第20話 水族館ダブル? デート!
クラゲのイルミネーション前の水族館はそれほど混んでいなかった。
どうやら、イルミネーションの開始前に一度閉館するらしい。クラゲだけが目的なら今から水族館に入る意味がないということだろう。
笹篠と迅堂の二人と並んで中に入る。
「水族館なんて五年ぶりですよ。あの頃は若かったですねぇ」
「マグロって最長で三十年生きるらしいわよ」
「つまり、私たちの方がはるかに若いんですね」
水槽の向こうを見て、笹篠と迅堂は感心したような顔をする。
「泳ぎ続けないと呼吸ができないってことは、三十年間休まず泳ぐんですね」
「高校生活三年間の勉強で音を上げてはいけないわね」
来年受験生だから勉強大変だなとか思っていたけど、マグロよりか楽な生かもしれない。
ちなみに、目の前にあるのはマグロの水槽ではない。
「ずっと泳いでいるわけですけど、体脂肪率高めですよね」
「運動だけでは痩せないという典型例かしら」
「クリスマスケーキ、食べ過ぎました」
「お互い、腕によりをかけ過ぎたわ」
マグロで反省するんだ……。
水槽に泳いでもいないマグロ相手にいろいろと学び過ぎではないだろうか。
「ところで、クリスマスの後はお正月。やっぱりおせち料理だと思うのよ」
「受けて立ちますよ?」
笹篠と迅堂がにらみ合う。
反省は生かされない。いつだって、反省は短命なのだ。
俺はテングハギというらしい小さな角がある魚と見つめ合う。
のんびり泳いでいる魚を見ると落ち着くなぁ。
ラブコメの渦中にある俺を癒してくれる。
「――白杉、聞いてる?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「しっかりしなさいよ」
不満そうな笹篠に平謝りする。
「なんの話?」
「お正月の巫女バイトで私と迅堂さんのどちらが似合っているかを評価して、高評価の方の家に行っておせちを食べるのよ」
「巫女さんにお持ち帰りされるとか、罰が当たりそうなんだけど」
新年早々にそんな罰当たりなことはしたくない。せっかく、今年は盛大な忘年会で厄落としをする予定なのに。
「お待ち帰りしてくれてもいいんですよ? そのまま先輩の親戚一同にご紹介してもらう流れで!」
「持ち帰っても罰が当たるんだけど」
「巫女さんを持ち帰るんですよ? むしろ福が迅堂春とともにやってきます!」
「迎春ね」
笹篠が迅堂のアシストをした!?
笹篠自身は思い付きをただ口にしただけだったらしく、何を口走ったかに気付いたのか悔しそうに水槽を見た。
「乗せられた……」
「これは、迅堂春の流れが来ているのでは……?」
「まだ冬よ」
というか、笹篠が乗せられるなんて珍しい。
……あ、そっか。
水族館だもんな。
納得すると同時に、笹篠と目が合った。
流れ的には自然にラブコメに持ち込めるのだが、打算抜きに俺は自然と口を開いていた。
「春といえばさ、名前で呼び合わない?」
「えっ」
笹篠が面食らったような顔をする。
俺から切り出すのはそんなに意外か。意外だろうなぁ。
「で、どう、め、明華?」
うわぁ、慣れねぇ!
前回も名前で呼び合ったのは数回だからなおさらだ。
笹篠明華がにやけそうになった口を押さえて慌てた様子で水槽を見た。
「い、いいわよ! 巴!」
恥ずかしいやら照れ臭いやら、早めに迅堂の方に話題を逸らしてしまおう。
「それで、春はどう?」
迅堂春に声をかけると、顔を真っ赤にして硬直していた。
「……大丈夫か?」
「うっ、ちょっとお待ちになってください!」
いきなりお嬢様口調でタンマをかけて顔を覆った春がうつむく。
笹篠がニヤニヤ笑って春の背中を撫でた。
「意外と打たれ弱かったのね」
「だって、完全に不意打ちですよ。照れながら名前呼びとかもう……うへへ」
その笑い方をするなら人前では呼ばない方がいいな。
「巴先輩、巴さん、どっちがいいですか? やっぱり、後輩属性はアピールポイントなので巴先輩が良いと思うんですけど」
「呼びやすい方でいいけど、先輩付きの方がいいな。反応しやすい」
巴さんだと親戚の中で呼ぶ人いるし。
「同級生だとこういう時に属性アピールできないのよね」
「そこは悩むところじゃないと思うな」
話しながら水槽から水槽へと渡り歩き、お土産屋はスルーして三人で水族館を出る。
クラゲのイルミネーションを見に行く人々の群れとすれ違いながら、駅へ向かう。
「クリスマスプレゼントはそれぞれの家の前で渡すよ」
「そうね。私もその時に渡すわ」
「ちょい待ちです。デパートに寄ってもいいですか?」
「迅堂さん、クリスマスプレゼントを買い忘れてたの?」
「バイトで時間がなくて、今日友達と別れたら買いに行くつもりだったんですよ!」
そのデパートでチェシャ猫に襲われる可能性が高いからできれば避けたいんだけど、前回の世界線では二人で行っても無事だった。
ラブコメ作戦中の今ならなおさら、襲われる可能性は低い。
駅に到着して三人で電車に乗り込む。それなりに混んでいたが、車両の端に陣取ればあまり気にならなかった。
電車を降り、デパートに到着して、買い物を済ませても不審な影は現れなかった。
警戒は緩めないが、作戦が成功した感触がある。
ラブコメ作戦なんて冗談みたいな作戦が成功するのはなんだか拍子抜けである。
「巴先輩、明日は遊園地でイルミネーションを見に行きましょうよ。今日は見れませんでしたし」
「そうだな。行くか」
「私も行くわよ」
「笹篠先輩は自宅待機でどうぞ」
「おこちゃまこそ、イルミネーションが始まる時間まで外を歩くのは感心しないわ」
「一歳しか違いませんよ!」
「俺を挟んで喧嘩するのはやめよう?」
凄くラブコメっぽいけど、俺の胃が痛い。後、通行人の視線が痛い。
「来年は受験で忙しくなるの。早く巴を落とさないといけないのよ!」
「そうはいきませんよ。時間を有効活用する点においてこの迅堂春を凌ぐ者など存在しません。見事に遅滞戦術をかまして笹篠先輩をタイムアップに追い込んでやりますからね」
「私こそ、時間を有効活用して無数の選択肢から正解を選び取れるわ。迅堂さんと違って未来――」
「そういえば、二人はお互いを名前で呼ばないのか?」
「よっ、呼ばないわよ!」
「そうですよ! ライバルですよ!」
「なんだかんだで仲がいいと思うけど?」
呼べばいいのに。
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