第31話 協力して掴む未来

 冬の北風に背中を押されて、マフラーに顎を埋める。

 メールで春に指定された待ち合わせ場所は駅近くの店。今や閉店して久しいその店は宮納さんが経営していた喫茶店だ。


「巴先輩! 年の瀬に呼び出してもちゃんと来てくれるのは嬉しいですね!」


 春がぴょんぴょん跳ねながら存在をアピールして手を振ってくる。あそこだけ冬の寒さが追いやられているんじゃないかというくらい元気溌剌だ。


「ところで、このお店ってもうずっと閉店なんですか?」

「一族で話し合い中。立地は良いし、来年中には誰かが改装してお店を始めるんじゃないかな」


 海空姉さんが記憶喪失だから話し合いが長引くかもしれないけど。

 春と並んで当てもなく歩き出す。


「それで、どうかした? こんな夜に呼び出して」

「このまま巴先輩と夜デートの流れも面白いですが、ちょっと悪いお知らせがありまして」

「悪い知らせ?」


 まぁ、予想は付くだけどね。

 案の定、春はスマホを取り出して画面を見せてきた。アプリ一覧の中の空白部分を指さして、深刻そうに告げる。


「実は、ここにあったタイムマシンアプリが突然消滅しました。もう過去に戻れなくなってます」

「つまり、いまの春は一般人?」

「一般人ですね。どこに出しても恥ずかしくない一般人の滅茶かわいい女子高生です。喫茶店の前ですが」

「茶を滅するな」


 軽口を叩きながらも、春は不安そうに画面を見る。


「この先の未来で何が起きても、過去に戻れないのって不安です」

「普通はやり直しなんて利かないんだから、今までが異常だったんだよ。春はどこまでの未来を見たことがあるんだ?」

「それがですね。最後に飛んだのが昨日なんです。今日は新鮮な今日なんですよ。もうすぐ日付が変わっちゃいますけど」

「新鮮な今日っていうのも聞かない言い回しだな」


 とりあえず、春もチェシャ猫を警戒する必要がなくなったらしい。

 ならば、やることは決まっている。


「春、実は俺も未来人だったんだ」

「なに言ってるんですか?」


 明華と同じ反応だ。そうでなければとっくにチェシャ猫に襲われているわけだから、ある意味未来人としては正しい反応。

 俺はスマホの画面にアプリ一覧を表示させて、もとは『ラビット』があった空欄部分を指さす。


「本来はここに『ラビット』があったんだ」

「……えっ」


 春がフリーズする冬の空。

 チェシャ猫に襲われたわけではなく、俺が未来人だったことに驚きを禁じ得ないらしい。


「巴先輩、未来情報を知っていたのにあんなに死んだんですか?」

「逆だよ。あんなに死んだ俺は『ラビット』を貰って、春が死なないように立ち回ったんだよ。詳しい経緯を説明すると――」


 始業式に海空姉さんから『ラビット』を貰ってからのいきさつを春の事件も夏の事件も踏まえて説明していくと、春も徐々に情報を整理できたのか真剣な顔で聞き入った。

 とくに夏の事件に関しては現場にいた春も知らないことが多いため、ちょくちょくと質問を差し挟みながら可能な限り全貌を解き明かす。

 あらかた聞き終えると、春は冬空を仰ぐ。


「なんだかもう、頭がパンクしそうなんですけど」

「ほぼ一年分の裏事情だからな。休憩を挟みたいところだけど、まだいま何が起きているかを話してないから聞いてくれ」

「いま、ですか。『ラビット』が消えたことと関係が?」

「大あり、というか、そのものだな。『ラビット』の開発者である海空姉さんを訪ねて本家に床次って人が来たんだ」


 この冬の事件。国により春が自殺し、明華がビルの屋上から転落し、本家に強盗が入り、さらには遊園地で待ち伏せされて殺されかけたことなどを、俺が体験した時系列順に話していく。

 春は険しい顔ですべてを聞き終えると、小さく頷いた。


「それで、どうやってハッピーエンドを目指すんですか? まずはみんなで作戦会議ですか?」

「春も躊躇しないんだな。また過去に戻れば、今度こそ死ぬかもしれないんだけど?」


 この一年、春も命がけだったはずだ。夏の肝試しでも一人で飛び出して情報を得ようとしたり、お調子者なのに度胸と覚悟は人一倍だが、それでも命をかけるのが怖くないはずはない。

 俺の質問に対して、春は冬空に拳を掲げた。


「正真正銘、みんなで力を合わせてってなんだか少年漫画的でいいじゃないですか。不肖、この迅堂春、助太刀しますよ。ほら、頼って、もっと頼ってくださいよ、ほら!」


 言動が軽い……。

 覚悟がないわけではないと思うけど、不安になる。


「いや、本当に命がけなんだって」

「知ってますよ」


 ふっと、春は笑う。

 数歩前に出た春は俺の前に回り込み、俺の顔を覗き込んできた。


「巴先輩、私は無力なお姫様じゃありません。誰かに負担を強いて進む未来に価値を見出せませんよ。記憶を失う前の松瀬さんは巴先輩だけじゃなく、私や笹篠先輩の力も当てにして、この状況を作ったはずです。なら、私は期待に応えます」


 言い切る春の目に宿る意志は強い。

 もともと、春は思い切りがいい。思い切りが良すぎて暴走することもあるが、命がけにも臆さない強さがある。

 管理小屋に火をつけられると知りながら、最終防衛ラインに設定して逆転の目を生かすために状況を整えるほど。


「疑って悪かった」

「分かればいいんですよ」


 得意そうに胸を張った春が俺に背を向けて歩き出す。


「さぁ、作戦会議ですよ。いいとこを見せて、松瀬さんに巴先輩との仲を認めてもらう一大チャンスです」

「微妙に下心を混ぜるなよ」


 締まらないなぁ。

 苦笑しつつ、俺は春と並んで松瀬本家へ向かった。

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