第7話 食中毒

 写真をすぐに現像してくれるとのことで、俺たちは現像が終わるまでの間の暇つぶしと市場調査もどきを兼ねてコスプレ喫茶にお邪魔した。

 メインは当然暇つぶしである。


「白杉君は当然として番匠も似合っていたから、書生服はあれで異論も出ないでしょ。二人は何か意見ある?」


 欲求が満たされてちょっとテンション高めな大野さんがスマホで撮った写真を見ながら俺たちに尋ねてくる。


「ちょっと生地が硬くて動きにくいから事故に注意かな」


 ドリンク類の提供に絞るとはいえ、汚損には注意が必要だ。どうしても動きが制限されがちで、人混みに揉まれる可能性も高い。


「書生服を着るのは教室限定。巡回販売の意見も出てたけど却下で」

「俺も白杉に賛成。やっぱ事故が怖い」


 肩が凝った、と肩をぐるぐる回しながら番匠が俺に賛同してくれる。

 大野さんも反対はせず素直に頷いた。


「了解、了解。後は女子の和風メイドだけど、どうですかな、男子の意見は? 特に白杉君の意見を聞きたいなぁ」

「セクハラを恐れずに言うなら、眼福だった」

「だってさ、明華。よかったねぇ」


 大野さんが悪戯っぽく笑いながら笹篠の肩を叩く。

 笹篠は赤い顔をしてそっぽを向いた。


「ふ、普段から言いなさいよね」

「やっぱり笹篠は綺麗だなって再認識した」

「……くっ」


 口元を覆う笹篠を横目に見て、大野さんは羨ましそうにため息をつく。


「はぁ、彼氏欲しいわぁ」


 まだ付き合ってないんだ。

 ちらりと番匠を見ると動揺が顔に出ていた。ちょっと安心してますね、こいつ。

 動揺を悟らせないようにか、番匠が話題を変える。


「女子の方はどうなんだよ。露出は少ないし、学校側の許可は簡単に降りそうだけど」

「あれなら抵抗のある人も少ないと思うよ。無理っていうならもともとコスプレをしたくないだけだから無理強いもできないし、裏方に回ってもらおうかな」


 本人たちの希望次第だけど、と締めくくって、大野さんはオレンジジュースを手に取る。

 一時間弱、注文を時折挟みながら話し込んでいるとコスプレ喫茶の店長、永吉さんがやってきた。


「写真屋さんが現像できたって持ってきました。どうぞ……」


 茶封筒に入れられた写真を差し出されて、笹篠が受け取る。永吉さんは俺たちを見回してさらに続けた。


「そ、その……こんなお店をやってるくらいだから、やっぱり興味があるんだけど、その写真を見せてもらう事ってできないかなって……?」


 弱気になりながらも好奇心には勝てない様子で、唯一面識がある俺を最後に見て拝むように手を合わせてくる。

 俺は三人の顔を見回して了解を貰い、永吉さんが座れるように座席を開けた。


「どうぞ」

「あ、ありがとう。すみません」


 ぺこぺこと頭を下げて、永吉さんが席に座る。

 机の上に広げられた写真はやはりプロが撮っただけあって見事なものだった。笹篠の写真なんて額縁に入れるべきだと思う。


「今回の文化祭、売り上げトップは貰ったな」

「明華と白杉君のツーショット写真を広告にすれば――」

「番匠、大野さん、広告はそれはやめてくれ」


 流石に恥ずかしすぎる。

 貸衣装屋の宣伝に使われるので今さらと言えば今さらだけど、学内だと注目度が違うのだ。

 永吉さんが写真を食い入るように見つめて、ボソッと呟いた。


「店に欲しい……」


 お目が高い。看板娘になるのは間違いないよ。

 大野さんが残りのオレンジジュースを飲み干す。


「このままどっかに遊びに行かない? 支払いは割り勘で」

「写真は誰が学校に持っていく?」

「文化祭実行委員だし、俺が持っていく」


 番匠が封筒に写真を入れる。

 代金を支払おうと財布を出そうとした時、ポケットでスマホが震えた。

 海空姉さんからだ。

 メールには至急、本家に来るようにと書かれていた。



 笹篠たちと別れて一人、本家に赴くと海空姉さんは自室で難しい顔をしながらフィギュアを弄っていた。


「……なんで、BLフィギュアにメイド服を着せてるんだよ」

「前の世界線で見逃したのさ」


 さらっとそう言って、メイド服を着たフィギュアを棚に飾った海空姉さんが居住まいを正す。


「厄介なことになった」

「海空姉さん、もしかして文化祭から戻ってきたのか?」


 うちのクラスの出し物が和風コスプレ喫茶に決定したのは今日の午後。海空姉さんは情報を手に入れられないはずだ。

 出し物の内容を知っているということは、未来から戻って来ている。文化祭の前か後かは分からないけど、見逃したのなら見る機会はあったということだ。

 案の定、海空姉さんは頷いた。


「死者は出ないけど、文化祭が失敗したんだ。食中毒事件の発生でね」


 食中毒か。

 この手のイベントで真っ先に気を付けるものだし、学校側も神経質なくらい対応を強化している。商店街側も同様だ。

 ただ、実際に動くのは高校生が大半である以上、どうしても不備は出てくる。

 だからといっても、商店街を巻き込むイベントで食中毒事件はシャレにならない。


「原因はわかる?」


 尋ねると、海空姉さんは首を横に振った。


「症状から黄色ブドウ球菌あたりだろうと考えられている。原因の提供物は分からない。何しろ、文化祭当日は飲食物が多いからね」


 今年は商店街の参加もあってさらに増えている。絞り込むのは難しいか。

 原因の提供物が分からないとなると、全体的な引き締めと指導が必要になる。


「重症者も出て、文化祭はもちろん商店街にも影響が出てね。松瀬家も深く噛んでいるからてんやわんやの大騒ぎだよ」

「そうなるよな。対策は俺の方から学校に掛け合うよ。衛生指導の強化をするとして、具体的には……保健所かな?」

「管理栄養士を学校に呼んで指導するのがいいだろうね」

「そろそろ各クラスの出し物も決まってくるから、飲食物を提供するクラスは強制参加で指導を受ければいいか」


 説得するまでもなくすぐに意見が通ると思う。ただ、管理栄養士を派遣してもらうのに戸惑うかもしれない。

 俺の心配を見抜いたのか、海空姉さんはスマホを手に取った。


「商工会経由で働きかけよう」


 さすが、松瀬家当主だけあって即断即決即行動が染みついている。

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