第21話 意見調整

 放課後、俺は迅堂と共に学校を出た。


「先輩が衛生指導を提案してましたよね。それでも足りないってことですか?」

「こういった対策はやりすぎなくらいがちょうどいいんだよ。今朝、文化祭で何が不安かを貴唯ちゃんに相談したら海空姉さんに話が伝わったみたいでさ」


 嘘じゃないよ。本当だよ。裏があるだけだよ。

 迅堂は「へぇ」と納得したのかしてないのか分からない声を出した。


「なら、他にも何か不安なことってあるんですか?」

「ナンパ対策をしてほしいって言われた。貴唯ちゃんの友達も学校見学がてら来るつもりなんだって」

「ナンパ対策は確かに必要ですね! 当日は先輩が私のそばにいてくれれば完璧な対策です。というわけで、文化祭デートを楽しむためにも今回の話し合いを成功させましょう!」

「やる気を出してくれてありがたいけど、デート以前に俺たちは商店街で問題が起きた時用に揃って待機だから、見て回れないんだよ」

「……忘れてました。貴唯ちゃんに連絡して、食べ物とかを持ってきてもらいましょう」

「脚に使うな」


 それに貴唯ちゃんは笹篠応援派だから、協力してくれない気がする。反面、三角関係を面白がって探りを入れるついでに食べ物を持ってきそうな気もする。

 掴みどころのない子だからなぁ。


「それより、昼に転送したメールは見たか?」

「揉めている経緯ですよね。見ました。意外な状況ですよね」


 海空姉さんから送られた食品管理チームのもめ事。代表者を誰にするかで揉めているのは、二人の立候補者がどちらも譲らないからだ。

 迅堂が不思議そうに首をひねる。


「塚田さんと織戸さんですよね。塚田さんはもめ事を嫌う印象ですし、織戸さんはこういった場面で立候補しない性格だと思っていました」


 俺の親戚でケーキ屋を営む塚田さん。人当たりが良くて世話焼きだが、場の空気を和ませるタイプの人で本人もそういった立ち位置を望んでいる。

 老舗和菓子屋のオーナーである織戸さんは職人気質な性格で、手広くやるより狭く深くのタイプ。自分のお店のことならいくらでも深堀するけれど、余所は余所、内は内としっかり区切っている。チームの統括はやりたがらない印象だ。

