第32話 作戦会議

 春と共に松瀬本家に戻ると、客間で明華と海空姉さんがにらみ合っていた。


「へぇ、水族館デートに遊園地でイルミネーション……この一年で巴はずいぶんと遊び人になったようだね」

「松瀬さん、巴とは清いお付き合いをしていますので、ご心配には及びません」

「――笹篠先輩は恋人じゃないでしょうが! 松瀬さん、私です、この迅堂春こそが巴先輩の彼女で、夏のキャンプ場では一つ屋根の下で過ごした仲ですよ!」

「へぇ、巴、ちょっと首を洗ってきなさい」

「俺がいない間にどんな誤解を醸成したんだよ」


 一年分の記憶を失っている今の海空姉さんは明華にいろいろと吹き込まれたらしく、不機嫌そうに自分の前にある座布団を指さした。


「巴、正座」

「俺は二人の告白を断ってるよ」

「むっ?」

「明華、一体何を話したんだ?」

「この一年を私視点で色々と。巴の情報だけだと抜けがあるかと思って」

「……ボクの勘違いか?」

「笹篠先輩はあわよくば既成事実を積み上げてやろうって、絶対に考えてましたよ」

「春なら考えるからか?」

「えぇ、それはもう言葉巧みに――誘導尋問!?」


 とりあえず座卓を囲んで座り、春が海空姉さんに自己紹介をする。


「迅堂春です。この一年、巴先輩と仲良く愛を育みました」

「待て待て、開幕から飛ばすな。海空姉さんは一年分の記憶が無くなってるんだから、混乱させるな」


 チェシャ猫に怯える心配がないのに、結局俺が会話のかじ取りをすることになるらしい。


「ひとまず、それぞれが観測した今年一年の事件について、情報共有といこうか」


 明華と春の情報は俺にとってはほぼ既知の情報だ。俺がどこで死ぬかの情報であり、事件の背後にある核心的な情報がほぼない。

 だが、二人にとっては知らない世界線の情報が山盛りだ。俺からの情報提供もあって事件の全貌を完全共有し、事件の背後にはいつも未来人がいた事実を知った二人はため息をついた。


「道理で、何度やっても巴が死ぬわけね」

「事件解決後に犯人から情報が出てこなかったのも、チェシャ猫で記憶が飛んでいて事件の記憶がないからなんですね」


 おかげで今まで俺たちが未来人だと特定されずに済んでいたんだけどね。

 情報共有が一段落して、本題に入る。


「これからの作戦について説明したい」


 この場の全員が記憶を維持したまま、床次さん達に特定されずに年を越えるための作戦だ。


「チェシャ猫を警戒して、過去に戻ったら全員が未来人だと推定して動きながら、決して互いに未来人だとは明かせない。つまり、一度過去に戻ったらもう相談はできない。この場で全部の計画をまとめることになる」


 三人が大きく頷く。


「まずは宮納さんや大塚さんのスマホで過去に飛ぶ。宮納さんのスマホは『ラビット』を消去してあるから、データを掘り返す必要がある」

「掘り返すって、消去したのにできるの?」

「海空姉さん曰く、イルカ以上に消えない存在だ。バックグラウンドで動作し続けるようになってるんだよ」


 俺が海空姉さんから『ラビット』を受け取った時の会話を思い出す。


『――このラビットを消してもバックグラウンドに存在し続け、何時までもあなたのスマホに居座り続けてやります!』


 まさかこんな事態を見越した機能だとは思ってないけど、用意がいいことだ。


「それに、大塚さんのスマホは『ラビット』を消去していないんだ」

「えっ、なんでですか?」


 春が当然の質問をしてくる。


「ロックを外すのが手間でさ。海空姉さんがスマホを分解して基盤を弄ってGPSが機能しないようにしたんだよ」

「ロックは外せるんですか?」


 春の疑問には海空姉さんが答えた。


「パソコンで総当たりするから、割とすぐに外せるよ。前ボクは『ラビット』を直接見ることで大塚さんとやらが倒れた原因を逆算し、巴が未来人であると確証する可能性を嫌ったのだろうね」

