第11話 お宅訪問
「――迅堂さん、いらっしゃい」
階下から聞こえてきた母の声に、俺は立ち上がる。
面倒くさそうにソノさんがベッドの上に飛び乗って布団に潜り込んだ。
自室を出て階段を下りていくと、母にお土産を渡していた迅堂が俺を見つけて笑顔になる。
「先輩、来ましたよ!」
「いらっしゃい。こっちがリビングだから来て」
「先輩のお部屋じゃないんですか?」
「テーブルが狭いんだよ」
今日は各クラスから寄せられている要望などをまとめつつ、コラボ先の商店街との日程調整を相談するプチ会議である。
学校は何やら保健所が視察に来るとかで生徒会室などを使えず、急遽我が家が利用されることになったのだ。
「先輩の家は初めて来ましたね」
「そうだっけ?」
「そうですよ? ソノさん、どこですかー?」
迅堂が声をかけても、当然のごとくソノさんは現れない。来客嫌いの我が家の愛猫は今頃俺のベッドを占領しているはずだ。
お茶を持ってきた母が急須から湯飲みにお茶を注ぐ。
「迅堂さん、よく来てくれたわね。夕飯はうちで食べていったらどうかしら?」
「いいんですか? ぜひご一緒させてください。夏のキャンプバイト中に先輩に振舞ってご好評を頂いた数々の手料理を披露したいです!」
「あらら、じゃあ、一緒に作る?」
「そうしましょう。よろしくお願いします」
「……めっちゃ打ち解けてるじゃん」
ここ、俺の家だよね?
事務所に顔を出すから、とリビングを出ていく母に手を振って、迅堂が俺に向き直る。
「この迅堂春、ご家庭の和を広げるのは得意です」
「いつもの軽口と流せない光景だったよ。やっぱり、あのバイトの影響か」
草むしりをはじめとした先日のバイトで父さんも母さんも迅堂に一目を置いていた。
不敵に笑った迅堂が俺の方に身を乗り出してくる。
「先輩、そろそろ年貢の納め時ですよ? 今晩は先輩のご家族の胃袋もがっちりもっちり掴んでみせます」
「未来人が言うと洒落にならないな」
そうでなくても、今までの経験で迅堂が俺の好みの味を完全にマスターしている料理上手なのは知っている。俺の家族の舌まで唸らせるなど、この未来人の手料理にかかれば簡単だろう。
「まぁ、夕食は素直に楽しみにしておくとして、いまはお仕事だな」
俺は二階から持ってきていた資料をテーブルに広げる。
当初の予想以上に商店街とのコラボを望むクラスが多く、打ち合わせなどの日程調整が必須となっている。
資料を見ていた迅堂が不思議そうな顔をする。
「意外と貸衣装屋さんと写真屋さんが引っ張りだこですね」
「広告塔の女の子二人が良かったみたいでな。俺のところには呪いの手紙が届けられたくらいだ」
「うちの高校の女子は見る目がないですね。ラブレターの一つも来そうなものですけど」
「来ないんだな、これが」
「私のところには三通来ましたよ」
「えっ、まじ?」
笹篠のところにも来てたけど、二通だったはず。
驚いて問い返した俺に、迅堂はにんまりと嬉しそうに笑う。
「大丈夫ですよ、この迅堂春、先輩一筋数十年です!」
「そんなに未来を繰り返してたのかよ」
「正確には覚えてないですけどね」
要所要所で戻るだけだった俺とは違って、笹篠も迅堂も海空姉さんもよく戻って来てたもんな。ラテアート勝負とか。
「そんなに繰り返してきた迅堂でも、今回のコラボ文化祭は初めてなんだよな?」
「はい。もっといえば、ラブレターを貰ったのも初ですね。先輩からのラブレターが貰いたかったです」
「俺は字が汚いから、告白するなら直接会って言うよ」
「楽しみにしてますね!」
なんで迅堂に告白するのが前提なの?
資料を突き合わせて日程を埋めていく。こんな書類仕事でも迅堂はいつも以上の働きぶりを披露してくれた。
「先輩、写真屋さんの日程はこれでいいですか?」
「いいんじゃないかな。適度に休憩も入ってるし。後は本人に調整してもらう感じで。というか、終わるのが早くないか?」
今からハイペースで進めすぎると、午後には力尽きていそうで心配なんだけど。
しかし、俺の心配をよそに迅堂は余裕の表情でお茶請けの芋けんぴを齧った。
「ふっふっふ、今回はこの迅堂春が未来を繰り返して得た技能のすべてをご覧に入れますよ。白杉先輩が家業を継ぐならこの迅堂春が絶対に必要だっていうくらいに依存してもらいますからね!」
「家業を継ぐなら人に依存しちゃダメだろ。一緒に働くなら支えあう関係でいよう?」
まぁ、意気込みは伝わったけど。
でも、大丈夫かな。
「迅堂さ、クラスの準備にも参加してるよな?」
「もちろんしていますよ。塚田さんのケーキ屋さんとのコラボですからね。先輩のご両親だけでなく、親戚の方々も攻略していく所存なので」
「迅堂が仕事をおろそかにするはずがないって知ってるけど、だからこそ、無理し過ぎないようにな」
迅堂の責任感の強さはよく知ってる。問題は、やる気が先行して空回ることがある点だ。
前の世界線における夏の肝試しはいまだに覚えている。
「心配性ですね。大丈夫ですよ」
ポリポリと芋けんぴを齧る迅堂は、言葉通り疲れがたまっているように見えない。
ある意味、俺よりも人生経験が豊富な迅堂だし、俺が心配するまでもないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます