第24話 狩られる兎

 床次刑事が握る拳銃がこちらに向いているのを認識した瞬間、俺は反射的に動いていた。

 床次刑事が一瞬、視線を険しくした後、苦々しい顔をする。


「……普通、身を挺して庇うかね」


 倒れて意識のない明華と春の前に仁王立ちする俺に、床次刑事が呟いた。

 万が一にも、二人に銃弾が当たらないようにするには俺という的を大きく見せる必要がある。

 なにより、問答無用で撃ってこないということは、対話に応じてくれるはずだ。

 俺は乾いた喉の調子を深呼吸の振りで確かめて、口を開く。


「庇います。あなたには、この二人を殺す理由がない。なぜなら、もう目的は達成しているから。でも、俺に関しては殺す以外の選択肢がない。だから銃を構えている」


 まずは情報の確認だ。

 状況は詰んでいる。


 ここに床次刑事がいる時点で、俺たち三人が未来人だと半ば確信しているはずだ。

 加えて、松瀬本家に強盗が入る。つまり、ここで時間を稼ぐだけで兎狩りこと床次刑事は無条件勝利だ。


 床次刑事がここにいるのは、『ラビット』を知る者を全て始末するためだとすれば、チェシャ猫で記憶を失った明華と春を殺す理由はない。

 だが、チェシャ猫で始末できない俺だけは、何らかの形で殺すしかない。

 床次刑事が銃口をこちらに向けたまま、眉をひそめる。


「そこまで分かってるなら、銃を奪うとか考えないかい?」


 当然考えた。だが、無意味だ。


「あなた方は組織で動いている。あなただけから銃を奪っても意味がない」


 どうせ、この周辺には俺を狙っている床次刑事の部下や同僚がいるはずだ。組織なら、たった一人のミスで瓦解するような杜撰な計画は立てない。

 少なくとも、松瀬家ならそうだ。

 同時に、床次刑事がここで姿を現したことにも理由がある。


「あなたがこうしてわざわざ前に出てきたということは、俺を人目につかない場所で殺したいからでしょう? これ見よがしに銃を構えているのもここから逃げ出してくれた方が処理しやすいからじゃないですか?」


 周辺から人払いをしてあるとはいえ、ここは遊園地だ。銃声を聞かれかねない。

 兎狩りが『ラビット』の存在をひた隠しにしたいのなら、俺を殺すのも内密に行いたいはずだ。

 俺の推測は正しかったらしく、床次刑事は深いため息をついた。


「……頭の回転が早すぎないか。その様子だと、こちらの目的も筒抜けみたいだな。これだから未来人は」

「あなたも未来人でしょう? それも、俺と同じタイプ」


 核心的な質問を飛ばす。


 床次刑事が組織として動いているのなら、この遊園地に人員を配置し、人払いまで行って俺個人を殺す正当な理由がある。

 まだ、松瀬本家への強盗も行われていない状況で組織を動かすのなら、俺が未来人であるという確信が必要なはずだ。

 その確信を得ても、チェシャ猫に襲われていないのなら、床次刑事は一般人か、俺と同じく未来人の存在を知る未来人だと考えられる。


 床次刑事は答えなかった。

 しかし、その苦々しい顔は俺の予想の正しさを裏付けている。

 床次刑事が未来人なら、この状況を覆して俺が助かる見込みは一切ない。

 やはり、詰んでいる。


 だとしても、諦めてはならないことがある。

 俺は床次刑事に声をかける。


「抵抗はしません。場所を移して、俺を殺してもらって結構です。ですが、代わりに迅堂春への伝言を頼みたいです。お願いします!」


 頭を下げる。

 チェシャ猫に襲われて記憶を失った春は、まず間違いなく自殺してしまう。

 笹篠については分からないが、一年分の記憶を失って平静でいられるとは思えない。

 だからこそ、この伝言だけは残しておかなくてはいけない。


「一学年上の笹篠と仲良くなれるはずだと、そう伝えてもらえませんか?」


 俺を争奪する恋敵でさえなければ、あの二人は障害もなく仲良くなれるはずだ。

 同じ、一年分の記憶を失った者同士ならばなおのこと、支え合ってほしい。

 床次刑事がちらりと、倒れている明華と春を見た後、俺に向かってしっかりと頷いた。


「……君の望む未来になる保証はできないが、伝えておこう。まったく、嫌な仕事だ」


 吐き捨てるように、床次刑事は仕事への不満を漏らした。それでも銃口を俺に向けたまま、続ける。


「念のため、君のスマホを預からせてほしい。ロックも解除してくれ」


 まぁ、そうなるか。

 この状況で俺が過去に戻って対策を打つのが、床次刑事たちにとって最悪の展開だ。未来人は起死回生の一手になりうる存在なのだから。

 変にもたつけば、問答無用で俺を撃ち殺すだろう。


 俺は片手をポケットに入れて、スマホを取り出す。画面を床次刑事に向けることでロックがかかっていることを証明してから、片手でロックの解除をして、床次刑事に見せた。

 画面を見た床次刑事が頷く。


「それでいい。こちらに投げてくれ。スマホが壊れても構わないから、届くように投げるんだ」


 床次刑事の指示に従ってスマホを投げようとした――その瞬間、スマホの画面が切り替わる。


『ヒャッハー、ラビットちゃんが今、光り輝く!』


 それはあまりにも唐突な、しかし不意打ちで判断を鈍らせるには最適な、場にそぐわない明るいセリフ。

 俺と床次刑事、判断が遅れた数瞬の後、床次刑事が先に動く。


「奪取組がしくじったか!?」


 床次刑事が目を見開き、拳銃の引き金を引こうとする。

 明らかに、床次刑事は焦っている。銃口がわずかにぶれたのを見た俺は、両腕を広げた。

 ――明華と春に当たるのだけは阻止する!


「……っ!」


 引き金に指をかけていた床次刑事が、俺を見て目を見開き、わずかに怯んだその直後、『ラビット』が無機質に引き分けを宣言した。


『――ロールバックを開始します』

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