第6話 ゲロまずポーション



 初期の街で11時に会おう、智樹と裕哉にはそう言っておいた。


 最初はサービス開始直後の10時にしようと言ったが、裕哉が用事があって無理とのこと。智樹も11時半くらいから用事があるとか。

 同じ説明を繰り返すのは面倒なので、裕哉と智樹、二人同時に説明するのが良い。そして時間が経ってから話すとプレッシャーのようなものが出てきて言いにくくなりそうだったので、なるべく早く会って話したかった。

 その結果、都合が合う時間がこの時間なのだ。



 噴水広場には沢山の人がいる。さっき見てたように光に包まれて出てくる人だとか、僕みたいに誰かと待ち合わせしている人とか。

 その人たちを見ていて疑問に思った事が一つある。


 智樹と裕哉のアバター分からんくない?


 アバターはスキャンした外見をそのまま使えるが、変更も可能だ。

 というよりも変更しないで使う人はほぼいない。僕は真白に似て可愛いからそのままにしたけど。

 智樹と裕哉もアバターはスキャンしてそのまま使ってないだろう。要は誰があの2人だか分からない。僕も2人からしたら分からないだろう。


 と、思ったのだが…なんか見た目が智樹そのままな人が噴水の前でキョロキョロしている。


 …あれか? いや,流石にスキャンした姿そのままを使うか…?

 でも他人の空似とは思えないので声をかけてみる。


「智樹?」


「ん? どうしたんだお嬢さん。迷子か?」


「智樹で合ってる?」


「えっと…オレはアズマだ。残念だけどトモキじゃない」


「僕はリンだ」


「オレの知り合いと同じ名前だな」


 分かっててやってるだろそれ。見た目が智樹で、リンという名前の知り合いがいる。ついでにプレイヤーネームが智樹の名字と同じ。十中八九智樹で合っているだろう


 対応が初対面の子供に対するそれと同じなのは、女の子になってる上に、髪と目の色を変えてしまってるから無理もない。



 この場で智樹に理解してもらうのに一番手っ取り早い方法は何か、それを考えた時に出る答えは。


 …SNSで言うか。


 メニューを開いて連携サービスの中からSNSを開き、智樹との個人会話に入力する。

 『今智樹と話してる女の子は僕だよ』っと。これで本当に他人だったら恥ずかしいどころじゃない、黒歴史確定なんだが。


「んん? え? リンって凛? 長門の?」


「そう」


「これが? 妹さんじゃなくて? 凛なの?」


「そう」


 信じられないという顔をしている。そうなのだ、これが正しい反応なんだ。真白と兄さんがおかしいだけで普通はこうなるんだよ。


「可愛くなっちゃって…」


 お前は親戚のおじさんかよ。というか抱っこするのやめろ。


「おーす智樹ー。…っておい」


 今度は赤髪で装備とかも含めて全体的に赤い人が手を振りながら近付いてきた。智樹って言ってたし、これ裕哉か?それか智樹の知り合いか。


「お前ロリコンかよ。この子どっから誘拐してきたんだよ」


「いや違う違う。凛が言ってたじゃん、女の子になったって。これ凛だよ」


「言ってたけど…ドッキリじゃねぇの?」


「凛は凛だよね?」


「そう」


 客観的に見ると智樹が女の子と話してる所に裕哉が来た、って事になる。つまり勘違いされても仕方がない状況ではある。客観的視点、大事。


「…随分可愛らしくなったな」


 何? キミらそういうコントでもしてるの? それとも二人とも親戚のおじさん属性あるの?


