第4話 ゲーム開始
午前10時の1分前。いよいよFFWのサービスが開始する。
VRホームからログアウトしてからプレイヤーネームを考えたり、ステータスをどうするかなどを考えていた。
プレイヤーネームは『リン』にしようと思う。競争率の高そうな名前だけど、間違えて本名を言ったりしないようにするにはこれが一番良いと考えた。灯台もと暗しってやつ。
ステータスに関してはモンスターとかの強さに合わせるのがいいだろう。錬金術をやるからにはあまり戦闘型にはできないだろうし。
そしていよいよ10時。ヘッドギアを被り、音声認識を使ってFFを起動すると、前回の真っ白な空間に木の看板みたいなウィンドウが浮いているのではなく、神殿のような場所に立っていた。
『Fictive Faerieへようこそ』
【アバターを作成しましょう】
謎のエコーがかかった声。その声が聞こえると木の看板みたいなウィンドウが現れた。
ウィンドウには顔のパーツの項目があり、VRホームのアバター作成とあまり変わらないようだった。
これもVRホームと同じように真白に似て可愛いので顔は変えず、髪を銀色に、目を赤にして終了する。そしてプレイヤーネームに『リン』と入力。
「お、いないっぽい」
ウィンドウには【使用可能な名前です】と表示されたので、さっさと決定を押す。
【ステータスを決めましょう。ステータスポイントを30付与します】
目の前に木の看板のウィンドウとは違った、機械的なウィンドウが現れる。そこにはプレイヤーネームとHPMP、全て1のステータス、空欄のスキルと称号がある。
そして一番下には『残りステータスポイント:30』が。
「…ステータスって今振らないとポイント消えますか?」
【消えません。ゲーム内でも配分可能です。しかし一度決定したステータスは特定のアイテムを使用することでしか振り直し不可です】
「じゃあ振らずに決定っと」
【これでよろしいですか?】
「あ、スキルってどうやったら手に入るんですか?」
これは気になっていた事だ。スキルの取得方法に関しては全くと言っていいほど情報がない。掲示板でネタバレを食らうのは嫌だったので結局読まなかったが、今のは情報収集っぽいロールプレイで面白い。
【スキルオーブの使用、必要累計値の蓄積、クエストの達成などです】
必要累計値というのは、剣のスキルなら剣を扱った時間だとかそういうのだろう。クエストの達成はもっと簡単だ。ではスキルオーブは?
「スキルオーブはどうやって手に入れるんですか?」
【秘密です】
システム的に言えない事なのだろうか。凄いオブラートに『言えない』と言われた。
「これで決定で」
【では最後に、1万ソルを譲渡します。ソルはこの世界の通貨です】
『この世界をお楽しみください』
またしても謎の声。今度はウィンドウではなく、光が現れ、段々眩しくなって目を閉じた。
「おお……」
目を開くと噴水広場のような場所に立っていた。周りもコンクリートは一切なく、石や木で作られた建物がある。噴水の奥を見ると露店もあるようだ。いかにもファンタジーらしい街の景色といえる。
光に包まれて出てくるとか、空から落ちるとか、そういう始まり方なのかと思ったがそうでもないらしい。
「ん…?」
いや、案外そうなのかもしれない。噴水広場の周りでは光の中から人が現れ、光が消えて数秒すると目を開けて自分の手を見たり噴水広場を見渡したりしている。
つまり僕が出てきた時もこんな感じだったのだろう。僕が見えてないだけで。
まあそれは置いておこう。
さてと、じゃあ何から始めるべきか。
まず最も優先度が高いとされるのは『錬金術』のスキルオーブを入手すること。と言うより、手段はどうでもいいが『錬金術』の取得自体が最優先だろう。
しかしスキルオーブの入手方法は教えてもらえなかったので自分で探す必要がある。
ゲーム的に考えるなら最初の街で売られてたりしそうなものだが。
何はともあれ、考えているだけでは何も始まらないし事態は良い方向に転がらない。とりあえず動こう。
錬金術を取得した場合、その次にやる事と言うと、モンスターの強さを見てステータスをどれだけ戦闘に回せるかを考えるべきだろう。
錬金術は生産職であるといっても、掲示板などの反応で察するに人口が少ない。人口が少ないというのは、まあ不遇であるとされるからだろうか。
僕は錬金術をやると決めた。だが素材を買えるお金があるとは限らないのだ。つまりある程度は自分で揃えられるのが好ましい。そのために軽く戦闘はできるようにしておきたい。
