあってもデメリットはないだろ。……今のところは」
今のところは? 『今のところは』って言ったよね。それ後々デメリットが発生するかもってこと?
「では早速作ってくるぞ!」
「行っちゃった…」
「そろそろアズマも戻ってくるくらいだし、ここら辺ぶらぶらしとくか」
アリスさんの事は後で、困ったときにでも考えるか。
エニグマの言う事が本当なら好意を向けられているのだし、それ自体は悪い気はしないし。
して、エニグマが提案した散策に賛成だ。
まだ夜が明けていないからNPCはほぼいないけど、プレイヤーの露店では素材が売られているケースが多い。そして僕は素材が欲しい。
だが残金は3万近く。しかし2万8000ソルはアリスさんに支払う必要がある。
……。
…。
お金、無いな。
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