第14話 合流

 喧噪に包まれて、俺は駅の雑踏の中に立ち尽くしていた。

 邪魔そうに俺を見て横から抜いていくスーツの男性に軽く頭を下げて、俺は素早く周囲を見回す。

 いつだ? どこだ?

 イルミネーションに輝く駅前だ。クリスマス当日の午後か。


「――どうする? ダブルデート行く?」


 横から声をかけられて、俺は顔を向ける。

 笹篠と、番匠と大野さんがいた。

 焼肉屋から抜け出した後か。


「番匠君、二人きりで行きなさい」

「あ、邪魔されたくない感じ?」

「邪魔したくもないの」

「ありがとう。明華たちはどうするの?」


 大野さんに聞かれて、笹篠は俺の手を取った。


「せっかく独り占めできるんだから、当然デートに行くわ」

「笹篠、悪いけど、用事があるんだ」


 誘いを断ると、目を白黒させた笹篠が首を傾げた。


「家族サービス?」

「ちょっと別件。本当にごめん」

「まぁ、約束していたわけでもないから別にいいんだけど」


 そう言いながらも残念そうな笹篠に申し訳なく思いつつ、俺は三人と別れて歩き出す。


 笹篠とクラゲを見に行きたいのは山々だけど、現状では迅堂の方が緊急性が高い。

 スマホを取り出して時刻を確認する。午後三時過ぎだ。

 この時間なら、迅堂はクラスメイトと出歩いているはず。

 前の世界線で迅堂からの電話が来たのは陽が落ちて雪がちらつき始めたころだった。まだ無事なはずだ。

 上手く合流して、チェシャ猫を回避しながら家に送り届ける。問題は、チェシャ猫の発動原因だけど……。


 というか、現状だと不明点が多すぎる。

 迅堂がチェシャ猫を受けたのなら、どこかに未来人がいるはずだ。笹篠は俺と行動を共にしていたし、海空姉さんは自宅で忘年会の準備を進めていた。

 別の未来人が今この町にいるはずだ。

 ……国か?


 ともかく、迅堂が狙われているのなら一緒に行動することで見えてくるものもあるだろう。偶発的なものだったとしても迅堂の安全が確保できればそれでいいのだから。

 もしも国が関わっているのなら、笹篠も心配だけど……。


 後は、海空姉さんがなぜ、ロールバックを起こしたか。

 未来人である海空姉さんが情報の大切さを理解してないはずがない。つまり、ロールバックを行わざるを得ない事態が起きたのだ。

 おそらく、迅堂に発動したチェシャ猫が要因の一つだろう。連続自殺のトリガーだ。

 迅堂は実際に自殺だったが、笹篠や海空姉さん、それに俺も同じ流れで自殺するのか?


 ちょっと考えにくいな。特に俺は、記憶を一部失っても自殺しないだろう。海空姉さんを頼るはずだ。


「まだ何かあるな」


 思考を巡らせながら、俺はスマホで迅堂に連絡を取る。

 コール音一回で素早く出てきた迅堂がノリノリで季節感満載の言葉を口にした。


「メリークリスマス、先輩!」

「メリークリスマス。迅堂、いまはどこにいる?」

「多分知らないと思いますけど、大学そばにあるうらぶれた映画館です。ちょうど上映が終わって、友達とカラオケに行こうかって話してます。どうかしました?」

「遊園地に行かないか?」

「行きます!」


 気持ちがいいくらいの即決だ。

 対して、俺は後ろめたさを感じていた。笹篠と水族館に行くのを断っておいて迅堂を誘っているからだ。

 マジで二股男みたいな行動である。許して……。

 チェシャ猫のせいで事情の説明すらできないんだ……。


「迎えに行くから、カラオケ屋の前で待っててくれるか?」

「了解です! メールでお店のサイトアドレスを送るので、地図を見てください」


 通話を切ると、数秒でメールが送られてきた。行動がめちゃくちゃ早い。

 住所を確認して、俺はすぐにカラオケ屋に直行した。


 カラオケ屋は駅からも商店街からも離れた場所にあった。

 よくこんなところで営業ができるなと思うほど周りには何もない。ただ、少し離れた大学から学生らしき客が流れて来ていた。

 駅のカラオケ屋とは違って、地元出身の学生が利用客の大半らしい。


 迅堂は友達と一緒にカラオケ屋の前でコンビニで買ったと思しき肉まんを食べて待っていた。


「あっ、せんぱーい! こっちですよ、こっち」

「これが噂の白杉先輩か。七十七点!」

「ちょっ、先輩に失礼だよ。す、すみません」

「迅堂春にはいつでも満点な先輩ですよ!」


 なんともかしましい。

 迅堂の友達二人は俺をしげしげと観察しつつもひそひそとうわさ話。これ、明日には迅堂のクラス中に俺の話が出回っている奴じゃね?

 迅堂が残り半分の肉まんを差し出してきた。


「はい、先輩、あーんしてくださいな」

「焼き肉を食ってきたから入らないよ」


 迅堂に答えつつ、周囲に怪しい人影がないのを確認する。

 前の世界線での迅堂の証言によれば、デパートで倒れていたところを従業員に発見されてバックヤードに寝かされていたという。カラオケの後でデパートにでも行く予定だったのか。


「ではでは、迅堂春は先輩にお持ち帰りされちゃうので二人とはここでサヨナラです。次に会うときは今日とは一味違う迅堂春ですよ!」


 シャレにならないからやめて。

 迅堂の友達だけあってこのノリにも慣れっこらしく、笑顔で迅堂とハイタッチを交わしている。


「あとでちゃんと感想聞かせろよ!」

「春ちゃんをよろしくお願いします」

「君たちが期待しているようなことはしないけどね。それじゃあ、迅堂を借りていくから」


 迅堂を伴って、遊園地に向かうべく最寄りの駅へと歩き出す。

 クラスメイトがいる焼肉屋のある駅とは別だから、鉢合わせることはないだろう。


「まだクリスマスプレゼントを買ってないのを思い出したので、デパートに行きたいんですけど」

「遊園地で買おうぜ。もしくは帰りにさ。荷物が増えるのは嫌だろ?」

「そうですね」


 迅堂が納得してくれた。

 クリスマスプレゼントを買うため、デパートに行ったのか。

 ひとまず、迅堂とは合流できた。後は遊園地に行って、時間を見計らって無事に家に送り届ける。

 相手が国だとしたら、この程度ではあまり意味がないかもしれないけれど……。

 後ろ向きな考えを振り払い、俺は迅堂を見た。


「イルミネーションもあるけど、どうする?」

「先輩と一緒に居られる時間が伸びるのに断るはずがありません。と言いたいところですが、今日は両親とクリスマスケーキが家で待っているので、家族優先でお願いします」

「そっか。じゃあ、家まで送るよ」

「なんかすみません」

「いいって。家族を大事にするのはいいことだしな」

「あ、好感度上がりました? 迅堂春は家族や親族の繋がりを大事にする座敷童的な妻になりますよ」

「うちの座敷童はソノさんだから」


 話しながら、俺と迅堂は電車に乗り込んだ。

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