第8話 回復ポーション


 錬金術のレベルが上がり、新たに増えたアビリティの『合成』。

 『調薬』の説明文があの調子ならある程度予想は付くけど、一応詳細を見ておこう。


──


『合成』

錬金術アイテム『錬金釜』を用いてアイテムの合成ができる。


──


 だよね。大体予想と同じだ。


 しかしまた専用のアイテムが必要になるようだ。さっき行ったリサイクルショップにはこの名前の物はなかったし、暫く使えそうにないかも。


「さて……レベルアップしたし、リンのやりたい事をやろうぜ」


 今まで忙しなく僕の周りをぐるぐる回りながら称賛していたのに、急に何事もなかったかのように通常運転に戻るエニグマ。テンションの落差が激しい。


 それにしてもやりたい事か。ちゃんとした、せめて最初から持っているのと同じポーションを作りたいけど、そのために必要な事はなんだろう…。



 あのゲロまずポーションができた理由として考えられるのは…そもそも手順が違うか、薬草を煮るだけでは作れない。素材が足りないため、味が変で効果も薄い。レベルが足りない。


 この3つが今即興で思い付いた可能性だ。1つ目と2つ目はありそうだが、3つ目はない気がする。確証はないけど…。



 3つ目を置いておいて、1つ目と2つ目を同時に達成するには素材集めをすればいい。水とガラス瓶は貰ったものが沢山あるので、薬草や他に使えそうなアイテムを集めれば手順を変えるのは後でできる。


「素材集めでいい?」


「あぁ、いいぞ」


 頼りになるね。





 それから約1時間。パーティを組んで一緒に薬草などの植物を集めながらうさ丸に草を食べさせ、一通り集めたら近くの森へ行ってそこでも採取。

 街に戻ってきた頃にはゲーム内は夜になり、NPCとプレイヤーで賑わっていた街はプレイヤーばかりになっていた。


 そして集めてきた使えそうな素材が何個か。


──


『クリアリーフ』

別名『浄化草』。

吹き抜けるミントの味。


『ハチミツ』

ハチが花の蜜を集め、巣の中で加工したもの。

とても甘い。


『マウタケ』

踊っているように見えるキノコ。

食べると力が漲る。


『ヒノコ』

燃えているように見える模様が特徴のキノコ。

食べると暑さを緩和する。


『シロの実』

大きな赤い実。

食べると体の傷が癒えるとされている。


──


 拾ったのはこれだけではないが、使えそうなのをピックアップした。木の棒とかはどう考えても関係ないだろうし。


 クリアリーフとハチミツはあの不味さをどうにか和らげられないかと、味のついた物として。

 マウタケとヒノコは回復ではないけどバフの効果が付くポーションの材料にできないかと。

 シロの実は薬草と似た効果を持つので回復ポーションの強化や作成に使えるかも。



 錬金できる場所がないとエニグマに伝えると、何故かリサイクルショップに戻ってきてここを使えと言われた。勝手に使って良いのかと話していると、店主さんが来て好きに使っていいとだけ言って店の奥に戻って行ったのでお言葉に甘えて使わせてもらうことに。


 ちなみに今回集めてきたアイテムはリサイクルショップで買い取っているが用途が限られるため売れないのばっかりらしい。使えるなら後で買おう。


「手順変えるのから試そうかな」


 とは言っても、調薬を開始してからあのゲロまずポーションが完成するまでの工程をどう変えたものか。


 さっきは水を沸騰させて薬草を入れて放置していたら段々と緑色になった。

 最終的に完成したゲロまずポーションの色が普通のポーションよりも濃い事を考えると、長く煮込みすぎたのかもしれない。それで薬草の色がより濃く水に移ったが、回復する成分は熱に弱くて蒸発してしまったとか。

 なら煮込む時間を短くすればいいのかな…?


