第33話 頼りになる弟

「――あった」


 本家二階にある物置。もとは海空姉さんの私室だったその部屋のクローゼットの奥にある板をはがすとアルミ缶の箱が出てきた。

 元々はクッキーが入っていたらしいそのアルミ缶を開けると、中に二つのスマホが納められていた。

 見覚えのあるそれは宮納さんと大塚さんのスマホだ。

 記憶を失った今となっては見覚えがないだろうスマホを見て、海空姉さんは笑う。


「流石は巴だ。ボクの隠し場所を知り尽くしている」

「子供の頃から部屋掃除をしてたしね。ところで――」


 スマホ入りアルミ缶を海空姉さんに渡しつつ、俺は部屋の隅でうなだれている明華と春に声をかける。


「何でダメージを負ってるんだ?」

「……積み重ねられた関係からの阿吽の呼吸、これがラスボスの風格」

「さらっと出てくる幼少期の思い出、これが幼馴染ですか……」

「生まれた時からの付き合いだからね。君たちと巴の交流なんて昨日今日みたいなものさ。一年分の記憶が無くなろうとも、ボクと巴の関係は変わらないんだよ。参ったか、ふふっ」


 得意そうにしている海空姉さんがアルミ缶を持って物置を出る。

 俺は二人の背中を押して廊下に出てもらい、物置の電気を消した。


「今年の記憶が無くなったら、自殺するんですよね……」

「私は多分、巴のことを白杉君呼びするでしょうね……」

「そうならずに済んでよかったじゃん」


 海空姉さんの先導で階下にある海空姉さんの部屋に赴く。

 初めて入る海空姉さんの部屋に興味津々の明華と春がラックの上に置かれた女装BLキャラクターフィギュアに顔を見合わせる。


「なんですか、これ?」

「巴に似てると思ってね。女装させてみた」

「なんてことしてんだよ。似てねぇよ」


 海空姉さんは部屋のパソコンを起動して、ケーブルでパソコンとスマホを繋ぎながら肩をすくめる。


「言動の方さ。ボクは外側にとらわれない乙女だからね」

「女装させてる点と矛盾しているわ」

「そっちは趣味だよ」

「趣味なら仕方がないわね」

「納得するとこ!?」


 ツッコミ入れるところだろ!?

 馬鹿な会話をしている間にも、海空姉さんは作業を進めていたらしい。パソコンの画面にスマホのロック画面が表示され、マクロツールが立ち上がる。

 これからロックを総当たりで調べて解除を試みるのだ。


「巴の話だと、このスマホの持ち主は恋愛のもつれで殺人事件まで起こしたんだったね?」

「丑の刻参りの女の犯行に見せかける念の入れようだったよ」


 俺の言葉に少し考えた海空姉さんは、マウスを動かす。


「語呂合わせから行こうかな――あ、一発だ」


 一発って……。

 ロックナンバーを見せてもらう。


「51556? それでなんで語呂合わせになるんだ?」

「51556、恋心。見知らぬ誰かのとはいえ、笑わない程度の分別はあるさ」


 海空姉さんはそう言って、ロックを解除したスマホの画面を俺たちに向けた。

 画面にはきちんと、『ラビット』のアイコンが表示されている。


「さぁ、誰から飛ぶんだい?」


 声をかけられて真っ先に進み出たのは明華だった。


「私が行くわ」

「行ってらっしゃい」


 明華にスマホが渡されるのを横目で見つつ、俺と春は一度海空姉さんの部屋を出る。過去に飛ぶ場面を見てしまうと、俺たちが過去に飛んだ時にチェシャ猫が発動するかもしれないので、念のためだ。

 部屋の中から明華と海空姉さんの話し声が聞こえたが、内容までは分からなかった。

 しばらくして、部屋の中から声が掛けられる。


「お次の方、どうぞー」


 海空姉さんの軽い声にこたえて、春が部屋の扉を開けて中に入っていく。


「迅堂春、いざ突撃ー」


 春もノリが軽い。

 苦笑しつつ、俺は庭を見る。

 次にこの十二月二十六日の空を見るのは約九か月後になる。

 こんな騒動とは無縁の楽しい年末になっているといいんだけど。


「巴、おいでー」

「はいはい」


 ドアノブに手をかける。

 以前から気になっていたことがある。

 未来人が去った後の世界はどうなるのか。


 扉を開けると、海空姉さんが俺にスマホを差し出していた。

 ちらりと横目を向けると、部屋のクッションに明華と春が座っている。

 二人は先に過去に飛んだはずだが、当然ながら肉体が消失するなんてことはないらしい。

 無言で手を振って見送ってくれる二人に片手で応じて、俺は海空姉さんからスマホを受け取った。


 この後、この世界に取り残される俺の意識と、過去に飛ぶ意識に分かれるのだろう。つまり、失敗した世界が消えることはない。

 なかったことにはできないのだ。俺が死んだ世界も、明華が死んだ世界も、春が死んだ世界も、おそらくは海空姉さんが死んだ世界も確かに存在する。

 その積み重ねの先にいる俺たちが最高の未来を手に入れる。

 未来がいくら変化するとしても、俺たち未来人が最高の未来にたどり着けない道理はない。


「……巴」


 海空姉さんが一歩、俺に近づいてくる。


「ボクは君の頼れるお姉さんだけど、君はボクの頼りになる弟だってことを覚えておくといい。ボクを問答無用でしたがわせる魔法の言葉だ」

「あぁ、頼りにされてくるよ」


 そして、みんなを頼ってくる。

 大塚さんのスマホに表示された『ラビット』が無機質に告げる。


『――ロールバックを行います』

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