第15話 遊園地デート

 クリスマスだというのに、意外にも遊園地は空いていた。

 地元のさほど大きくはない遊園地とはいえ、イルミネーションもやるくらいだからもっと混雑していると思っていたんだけど。


「寒いですから、あまり人出がないんだと思いますよ。子供たちも遊園地に行くくらいなら家でゲームしますよ」

「あぁ、わかる」


 イルミネーションをやるのは子供客ではなくカップル客目当てか。多少寒くても外に出てくれるカップルを呼び込むための策なんだろう。

 イルミネーションが始まるまではこの半貸し切り状態が続くのなら、タイミングが良かったのかもしれない。


「さて、何から回る? 誘っておいてなんだけど、遊園地なんて五年ぶりくらいだから何に乗っても楽しめる自信があるんだけど」

「それは懐かしさで? それとも新鮮味ですか?」

「両方かな。絶叫系が苦手とか……迅堂に限ってないな」

「ちょっとイラっとする評価ですね!」


 抗議の声を右から左に流しつつ、がらがらの園内をジェットコースターの乗車口に向かって歩く。寒さもあって、向かい風が冷たいジェットコースターに乗りたがる客は少ないのか待ち時間もなかった。

 迅堂がジェットコースターの最前席に乗り込みながら笑みを浮かべる。


「やっぱり、最前席は見晴らしが違いますね。赤鼻のトナカイもこんな気分なんでしょうか?」

「ソリの速度にもよると思うけど、あいつら空を飛んでるわけだから見晴らしは良いだろうな」


 そもそも、線路上を走るジェットコースターよりも不安定だろうから、スリルも半端じゃなさそうだ。

 ジェットコースターが動き出す。長い斜面を登り始めると、次第に周囲が見渡せるようになってきた。

 イルミネーション用の電球が括りつけられた樹木や建物を見て、迅堂が微妙な顔をする。多分、俺も似たような顔をしていたと思う。


「なんというか、光ってないと舞台裏を見せられている気分ですね」

「夜は綺麗なんだろうけどな」


 こればかりは仕方がない。

 坂を上り切ったジェットコースターが加速する。

 向かい風が一気に吹き付ける。


「寒っ!」


 周囲を見ることもスピード感を楽しむこともできずに身を震わせ、容赦なく吹き付けてくる風に凍えそうになりながら、俺は隣に座る迅堂を見た。


「トナカイの毛皮が欲しい」


 めっちゃ寒がってる。

 降車口に戻ったジェットコースターから降りると、迅堂は腕をさすって俺に近づいてきた。


「寒いんですけど! 寒いんですけど!」

「分かった、分かった。どこか建物に避難するか?」

「先輩のコートに収まります」

「そんなにこのコートはでかくないって」


 寒がっている迅堂に配慮して土産物を売っている店を探しつつ、コートを脱いで渡す。


「ほら、着ておけ」

「でも、先輩が寒いでしょ?」

「割と厚着しているから大丈夫。店に入るまでの辛抱だしな」


 連れ出したのは俺だし。

 俺が渡したコートを羽織った迅堂は長い袖をそのままにして、俺の手を取った。


「早く避難しましょう」

「さりげなく手を握るな」

「抱き着いてあげましょうか? 暖かいですよ?」

「空いているとはいえ人目もあるからやめてくれ」


 笹篠の誘いを断っている手前、どうしても一歩引いてしまう。やっぱり俺に二股は無理だな。

 俺たちと同じように寒風から避難してきたらしく、売店には客が多かった。暖房が効いていてぬるい空気が冷えた体を優しく包んでくれる。

 ほっと一息ついて、俺は迅堂と店内をぐるりと見まわした。


「家族連れが多いですね」

「これが次第にカップル客に入れ替わっていくんだな」

「そしてそのカップルが家族連れとなり、ここにいる子供たちがカップルになり……時代は移り変わっていくんですね」

「……俺たちはカップル未満だけど」

「ちっ……」


 何に同意させようとしてるの、この子。

 観光地価格なお土産を眺めつつ、防寒具が売っているコーナーで脚を止める。

 遊園地のマスコットキャラが描かれたマフラーやロゴ入りの手袋が置いてあった。


