第8話 衛生指導の提案


「おはようっと――えっ、なに?」


 教室に入った瞬間、クラス中の視線が向けられてビビる。

 すでに来ていた笹篠に手招かれ、俺は視線を感じながら自分の席に歩き、カバンをかけながら笹篠に目を向ける。


「めっちゃ見られてるんだけど、なにごと?」

「昨日のコスプレツーショット写真の反応よ」

「こんなに劇的な反応されるのかよ」


 同じくツーショット写真を撮った大野さんと番匠の二人はあまり視線を向けられていない。


「書生服が自然に似合うってことで、珍獣扱いされてるわよ」

「よかった。俺が誰もが認めるイケメンになったわけじゃないんだな」


 軽口を叩きつつ、教室を見回す。


「クラスでこの反応なら、文化祭は成功しそうだな」

「そうね。行列ができてもおかしくないわよ」


 成功をあっさり肯定するってことは、笹篠は未来から戻って来てないみたいだな。

 笹篠が鞄から財布を取り出した。


「この中にツーショット写真が入ってるわ。私が責任を持って生涯大事にするわね」

「ちょっと待って、番匠が持ってるはずじゃ」

「さっき、教室の全員に見せてデザインを確認して用済みになったから、私が引き取ったの。ちなみに、大野さんと番匠君の写真は大野さんが持ってるわ」

「宣伝ポスターとかで悪用されるよりはいいけど……恥ずかしいな」


 財布にツーショット写真とか、普通入れるか?

 俺はさりげなく番匠と大野さんを伺う。

 あの二人、まだ付き合ってないんだよな。でも、大野さんがツーショット写真を手に入れたのは、もしかして……。

 気になるけど、俺は他人の恋路に目を光らせる余裕がない立場だ。


「ところで、白杉の文化祭での予定を聞いておきたいんだけど。シフトを合わせて、一緒に見て回りましょうよ」

「当日は結構忙しくなりそうなんだ。見て回るのは厳しいかも」


 商店街の方で問題が起きた時には教師や迅堂と一緒に急行することになっている。立場上、ふらふらと文化祭を見て回る時間がない。

 ただ、クラスの出し物に参加する時間は取ってもらえている。


「そんなわけで、コスプレ喫茶で一緒に頑張ろう」

「そう……。一緒に見て回りたかったんだけど、仕方がないわね」


 よほど楽しみにしていたのか、笹篠はつまらなそうにため息を吐いたものの、気を取り直したように俺を見つめ返した。


「それなら、シフト時間中は一緒に本気でやりましょう」

「ここでまさかの本気宣言?」


 クラス全体で行うイベントだから、笹篠の性格だと距離を置くくらいだと思ってたんだけど。

 疑問が顔に出ていたのか、笹篠は俺を指さして理由を話してくれた。


「好きな人が頑張っているからよ。応援したい、支えたいって思うでしょ」

「お、おう」


 不意打ちしてくるもんなぁ……。


「あ、照れたでしょう? 今、照れたでしょう? そういう反応も見られるなら、俄然やる気が出てくるわ」


 途端に機嫌を良くした笹篠が笑いかけてくる。


「頑張りましょ」

「あぁ、頑張ろう」


 是が非でも、食中毒事件を食い止めないといけなくなった。



 昼休みに入ってすぐに、俺は生徒会室へ足を運んだ。

 元々、今日は放課後に文化祭実行委員や教師を含めて会議がある。各クラスの出し物がほぼ正式決定する大事な会議だ。

 その打ち合わせも兼ねて、俺は迅堂ともども生徒会室に呼ばれている。


 ノックして中に入ると、生徒会長らしい凛とした伊勢松先輩の横顔が見えた。

 爽やかイケメンの伊勢松先輩は佇んでいるだけで出来る男感が漂っている。

 平均ちょい上程度の俺は佇んでいたって役立たず感が出るだけなので、実際の仕事ぶりでカバーしよう。


「伊勢松先輩、折り入ってご相談が――」

「迅堂春ここに見参! こんにちは、生徒会室! 白杉先輩、後で一緒にご飯行きましょ!」


 廊下から小走りで駆け寄ってきた迅堂の元気なあいさつで俺の声はかき消された。

 伊勢松先輩は苦笑して、俺を見た。


「もう一度、お願いできる?」

「はい、相談が――」

「失礼します……あ、お話し中でしたか?」


 今度は副会長、梁玉先輩に遮られて、俺は硬直する。

 迅堂がうんうんと訳知り顔で頷いて、俺の背中を叩いた。


「こういう巡り会わせってありますよ。そんなタイミングの悪い白杉先輩には合いの手が孫の手並みに心地よいと評判のお祖母ちゃん子たるこの迅堂春と付き合うのがおすすめです!」

「祖母の評価じゃん!」


 って、いけない。相談そっちのけでツッコミを入れてしまった。

 気を取り直して、俺は伊勢松先輩に向き直る。


「万が一があるとまずいので、生徒への衛生指導をした方がいいと思うんです」

「それなら、学校側で保健の先生が担当するって話だよ」


 やっぱり、学校側も用意はしてあるよな。

 だが、その対策だけでは不十分だったからこそ、未来で食中毒事件が発生するのだ。

 俺は横目で迅堂を伺う。迅堂も未来から戻って来ていれば援護射撃が期待できると思ったのだが、迅堂は成り行きを伺うように俺と伊勢松先輩を交互に見ていた。

 俺は続ける。


「商店街とのコラボ企画でも飲食物の提供がありますよね。そういった連携は学校側で把握できる規模だとは思えないんです」

「うん、一理ある。保健の先生だけに責任が集中してしまっているか」


 伊勢松先輩は俺の提案を吟味するようにしばし黙考した後、口を開いた。


「衛生指導の担当者に心当たりは?」

「松瀬本家から商工会経由で保健所に声をかけてあります。学校側の承諾を得られれば、すぐに動けるようになっています」

「仕事が早いね。そこまでお膳立てが整っているのなら、先生方を説得できそうだ。巻き込む人数が多くなるほど、渋い顔をされるんだけどね」

「イベントの規模に見合う人数を動員しないと成功しませんよ」

「道理だね。先に先生方には話しておくとして、放課後の会議の時に僕から提案しよう。その時、詳しい説明をもう一度お願いしてもいいかな?」

「もちろんです」


 よかった。意見が通りそうだ。

 伊勢松先輩は笑顔で頷くとメモ帳を取り出して何やら書き始める。

 どうやら、要点を事前にまとめて論理立てておき、先生方に話すつもりらしい。台本みたいなものだ。

 メモ帳に走り書きしながら、伊勢松先輩が俺をちらりと見る。


「それにしても、白杉君はほとんど同い年とは思えないくらいよく気が付くし場慣れしているよね」

「本家で鍛えられてるので」

「大変だったろう? 僕は一般家庭だから想像がつかないけど」

「うちも一般家庭ですよ。親族の繋がりが強いだけです」

「いずれにしても心強いよ。右腕にしたい、と言いたいところだけど梁玉がいるから左腕に迎えようかな」

「ちょっと筋肉痛なので」

「その断り方は初めて聞いたなぁ」


 伊勢松先輩はくすくす笑い、梁玉先輩を呼んでメモ帳を見せ、何か相談を始めた。

 邪魔にならないように、俺は合成革の椅子に座る。

 壁のカレンダーを見ようとしたら、迅堂が視線を塞ぐように俺の前に立った。


「先輩、私は明日に白杉造園のアルバイトに参加します」

「マジ? 初耳なんだけど」


 割と適当な両親のことだから、言いそびれたかな。


「俺も手伝うように言われてるから、明日はよろしくな」

「よろしくです! なにしろ、先輩のお父さんやお母さんに直接アピールするまたとない機会なので、いつも以上に絡みますよ!」

「仕事もしような?」

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