「スマホの中に『ラビット』があれば倒れた原因がチェシャ猫だとほぼ断定できて、『ラビット』があるか分からなければ、巴先輩が投げたスマホが頭にクリーンヒットした可能性がまだ残るってことですか」


 理解したらしい春が感心したように頷く。


「ややこしいですね!」


 春の隣に座っている明華も感心していたが、ふと俺を見て申し訳なさそうな顔した。


「というか、知らず知らずのうちに巴にはこんな爆弾処理させてたのね。いきなり話題を変えることがあったけど、こういう裏事情があったなんて」

「本当に苦労したんだよ……」


 まぁ、クリスマスケーキとかいろいろと役得もあったし、なんだかんだと今となっては楽しい思い出だ。


「話を戻すと、全員でクリスマスイブの夜にスマホで戻る。そこで、記憶を失う前の海空姉さんと合流する」

「何でクリスマスイブなの?」

「俺たちが全員本家に揃っているからだ」


 クリスマスイブの海空姉さんはチェシャ猫の影響を受ける。だから作戦内容を俺の口から説明するわけにはいかない。

 記憶を失う前の海空姉さんをさらに過去に飛ばすには、一工夫必要になる。


「俺は記憶を失う前の海空姉さんを誘導して、俺のスマホを渡す。そのタイミングで、明華と春は海空姉さんの部屋のパソコンから俺のスマホを遠隔操作して四月の十三日に飛ばした後、それぞれのスマホで同じ時間に飛んで欲しい」


 この動きで、海空姉さんも俺と協力者が動いていることを理解するはずだ。


「海空姉さんに作戦の詳細を話すことはできないけど、協力を仰ぐことはできる。四月十三日に戻ったら、俺は海空姉さんに『ラビット』の更新プログラムを用意してもらって俺たち四人を一斉に四月三日の『ラビット』完成時点に送ってもらう」


 強制アンインストールとは別の強制タイムリープだ。


「ここまでで何か質問はある?」


 三人の顔を見回すと、明華が片手を上げて発言を求めた。


「スマホだと、『ラビット』のサーバーに紐づけないと四月三日に戻れないのよね。なら、クリスマスイブの夜にサーバーを使って四人で四月三日に戻る手は?」

「それをする場合、海空姉さんに説明するのが難しくなる。それに、床次さん達は早ければクリスマス時点で動き出す。イブにはもう目を付けられているだろうから、更新プログラムを準備する時間がない」


 一応確認するために海空姉さんを見る。

 俺たちの視線を受けて、海空姉さんは苦笑した。


「無理だろうね。それに、クリスマスイブは本家も忘年会に向けてごたごたしている。よほどの緊急性を認めない限り、ボクが更新プログラムを準備し始めるとも思えない。詳細を説明するように求めるだろうね」

「そういえば、イブには貴唯ちゃんもいますよ。サーバーを少し操作するだけならともかく、更新プログラムを準備してもらうのって難しいです」

「巴の作戦が一番ってことね。分かったわ」


 明華が納得したところで、話を進める。


「四月三日に戻った後、未来からやってくるだろう床次さん達を『シュレーディンガーのチェシャ猫』で排除する」


 俺や床次さん達も含め、四月三日は未来人の存在を誰も知らない時間を過ごした経験がある。つまり、誰であってもシュレーディンガーのチェシャ猫から逃れられない。

 勝負を決するのなら、これしかないと思う。

 みんな同じ考えらしく、異論は出なかった。

 春が口を開く。


「作戦はこれでいいとして、その床次さんたち未来人をどうやって特定するんですか? 相手は組織で動いているんですよね?」

「組織全体に伝わる前に、未来人を特定してチェシャ猫で消すしかないわね」


 組織全体で過去に戻ってくる可能性もあるんだけどね。

 複数人だった場合にどうするかを話し合おうとした時、海空姉さんが待ったをかけた。


「推測だが、相手組織の未来人は一人だよ。なにせ、複数の未来人がいたとしても誰かが『ラビット』の奪取作戦を立案してしまえば、まだ外部にテスターを募ってもいない状況でタイムマシンである『ラビット』の存在を知っているのは未来人だ、という結論が導ける。作戦立案者以外は全員がチェシャ猫を受けておしまいだ」


