第10話 広告塔二組目

「迅堂さんはいる?」


 放課後、一年の迅堂の教室を尋ねる。入り口近くにいた女子たちが俺を見てすぐに立ち上がった。


「春! 先輩が来た!」

「お迎えだぞー!」

「迎春だよ!」


 ノリノリだな、この子たち。後、いまは秋だ。

 さりげなく教室を見回してみる。クラスのマスコット的な立ち位置に迅堂はいるようだが、お姫様扱いにはなっていないようだ。バイトに精を出してきた迅堂の努力の結果だろう。

 名前を呼ばれた迅堂が即座に鞄を持ち上げて駆けてくる。


「伊勢松先輩から連絡は貰ってます」

「そっちにも来たか。まぁ、のんびり行こう」

「デートがてら、のんびりですね」

「デートはしないな。腕を組むんじゃありません」


 期待の視線で俺たちのやり取りを見守っている迅堂の友達の手前、誤解されないようにきっちり否定しておく。腕を取ろうとしてくる迅堂からさりげなく逃れて教室に背を向けた。

 迅堂と並んで歩きだしながら、俺は伊勢松先輩からの連絡を思い出す。


「高校横の公園の占有許可が下りたってメールには書いてあったけど、申請を出したのは先月だよな」

「火災対応のために消火器を準備したり、商店街側の出店の配置を決めたりするのに時間がかかったらしいです」

「伊勢松先輩が忙しそうだったのもそれか」


 あの人、クラスの出し物は参加しているんだろうか。

 高校を出て商店街方面へ。放課後ではあるけど、文化祭も近いため帰宅する高校生はあまり見かけない。みんな部活にでているか、帰宅部ならクラスの出し物の事前準備中だ。

 商店街方面へ歩き、商工会に顔を出して銅突さんと面会する。

 すでにメールは貰っているとのことだった。


「商店街には先ほどメールを一斉送信しておいた。いよいよ、本格的に動き出した感があるね」


 お祭り好きなのか、銅突さんはわくわくした表情で俺の肩を叩いた。


「白杉君もこれから大変だと思うが、力になるからいつでも相談してくれ」

「はい。よろしくお願いします」

「それから、この資料を学校に届けてほしい。明日の登校時にでも先生方に渡してくれればいいから」

「分かりました」


 茶封筒に入った資料を鞄に入れて、俺と迅堂は商工会を後にする。

 用事が済んだことを伊勢松先輩にメールして、俺は迅堂を見た。


「バイトがあるなら送っていこうか?」

「今日はバイトなしです。文化祭で忙しくなるので最近はバイトを減らしているんですよ」

「うちの家業のバイトに参加してた時、フットワーク軽いなと思ったけどそういう事情か」

「一日バイトならいくらでも融通が利くんですけどね」


 雑談しつつ、商工会議所から商店街を抜けるルートを歩く。


「ところで先輩、親御さんの評判はどうですか? この迅堂春、先日のバイトでは存在感と将来性をマシマシでアピールできたと自負しています!」


 俺の前に回り込んで後ろ歩きしながら、迅堂が自らの胸もとに手を添えてアピールする。


「夕食で話題に出るくらいに覚えが良かったよ。怖いくらいだ」


 主に俺の将来設計が脅かされている。

 迅堂が得意そうに胸を張る。


「ふっふっふ、親御さんの心も掴み、これはもうこの迅堂春が勝利する未来しか見えな――って、何ですか、これ!?」


 調子のビックウェーブに乗っていた迅堂が突然急停止し、俺の腕を掴んで引き寄せた。

 迅堂が指さしたのは商店街の貸衣装屋の店頭に掲げられた宣伝写真。


「な、なんで、先輩と先輩が写真なんですか!?」


 俺と笹篠が大正コスプレしたツーショット写真を前に日本語を崩壊させた迅堂が慌てふためく。


「落ち着け」


 お店の前で大騒ぎするのは流石にまずいと俺の指摘で気が付いたのか、迅堂は口を強く引き結ぶ。


「……ぐぬぬ。最近は先輩と文化祭関係でよく二人きりになっていたので油断していました。まさか、こんな形で外堀を埋めに来るとは……」

「おーい、腕を放してほしいんだが」

「ダメです!」


 ダメと言われても、次の迅堂の言葉が想像つくから早めにこの場を逃げ出したい。

 迅堂を引きずってでもここから離れるべきかと考えていると、恐れていた台詞を迅堂が口にした。


「私も先輩とツーショットを決めます!」

「やっぱりそうなるのか」

「そして、広告塔になります!」

「やっぱりそうなるのか」

「善は急げ! 入りますよ! たのもー」

「やっぱりこうなるのか」


 迅堂に引きずられて来店した俺を見て、貸衣装屋の店長さんが目を丸くする。


「えっと、い、いらっしゃいませ?」


 見てはいけない関係を見てしまった、みたいな顔しないで?


