第6話 コスプレカップル

 放課後、俺は笹篠、番匠、大野さんと連れ立って校舎を出た。

 貸衣装屋には事前に連絡をしてある。いつでも来ていいとのことだった。

 いつもよりどこか賑やかな気配がする校舎を振り返って、番匠が笑う。


「お祭り気分が高まってきたな」

「いつもより規模が大きいからなおさらだよな。その分、準備も大変だし責任も重いけど」

「なら、責任を果たしに行こうぜ。笹篠さんの和風メイドが楽しみで、楽しみで」

「分かる」


 思わず大きく頷いたら、笹篠が口元を隠してそっぽを向いた。大野さんがニヤニヤしながら笹篠と俺を見比べて、笑みを深める。


「お二人さん、文化祭中はカップル成立率が高いらしいよ。実に楽しみだねぇ」

「た、楽しみたいわよね」


 会話が微妙に成立していない。

 商店街には俺たち以外にもちらほらと学生の姿があった。文化祭の共催で商店街への注目度が上がり、学生客が少し増えたらしい。

 目的の貸衣装屋に入ると、店長さんが電話で取引先と相談中だった。

 俺は笹篠たちと目配せし合い、店内にある椅子に座る。


「いろいろとあるわね。あ、七五三用にカタログがあるわよ」

「わぁ、可愛い」


 笹篠と大野さんがカタログを覗き込んで和む横で、番匠が別のカタログを持ってきた。


「白杉、和風特集だって」

「ちょうどいいじゃん」


 どうやら提携店の衣装も網羅しているらしい分厚いカタログを開く。長らく使われているようで紙が少し傷んでいた。

 無難なデザインのものから劇でしか使わないような派手な衣装まで幅広い。

 俺は男子で話し合ったデザイン案と比べつつ番匠といくつかあたりを付けていった。


「――お待たせしました。ごめんなさいね。高校の子たちからいろいろと注文や相談が来ていて手が回らなくって」


 貸衣装屋の店長さんが言葉とは裏腹に少し嬉しそうに謝ってくる。

 七五三衣装で盛り上がっていた笹篠が本来の目的を思い出してカタログを閉じた。


「文化祭で使う衣装について相談に来ました。お昼過ぎに連絡をしたと思うんですが……」

「えぇ、もちろん覚えてるわ。書生服と和風メイドって話だったわね」


 店長さんは俺と番匠が広げていたカタログに視線を向ける。


「デザインの希望と数は? サイズも教えて欲しいんだけれど」

「書生服はこのデザインをお願いしたいんですが、在庫がないなら他の物でも大丈夫です」


 身長差も結構あるので大まかなサイズなどを書いたメモを渡すと、店長さんはカウンターに戻ってパソコンを操作し始めた。在庫の確認をしているらしい。


「うん、これなら数も揃えられるわよ。二着ほどうちにもあるから試しに着てみる? 実際に着てみたら変更したくなるかもしれないし」


 番匠と顔を見合わせる。


「着るか。当日はどのみち着るし、動きやすさは確認した方がいい。体格の違う番匠の意見も聞きたいから着よう」


 俺一人で着るのは嫌なので、番匠も着る流れに誘導する。

 大野さんが期待のこもった眼でこちらを見てくる。笹篠もチラチラ見てる。


「和風メイドも在庫はありますか?」

「先月、コスプレ喫茶で使う予定だった衣装があるわ。なんだか、高校生コスプレを前倒ししたとかで使わなかったのよ」


 あぁ、前倒ししないと文化祭期間に被って公開処刑になりそうだった、とかか。

 俺は笹篠を振り返った。


「笹篠、ぜひ、着てほしい」

「し、仕方がないわね!」


 笹篠が立ち上がったのを見て、店長さんは目を細め、じっと笹篠を見つめる。


「凄い美人さんよね。どうせ着るのなら、写真を撮ってみない? 写真屋さんも商店街にあるから呼ぶわよ。クラスの子にも説明しやすくなると思うんだけど、どう?」

「えっ、流石に写真は――」


 店長さんの提案を聞いて、笹篠よりも早く大野さんが返事をした。


「ぜひお願いします! いまいち乗り切れないクラスメイトを説得する材料にもなりそうなので!」

「ちょっと――」


 抗議しようとした笹篠を捕まえた大野さんが俺を指さした。


「白杉君とツーショットだよ。しかも、プロの写真家に撮ってもらえるよ」

「……大野さんも番匠君と撮ってくれるなら」


 あの、聞こえてるんですけど。


「決まりね。すぐに連絡するから、向こうの準備が整うまでに着付けをしましょう。ちょっと待っててね」


 店長さんがいそいそと動き始める。

 笹篠が赤い顔をしながらもまんざらでもなさそうに小さく笑う。


「白杉、そういうことだから、写真を撮りましょう」

「了解。照れで変な顔になっても許してくれ」

「決め顔にしなさいよ」


 顔面を弄っているうちに福笑いになりそう。

 店長さんが店の奥のスペースを貸してくれた。もともと、簡易ながらも写真が取れるように撮影所が併設されているそうで、俺と番匠は衣装を渡されて撮影所に通された。笹篠と大野さんも衣装を渡されて今は控室で着替え中である。

 書生服に身を包んだ俺を見て、番匠が怪訝な顔をする。


「何でお前、そんなに着慣れた風なの?」

「人より和装を着る機会が多いんだ。番匠こそ背筋を伸ばせ」


 様子を見に来た店長さんが大げさに驚いて口を押さえ、控室の方に声をかける。


「予想以上よ! 早くいらっしゃい」


 見世物にされる気分。

 店長さんに呼ばれてやってきた大野さんが俺を見て目を丸くする。


「めっちゃ似合うじゃん! 生まれが時代錯誤ってよく言われない?」

「言われねぇよ!?」

「いやいや、本当に似合ってるって! まるでタイムスリップしてきたみたい」


 大野さんが真理を言い当てた。

 ちょっと焦ったが、ここに笹篠はいない。

 俺が大野さんの後ろを覗き込んだことで笹篠を探していると気付いたのか、大野さんがニマニマする。


「破壊力が凄いから、覚悟しておいた方がいいよ」

「……そんなに?」

「そんなに」


 ツーショット写真を撮るんだよね。俺、引き立て役にすらならなかったりしないかな。


「――お待たせ」


 普段通りの声で撮影所に入ってきた笹篠を見て、番匠が「うわっ」と変な声を出して驚いた。

 大野さんの言う通り、とんでもない破壊力を備えた美少女が入り口に立っていた。


 ベースは露出の少ないクラシックなメイド服。和風なのは白いエプロンドレスを胸の下で固定するように巻かれた濃緑色の帯と長めの袖口にあしらわれた刺繍だけだが、和洋折衷のいいバランスを取っている。

 そしてなにより、華やかな笹篠とクラシックなメイド服のコントラストがやばい。言語中枢が破壊される。

 これが、美少女の破壊力だというのか。

 顔を見れねぇ。見たら最後、顔が真っ赤になると未来人でなくても分かる。


「二人して固まっているところ悪いんだけど、写真屋さんが来たから並んでくれる?」


 静かだと思ったら笹篠も固まってるのかよ!


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