「手袋ですかね。この控えめな色の奴」

「手が温まるだけでもだいぶ違うしな」


 ロゴの入っていない実用的な手袋を二組購入してレジに持っていく。

 迅堂が俺を肘でつついてきた。


「ペアルックですよ。三学期に一緒に着けていきましょうね」

「そう言われて着けていく奴いないと思う」

「ここにいるじゃないですか」

「一人でペアルックするの? 手袋付けた人形と一緒に登校とか?」

「先輩とですよ!」


 会計を済ませた手袋を早速身に着けて、売店を出る。

 途端に寒風が吹きつけてくる。


「音ゲーの館とかいうのがありますよ。入りましょうよ。暖房が効いているはずです」

「なんだか目的が迷子な気もするが、賛成だな」


 暖を求めて屋内アトラクションを中心に回ることを決め、俺は迅堂と園内を歩き出した。



 遊園地を出たのは午後五時過ぎだった。

 すべてを回れるほどの時間ではなかったが、迅堂の帰りをご両親も待っているとのことなので、早めに出る。

 電車に揺られながら、はしゃぎつかれたらしい迅堂がウトウトし出した。

 クリスマスだけあって混みあっている電車の中、ふらつく迅堂は危ないので仕方なく抱き寄せる。


「大丈夫か?」

「昨日はちょっと寝るのが遅かったので。先輩が寝かせてくれませんでしたから」

「みんなでクリスマスパーティーしただけだろ」


 ツッコミを入れつつ、地元の駅に到着して電車を降りる。

 タクシーでも呼ぼうかと考えたが、迅堂は俺にもたれかかってウトウトするだけで十分に仮眠が取れたらしく、ノリノリで歩き出した。


「家族でクリスマスパーティをするわけなので、先輩の席もありますよ!」

「いつの間に家族入りしてたんだよ。さっきの遊園地も家族連れ枠だったのかと」

「え、あれはカップル枠です」

「カップル枠でもないぞ?」


 二人で並んでのんびりと迅堂の家に向かう前に、俺は用意していたクリスマスプレゼントを取り出した。


「はい、クリスマスプレゼント」


 中身は笹篠に渡した物と同じくハンドクリームである。なお、迅堂はバイトに出ることもよくあるので無香料の物を選んでおいた。


「先輩は実用性重視派ですか。デパートに寄りましょう。先輩に消えない思い出を刻み付けてやります」

「俺、何されるの?」


 デパートに入った迅堂が迷うこともなく直進したのは眼鏡売り場だった。

 道中、何を買うのか決めていたらしい。


「先輩に似合うのは丸いフレームだと思うんですよね」


 メガネを探す迅堂が複数の眼鏡を手に取って難問に挑むような顔をする。

 俺は別に目が悪くはないんだけど、どうやら伊達メガネを選んでいるらしい。


「眼鏡フェチだったのか」

「否定はしません。眼鏡で和服な男子なんて満点ですよ。先輩に足りないものは眼鏡であると常々思うことしきりだったわけですよ」

「めっちゃテンション高いじゃん」


 電車で寝ていたのはこの時間のために英気を養っていたのかと疑うほどだ。

 真冬だというのにヒマワリが周囲に幻視できるほど明るい笑顔で、迅堂が一つの眼鏡を俺に差し出した。黒くて丸みを帯びたフレームの眼鏡だ。


「完璧……!」

「拝むな」


 今日拝むべき相手はキリストだから。


「マジで買うの?」

「買います。そして、来年の初詣には着けてもらいます。当然、和服ですよ?」

「注文多いな。まぁ、いいけど」


 伊達メガネなんてオシャレアイテムを手に入れる日が来るとは思わなかったわ。

 鏡でチェックしてみると、意外なことに似合っていた。

 迅堂が会計を済ませてわざわざ包装を頼む。


「帰るか」

「ですね。送ってください」

「当然、送るよ」


 店内に素早く視線を走らせるが、不審な人影はない。

 前の世界線で、迅堂はデパートでチェシャ猫に襲われて倒れていたはずだが……。

 偶発的なものだったのか?

 油断はしないように気を引き締めて、俺は迅堂と共にデパートを出た。

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