第20話 一挙両得
目覚めてすぐ、俺はスマホで時刻を確認する。
十月十三日の朝だ。久しぶりのロールバックだけど、ちゃんと戻れたらしい。
今日は火曜日。登校日だ。
というわけで、あの子も起きているだろう。
「――もしもし、貴唯ちゃん?」
『おはよー巴兄さん……。朝から何? 眠げだし、うわっ、六時半じゃん』
斎田のやんちゃ娘の貴唯ちゃんは電話の向こうであくびをかみ殺している。
朝に弱いという印象はないから、昨夜寝るのが遅かったのかな。
「貴唯ちゃんさ、うちの文化祭に来る?」
『あぁ……。行きたがってる子がいたはず。案内、するかも? でも、なんで? 割引チケットでもくれるの?』
「立場上、商店街が出すお店の割引チケットを大量に保有している。何枚ほしい?」
『とりあえず、十枚? 心当たりが四人いるから、私も含めて一人二枚あるとありがたかな』
「オッケー。今日の午後にでも海空姉さんに渡しておくから、受け取って。それで、聞きたいんだけどさ。文化祭で怖いことって何かある?」
先に割引チケットを提示したからか、貴唯ちゃんは眠そうな声で唸ってから真面目に答えてくれた。
『ナンパかなー。やっぱ、高校生の男の人から迫られるとちょっとね。アウェー感もあるし。みんながみんな巴兄さんみたいに人畜無害な二股のかけ方もしないだろうし』
「待ってくれるか? 人畜無害は同意だが、二股はしてない」
『二股してるのに一線超えてないから人畜無害じゃん。一線超えてたらゴミだし、二股してなかったら腑抜けだし』
「舌鋒鋭く爽やかな朝を抉ってくるな……」
泣きそう。
というか、欲しかった回答はそれじゃない。
「ナンパの対策は風紀委員の見回り強化で行うよ。後は体育館裏とかの目につきにくいところに監視カメラかな。他に何かある?」
『うーん、迷いそう?』
「そんなに複雑な構造はしてないけど、昇降口への案内板くらいは欲しいか。生徒会が準備していたと思うけど、確認してみるよ」
『後はねー。巴兄さんの修羅場がいつ起きるのか知りたいし。私のお姉さんになるのは明華さんと春ちゃんのどっちか、夏からずっと気になってる』
「他に何かあったら言ってくれ。俺じゃなくて、迅堂に言ってもいい。商店街を巻き込んで問題になりそうなこととか、対策をとれてるか不安でさ」
『話を逸らしたなー。でも、そっか、商店街かー。ぱっと思いつくのだと、異物混入とか、釣銭が足りるかとか、食中毒とか?』
よし、引き当てた!
スマホの向こうには見えないのをいいことに小さくガッツポーズする。
「食中毒に関しては対策してあるんだけどな。宮納さんの喫茶店の改修話が出た時に似たような話題が出たから、慌ててさ」
『そうなんだ。釣銭と異物混入は?』
「まったく考えてなかった。海空姉さんに相談しようかな」
『それがいいよ。キャンプ場の売り場さ。周囲に何もないから釣銭ないと大騒ぎになるじゃん』
「なるよな。おっと、こんな時間か。貴唯ちゃんも学校だろ? 遅れないようにな」
『はいはーい。割引チケット十枚、忘れないでよ?』
通話を切り、ため息をつく。
貴唯ちゃんは迅堂と連絡を取り合っている。そうでなくても顔が広いから親戚内や中学で拡散するだろう。
他にも似たような感じで迅堂に届くように連絡してもいいけど、ここは迅堂に直接話した方がいいな。
貴唯ちゃんからの電話があるかもしれないって言えば、自然に経緯を話せる。俺が衛生指導の徹底を提案した理由も話せる。捏造だけど。
学校で直接話す方が自然だな。
俺は着替えを済ませ、朝食を摂りに一階へ降りた。
※
一通りの授業を受けて昼休みに入ってすぐ、スマホに海空姉さんからの連絡が入った。
『巴かい? 相談があるんだけど、放課後は暇かな?』
「放課後か……」
お昼休みのうちに迅堂と合流して衛生指導の徹底の件で言い訳じみた捏造経緯を話そうと思っていたけど、放課後は特にないな。
オーバーワーク気味だったのを修正したから余裕もある。
「本家に行けばいい?」
『いや、意見調整を頼みたいのさ。商店街に行って欲しい』
「分かった。詳細は?」
意見調整と言っても文化祭まで後半月もないのに何か揉めてたっけ?
記憶にないな。
『衛生指導の徹底だけでは食中毒事件を防ぎきれなくてね。商店街の提供物の管理を徹底したいと朝から動いているんだよ』
……海空姉さんも俺と同じく朝に戻ってきたんだな。
商店街の食品に的を絞っているくらいだから、俺と情報量は大して変わらないだろう。
『具体的には、食品の管理を徹底するため商工会と商店街の代表者に管理栄養士の三者からなるチームを結成したい。商工会は納得してくれたのだけど、商店街側で代表者選びで少し揉めているんだ。巴に解決してもらいたい』
「商店街側で揉めたの? あまり揉める光景が想像できないんだけど」
商店街の人たちの顔を思い浮かべるが、代表者を争って揉めるとはちょっと思えない。代表者と言ったって面倒ごとが増えるだけで役得はないだろう。
だけど、この案件は語弊を恐れず表現するなら――チャンスだ。
「その解決は迅堂に任せても大丈夫?」
『迅堂ちゃんかい? ボクとしては解決してくれれば問題ないよ。管理計画についての詳細やどうして揉めたのかは放課後までにメールで連絡しよう』
「分かった。今夜、本家に顔を出すからその時に報告する」
『ボクはチケットの斡旋所じゃないんだけどね?』
貴唯ちゃんから聞いてたのか。
通話を終えて、俺は席を立った。
「白杉、教室でお昼食べないの?」
教科書を片付けていた笹篠が俺を見上げて首をかしげる。
俺は弁当を持って、頷いた。
「ちょっと迅堂に頼みたい仕事ができたから、相談してくる」
「忙しそうね。私にも何か手伝えることがあったら言ってね」
「ありがとう。その時は頼りにさせてもらうよ」
教室を出て、迅堂のいる一年の教室に向かう。
時間軸的には昨日、迅堂は熱を出して学校を休み、落ち込んでいた。
海空姉さんからの依頼である管理チームの結成は、迅堂の自信を取り戻させるチャンスだ。
私情を持ち込むなと言われそうだけど、実際のところ迅堂の社交性と調整能力は俺と比較にならないくらい高い。実利をとっても一任した方がスムーズに進む。
というわけで、両得を狙いますか。
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