第21話 追加情報

 迅堂と笹篠を家に送り届け、クリスマスプレゼントを交換した俺は松瀬本家へ歩いていた。

 日は暮れて、街灯が通りを照らしている。冬の冷たい空気は澄んでいて、吐きだした息が白く濁った。


『クリスマスデートはお楽しみですか、ご主人?』

「二股男のレッテルを張られながらも水族館に行ってきたよ」


 スマホに表示された『ラビット』と会話する。

 耳に当てて通話の振りをしているが、もしも国に監視されていたらアウトだ。


 それでも対応せざるを得ないのは、海空姉さんがラブコメ作戦はおろか、連続自殺事件が起きていることすら知らないからである。まぁ、笹篠と迅堂も知らないようだけど。

 海空姉さんの話では、連続自殺は秋に起きているらしいから無理もない。笹篠と迅堂の水族館での振る舞いも、連続自殺事件のフラグを立てずに済んだのだと楽観的に考えているからだろう。


 チェシャ猫がなければ全部暴露できるのに、もどかしくて仕方がない。

 思えば、俺一人で対応するのって今回が初めてなんじゃないか?

 春は笹篠が、夏には迅堂が独自に動いていた。順番的に、海空姉さんの番のはずだけど。


『おっ、雪が降ってきましたぜ! これでラビットちゃんも雪兎モード解禁じゃい。見てみて、白無垢なラビットちゃんだぞ! ご主人様色に染めておくれ!』


 海空姉さんが操る『ラビット』の言動がこれである。

 頼れるお姉さんを自称しているのに、暢気なものだ。


「この雪の中でバニーガール姿の根性入った変態はちょっと……」

『あぁ? やんのか? ラビットちゃんの正装を馬鹿にするってことは宣戦布告か、こにゃろご主人』

「怒りの沸点が分からない!?」


 『ラビット』がちっちっちと舌を鳴らす。


『ご主人は分かってない。実に分かってない。何が分かってないってラビットちゃんにも分からない』

「理不尽な怒りすぎる」

『だがしかし、ラビットちゃんは怒り心頭である! 滅却してやる!』

「怒りの方を滅却しなよ」

『ちょっと雪で頭を冷やしませう。ところでご主人、松瀬本家に向かう途中?』

「そうだよ」


 まっすぐに松瀬本家に向かっている。海空姉さん用のクリスマスプレゼントもカバンの中に入れてあるから、寄り道する理由が――ないこともないな。


『ご主人、我が敬愛する母君にご連絡すればいいと思うんだぜ』

「まぁ、そういうなら電話しようかな」


 珍しく俺の手で『ラビット』をスリープモードに移行し、海空姉さんに電話をかける。


「海空姉さん? 何かお使いとかある?」

『ちょうどよかった。忘年会用にお酒を予約してほしいんだ』


 やっぱりか。

 このタイミングで連絡が来るのを忘れていた。前の世界線ではこの電話のおかげで床次刑事に『ラビット』を見られないですんだ。


『銘柄はメールで送る。代金は松瀬本家につけておいて。酒屋はわかるよね?』

「いつものところでしょ? 電話で済ませればいいのに」

『顔を出すことで繋ぎ続ける縁もあるのさ』


 変なところで古風だなぁ。

 通話を切り、メールに書かれた銘柄を見る。ちゃんとルビが降ってあった。

 バイト先で覚えた銘柄がちらほらと。多分、迅堂も読めるだろうな。

 酒の味なんて知らないのに、名前だけ覚えてもしょうがない。バイトで役に立つから無駄でもないのかな。


 酒屋に顔を出して注文し、翌日の配達を頼んで松瀬本家へ。

 うっすらと雪化粧が施された広い庭を横目に海空姉さんの部屋に向かう。


「海空姉さん、巴だけど」

「入りなさい」


 凛とした声に促されて、俺は海空姉さんの部屋に入る。

 真冬だけあって流石に冷房は効いていないけど、やっぱり寒い部屋だ。むしろ、いつもより寒い気がする。

 パソコンの前に座って何かの資料をまとめていた海空姉さんが俺を見る。


「巴、今日はどう過ごしたのかな?」


 ……この質問は、まさか海空姉さんも戻って来てる?


「クラスで焼き肉を食べていたけど、途中で抜け出した。その後、笹篠と迅堂の二人と一緒に水族館に行って、クラゲのイルミネーションが始まる前に出て、二人を送り届けて、クリスマスプレゼントを交換して、ここに来たよ」

「そうか」


 海空姉さんはパソコンの画面隅にある時計で時間を確認すると、小さく頷いた。


「巴、ボクは未来から戻ってきた。迅堂さんと巴が相次いで自殺したからだ」


 今日を乗り切っただけじゃダメか。まぁ、相手が国なら一日二日でマークが外れるとは思ってなかったけど。


「明日、巴は笹篠さんと迅堂さんの二人とイルミネーションを見に行く予定があるね?」

「遊園地のやつだね。自殺のタイミングは?」

「迅堂さんが明日の午後。巴との合流前に連絡がつかなくなり、自宅に行くと首を吊っていたそうだ。巴はその二日後、自宅に火を放って自室で焼死した」

「殺されてる?」

「おそらくはね。それも、相手は国だろう。夏の事件を嗅ぎまわる警察の件もある。……絶対に許せない」


 怒りを滲ませた声で呟いて、海空姉さんはパソコンを見る。


「情報共有は以上だよ。そこで、提案だ。巴は明日、迅堂さんを迎えに行くといい。その後、笹篠さんを交えてラブコメをするんだ」

「ラブコメか。分かったよ」

「……妙に物分かりがいいね?」


 海空姉さんがキョトンとした顔で俺を見る。

 そりゃあ、前の世界線で全く同じ作戦を提案されてますし。


「それより、海空姉さんは大丈夫なの?」


 明華や春が『ラビット』を所持しているのは俺と海空姉さんの間で公然の秘密だが、口に出すのは危険なので曖昧な聞き方になってしまう。

 本当に、チェシャ猫は情報共有の邪魔だ。

 こんな曖昧な聞き方でも俺が聞きたいことを正確に把握してくれるのは、幼馴染の海空姉さんだけだろう。


「明日は竹池家が旅館の再建計画を話し合いに来る。その時に、庭の片付けや忘年会の手伝いにかこつけて本家に何人か泊まってもらうつもりだよ」


 国としても目撃者は少ない方がいいし、大事にはしたくないだろうから、本家に人が集まっていれば手出しされないか。

 元々、明華か春が死なない限り海空姉さんについてはフラグが立たない様子だし、俺はラブコメ作戦に注力しよう。


「何かあったら連絡してね」

「巴こそ、何かあったら連絡するんだよ? それより、そろそろクリスマスプレゼントが欲しいんだけど」


 上目遣いで頼まれて、俺はカバンを開いた。


「忘れるところだった」

「忘れてもらっては困るよ。新品のひざ掛けを堪能できるよう、いつもより室温設定を低めにしていたからいい加減辛いんだ」

「クリスマスプレゼントに体を張りすぎだ!」


 未来を改変しに来た未来人のくせして、なんで未来の出来事優先で予定を立ててるんだよ、この人!

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