 今はそれしか思い付かないのでやってみよう。そしてやりながら別の可能性を考えておこう。


 アルコールランプに火を付け、水を入れた三角フラスコの底を加熱する。沸騰したら薬草を入れ、中身を移すガラス瓶を用意しておく。

 段々と透明な水に薬草の色が移り、薄い緑になったところで金網を通してガラス瓶に移す。これで液体だけガラス瓶に入り、薬草は金網で止まる。

 やはりシステム的なアシストがあるようで、零れることなくガラス瓶に移すことができた。


「どうかな」


 アイテムをインベントリに入れ、詳細を開く。


──


『HP回復ポーション』

飲むとHPを回復するポーション。

HP30回復。


──


 できた。初期から保持しているポーションよりも回復量が5少ないのはタイミングの問題だろうか。

 味の確認のために飲んでみる。緑茶程度の苦味、若干の後味の甘さ。人によっては美味しいと感じる味だ。


 回復量も前より多く、味もそれなり。僕が立てた仮説は正しかったようだ。でもこれは量産が難しいな。


「どうだ?」


「成功した、かな?」


 兎に角、量を作ってみない事には分からない。まだ前例が2つしかないから確率で成功だとか失敗という可能性もあるし、味を付けてみるのも試したい。


 その旨を伝えると、「そうか」と言ったあとにメニューを操作してるっぽい行動を取り始めた。虚空を見つめて指を動かしてる。

 実際には何をしているのか分からないけど、メニューの操作中って傍から見るとこんな風になってるのか。


「何してるの?」


「掲示板見てる。なんか情報ねぇかなーってな」


 だから好きにしてていいぞ、とでも言いたげだ。

 掲示板はそこまで興味ないのでエニグマが好きに掲示板を見てるように、僕も僕で好きにやる。



 まずは普通にポーションを作成する。母数を増やせば結果はより明確になるのだ。なんかそういう話を前に聞いた気がする。


 水を入れ、沸騰させてから薬草を投入し色が着いたらガラス瓶に移す。

 10個程この作業を繰り返すと、法則が分かってきた。



 ポーションの出来はやはり色で判別できるようで、色が薄すぎると回復量は少なく、逆に濃すぎても同様に回復量は少なくなる。


 完成したポーションで、色が薄すぎたのは2個、濃いのは1個。

 回復量は薄いのが20、濃いのは15。


 残り7本の内4本は回復量が30で、2本は35、1本だけ45だった。

 この1本だけできた回復量が45のポーションは、他に比べて綺麗な緑をしている。


 某ハンティングゲームで肉を焼く時に近いものを感じる。というか、難易度がかなり上がっただけで同じようなものだ。


 これで回復量が安定しないという課題点はあるものの、ポーション量産の目処が立った。



 次に味に関して。


 そこまで厳しくはないのか回復量が30以上のポーションにクリアリーフを混ぜて煮込むと爽やかなミント味、ハチミツを混ぜるとめっちゃ甘い水だった。


 でも回復量が30未満の物にクリアリーフを混ぜて煮込んだら苦さが鼻を通り抜けてく感覚になる。

 ゲロまずポーションにクリアリーフを混ぜればあっという間に食物兵器の完成だ。どうやって飲ませるかが問題ではあるけど。


 最後にキノコ。

 これは前例がなかったからよく分からなくて三角フラスコで出汁を取っただけだ。

 味はマウタケは味噌汁に合いそうな味で、ヒノコはよく分からなかった。なんか変に甘かった。


 マウタケの結果からキノコは錬金術というより料理用の素材なんじゃないかと考えている。どっちにせよ現状では使えなさそうだ。

 でもキノコの出汁取ってたら錬金術のレベルが上がった。一応錬金術をやってる事になっているらしい。


 これらの結果を総合して思ったこと。


 ――なんか不遇と言われる生産職の中で飛び切り不遇とされるにしては普通じゃない?


 いくら何でもここのポーションを作成する段階に来る前に諦めてそう結論付ける訳ない。流石にそんな馬鹿じゃないだろうし。

 つまりこの段階まで来た上で、更に錬金術を不遇と言わせる要素があるのだろう。



 だとすると何だろう。僕も感じた課題点である回復量の安定化かな?

 でも別に錬金術って直接戦闘するような職業じゃないし、回復量高くて値段も高いのよりも回復量は少し低いけど安い方が始めたてのプレイヤーにとっては購入しやすいし、売れないから金策が難しいとかではないような。


 駄目だな、現状で先人の錬金術をやった人達が当たった壁に到達してないからどんな課題があるのか分からない。分からないものはいくら考えても出てこないし壁に当たった時に考えよう。


「おつかれ〜」


「あ、どうも」


 次に何をしようかアイテム欄とにらめっこしていると店主さんが店の奥からやってくる。


「どう〜? なんか良いの作れた〜?」


「ポーションならいくつか」


 『原初のフラスコ』をインベントリにしまい、完成したポーションをカウンターの上に並べる。ただし回復量45の1本しかない物を除いて。


「おお〜!」


 店主さんを並んだポーションを見て目を輝かせながらぱちぱちと拍手してくれる。何だか照れるな。

 エニグマは店主さんが褒めてくれている横で、僕が並べたポーションを1つずつ持って置いてを繰り返している。あれは多分アイテムを調べてるのかな。


「で、売ってくれるのかな〜?」


「売ります! お金欲しい!」


 今の手持ちは5000ソル! アリスさんに白衣作ってもらいたいしお金はなくて困ってもあって困らない!