 この二人が双方譲らないというのは正直驚きで、商店街の人たちも戸惑っているらしい。


「海空姉さんが双方に立候補の理由を尋ねたけど、当たり障りのないことしか言わないらしい。どうにも、私情が絡んでいそうって話だ」

「私情、ですか。親近感がわきますね!」

「静まれ」


 迅堂は今回の共催文化祭で俺にいいところを見せたい。俺は先日迅堂が熱を出して自信をなくした件の名誉挽回を狙ってほしい。

 俺たちも私情挟みまくりである。

 迅堂が俺を横目で見る。


「先輩、私が熱を出して落ち込んだ件のフォローですよね。このお話」

「気付いても言わないのが嗜みだぞ。それに、海空姉さんにも本音を話してもらえない以上、迅堂以上の適任がいないのも事実だ」

「先輩がいるじゃないですか」

「俺は海空姉さんと迅堂を足して二で割った存在だから」


 地元密着型の名士の出身でそこそこ顔が利くだけで、本音を話してもらえるような親密度ではない。


「迅堂の社交性も調整能力も、こういう時こそ発揮されるんだ。期待してるよ」

「が、頑張ります」

「あんまり意気込みすぎるなよ」


 苦笑して、前を向く。

 商店街はもうすぐだ。

 迅堂も真面目な顔になって正面を見る。


「まずは個別に話を聞きましょう」

「近いのは塚田さんだな」


 塚田さんのケーキ屋を訪ねると、海空姉さんから連絡があったとのことですぐに奥へと通された。

 迅堂と一緒に奥に入ると、紅茶とモンブランを持ってきた塚田さんがニコニコしながらテーブルの向かいに座る。


「いらっしゃい。本家のお嬢様から話は聞いてるわ。食品管理チームの責任者のお話よね?」


 迅堂が一瞬、不安そうに俺を見た。俺は無言で小さく頷き、迅堂に任せる。

 迅堂は塚田さんに視線を戻し、頷いた。


「双方譲らないから話を聞いてきてほしいと頼まれました。塚田さんはなぜ責任者になりたがってるんですか?」

「うーん。別に、織戸さんが信じられないとかの話ではないのよ? ただ、生クリームとかの腐りやすい食品を扱う身としては、やっぱり全体が見通せるようにしたいのよねぇ」


 織戸さんも同じだと思うけど、と塚田さんは困ったような顔でため息をつく。

 ……海空姉さんから聞いていた通り、当たり障りのない理由。理由そのものも筋が通っている。

 紅茶を飲もうとしていた迅堂がカップを持ち上げる手を止めた。


「あの、それっぽい話ですけどうちのクラスとのコラボで出すのはクッキーですよね。生クリームは使いませんけど」

「……あら」


 迅堂にあっさりと突っ込まれて、塚田さんがバツの悪そうな顔をした。

 言われてみれば、塚田さんのケーキ屋とのコラボは迅堂のクラスだった。未来の話ではあるが、当日に迅堂が俺のクラスを訪ねてきた時もクッキーの袋を持ってきている。

 迅堂のクラス以外とは塚田さんのケーキ屋はコラボをしていない。つまり、生クリームは使わない。

 海空姉さん向けの言い訳を間違って言ってしまったか。ワザとっぽいけど。

 塚田さんはモンブランにフォークを入れながら話し出す。


「本当のところはね。責任者の立場にさほど興味はないのよねぇ。こだわる理由がないことも迅堂ちゃんには筒抜けだと思うから白状しちゃったけど」

「興味がないと思ってました。でも、それなら織戸さんに譲ってもよかったと思うんですよ。なんで立候補を取り下げなかったんですか?」


 迅堂の質問に、塚田さんはちらりと俺を見た。


「おばさんね、迅堂ちゃん推しなのよ」

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

「待って、俺が置いてけぼりなんだけど」

「先輩は静かにしていてください」

「そうね。巴君は静かにしてて」


 明らかに俺の話だったのにハブられたんだけど。

 塚田さんは問題児に向けるような目で俺を見た。


「巴君ったら、ツーショット写真なんて大々的に公開しちゃって。あの金髪の子、美人さんだと思うわよ? でも、おばさんとしては迅堂ちゃんをどうしても推したいの。巴君と迅堂ちゃんが協力して文化祭を盛り上げよう、成功させようって頑張ってるのも間近で見てるから、特等席で茶化したい――もとい、一番近くで応援したいじゃない」


 野次馬根性が隠せてねぇ。

 俺の隣で大きく何度も頷く迅堂は紅茶を飲み干してから提案した。


「クリスマスに先輩と塚田さんのところでバイトしたいんですけど、いいですか?」

「あら、デートはいいの?」

「笹篠先輩、あのツーショットの金髪美人の人ですけど、白杉先輩をあの人から遠ざける必要があるわけです。そこで、クリスマスバイトはおあつらえ向きだなぁって」

「名案ね。協力するわよ、迅堂ちゃん」

「おーい、話が逸れてるんだけど。管理チームの責任者の話はどこいった?」

「そうね。これ以上揉めて仲裁役の迅堂ちゃんの株を落とすのは本末転倒だし、ここは織戸さんに譲ろうかしらね」


 マジで私情だけで立候補してたのかよ……。


「それでは、織戸さんに話してきますね」


 短い話し合いだったがモンブランをきっちり食べ終えて、迅堂が立ち上がる。

 塚田さんに見送られて、俺と迅堂はケーキ屋を出た。


「スピード解決だったな」

「塚田さんの立候補理由がこの迅堂春ですので、マッチポンプ感がありますけどね!」

「それな!」


 二人で笑い、老舗和菓子屋を訪問する。

 迅堂と一緒にツーショットを撮った日にも通された座敷に案内される。

 現れた織戸さんは油断のない目で俺を見た。


「松瀬さんのところから話は聞いている。説得に来たのだろう?」


 いや、もう解決しました、とはなんだか言い出せない雰囲気だった。

 敵視とまでは言えないけれど、織戸さんが俺に向ける視線はあまり好意的なものではないのだ。

 嫌われるようなことをした覚えがないだけに戸惑っている俺の横で、迅堂が織戸さんをまっすぐに見て口を開いた。


「織戸さん、立候補理由なんですけど――塚田さんを警戒してる理由を教えてください。塚田さん、というより松瀬家ですかね?」


 問いかけられて、織戸さんは口を一文字に結んで迅堂を見た。


「……君は、迅堂さんだったか。なぜ、警戒しているだなんて思った?」

「なんとなくだったんですけどね。最初に共催のお話をしに商工会の会議所で顔をそろえた時の会話に違和感があったんです。以前、白杉先輩とお茶しに来た時のお話で松瀬家とそこそこ長いお付き合いがあるみたいなのに、あの態度は不思議だなぁって。今回の立候補の話を聞いた時、何か松瀬家の人が見えていない確執でもあるんじゃないかなって思ったんですよ」