「グループチャットで『1769』って送ってみてくれ」


「ほい」


 言われた通りに「FF」というグループに1769と数字を打って送信する。

 内容を確認したのか、裕哉らしき人物は「ふむ」と呟いた後に僕の頭を撫でてきた。


「所謂TSってやつだな」


「「TS?」」


「仲良いなお前ら。TSはトランスセクシャル、性同一性障害のうちの1つだ。その内容に転じて、創作物で何らかの事象により性別が変わったりするものを指すぞ」


「せいどういつ…何? これ病気なの? 治るの?」


「え? 知らん」


 TSの説明を始めたから詳しいと思ったがそうでもないらしい。飽くまで創作物の特徴というだけで、実際にどうなってるかは裕哉でも知らないようだ。


「病院とか行ったの?」


「いや。FFやりたいから行ってない」


「あー…まあどうなるか分からんしお前の好きにすりゃいい。お前がそれで良いならな」


 人の事あんまり言えないけど、この二人も順応性高いよなぁ。


「フレンド申請送っとくぞ。俺のプレイヤーネームはエニグマだ」


《『エニグマ』からフレンド申請が届いています。受諾しますか?》


「オレはアズマ」


「リンだよ」


「なんだお前ら、本名の一部そのまま使うタイプか。アズマに至っては見た目そのまんまだし」


 エニグマからのフレンド申請は許可しておく。

 ところでフレンド申請ってどうやって送るんだろうか。智樹…アズマとフレンドになりたくても方法が分からない。あっちもそのようで指を動かしながら困った顔をしている。


 それを見かねてか、エニグマが「フレンド申請は送りたい相手を意識しながらフレンド申請送信を押すか、半径5mのプレイヤーの中から選べばできるぞ」と教えてくれた。

 エニグマがフレンド申請の方法を知ってるのは多分、βテスターだからだろう。


「できた」


「そうか。アズマは11時半から用事だよな。まだできるか?」


「んー、無理。終わったらフレンドメッセージで連絡する」


「りょーかい。あ、このゲーム、ログアウトしても体は残るから宿屋とかでログアウトした方がいいぞ」


「分かった」


 さり気なく新事実が発覚した。

 ログアウトしても体が残るというのは、つまり寝てるみたいな状態で、次にログインした時に目を覚ますのだろうか。プレイヤー多いけど宿屋空いてるのかな。


「んじゃリン、行こうぜ」


「どこに?」


「そこから決めるか。どこまでやった?」


「錬金術の取得とウサギとの戦闘」


「結局錬金術やるのな。つかもう取得したのか。ウサギは…まあ見れば分かるな」


 エニグマの視線が一瞬だけ僕の頭、寝ているうさ丸に向く。アズマには何も言われなかったけど、アズマも聞きたかったのかもしれない。


「スキルはどうやって取ったんだ?」


「そこの店で買った」


「そうか。錬金術は試したか?」


「まだ。『原初のフラスコ』ってアイテムが必要らしくて、それを探そうとしたけど時間だったからここに来たところ」


「原初のフラスコか。売ってる場所は知ってるから行くか」


 そう言ってエニグマは噴水の奥側を指して歩き始める。

 やっぱりあるとしたらそっちだよね。門からここまでなかったんだし後は反対側にしかないよね。


「このゲームに関して、聞きたいこととかはあるか?」


 走って追い付いたのを見て、エニグマが聞いてくる。早足じゃないと同じ速度で歩けないのを見てなのか、歩く速度を下げてくれた。


「VRホームの設定で時間加速ってあったよね。あれってFFは何倍なの?」


「等倍だな。このゲームは6時間で一日が終わる。それは人によってやれる時間が違うってのが理由だな。夜限定のギミックとかもあるんだが、夜に仕事する人とかはそういうのが無理になるから、らしい」


「へぇー」


「運営も悩んでて、後々メンテナンスで倍率を変更するかもって噂はあるが…真偽は定かじゃないな。噂に過ぎないし、出処も不明だし運営がそういったアンケートを取ったこともない」


 あまり信憑性のない噂って事か。


 その後はこっちから聞くことなくエニグマが色々と話してくれた。


 この世界はとても広いオープンワールドでエリア制限もないから、モンスターを避け続ければレベルが低かろうと別の街だとかに行けるらしい。

 ただし意味が分からないくらい強いモンスターが配置されている所もあるから、イベントで使うようなところはそういった対処がされているんじゃないかと考察されているとのこと。



 あとクエストについて。

 噴水広場の近くにある『冒険者ギルド』と呼ばれる協会ではクエストが発行されているらしい。

 このクエストには、個人用クエストと共通クエストがある。


 個人用クエストはチュートリアルみたいなもので、別にやらなくてもいいしやってもいい。


 共通クエストは個人用と違って、全プレイヤーが対象になる。共通クエストの中でも細分化されているらしく、クリアするまで何度でも挑戦できるクエスト、何度も発生するクエスト、失敗しても成功しても1度しか発生しないクエストなど、色々あるようだ。


 数は少ないのだが、冒険者ギルドを介さず、NPCから直接頼まれる事もあるようで。

 クエストのためにNPCが居るのではなく、NPCの状況によってクエストが発生したりする…らしい。



 そんな長ったらしい説明を聞いているうちに目的の場所に着いていた。ちょっぴり古いような建物。スキルオーブの店が特殊なだけかもしれないけど、この店にはガラスケースとかはない。


