第7話 イノシシとの戦闘


 あのゲロまずポーションが戦闘中に使えるとは到底思えない。

 それは不味さもあるけど、回復量にも原因はある。最初からアイテム欄にあるHP回復ポーション、これの回復量は35。ゲロまずポーションより20も多い。


「なにゆえ…」


「だから言ったろ」


「言ってたけどさぁ…」


「このゲームの生産スキルって難しいんだよ。鍛冶だって現実のものとそう変わらない感じで鉄打ったりするし、裁縫なんかほぼ現実と同じらしいからな。技術とは別にセンスも求められる。βテストから変わってなければだが」


「アリスさんが不遇って言ってたのはそれか…」


 現実とそう変わらないとなると、かなり難しいだろう。スキルとかシステムの補助があるとしても。

 生産職という括りには錬金術も入っているが、錬金術も不人気なのが全てを物語っている。人気がないとか不遇というのはエニグマから聞いているが、やはり難易度が高いんだろうか。


「それもあって競争相手が少ないから多少高くても文句言われないんだよな。てか今アリスって言ったか? アリスってあの「のじゃのじゃ」言ってる?」


「そうだけど、知り合い?」


「ああ。βテストの時にちょっとな」


「交友関係広すぎない?」


「プレイヤー同士仲良くしてて損はないんだよ。どうしても相容れない奴はいるが…」


 アリスさんもそんな感じの事言ってたな…。でもまあ確かに、数少ない生産職の人との繋がりを持てたら他の人より有利になる部分はあるだろうけど。


「お前もアリスと知り合いなのか」


「うん。集合の前に噴水広場で話しかけられたよ。エニグマはどんな風だったの?」


「俺は自分から話しかけたな。鉄火……鍛冶師のプレイヤーから聞いて直接会いに行った」


 エニグマは僕が思っている何倍も交友関係が広そうだ。この街に店を持ってる人全員と知り合いなんじゃないだろうか。そんな気さえしてくる。


「アリスはβテストの時から変わらんぞ。可愛い女子を捕まえては服を着せようとしてくる。大体はフレンドになる前に逃げられてたが」


「え? 僕フレンド登録しちゃったんだけど」


「あー、まあなんだ、頑張れ。いやほら、モデルになる代わりにあいつの店の商品安く売ってくれたりするし、そんな悪い話じゃねぇだろ?」


「良いよ別に……女の子になった僕は可愛いからね。客観的に見ると」


「まあ否定はしないが…」


 この体は真白に似て可愛いのだ。

 自分が着るという点を除けば、可愛い女の子が可愛い服を着せられて可愛くなるというだけである。自分が着るという点を除けば…。



 一人で勝手に落ち込んでいると、頭の上でうさ丸がもぞもぞ動くのを感じる。今まで寝ていたけどようやく起きたのか、それとも寝返りみたいなものなのか。


「うさ丸、起きた?」


「それ死体じゃなかったのか」


「え? 死体じゃないけど…」


 むしろエニグマはこれを死体だと思っていたのか。狩ったウサギの死体を頭に乗っけて街中を歩くとか、どんな民族だ。僕はそういう民族じゃないし、そんな野蛮でも狂人でもない。


「死体に見える?」


「動かなかったからな。生きてるってことはそれテイムしたのか?」


「テイムとな」


 昔、それを題材にしたゲームをやったことがある。モンスターを仲間にして、その仲間にしたモンスターを使ってフィールドにいるモンスターを倒したり、また仲間にしたりしながらストーリーを進めていくゲームだったかな。

 そのテイムができているなら、うさ丸を戦わせることもできるかもしれない。


「テイムスキルはまだ情報がないから初ゲットかもな。情報クランに売ればそれなりに金になるぞ」


「スキルが必要なの? キャッチして撫でただけなんだけど」


「…そうか」


 なんだその微妙な顔は。やっぱりテイムできてないのかな?