 組織が壊滅するじゃん。一人二人でも大事だけど、組織の構成メンバー全員が昏倒して大騒ぎになる。

 というか――


「それって、俺たちにも言えるよな」

「当然だね。だからこそ、サーバーの争奪戦になった時点でボクたちも含めて全滅さ。敵側の未来人が作戦を立案するまでがタイムリミットと言えるね」

「サーバーを失っている私たちが過去に戻って来ているはずがないと相手は考えているはずだから、複数の未来人を用意する必要がそもそもないわね。むしろ、気絶する者が出て混乱するデメリットがある。相手が一人というのは納得がいく推理よ」

「問題はその一人が誰か、ですよね。まぁ、先輩が一度同じように過去に戻って相打ちに持ち込めたということは、連絡先が分かっている相手――」

「床次さんだな」


 俺は床次さんのスマホの電話番号を知っている。そして、この連絡先は床次さんたちがサーバーを持ち去った後の世界線でなければ手に入らない情報だろう。

 不意を打つには最強の手札ではある。使うのはちょっと気が進まないが。

 春や夏の事件とは違って、床次さんは仕事でやってるからなぁ。

 俺の葛藤を余所に、明華が話を進める。


「つまり、四月三日に戻った直後に床次さんに電話してしまえば解決よね?」

「それでは失敗してしまうよ。不審な電話がかかってきた時点で、向こうは電話に応じない可能性がある。加えて、自分以外の未来人がいる可能性も警戒するだろう。なにより、一度は相打ちになっているんだ。直接会うしかない」

「そんなに都合よく近くにいますかね?」


 一番の問題はそこだ。

 だが、遠くにいるとはちょっと思えない。


「床次さん達は国家レベルの組織だ。そして、『ラビット』の奪取は緊急性が高いんだと思う」


 そうでなければ、強盗を装った奪取作戦なんて通らないだろう。


「組織で考えれば、当時迅速に動ける位置にいた人材を探してから四月三日にタイムリープさせたいはずだ。床次さんが送り込まれた未来人だとほぼ確定なら、近隣にいる可能性が高い」

「やや希望的観測ね。どちらにせよ、人海戦術で探し出すしかないわ」


 四人しかいないけどね。作戦の詳細を話せないから海空姉さんは除外して、俺を含めて三人だ。

 その時、春が困ったように切り出した。


「あの、床次って人、見たことないんですけど」


 ……あ、忘れてた。

 記憶を消された海空姉さんはもちろん、明華と春も床次さんを見たことがない。見てしまった世界線では記憶を消されるか、殺されてしまっている。


「海空姉さん、本家の監視カメラ映像を見たいんだけど、用意できる?」

「もちろんできるよ」


 海空姉さんがお手伝いさんに言って映像記録を持ってくる。

 客間のテレビで再生してみるが、夜なのもあってやや不鮮明であり、床次さんの背格好とおぼろげな顔しか分からない。


「これ、最終確認は巴先輩にお願いするしかないですね」

「匿名掲示板を利用して情報共有を図ろう。掲示板の話題に溶け込む様な符丁でやり取りする。情報の精度は下がるけど、発言者が俺たちなのか、一般人なのかが分からないようにすればチェシャ猫は発動しない」


 二人の情報を見ながら俺が最終確認して、チェシャ猫をけしかけるしかない。


「大筋は決まりね。詳細を詰めましょう」


 それから俺たちは二時間近く計画を詰め、いざ行動を開始という時、明華が疑問を呈した。


「そもそも、肝心の大塚さん達のスマホはどこにあるのよ?」

「あぁ、海空姉さんに渡したんだけど……」


 視線を受けた海空姉さんが首をかしげる。


「記憶が飛んでいるから、さっぱり分からない」


 だろうね。


「まぁ、大体予想がつくよ。ついてきて」

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