第9話 同伴出勤とはいいご身分だな!
『せっかくの日曜日だってーのに、ラビットちゃんを放置してアルバイトだなんて、雲より高い勤労意欲ですね、ご主人! 霧散すればいいのに!』
かまってちゃんバニーガール会話BOTが今日もうるさい。
『草むしりなんて兎でも放っておけばいいんですよ。ラビットちゃんと道草を食いましょう? 上手いこと言ったった!』
「油を売るつもりはない」
『売らない油で雑草を焼くんです? 焼き畑します?』
「神様も休む日曜日だからって環境保護にケンカを売らねぇよ!」
着替えを済ませて軍手など必要な道具も持って、俺は最後にスマホを持ち上げた。
「出かけるから電源を落とすぞ」
『たとえ画面は暗くても、ラビットちゃんはいつでも懐に忍んでいますぜ!』
「はいはい、こころづよいねー」
スマホをポケットに入れて、俺は部屋を出る。
両親はすでに現場で下準備中なので、俺は一人で現場に向かうことになる。
自転車で行くと少し早く着きすぎるし、歩いて行こうかな。
玄関のドアを開けると、インターホンを鳴らそうとしている迅堂と目が合った。
「先輩、迎えにきました!」
「おう。ありがとう」
思わず礼を言ってしまった。
「来るなら来るって連絡を入れろよ」
「サプライズがてら、ご両親へ挨拶をしようと思ったんですよ」
「二人とももう現場だけどな」
「えっ先輩は家に一人だったんですか? もっと早く来ればよかった!」
「早く来て何をするつもりだよ」
「何ってそれはもうイチャイチャ以外にあるとお思いで?」
「彼女じゃないんだからイチャイチャ以外しかないだろ」
ツッコミを入れつつ、玄関の鍵を閉めて歩き出す。
横に並んだ迅堂はこれからアルバイトとは思えないほど上機嫌だ。
「初めてのアルバイトってなんだかウキウキしますよね」
「俺にとっては小学生の頃から慣れ親しんだ庭いじりだけどな。アルバイト代が出るから小学生の時より気持ちは軽いけど」
「小学生の時もアルバイトしてたんですか?」
「竹池の旅館とか、本家の庭でな」
親族経営のお店や家だけだ。流石の両親も我が子だからって労働法を破らない。
……バイト代が出てなかったってことは破ってるか?
「どういうことをするんですか?」
「迅堂は初めてなのか。未来でもやってない?」
「正真正銘の初めてですよ。しかし、ご心配なく。この迅堂春、要領は良い方ですので!」
「それは常々感じてるよ。アルバイトの内容だけど、草むしりとか竹垣作りとか、その余った材料の梱包とか。アルバイト組は草むしりがメインだ」
基本的な業務内容の説明をしているうちに現場である植物公園に到着した。
先に現場入りしていた父が俺を見つけて声をかけてくる。
「巴、ちょっとこっちに来てくれ――ん? 彼女同伴?」
「違う。高校の後輩で今回のアルバイトに応募した一人」
「そうです。春には喫茶店で一緒にバイト、夏にはキャンプ場で数夜を過ごし、秋の今は文化祭で商店街との共催を実現すべく一緒に活動して、今日はここまで先輩の家から一緒に来ましたけど、まだ、そう、まだ彼女ではないです。よろしくお願いします!」
「事実ではあるんだけど並べ方が恣意的だな!?」
思わずツッコミ。
父は俺と迅堂を見比べて何かに納得したように大きく頷いた。
「まぁいいや。息子と仲良くしてやってくれ」
適当である。
「心配しなきゃならんほどかわいげのある息子でもねぇしな。放っておいて失敗しても自分で後処理できるように育てているつもりだ」
「先輩って信頼されてるんですね」
「いや、仕事人間が仕事にだけ集中できるように考えた理屈だろ」
「素直じゃないですね」
「可愛げないだろう?」
うるせぇ。
「そんなことより、俺を呼んだ理由は?」
「おう、そうだった。竹垣を作るから、スタッフと材料を出して組み立ててくれ」
「分かった」
「彼女ちゃんは他のアルバイトと一緒に草むしりだね。頑張って」
「了解です!」
迅堂が返事をするのとほぼ同時に、アルバイトをまとめる母がこちらに歩いてきた。
「バイトの子?」
「迅堂春です!」
「あぁ、塚田さんから聞いてるわ。チーム分けして持ち場を指示するから、適当に組んで」
