第22話 両親との初顔合わせって緊張するよね
クリスマスから一夜明けて、俺は迅堂家を訪ねていた。
ちょうど玄関のイルミネーションを撤去していた迅堂の父が俺に気付いて眉を寄せる。
「君は確か……我が宿敵!」
筋肉を見せつけて威圧してくる迅堂父の様子からして、春はまだ無事らしい。
「むむむっこの筋肉威圧を受けて立っていられるとは、できるな、貴様!」
「できないことをできるようにするべく、精進する毎日です」
「中々に冷静な返答! 迅堂家に付き合う資質は十分というわけだな!」
もしかして、家族全員がこのノリか?
いや、迅堂母はまともだった気がする。というか、この人も春が自殺した世界線で顔を合わせた時はもっと理知的な印象だったんだけど。
「それで我が娘に何の用だ。いや、みなまで言うな。何の用であろうとも、この私を倒してからに――」
「巴先輩、いま行くのでそこの変質者は無視してオッケーです!」
春が家の二階から俺に声をかけてくる。
迅堂父がポージングを変えながらニカリと笑う。
「娘と仲良くしてくれてありがとう! 私の後を継いで娘を守る次の変質者は君だ!」
「風評被害も甚だしい!」
「安心した! これで私は真人間になれる!」
「話を進めないで!?」
ボケとツッコミの応酬をしつつ、玄関のイルミネーションの撤去を手伝う。
「手慣れているね?」
「実家が造園業をやっていまして、たまに手伝っているうちに自然と慣れました」
「ほぉ、白杉造園かな?」
「はい、そうです」
世間話をしていると、家から春が出てきた。もこもこの白いコートを羽織っている。
「遊園地で輝かしい青春が待っていますよ!」
「それじゃあ、行こうか」
「気を付けて行っておいで。変質者らしく振舞うんだぞ」
「捕まりますよ?」
迅堂父と見送りに出てきた迅堂母に軽く挨拶してから、俺は春と一緒に明華の家に向かった。
笹篠が住むマンションもイルミネーションの撤去作業中だった。
笹篠父が俺を見て片手を上げる。
「こんにちは。白杉巴君だね?」
「こんにちは。白杉巴です。こっちは後輩の迅堂です」
「迅堂春です!」
笹篠父は俺と春を見比べてから、俺に顔を近付けた。
「単刀直入に聞こうか。娘とはどういう関係だ?」
「クラスメイトで仲のいい友人です」
「そうか、そうか――嘘は良くないよ、君」
ギラリと目を光らせた笹篠父がにらみを利かせてくる。
いつだったか、明華は言っていた。俺が笹篠父に出会うと半殺しにされると。
……ヘルプミー。
「毎日嬉しそうに君のことを話す娘が、昨夜はそれはもう飛び切りの笑顔でね。何かがあったに違いないが、恥ずかしいからと話してくれないんだ」
笹篠父が俺の両肩を掴む。逃がさないという意思の表れだろうが、そこまで力が入っていない。
冗談なのか本気なのか、いまいち判断に迷う。
「娘とどんな恥ずかしいことをしたのかね?」
「名前で呼び合うことになりました」
「……えっ、それだけ?」
「現場にはこの迅堂春もいましたよ!」
ナイスフォローだ!
「そもそも、巴先輩は名前で呼びあうまでに一年かかるほど奥手です。そう簡単に一線を越えられるなら、夏の時点で私と既成事実を作ってますよ」
「ふむ、それはそれで興味のある情報だな」
「詳細は省きますが、この迅堂春、巴先輩とは熱い夜を過ごした仲でして」
「春、どさくさ紛れに外堀を埋めるな。ただ管理小屋に火を放たれただけだろうが!」
「ううん? 放火はただ事ではないはずだが?」
あぁ、ややこしい!
話がこじれていきそうなその時、マンションのエントランスホールから女神が降臨した。
「人の彼氏最有力候補に何ガンつけてるのよ?」
「おぉ、明華! そんなにめかしこんでどうしたんだい? 家族で出かける予定はなかったけど、明華の頼みならパパはどこにでも行けるよ!」
「巴と迅堂さんの三人で遊園地に行くのよ。パパはママに構ってもらいなさい」
「はっはっは、パパはちょっと巴君と出かける予定ができてしまったよ!」
「キャンセルね。私が巴といくわ。迅堂さんなら貸してあげるけど?」
「さりげなくこの迅堂春を排除しようったってそうはいきませんよ!?」
春が食って掛かり、明華が飄々と受け流す。
明華の後から出てきた笹篠母が笹篠父の腕を掴んでマンションの中に引きずり込んだ。
「楽しんでらっしゃい」
「ありがとう」
「行ってきまーす」
明華と春が颯爽と歩きだす。俺は笹篠の両親に軽く頭を下げた。
「お騒がしました」
色んな人が住んでいるマンションの前で何を騒いでるのかって話だ。
明華と春に追いついて、並んで歩きだす。最初は明華を挟むようにして歩いていたはずが、春が巧みな足捌きで回り込んできて俺の横に並んだ。
「やっぱり巴先輩の横が一番落ち着きますね」
「私も迅堂さんが横に居たら落ち着かないから、これが二番目にいいかもしれないわね。迅堂さんがいないのが一番だけど」
「笹篠先輩がいるので三番目ですね!」
「さっき一番と言ったわよね?」
「ぐぬぬ」
言質を取られてるからなぁ。
形勢悪しとみた春が話題を変える。
「イルミネーションの開始はあと一時間後くらいですかね?」
「ちょっと時間があるよな。イルミネーションの開始直後は入場ゲートも混むって話だし」
「ネットで調べたんですけど、一時間もすると入場ゲートの混雑は解消されるそうですよ」
となると、二時間後に行くのがちょうどいいか。
現在時刻は午後六時。イルミネーションを見ることは家族に言ってあるから多少遅くなっても大丈夫だけど、悩むな。
「早めの夕食をファミレスで食べてから行くのはどうかしら?」
「笹篠先輩にしては珍しくいいこと言いましたね」
「じゃあ、駅前のファミレスに行くか」
商店街で使える食事券もあるんだけど、この時間に行くと近所のおじさんおばさんに捕まって長居する羽目になる。
前後の通行人や自転車に注意するふりして床次刑事をはじめとした不審な影がないかをチェックしておく。
警戒する俺に気付かず、明華と春は俺を挟んで言葉を交わす。
「せっかくのイルミネーションなのに、待機時間で疲れて楽しめないのは嫌だもの。あなたもでしょう?」
「同感です。寒い中で立ちっぱなしは堪えますから。あ、カイロの予備があるので欲しい時は言ってくださいよ。巴先輩は耳元で囁くように、笹篠先輩は両膝をついて頭を垂れて言ってください」
「自販機で冷たい飲み物を買って迅堂さんの首に当ててやるわ」
「地味に効く報復ですね。分かりましたよ、素直に渡してあげますよ」
そこで折れるんだ。
冬の夜道を賑やかに、三人で歩いていく。
駅前は明るく、人通りもそれなりにあった。
「遊園地の駅までは行こうか。ここだと知り合いに出くわしそうだし」
「同感ね。これ以上にお邪魔虫が増えるのは避けないと」
「笹篠先輩、自虐ネタですか?」
「迅堂さんのことよ」
「二人とも、仲良くしようよ。名前呼びから始めてみたら?」
「いやよ」
「いやです」
二人は即座に拒否して互いに顔をそむけた。
強情だな。
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