 じゃあ前言撤回だ。テイムできたか分からないならスキルやシステムによって保護されているかも分からないので、うさ丸が戦闘で死んでしまった場合に生き返らせることが可能なのか不可能なのかという事も分からない。

 ただでさえステータスが全て初期値の僕でも余裕で勝てるほど弱いのに、戦わせるなんてできない。


「ね、うさ丸」


「キュ〜」


 なるべくうさ丸を連れて危ない場所には行かないようにしよう。ついでに小ささと弱さが相まって地面を歩かせるのも不安だからずっと頭に乗せておくか。


「それにしても銀髪幼女がうさぎを頭に乗せてる…? なんか見たことある気がする光景だな…夢か…いや、デジャヴか?」


「あ、そうだエニグマ、生産職の中で一番人気のあるのってなに?」


「…人口で言えば、あー…鍛冶師か料理人だな。鍛冶師はあんま表に出ないのが多いから大まかにでも数は分からんが、鍛冶師のクランがあるくらいなんだからそれなりにはいるだろ。逆に目にするのが多いのが料理人だ」


「料理人?」


 確かに、このゲームを始めてからこれまで、街の通りに沿って開かれている露店で串焼きとかが売られているのはちらほら見かけた。

 サービス開始からそこまで時間が経ってないからNPCが多いだろうけど、プレイヤーっぽい人もいたし、エニグマの言う通り料理人は数が多く人気なのかもしれない。


「他に比べてめっちゃハードル低いし、有用性を考えたら当然と言えば当然なんだがな」


「ハードル低いの? なんで?」


「単純に簡単なんだよ。塩振って焼くだけでそれなりに美味いし、現実でも料理する奴はいるだろ。手の込んだ料理じゃないと効果は薄いが、楽にバフアイテムを作れるってのも評価点に入る」


 言われてみれば。

 家庭料理とかあるし、料理人の人とかは現実でも鍛冶師とかより圧倒的に数が多い。それにエニグマが言ったように調味料をかけて焼くだけでも美味しい物もある。

 空腹度みたいな食事を摂らないと死ぬような要素はないので、食べなくても問題はなさそうだ。バフアイテムなら食べておいて損はなさそうだけども。







 少し時間が経つと、エニグマが僕のレベル上げを手伝うと言い出した。

 そこまで急いでレベルを上げたいという気持ちも、上げるつもりもなかったのだが、手伝ってくれると言うなら話は別だ。ウサギにはあまり負けそうな感じはないけど、保険はあった方がいい。


 そういう訳でレベル上げを行うために、街の外へ向かって移動中だ。


 レベルの話をしていたら気になったのでエニグマのレベルを聞いてみたのだが、エニグマのレベルは14らしい。低いのか高いのかは分からないが、少なくとも僕のレベルは1だし、僕の14倍は強いんだろう。



 歩いてる途中でエニグマに「錬金術って等価交換のイメージがあるけどなんで調薬なんだ?」と聞かれたが、そんなの僕が知るわけない。聞くなら僕じゃなくて運営に聞いてほしいものだ。


 雑談しながら歩いていると街の外、先程ウサギを数匹倒したのと同じ草原に到着する。

 空を見ると既に日が暮れ始めていて、茜色の夕日が見える。このままいけば直に夜になるだろう。


「ウサギ狩り?」


「いや、もう暗くなってくるから出てくるのはイノシシだな」


 草原のウサギ達は数が少なくなっていて、エニグマが言ったイノシシっぽいシルエットがちらほら見える。昼と夜で出てくる敵が違うらしい。


 プレイヤーが増えてきたからウサギやイノシシと戦っている人も見かけるが、まだそんなに多くはない。獲物の取り合いにはならなそうだ。


「ステータスオール1で勝てるのか…」


「割り振れよ。よくそれでウサギを捕まえられたな」


 むしろここまで来たらオール1でどこまで倒せるかやってみたい気持ちはある。

 イノシシなら勢いも強そうだし、攻撃は回避しながら突進してきた所を木刀でドーンと…できたらいいな。幸い、今なら死んでしまっても失うものはほとんどない。うさ丸はエニグマに預ければ安全だろう。


