第12話 やるなら本気で

 放課後になってすぐ、文化祭の準備を開始する。

 十月八日の今日、文化祭まで残り十六日。そこそこ日数があるように思えるけど、実際に残された時間は少ない。

 ――というか、足りない。


「はい、白杉の作業分な」


 番匠が材料を持ってきて俺の机に乗せ、別のグループの下へ走っていく。

 俺は机の上の材料から華やかな赤い和紙を手に取った。

 型染めで籠目模様が描かれた丈夫な和紙だ。


「まぁ、言い出しっぺは俺だしな」

「手伝うわよ」


 隣の席の笹篠が手を伸ばして和紙を一枚取り、作業に加わってくれた。

 和紙に透明なラミネート加工をして撥水性を高め、飲み物を置くためのコースターにするのだ。


「白杉のこの案、良いと思うわよ。せっかくの大正コスプレ喫茶なんだから、小道具にもこだわらないとね」

「手間が半端じゃないけどな」


 学校側の方針でゴミを減らさないとならず、お土産代わりにお客さんに持って帰ってもらうのだ。持ち帰ってもらうとなれば、それなりに実用性がないと学内のゴミ箱に入れられてしまうので、厚みを持たせたり滑り止めの凹凸を付けることになった。

 笹篠がハサミを手に和紙を切り抜き始める。こんな日常的な動作一つでも風格と気品があるのが凄い。


「手が止まってるわよ。なに見惚れてるの?」

「姿勢がいいとなんでも綺麗に見えるのかなって」

「姿勢は基本よ」


 俺は笹篠が切った和紙をラミネート加工していく。


「笹篠が言ってたモミジとイチョウの飾りだけど、松瀬本家の庭の剪定で出た枝を持ってくるよ」

「ありがとう。これで見た目の印象もばっちりね」


 笹篠は満足そうに笑って、教室を見回す。

 クラスメイトは各自がチームになって作業に勤しんでいる。看板だけでなく、テーブルクロスの刺繍をしているチームまであった。

 多分、学内を見回してもこのクラスほど本気で準備しているクラスはないと思う。あるとしたら、迅堂のクラスだろうか。


「意外と士気も十分ね」


 チーム競技が嫌いな笹篠からも百点評価である。


「俺は正直、ここまで団結力があるクラスだとは思ってなかったよ」


 サボる奴はいないとしても、手を抜いてだらだら作業する奴はいると思っていた。多少の同調圧力はあるにしても、ここまでみんなが本気で取り組んでいるのは笹篠の影響が大きいと思う。


「やるなら本気で、だからねー」


 俺たちの作業に加わりに来た大野さんが言う。

 笹篠が少し困ったように視線を逸らした。

 いつの間にかクラスのスローガンのようになっている『やるなら本気で』は、俺が提案したこの和紙コースターに端を発している。

 学校側からのゴミ減量の指示を受けて、手間が大幅に増えた和紙コースターを本当にやるのか、クラスで相談が始まった直後の鶴の一声が笹篠の『やるなら本気で。手間を惜しんでグレードを落とすなんてつまらないわ』である。

 秒で和紙コースターの実施が決まり、ごみ減量の指示をどうクリアするかに議題が移った。

 大野さんは手近な椅子を引き寄せて、プラスチックの板に俺がラミネート加工した和紙を張り付け始める。


「あの一言でみんな意見を積極的に出すようになったし、いい傾向だよ。やることは増えたけどさ」

「私もここまでみんなが動くとは思ってなかったのよ」


 自分のカリスマに対する認識が足りてませんね、これは。

 このクラスの自重という名のブレーキを崩壊させたのは笹篠だ。

 俺は文化祭実行委員である大野さんに質問する。


「予算は大丈夫?」

「割と余裕があるよ。商店街を巻き込んだ以上、先生方も予算を渋って企画倒れなんて事態は避けたいんでしょ」

「あぁ、その傾向は確かにあるな」


 伊勢松先輩もいろいろと動いていたけど、教師陣も例年より予算を増額できるように動いているようだった。


「自由にやらせてもらって、先生方には感謝だなぁ」

「だからこそ、手は抜けないけどね」


 そう言って、大野さんは完成した和紙コースターを置いて、俺と笹篠を真剣な目で見た。


「二人のシフトが売り上げピークになるのは間違いない。つまり、どの時間帯に配置するかが重要ってことになるわけ」

「笹篠はともかく、俺も?」

「顔はまぁまぁ良い程度だけど、やっぱり着慣れてる感は重要だよ。白杉君は遊びの一線を越える位置にいるの」

「俺は書生だったのか……」


 いや、学生だから間違ってはないんだけど。

 大野さんの評価にさりげなく頷いていた笹篠が口を開く。


「一番忙しくなるのはお昼時かしらね」

「あまい! うちのクラスはドリンク提供のみに絞ってるからお昼時はむしろ暇」


 大野さんが笹篠を指さして予想を語りだす。


「多分、商店街が出店するお隣の公園の方にお客が集中するよ。狙い目はお昼時の前三十分と気温がピークになる午後三時」


 お昼を早めに食べて空いている学内を回ろうとする客がパンフレット片手に順序を考える場所を提供するか、単純に喉が渇くタイミングってことか。

 大野さんはガチで最高売り上げの称号を取りに行くつもりらしい。

 笹篠という最強カードにこのクラスの団結振りを加味すると、本当に取れそうだ。


「そういうわけで、二人のシフト希望を聞いておきたいの」

「だってさ、笹篠の希望は?」

「当日は白杉の方が忙しいんだから、あなたに合わせるわ」

「なら、午後三時かな」


 飲食系が多い商店街の方で騒ぎが起きるとしたら十二時ごろ。海空姉さんが未来で経験したという食中毒事件も三時までには発生しているだろう。

 衛生指導などで対策は打っているから、大丈夫だと思うんだけど。

 大野さんを見ると、さっそくスマホにメモっていた。


「これでピーク時の対処はオッケー。二人ならどんなに忙しくても乗り切るだろうし、後は午前中で他のクラスとどう差をつけて行くかだね」

「BGMが必要ね」

「あ、それだ。でも、雅楽とかわかんないし……。白杉君なら分かる?」

「演奏の善し悪しが分かるほどではないけど、曲名を言い当てられる程度には」


 教養だとかで海空姉さんの祖父に当たる先代から教えられた。

 俺が教養として教えられたくらいだから、多分笹篠も海空姉さんに教わっているのでは?

 視線を向けると、笹篠はスマホを大野さんに見せた。


「この曲ならいいと思うわ」

「あれ? なんで雅楽が分かる人がこんなにいるの? 私が無教養なだけ?」

「白杉の彼女になるからには必須教養よ」

「なら私にはいらないね」


 大野さんは番匠とくっつくからね。未来知識だから言わないけど。

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