「それだけで……」


 織戸さんは苦い顔で腕組みし、迅堂を見た後、俺に横目を向ける。


「白杉君はうちと松瀬家がどれくらいの付き合いか知ってるかい?」

「明治の半ばから竹池の旅館との取引があると聞いていますから、その前からでしょうか?」

「大体そのあたりからだね。うちの経営状況はお世辞にもいいとは言えない。昔ながらのお客さんはいるけれど、最近の子はどうしても洋菓子に目が行きがちでね。だが、塚田さん本人やケーキ屋の方に隔意はない」

「では、なぜ?」

「今の松瀬本家は竹池旅館を潰しただろう。老舗の旅館をあっさりと。内部でごたごたがあったのだろうと推測しているよ」


 ごたごたはありました。詳細は伏せるけど。

 迅堂が俺を見てくる。未来のクリスマス明けに裏話として全部話してあるから、迅堂はごたごたの内容も知っているのだ。

 織戸さんは店内に顔を向けて目を細めた。


「正直なところ、いまの松瀬はあまり信用できない。今の商工会長も松瀬の息がかかっているだろう。そこに松瀬家の塚田さんも加わった管理チームと言うのはちょっとね」

「なるほど。懸念は分かりました」


 塚田さんが俺をめぐる三角関係を特等席で見物してニヨニヨしたがっていたなんて言い出せないわ、これ。


「先ほど、塚田さんのところを訪ねて立候補の辞退を受けています。織戸さんに責任者をお願いする形になりますが、大丈夫ですか?」

「うん? もう辞退を受けてるのかい?」

「はい。こちらの迅堂が話をまとめました」


 代償に俺のクリスマスの予定が埋まったけどな。

 迅堂がドヤ顔で胸を張る。

 織戸さんは迅堂と俺を見比べて力関係を図ろうとしているようだった。


「そうか……。では、私が責任を持とう。それと白杉君、先ほどの話だが松瀬本家に話しておいて欲しい。多分、不安がっているのはうちだけではないと思うんだ」

「今日のうちに話を通しておきます」


 話がまとまって一安心ではあるけど、春の事件の影響がこんな形で出てくるとは思わなかった。

 織戸さんが立ち上がり、カウンターにいる男性に声をかける。


「田村君、紅葉まんの箱を二つ出してきて」

「はい、ただいま」


 カウンターにいた男性が白い箱を二つ持ってくる。

 男性は俺と迅堂を見て一瞬動きを止めると、織戸さんに箱を差し出した。

 この人、見覚えがあるような気がするんだけど。

 アルバイトに見えるけど三十代ぐらいの男性だ。あまり特徴のない顔つきだから他人の空似かもしれない。

 鍛えられた筋肉質の腕が差し出す二つの箱を織戸さんが受け取り、箱を俺と迅堂に差し出した。


「持っていくといい」

「えっ、いえ、悪いですよ。お金を払います」

「松瀬本家に話に行くのならお土産があった方がいいだろう。ここまで足を運ばせてしまったお詫びでもある。迅堂さんの方も助かった。まさかあの少ない情報からこちらの懸念を言い当ててくるとは思わなかったが、結果的に話がまとまったのは君のおかげだ。これは感謝として受け取って欲しい」


 実際、迅堂の働きは凄かったけど。

 迅堂は小さく頭を下げて、笑顔で箱を受け取った。

 俺も断るのは失礼だろうから、箱を受け取る。

 織戸さんが立ち上がった。


「商工会には明日の会合で伝えておこう。塚田さんも出席するはずだからね」

「お願いします」


 俺も迅堂と一緒に立ち上がり、織戸さんに見送られて店を出た。

 カウンターに目を向けるけど、アルバイトの男性はもういなかった。店の奥かな。

 商店街を出て、迅堂を送るため彼女の家を目指す。

 紅葉まんじゅうの入った箱を両手で持って、迅堂が得意そうな顔をした。


「この迅堂春、先輩のお役に立てましたかね?」

「俺だけじゃなく、松瀬家全体の役に立ってくれたよ。織戸さんの懸念をよく言い当てたよな。未来情報なのか?」

「いえ、未来情報ではないですよ。本当に何となくで――」


 笑顔だった迅堂が不意に言葉を切り、真剣な表情で俺に向きなおった。


「先輩、文化祭当日から戻ってきました」

「……いきなりだな」


 ここまでやっても食中毒を回避できなかったのか。

 でも、迅堂が戻ってきたならチェシャ猫は回避できたんだな。なら、良かったというべきか。

 そんな俺の安心は、続く迅堂の言葉に吹き飛ばされた。


「先輩がガス爆発で亡くなりました」


 ……リア充じゃないんだけど。

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