「イノシシってどれくらい強い?」


「そんな低いステータスで戦ったことはないから分からんけど…まあオール1でも1発だけならHP10くらいは残るんじゃないか」


「つまり1回の攻撃で40持ってかれるのか」


「大体そのくらいだな。知らんけど」


 2発も攻撃されれば死んでしまう。だが危なそうならエニグマが助けてくれるとの事なので、僕は僕が出せる全力をステータスを振らない範囲で頑張ろう。

 これでボコボコにされたら街から出なくていいや。


 安全のためうさ丸はエニグマの頭に乗せておく。うさ丸は頭の上は嫌だったのか、肩に飛び移って移動していたが、エニグマが守れる範囲にいてくれるならなんでもいい。


「さあ来い!」


 鍋の蓋を構え、木刀をいつでも振れるように持ってイノシシの前に立つ。イノシシはこっちを見て、突進するかと思いきやトコトコと歩いて通り過ぎて行った。


「そいつノンアクティブだぞ」


「先に言ってよ!」


 油断させる作戦かと勘違いしたのが恥ずかしい。


 顔が熱くなってくるのを誤魔化すように、イノシシの胴体を木刀で勢いよく殴りつけると、急に暴れだして走っていき、ぐる〜っと旋回して突進しながら戻ってきた。

 突進してくるイノシシの直線上から退いて顔目がけて木刀を振り抜く。「ピギィッ」と面白い鳴き声がしたがあまりダメージは入ってなさそうだ。HPバーを見てもほとんど減ってない。


 やはり突進しか攻撃手段がないのか、一度止まって体をこっちに向けるとまた走ってきた。

 また同じように直線から避け、今度は鍋の蓋で殴る。

 先程の木刀で殴った時と違い、横からの衝撃だからかイノシシは体勢を崩して勢いはそのまま地面にめり込んだ。


 すぐに抜けて攻撃してくるかと思いちまちま攻撃しながら様子を見るが、イノシシは牙が地面に刺さっているいるのか、足に力を入れて踏ん張っているが中々抜けそうにない。


 エニグマにどうすればいいか聞こうとすると、困惑と呆れが入り混じってるような顔をしている。


「そうはならんやろ」


「キュイ?」


 とにかくこれはチャンスっぽい。


 未だに地面に突き刺さっているイノシシの胴体を木刀で殴り続ける。その度に悲鳴が聴こえるがHPの減りは少ない。


 ごめんよイノシシくん…僕のステータスが低いばっかりに拷問みたくなってしまって……。




 結局イノシシは地面から抜ける事なく、少しずつ木刀で殴られてHPが0になり、光の粒となって消えていった。


「そんな倒し方する奴初めて見たわ」



 その後もイノシシを倒して行ったのだが、突進してくるのを横から鍋の蓋で殴ると地面にめり込むまでは一緒。

 しかしすぐ抜けてまた突進してくるので、最初のイノシシは本当に運がなくて牙が抜けない所まで刺さってしまっていたらしい。僕からしたら運がよかったのだが、あのイノシシの運のなさは相当だろう。黙祷。


 そしてイノシシを4匹程倒した頃、ようやく僕の元にレベルアップのアナウンスが流れてきた。


「よっし、初レベルアップ!」


「おめでとう。おめでと。おめでとう! おめでとうっ」


 僕の周りを行ったり来たり、拍手したりしながら謎の賞賛を送ってくるエニグマを無視してステータスを開く。


──


プレイヤーネーム:リン

Lv 2

HP 60

MP 35

STR 1

VIT 1

INT 1

MND 1

AGI 1

スキル

「錬金術Lv1」

称号


残りステータスポイント:60

残りスキルポイント:5


──


 レベルアップによりHPが10、MPが5増えている。その他は変動なし。


 そして有り余るポイント。

 正確には余ってないのだがレベル1の時から使用してないせいで最初の30ポイントと、レベルアップで増えた30ポイントを合わせて60のステータスポイント。

 あとレベルアップで新たに手に入った5のスキルポイント。



 レベルも上がったしそろそろポイントを割り振ろうと思い、ステータスを見る。

 今じっくりと見て疑問に思ったが、ステータスの項目にDEXがない。

 DEXというのはDexterityの略で、器用さを表す。こういうステータスがあるゲームでは、DEXの数値によって作ったアイテムの品質が上がるなどの恩恵がある。

 どのゲームにもあるからFFにもある前提で考えていたが、どうやらDEXという項目は存在しないらしい。


 予定が変わってしまった。DEXに振ればいいと思っていたが、そのDEXがないとなると錬金術に必要な項目が分からない。

 だったらまだ振らなくてもいいかもしれない。ここのウサギとイノシシなら今のままでも勝てるし、そこまで困ることもないだろうし。


 ただしスキルポイントは全て錬金術に入れておく。どうせそれ以外やらないし、そもそも取得するにしてもスキルオーブを買うお金がない。


≪『錬金術』のレベルが上がりました。1→8≫


 5ポイント使って8レベルまで上がった。1ポイント使えば必ず1レベル上がるわけではないらしい。


≪『錬金術』のアビリティ:『合成』を獲得しました≫


 どのレベルで獲得したかは不明だけど新しいアビリティゲット。まだまともなポーションすら作れてないというのに……。

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