「この人とツーショット写真を撮りたいです!」

「あ、はい」


 誰にも言わないからみたいな顔しないで!?

 俺の心配を知ってか知らずか、迅堂は真剣そのものの表情で店内を見回す。


「笹篠先輩と同じだとつまらないですよね。あの美人先輩と一緒の和風メイドなんて敵う気がしませんし」

「迅堂も可愛いと思うけど、方向性が違うよな」

「ありがとうございます。そんな迅堂春に似合いの衣装は何だと思いますか?」


 尋ねられて、俺は店の端に飾られている衣装を指さす。


「あの猫の着ぐるみとかいいんじゃないか?」

「顔が見えないじゃないですか!」

「ならあっちのゆるキャラ犬の着ぐるみ」

「あんな腹痛のパグみたいな顔の着ぐるみは単純に嫌です!」


 腹痛のパグ……確かにそんな顔だ。

 店長さんがカウンターに突っ伏して笑いをこらえている。

 そんな店長さんの横に置かれているカタログを手に取る。


「このカタログから選んでみるといい」

「先輩の衣装も選びましょう」


 迅堂が衣装を選んでいる間に、店長さんが声をかけてくる。


「写真屋さんを呼びますか?」

「前回と同じ商店街の写真屋さんを呼んでください」

「えっ……いいの? 大丈夫? 修羅場にならない?」

「ならないです。もしくはもうなってます」


 写真を撮るまで迅堂も引かないだろうし。



 なぜか新撰組衣装を二人で着こんで写真を撮り、現像が終わるまでの時間を持て余した俺と迅堂は商店街をぶらつく。


「何で新選組だったんだ?」

「定番の人気ジャンルなのでお店にありそうで、男女でも違和感なくペアルックが可能で、絆感があるので」

「結構考えてるんだな」


 ただ、コスプレ感が強すぎてどうにも遊びに見える。


 老舗和菓子屋は落ち着いた内装で、客は少ない。時間的なものもあるのだろうけど、高級感があって入りずらいのだろう。

 値段は結構手ごろだと知っているので、俺も迅堂も臆せず入る。

 俺と迅堂を見た店長の織戸さんは少し意外そうな顔をしてから奥の座敷を手で示した。


「どうぞ、奥へ」

「ありがとうございます」


 奥座敷に上がり、迅堂と机を挟んで座る。畳の香りがうっすらと漂っている。

 お品書き、と書かれた紙には季節の和菓子とどら焼きなどの定番が並んでいた。


「喫茶店でもあるんですね」

「昔からこの業態らしいよ」


 むしろ、もともとは店頭販売をしていなかったらしい。松瀬の先々代の時代だから二次大戦前の話だけど。


「俺は緑茶と栗きんとんにしようかな」

「私も緑茶。あとは芋羊羹にします」


 メニューが決まったので店員さんを呼ぶと、やってきたのはアルバイトではなく店長の織戸さんだった。


「お決まりですか?」


 注文をお願いすると、織戸さんは慣れた様子で注文を書き留めながら俺に声をかけてきた。


「白杉君は竹池旅館がいつ再開するか分かるかな?」

「竹池旅館ですか」


 松瀬の親族である竹池家がやっていた旅館だ。春の事件でマネロンとの関係が明るみに出て、旅館関係者が警察の厄介になったので現在閉鎖中である。


「ちょっと分からないですね。松瀬本家と竹池家で協議中です」


 マネロン関係は外部に漏らせないので言葉をぼかし、突っ込まれる前に話題を変える。


「竹池旅館と何かありましたか?」

「竹池の人に聞いてもらえばわかると思うけど、定期的に季節の和菓子など卸していたんだ。百年来の付き合いで貴重な定期収入だったからね」

「あぁ、なるほど」


 こういうところにも影響が出るのか。風が吹けば桶屋が儲かる。俺たち未来人が起こした蝶の羽ばたきが老舗和菓子屋を直撃していたらしい。

 松瀬の親族は地域経済との結びつきが強いから、他にもいろいろ影響があるんだろうな。

 残念そうに厨房へ戻っていく織戸さんを見て、俺は海空姉さんに事情を書いたメールを送った。

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