「はい。先輩、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
迅堂と別れて、俺は竹垣の材料が積んである軽トラへ向かう。
白杉造園のスタッフが植物公園の地図を広げて話し合っていた。新人さんもいる。
「坊ちゃん、手伝いですか?」
「坊ちゃんはやめてよ。手伝いに来たんだけど、結構多いね」
荷台に積まれた材料の多さにちょっと尻込みしてしまう。これは一日仕事だな。
地図を覗き込んで竹垣の配置を大体覚えてから、新人さんと一緒になって配置場所へ材料を運ぶ。
草むしりに精を出すアルバイトたちの中で、一番若い迅堂は際立って能率よく仕事をして目立っていた。
きちんと根っこまで抜いているのに作業速度が尋常ではない。キャンプ場整備で鍛えられた技術だろうか。
「坊ちゃんの彼女さん、凄いですね」
ツッコミどころを増やさないでくれ。
「坊ちゃんじゃないし、彼女じゃない。凄いのは同意」
シュロ縄を使って竹垣を組んでいく。
「若い女の子自体が珍しい業界ですし、大事にしなきゃだめですよ?」
「手を動かそうな。迅堂の働きに負けてると給料下がるぞ」
「それは勘弁。こんな炎天下で作業してるんですから」
「今日暑いよな。秋も深まってきたのに」
「昨日落ち葉掃きをした時はここまで暑くなかったんですけどね」
「熱中症に気を付けて水分をこまめに取ろうな」
四つ目垣を組み上げて、他のスタッフが運んできた材料で次の竹垣を作り始める。
てきぱき組み上げていると、いつの間にか迅堂が横にいた。
「草むしりは?」
「持ち場が全部終わってしまったので、先輩を手伝おうかなって。竹垣作りって合戦前の準備みたいで面白そうですし」
「どこの大将の首を落とす気だよ」
「将を射んとすればまず馬を射よってことで、まずは白杉造園の皆さんを落としていきます」
計画的なのかなんなのか。
アルバイトをまとめている母を見ると、無言で親指を立てられた。マジで草むしりが終わっているらしい。
まぁ、迅堂が手伝ってくれるのは助かる。物覚えが早いから教えればすぐに戦力になるのだ。
「この湿らせたシュロ縄で結ぶ。結び方は見せた方が早いか」
いつもよりゆっくりと結んで見せて、迅堂と交代する。
「割と簡単ですね」
「ほんとに覚えるのが早いな。助かる」
「もっと頼ってくれてもいいんですよ?」
「じゃあ、そっち押さえてて」
迅堂と共同で竹垣を作っているうちに昼休憩を迎え、俺は周囲を見回して作業進捗を図る。
すごくいいペースだ。夕方前に終わりそう。
母がスポーツドリンクを両手に持って歩いてくる。
「迅堂さん、働き者で助かるわ。塚田さんからお勧めされて採用して正解だったわね」
「恐縮です。息子さんを貰ってもいいですか?」
「こんなのでよければいつでもあげるわよ」
「ねぇ、俺の頭越しに話を進めないでくれる?」
遠くで父が諦めろとばかりに首を振ってるんだけど。
迅堂が受け取ったスポーツドリンクの蓋を開ける。
「ところで、バイトのチーム編成と持ち場についてなんですけど、ちょっと意見してもいいですか?」
「いいわよ。何か気付いたことがあるの?」
母が仕事人の目になった。迅堂は臆することなく意見を口にする。
「今日はこれからもっと暑くなるので、熱中症対策を兼ねて陽当たりのいい場所の草むしりチームの編成を変えた方がいいと思うんです。私と、後何人かの作業が早い人を割り振って、日向にいる時間を減らすとか」
「なるほど。作業が早い人に心当たりは?」
「大学生のあの帽子の人と――」
迅堂が挙げていったメンバーに母は頷き、笑みを浮かべた。
「よく周りを見てる。卒業したらうちに就職してほしいわ」
「先輩に永久就職したいです!」
「その時は迅堂ちゃんが社長でうちの息子は平社員ね」
大抜擢かよ……。
母さんは真面目にコツコツ働く人間が大好きだからな。
なんてことを思いつつ父の方を見ると、視線をどう勘違いしたのか諦めろとばかりに首を振られた。
もしかして、迅堂が白杉造園の次期社長に内定してる?
午後は俺も存在感を見せていかないとまずいな。
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