 …死ぬとデスペナルティで減るらしいんだけどね。


「どれどれ〜……回復量が疎らだね〜。値段はどうしよっか〜」


 値段は悩みどころ。

 僕が売ったポーションは店主さんが使うんじゃなくて、この店でプレイヤーに売る物になる。

 商売に求めるものは利益、つまり収支がプラスになるように値段を設定しないといけない。

 ここで僕が高い値段で買い取ってもらうのを要求すると、店主さんは利益を出すためにそれより高く売らなくてはならなくなる。この店でポーションを売る時に相場と同じ値段にするとしたら、利益が出る場合は僕は相場より少し安く売る必要がある。


 まあ僕は相場とか知らないから自分の利益が出れば良いんだけど。


「これが200、こっちが250が2本、400が4本、500が2本で合計3300ソルでどう〜?」


「じゃあそれで」


「いい感じなんじゃねぇの。自作にしては」


 3300ソル。原初のフラスコと同じ値段とはいかないけど大半は取り戻せた。


 薬草やガラス瓶、水入り瓶の値段を見たけどそう高くない。

 薬草は食べれば少し回復するらしいので需要があって売られないのか、1つ10ソルと瓶に比べて高いがそれでも全然安い。

 水入り瓶が供給過多で5本1ソルなので、薬草5つで50ソルと、瓶5本で1ソル、合計51ソルでポーションが5本作れる。


 店主さんが提案してくれた値段そのままなら回復量30のポーションは1つ400ソル。

 仮に安定して回復量30のポーションを作れるとしたら、51ソルで買える材料を使ってポーションを作り、それを2000ソルで売れることになる。


「儲けれるかな」


「ホントか?」


 エニグマが突っかかってくる。

 でも大丈夫、計算上は儲かる。あとはポーションが安定して売れれば何も問題はない。


「これでお客さんも増えるかな〜」


「立地が悪ぃんだろ」


「仕方ないでしょ〜! 手持ちでギリギリ買えたお店なんだから〜!」


 この店は裏路地に面しているので、客が多いかと聞かれるとそうでもない。少なくとも僕は一度も見てない。

 噴水広場にあるスキルオーブの店はかなり良好な物件だけど、一体幾らしたんだろうか。


「暇なら宣伝してよ〜。減るものじゃないんだし〜」


「考えとく。どうするリン、まだポーション作るか?」


 まだ使ってないシロの実の事もあるしお金の事もある。けど『調薬』でポーションの作成に成功した今、次に気になるのは先程新たに取得した『合成』だ。


 しかし『合成』は専用のアイテムがなくて使えない。原初のフラスコは置いてあったし、もしかしたら『合成』で使うアイテムもあるかもしれないので、聞くだけ聞いておこう。


「店主さん、『錬金釜』ってアイテム売ってないですか?」


「れんきんがま…? 聞いた事ないなぁ〜。今度定期的に来る行商人のNPCにも聞いてみようか〜?」


「お願いします。それと…」


 ついでに、先程疑問点として浮上した、錬金術が不遇とされる理由も聞いてみる。

 店主さんかエニグマ、どっちかが知ってればいいなって気持ちで聞いたが、二人とも知っているらしい。エニグマが答えてくれる。


「理由はいくつかあるな。βテストの時に生産キット、その『原初のフラスコ』が終盤まで発見されなかったのが大きい。しかも発見されたのは1個だけ。そしてそれを使ってもリンが作ったみたいなクソ不味いポーションしか作れなかった事実が、βテスターの中で広まったのが理由だ」


「SNSで拡散されちゃったりしたね〜」


「下手に拡散力が高い奴が発言して拡散されたせいでその風潮が強くなったし、βテスターじゃない人にもそう認識されてしまった…ってとこだな」


 ちゃんとしたポーションの作成まで行ってると思ったけどそうでもないのか。というかβテストだと『原初のフラスコ』は1個しか見つからなかったのか。


「リンちゃんが買った『原初のフラスコ』はそのポーションを作ったテスターの人から買い取ったものだよ〜。正式サービスでは錬金術やらないからーって〜」


「βテスターは正式サービス開始時にスキルの取捨選択ができるんだよ。それで錬金術を捨てて、そこに注ぎ込んだスキルポイントも還元ってわけだ」


 なんと。この道具は先人のお古だったのか。

 その先人すら錬金術をやめてしまった。時間さえあれば研究できて錬金術の良さを広めれたんだろうけど、タイミングが悪かったんだろう。時間があまりなくて挽回できるほど調べられずにβテストを終え、本当に使えるかどうかも分からない錬金術を取る選択はできなかったと。


 南無。


「ここに売ってくれた先人と連れてきてくれたエニグマに感謝……」


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