何事にも指標というのは必要なものだ。だから今回はそこら辺のモンスターを指標に自分の強さを調整する。
もちろん、最前線などに出るつもりなど毛頭もないし、当面の間は初期の街から離れる事も無いのでこのクソ雑魚ナメクジの状態で勝てるのなら戦闘面へのステータス配分は不要になる。
それにしても、噴水広場からまあまあな距離を歩いたのに一向にスキルオーブを売ってそうな店はない。大通りを歩き続け、もう門まで見えている。このままでは街の外へ出てしまう。
「人に聞くか…? でも聞いて『ああ、スキルオーブの店ならあそこだよ』とはならないよね。それならキャラメイクの時に教えてくれるだろうし」
なんて言いつつ、それらしき店は見付からず門まで到着してしまった。
このままあるかどうか分からないものを探すのもあれだし、ここまで来たなら先にステータスの方を決めよう。
衛兵らしき人が立っている門を通り、街の外へ出ると、現代程ではないが整備された道と、その横に広がる草原が見える。
街の外に出たなら危険は伴う。装備品くらいあるだろうと、メニューを開いて確認する。
「お?」
メニューがVRホームの物とは違う。いや、正確に言うと項目が違う。
VRホームでは設定だとかゲーム一覧とか、そういった項目しかなかったが今はステータスやアイテム、コミュニティなどがある。当然といえば当然なのだが。
そしてアイテム欄にはHPポーション、木刀、鍋の蓋がある。鍋の蓋は盾扱いらしい。
木刀と鍋の蓋を選んで取り出す。アホっぽい格好だが、素手よりかは幾分かマシだろう。
道の近くにはモンスターらしき生き物は見えないが、少し離れた場所にはちらほらと白いウサギっぽいのが居る。最寄りのウサギに近付いてみよう。
「キュイッ!」
近付くと飛びかかってきた。攻撃して初めて敵対するノンアクティブモンスターではなく、こちらが何もしなくても勝手に敵対して攻撃してくるアクティブモンスターのようだ。
最初の街の近くにいるモンスターだからというのと、ウサギだからノンアクティブだと思っていた。そう甘くはないらしい。
「よっと」
飛びかかりはそれなりに速いが普通に見える程度。半身をずらして避けると、ウサギは着地して一度距離を取り、また飛びかかってくる。
ワンパターンなのでまた避け、着地した所に木刀で殴り掛かる。
ウサギの頭の上にある緑のバーが少し減る。これHPバーか。
「キュキュイッ!」
だが削れたHPは1割にも満たない程度だ。パッと見た感じは5%くらいだろう。
そして殴られた事に怒ったのか先程より速く飛んできた。
今度は鍋の蓋で飛んできた所を殴り飛ばす。
「よいしょぉ!」
面で殴り飛ばされたウサギは着地ができなくて地面をバウンドしていく。これは結構削れた感覚があり、ウサギのHPバーを確認すると2、3割ほど削れていた。さては鍋の蓋強いな?
「いや、勢いかな…?」
今ので更に激怒したウサギはまたしても飛びかかってくる。ワンパターンだし速さもさっきと変わってないから飄々と避けられる。
飛んでくるタイミングを見計らって、今度は木刀で迎撃してみよう。鍋の蓋をインベントリにしまい、木刀を両手でバットのように構える。そしてウサギが飛んできた所を全力で振り抜く。
「ホームラン、ではないかな」
ウサギは宙を舞い、地面に落ちることなく光の粒となって消えていった。そして消えていったウサギの代わりにウサギと同じ軌道で飛び、地面に落ちた物があるので拾いに行く。
「ドロップアイテムか」
拾ってインベントリにしまうと、『ウサギの皮』と表示された。そのまんまだ。
兎に角、やろうとした事は達成された。ステータスがオール1でもウサギを倒す事ができるのだからあまり戦闘面に振らなくてもいいだろう。
折角だしウサギの素材をもう少し集めてから街に戻ろうかな。
それから数十分、ウサギ相手にダメージの効率とかを考えながら倒していった。
そしてやはりというか、ウサギの勢いが強ければ強いほど木刀や鍋の蓋で殴り返した時のダメージが大きかった。そこら辺は現実と同じなのだろう。
つまり相手がウサギが飛びかかってくるのに合わせてその場で一回転して勢いを乗せた一撃をお見舞いすればそれだけダメージは上がる。
ウサギのドロップ品は皮と肉しかない。レアドロップがあるのかもしれないが僕が手に入れたドロップ品は皮と肉だけだ。
「そしてレベルは上がりません、と」
