第23話 三つ巴遊園地デート
ファミレスで時間を調整した後、遊園地に向かった。
読み通り、入場ゲート前に人はまばらになっている。中はそれなりに混雑しているだろうけど、先に入っても同じ結果だろう。
「人混みに揉まれることもなさそうだし、ゆっくり見て回れるな」
観覧車は動いているみたいだけど、ジェットコースターなどの一部のアトラクションは停止しているらしい。局所的に混んでいるところがありそうだ。
園内マップを眺めてルートを考えようとした時、明華と春に腕を取られた。
「内部構造は把握済みよ。なにしろみら――」
「混み具合はリサーチしました。みら――」
「観覧車は最後にしような!」
同時に未来人暴露をかまそうとした二人を制する。
チェシャ猫を同時に二匹召喚しようとは、なんとも恐ろしい。
俺、イルミネーションを楽しむ余裕があるといいんだけど。
「まずはお化け屋敷です!」
「賛成よ。カップルでの入場時にだけ特殊演出があるの。一緒に入りましょう?」
「待ってください。笹篠先輩は一人で後から入ってくださいよ!」
「はぁ? 先輩を立てようって気はないのかしら?」
「その演出って、カップルチケットで遊園地に入らないと無理っぽいぞ?」
少し割高なカップルチケットは購入するとペアのリストバンドをもらえる。それによって一部アトラクションへの入場時に演出が変わると、パンフレットに書いてあった。
「……こういう時、巴は目端が利くわよね」
「せっかく口にしないようにしてたんですけどね」
「確信犯かよ!」
「当然よ。巴と一緒に暗い屋内アトラクションなんて絶好のチャンスなんだから」
「そこは利害が一致していたので、お互いに言及しなかったんですよね」
明華と春が顔を見合わせて肩をすくめる。
「口に出さずとも通じ合ってるじゃん……」
仲いいだろ、絶対。
俺が知らないところで情報戦を繰り広げていた二人が、なぜチェシャ猫に襲われないのか本当に謎だ。
「三人でお化け屋敷に入るか」
お化け屋敷でイルミネーションってなんだろうな。顔の下から光を当てるとか?
「ネタバレは禁止なので、行きましょうか。巴先輩が怖がってくれたらいいんですけど」
「なぜ俺?」
もしかして、二人とも未来から戻って来て、お化け屋敷の中身がどうなっているのか知ってる?
お化け屋敷の前はガラガラだった。開店休業状態だ。
この寒いのに、お化け屋敷に入ろうとはなかなか思わないだろうから、当然ではある。
三人組で中に入るとどろどろと不協和音に彩られたBGMに包まれる。
狭い通路を三人で歩こうとすると自然と肩が触れ合う。明華も春も譲ろうとはしないし、俺が歩幅を緩めて二人を先に行かせようとしても隣にいたがるので並んで歩くしかない。
というか、夏の肝試しの方が怖かった。あの時は本当に命がかかっていたからな。
「狭いので密着するしかないですね!」
「歩きにくい」
「それは暗いからよ」
いや、二人が腕に抱き着いてくるからなんだけど。
各所に設置されているおどろおどろしいオブジェを横目に歩き、後ろからついてくるヒタヒタという足音に振り返り、間近に迫っていた長い黒髪のカツラを被った女性に挨拶して、作り物の井戸を覗き込む。
怖くはないけど、それなりに楽しいな。遊園地だけあって、作り物でも金がかかっているのが分かる。
「巴先輩、笑う場所ではないと思います……」
「ねぇ巴、楽しみ方が間違っているわよ」
「なんか余計なところが目についちゃってさ。ほら、あそこの茂みなんだけど、造花の類じゃなくてちゃんと生きている紫陽花を使ってる。管理が面倒だろうに、こういうところで手を抜かないのっていいよな」
「やっぱり、楽しみ方を間違えてるわよ」
わかってはいるんだけどね。遊園地側の職人魂的なものを感じるとさ。
お化け屋敷の中を一周して出口が見えてくる。
出口を出た瞬間、寒風が吹き抜けた。
「――寒っ!」
あまり気にしていなかったが、お化け屋敷の中は薄っすらと暖房が効いていたらしい。
白い息を吐きだして、お化け屋敷の暗さに慣れた目で周囲を見回す。
同じように辺りを見回した明華と春が景色に見惚れてため息をついた。
「……綺麗ですね」
「……お化け屋敷に入ったのは正解だったわね」
暗さに慣れた目にイルミネーションの煌びやかさが豪華に映る。
狙っていたわけではなかったが、お化け屋敷に入るのは結果的に正解だった。
――だが、俺は別のことが気になった。
「人が居ない……?」
周囲のイルミネーションを観察できるほど人が居ない。まばらなのではなく、いないのだ。
お化け屋敷の裏手に当たるこの出口は遊園地の敷地の外れにある。お化け屋敷から出てこない限りはあまり用がない場所だが、イルミネーションを見物する客にとっては関係がない。
事実、ここからの眺めは良い。少し高台になっていることもあって、園内を見渡しやすい。
見物客が居ないのはおかしい。
「巴、観覧車の方は行列があるわよ」
明華に指摘されて、俺は観覧車を見る。ゆっくりと回る観覧車の前に行列ができていた。
園内に人が居なくなったわけではないのか。
「お化け屋敷に入っている間にイベントの告知があったのかもしれないわね」
「冬の花火とかですかね。今、八時三十五分なので、告知ならもう一回ありそうですけど」
春が首を傾げつつスマホを確認する。
おかしい。
明華も春も未来人。イベントの告知を知らないはずがない。
「イベントがあるなら、観覧車の方へ行ってみよう」
二人の手を取ってその場を離れようとしたその瞬間、明華と春がはっとした様子で俺を見て、逆に俺の手を握った。
「巴先輩、松瀬さんの家に強盗が――」
「巴、松瀬さんの家に強盗が入って――」
――は?
最後まで言い切る前に、二人が顔を見合わせる。
冬の冷たい空気が体を刺す。
明華と春が同時に崩れ落ちそうになるのを、俺はすぐさま手を引いてバランスを取り、ゆっくり地面に寝かせた。
頭がショートしたように何の考えも浮かばない。
「――っ!」
怒りに任せて地面を殴りつけて、その痛みで正気に返る。
こんなことをしている場合じゃない。
何が起きた?
明華と春が同時に未来から戻ってきた。
同時に未来に起こる事件を口にして、同時に互いが未来人だと確証を得て、同時にチェシャ猫が発動して、同時に昏倒した。
「なんだよ、いきなり……!」
昏倒する寸前、二人は何を言いかけた?
松瀬本家に強盗が入る?
二人が戻ってきたということは、この時間にはまだ強盗が入っていない。
ならば、まずは海空姉さんに連絡するべき――
ポケットのスマホに手を伸ばし掛けた時、ちらりと、脳裏を嫌な想像が走った。
松瀬本家に強盗が入るなんて、できすぎている。
強盗が兎狩りだとしたら、腑に落ちる。
兎狩りは未来人の存在を知っている未来人であると仮定したら、松瀬本家への襲撃を妨害する邪魔者を排除しに来る。
例えば、そう――人払いをした遊園地の片隅とか。
慌てて立ち上がって周囲をつぶさに観察しようとした時、敷地隅の茂みから声がした。
「――電話をしないのかい?」
茂みから歩み出てきたのは一人の男性。
その男、床次刑事の手には――拳銃が握られていた。
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