第22話 次なる事件

「先輩がガスばくばく――爆発してですね」

「うん。肝心なところだから突っ込まないでおく」

「突っ込んでるじゃないですか!」


 赤い顔で抗議の声を上げた迅堂は気を取り直して続ける。


「商店街側の出店でガス爆発が発生して、先輩を含む死者三名、重軽傷者が七名の大事件になります」


 俺以外にも死んでるのかよ。

 俺が未来で見た文化祭は混雑具合もかなりのものだった。あの状況でガス爆発なんて起きれば、いくら屋外でも被害者が多くなるのは予想できる。

 迅堂が俺の手を握ってきた。


「どうした、いきなり?」

「その時、クラスの方に呼び出されていて先輩の死に目に立ち会えなかったのでちょっと……」

「生きてるから心配するな」


 不安そうな迅堂の顔を見て、俺は手を握り返す。


「事故の現場はどこの出店?」

「精肉店と一年生のクラスが共同で出している串焼き屋台です」


 ガス爆発というぐらいだから温かいものを提供していると思ったけど、串焼きか。

 当日は良い匂いがしていたし、未来の俺が買いに行くのも分か――いや、待て、おかしい。

 買いに行ったのか? 俺が?


 食中毒事件における冷蔵庫の件で、今回の事件の裏に犯人がいる可能性が示唆されている。

 迅堂が戻ってきたということは、この世界線上でガス爆発事故が起きる。つまり、爆死した俺は食中毒事件を経験した今の俺の延長にいたはずだ。


 問題の対処をする立場の俺が、食中毒を起こす可能性がある商店街側の飲食物に手を出すか?

 串焼きが原因だと半ば断定して自分で食べて様子を見るつもりだったのか?

 食中毒の原因菌はおそらく黄色ブドウ球菌だと海空姉さんは言っていた。肉類なら十分に増殖する可能性がある菌だし、加熱で毒素は消えない。

 とはいえ、潜伏期間の問題もある。自分で食べてみたところで、症状が出るまでのタイムラグがあるから被害を食い止めることはできない。


 未来の俺の動きが妙だ。

 むしろ、食中毒ではなくガス爆発を食い止めるために現場に向かったと考える方がつじつまが合う。

 もしも、爆発を止めるつもりだったなら、未来の俺は少なくとも一回はガス爆発事件に遭遇し、タイムリープして対処に向かい、対処しきれず爆死したことになる。


「ガス爆発事故の原因は?」


 まぁ、ガスボンベだろうけど。

 迅堂は俺を見て首を横に振った。


「事故じゃないです。事件ですよ」

「事件? 人為的に引き起こされてるってことか。犯人は?」

「捕まってません。警察の捜査でガスボンベに細工にされていたのが判明して事件とみられています」


 食中毒事件に続いて爆破事件かよ。

 同一犯か?

 文化祭を襲撃していったい誰が得をするんだよ。容疑者が皆無で全然分からない。

 ただ、ガスボンベが細工されていたのなら、俺が巻き込まれたのも対処に走った結果間に合わなかったと考えれば辻褄が合うな。


 わざわざ当日に対処しようとしたのは仕掛けが前日までに仕掛けられていなかったからか。もしくは、俺の動きでガス爆発の未来から戻って来ていると周りに知られてチェシャ猫が発動する可能性を警戒したか。

 結果的に俺は爆死したが、爆死を避けられなかったことから迅堂は俺がタイムリープして対処に乗り出したとは考えず、チェシャ猫が発動しなかった。

 それで、迅堂がこの時点に戻ってきたのだとすると、ちょっと妙だな。


「なぁ、迅堂はなんで今日に戻ってきたんだ? 当日の朝とか、前日に戻るのなら分かるんだけど」

「それがですね。先輩が病院への搬送中に十三日って呟いていたそうなんです」

「今日? いや、先月って可能性もあるのか。……何か特別なことがあったか?」


 迅堂のおかげで管理チームが発足したくらいだ。ガス爆発との関係が見えない。

 迅堂も分からないらしく、難しい顔をしている。


「ガス爆発との関連は見えないんですよね。ガスボンベだって文化祭の二日前に届くので関係ないでしょうし」

「だな。細工済みで届くなら一昨日とか呟くよな」


 俺の推測に迅堂も頷く。


「でもですね、十三日って呟くくらいなので、今日か明日に何か手を打った方がいいと思うんです。先輩、どう思いますか?」

「爆死はしたくないから対策をとるけど、ひとまず海空姉さんに相談するよ」

「それがいいと思います。私だとガスボンベに近づかせてもらえないので」

「学生だしなぁ」


 多分俺も近付けない。海空姉さんなら商工会に働きかけたりしてチェックさせることができるだろう。

 なお、俺から海空姉さんに言い出すとチェシャ猫の危機である。

 もう詰んでるのではと思えるけど、迅堂が戻っているくらいだから多分、海空姉さんも戻って来ていると思うんだよね。



 貴唯ちゃんたちへの割引チケットを託すために松瀬本家を訪ねる。

 部屋に入った俺に対して、海空姉さんは俺の想像通りの言葉を口にした。


「文化祭で巴が爆死した」


 やっぱり海空姉さんも戻って来てますよねー。

 詳細を聞く限り、迅堂が遭遇したガス爆発事件と全く同じだった。

 海空姉さんは疲れた顔でため息をつく。


「まったく、巴はどうしてこうも死ぬんだい?」

「生きてる俺に聞かれても」


 トラックに轢かれたり、通り魔に刺されたり、焼き殺されたり、多分銃殺もされてる。今回は爆死か。

 改めて並べるとラインナップが凄いな。

 割引チケットを受け取った海空姉さんはテーブルに頬杖を突いた。


「食中毒事件は防げたんだけどね。今度はガス爆発事件ときた。どうやら、食中毒事件も含めて文化祭を妨害したい何者かがいるらしいね」

「何でそんなことを?」

「ラブコメを見せつけられてイラついた何者かの犯行という線もあるけれど、正直よくわからない。高校時代にイジメられていたから文化祭を台無しにしたいとかそんなところかな」


 そんな妬みで台無しにされてたまるか。

 というわけで、対策を練るわけだが。


「ガスボンベの細工って見抜ける人いるの?」

「竹池や斎田なら分かるだろうね。特に斎田はキャンパーだから見慣れているよ」


 海空姉さんはそう言って、割引チケットをひらひらと振った。


「ボクが一族の連中を連れて見に行こう。巴の書生服を見に行きたいと思っていたんだ。割引チケットも頼むよ」

「海空姉さんも来るんだ……」


 竹池のおじさんも斎田さんも文化祭にわざわざ来るような人じゃないから仕方がないか。

 いくら松瀬家当主とはいえ海空姉さんが「ガスボンベに細工がされているから確かめてほしい」なんて言ったら、二人が事情を尋ねないわけがない。

 せっかく未来人や『ラビット』のことを国に知られていない世界線なんだから、海空姉さんの文化祭見学にかこつけて二人を連れ出すのが自然か。


「とはいえなぁ……」

「なぜ渋るんだい? コスプレなんて見られてなんぼの世界だろう?」

「身内に見られるのはなんかいやだ」

「広告にまでなっているくせに。言っておくけど、ボクだって家の者に止められているから我慢しているだけで、巴とコスプレツーショット写真を撮りたいんだからね?」


 マジかよ。

 やっぱりリア充は爆発する運命か。

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