ウサギを数匹倒した程度ではレベルは上がらなかった。そもそもの話、STRだとかにステータスを割り振るからウサギ程度なら一撃で倒せるのだろう。だから数十匹狩ってようやくレベル2になれる、といったところか。
いや、それ以前にウサギがモンスターではない可能性もある。モンスターだったら角くらい生えててもおかしくないのだがこのウサギ達にはそういうのがない。ただのウサギなのだ。
「お、薬草だ」
そしてもう1つ、ウサギを狩っていて分かったこと。
ウサギがモシャモシャと食べている草だが、特定の草というよりなんでも食べてる。雑草も食べるのだが、中には薬草もあった。
薬草というと、錬金術でポーションを作るために必要な材料というのがどのゲームでも定石だ。集めておいて損はない。
引き抜いた薬草をインベントリに放り込み、視界に入ったウサギを対処するために立ち上がる。
一度ウサギの攻撃を鍋の蓋で受けてみたのだが、ウサギ達は体当たりを主体としているっぽい。前足をどう動かすのかは分からないが、好奇心の赴くままに行動してみることにする。
「キュイッ!」
「よし、いい子だ」
飛んできたウサギを両手でキャッチする。前足と後ろ足の間を持って掲げてみる。
「とったどー!」
ウサギは足をジタバタして逃げようとしているが、別にそれで離すほど衝撃が生まれている訳でもない。
暫く抵抗していたが、疲れたのか手足を動かさなくなった所で持ち方を変えて抱えるようにして、空いた手で頭を撫でる。
「もふもふだぁ〜」
キャッチした時から分かっていたが、撫でているともふもふを堪能できる。多分、今僕はあまり人に見せられないようなダラけた顔になっているだろう。それもこれも心地いいもふもふのせいだ。僕は悪くない。
「キュイィ」
一通り撫で、手を離すと今度はウサギから頭を手に押し付けてきた。
「ほう、撫でられるのが気持ちいいか。愛いやつめ。うりうり」
暫く撫で続け、満足した所で抱えていたウサギを置いて街へ向かう。すまんなウサギよ、僕にはまだ錬金術を取得するという目標が残ってるんだ…。
「ではな。達者でやれよ…」
ウサギとの別れを告げ、それぞれ別の道を歩き出す……別々の…なんか着いてきてない?
「なんで着いてきてんのさ」
「キュイッ!」
「いやキュイじゃなくて」
それからジェスチャーを交えて説明するも一向に離れる気配はなく、門まで来て流石に無理だと思ったが衛兵さん曰く、「雑魚だから別にいいよ」との事。そう言っていたのではないけど要約するとそんな感じだ。
衛兵さんに言われて諦めたのを感じたのか、ウサギは僕の頭に飛び乗った。それからずっと頭の上にいるのだ。そんなに重くはないが少しバランスが取りにくい。あと視線を感じる。
「にしても何で懐いちゃったんだか。そういうスキルは持ってないんだけどなぁ」
「キュイィ?」
「まあもふもふをいつでも堪能できると思えばいいか…。食べるものもそこら辺の草で十分みたいだし」
事ある毎にキュイキュイ言ってるウサギ。通る道にいる女性のプレイヤーらしき人から「かわいー!」とか言われている。いいだろ、もふもふは渡さんぞ。
それはそうと、いつまでも『ウサギ』と呼んでいるのは街の外にいるのと混合してしまう。もう飼ってるようなものだし名前を付けてあげよう。
「そうだな、白いからシンプルにシロとか? でもウサギにシロはないかな」
「キュイィ…」
「うさ丸とか…ネーミングセンスないなぁ」
「キュイッ!」
「ん? うさ丸がいいの?」
「キュイキュイッ!」
「そうなんだ。じゃあうさ丸で」
それでいいのか、と思いつつうさ丸が喜んでいるからいいのだろう。こういうのは本人…本兎? が良ければなんでもいいのだ。
街へ戻ってからは出る前と同じくスキルオーブを売ってないか探している。先程のサービス開始直後よりプレイヤーが増え、人通りが多くなった。この人たちもスキルオーブを売ってる店を探してるのだろうか。
とうとう噴水広場まで戻ってきてしまった。辺りを見渡すがやはりそれらしき店は…ん?
「『スキルオーブ屋 ぶたごや』…だと?」
噴水広場に面した建物の1つに大きく掲げられた看板の店がある。あれだけ目立つ外観なのに気付かない方がおかしい。なのに僕は気付かなかった。
「後ろの確認忘れてた…」
あそこは恐らく、僕がFFを開始したスポーン地点の真後ろだ。
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