 エニグマの話によるとこの店はプレイヤーが運営してるリサイクルショップみたいな店らしい。前にここでフラスコを売ってるのを見たんだとか。


「お、調薬キット」


 値札を見ると4500ソル。『原初のフラスコ』の他にガラス瓶と薬草、HP回復ポーションがセットになっている。


「買おっと」


《『調薬キット』は4500ソルで販売されています。購入しますか?》


 迷わず『はい』を選択する。

 スキルオーブを買ったときと同じシステムメッセージだし、これがデフォルトかな。


「よしよし。あとはどこか『調薬』が使えそうなところを…」


「お、買ったのか?」


「錬金術をやろうとする人は珍しいねぇ〜。毎度あり〜」


 入口の方に戻るとエニグマがカウンター越しに誰かと話していた。


「店主さん?」


「そうだよ〜。わたしは『ぐれーぷ』、錬金術やるならウチの店でアイテムを買ってくといいよ〜?」


「あ、はい。僕は『リン』です」


 紫髪をおさげにしてまとめたふんわりお姉さんはどうやら店主さんのようだ。いいなおさげ、自分でやろうとはそこまで思わないけど可愛い。


「こんな可愛い子とリア友だなんて、エニグマくんはロリコンなのかな〜?」


「違ぇよ」


「ま、なんでもいいけどね〜。そうだ、調薬キットを購入した君に、おまけでこれ上げるよ〜」


 店主さんが手招きしてきたのでカウンターの近くに寄ると、瓶を渡された。中に入ってるのは…水、かな。


「調薬でポーションを作るのには水も使うからね〜。水なんてそこら辺でも取れるけど、在庫しょぶ……サービス〜」


 在庫処分なんだね。言い直さなくても分かるところまで言ってるし

 。要は水単体では使い道はないんだろう。リサイクルショップってだけあって買い取って欲しいって人がいるんだろうなぁ。


「ガラス瓶とか水も置いてあるから錬金術やるんだったら買ってってよ〜。なんと瓶10本で1ソル〜」


 破格だ。1本0.1ソルになってしまうくらい需要がないんだろう。リサイクルショップというのを考慮したら供給過多とも言い換えれる。


「今はあんまりお金ないんで…」


「なんならここで錬金術やってもいいよ〜。わたしも見たいし〜」


「だってよ。噴水の周りとかより全然マシだろ」


 それはそう。

 メニューのアイテム欄から『原初のフラスコ』を選択すると三角フラスコと丸底フラスコ、アルコールランプ、金網、フラスコを固定するスタンドがカウンターの上に出てきた。


「使い方分からないな…」


 ポーションを作る事を第一目標に、材料を考える。

 現状持っている素材から考えるに、水と薬草。あと追加で必要かもしれないがそれっぽい素材は持ち合わせてない。


 三角フラスコに水を入れ、アルコールランプに火をつけてフラスコの下から火を当てる。

 理科の実験とかだとこういうのはガスバーナーでやるし、アルコールランプだと火力が足りないのでは? と思ったが、そうでもないらしい。一瞬でフラスコの底から気泡が発生した。もう沸騰しているようだ。

 加熱の過程はなく、ゲーム的な処理になるらしい。ファンタジーだ…。


 思っていた何十倍も沸騰が早かったので急いで薬草を投入する。

 段々と水の色が薄い緑から濃くなっていき、しばらくすると濃い緑茶みたいな色になったので三角フラスコからガラス瓶に移す。

 こういう時は漏斗が欲しくなると思ったが、明らかに零れそうな時でも零れなかったので必要なさそう。


「できた…」


「おー凄いね〜。じゃあこれ上げるよ〜。在庫しょ……じゃなかった、サービスサービス〜」


 カウンターの上に置かれた大量のガラス瓶と水入り瓶。ありがたく貰っておくけど商売的には大丈夫なのだろうか。


「大丈夫大丈夫〜。わたしが上げた瓶でポーションを作ってここに売ってくれれば、わたしも利益が出るしリンちゃんは安定して瓶を入手できてwin-winだから〜」


「お前の利益に対してリンの利益が少なすぎるだろ。それなら競売で売った方がマシじゃねぇか」


 店主さんとエニグマが言い合っている間にポーションを確認しておこう。


──


『ゲロまずポーション』

迸る不味さ。

HP15回復。


──


 うーん、簡素。

 初期値から全く振ってないHPだと最大値は50だし、悪くはないのかな。


「迸る不味さと言っても、飲めない程じゃぶふぉっ!」


「何してんだよ…」


 不味い。不味さが後の祭りって感じで不味い。舌が不味さを感知する前に吹き出した。これは脊髄反射。


「うげぇー」


 しかも何が不味いって、一口含んだだけで有り得ないくらいの苦味が押し寄せてくるのに、吹き出した後にしばらくしてから猛烈な甘さが来る。

 苦味の後だからか尋常じゃないほど甘い。感覚的にガムシロップを煮詰めて砂糖漬けにしたくらい甘い。


「飲めたもんじゃない……」


 ゲロまずポーションの名を汚さぬ不味さだ。これはこれで使えなくはない。


「で、どうした?」


「ポーションが……ゲロ不味い。これは戦闘中なんかに飲んだら死ぬ」


「ありゃりゃ〜、大丈夫〜?」


 店主さんまで心配してくれる。


「まあ薬草も上げるから元気出してよ〜」


「ありがとうございます…」


 インベントリに入れてない大量のガラス瓶や水入り瓶に薬草が増えた。貰ってばっかりだ。


「売れそうなの作れたらぜひウチに売りに来てよ〜」


「考えておきます。瓶や水は買いに来るかもです…」


「はいは〜い」


 カウンターの上にあったガラス瓶、水入り瓶、薬草をインベントリの中に放り込み、店主さんに礼をして店を出る。


 さて、錬金術をできる道具は揃ったけど、課題は山積みだなぁ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る