第31話 兎狩り

 外国人、家狩さんにキャンプ場の説明をして送り出し、俺は比喩ではなく頭を抱えた。

 もうね。マジ意味が分からない。


 迅堂が未来の俺から託された伝言、『――家を狩られた時、投げるなら西だ』に直接つながる偽名を出されてどう反応すればいいのか。

 無難にキャンプ場の説明をした俺は褒められていいと思う。まさか西に向かってあの外国人を投げ飛ばせって話ではないだろ。大外狩りとか、一本背負いとか。


 多分、あの伝言はタイミングではなく、世界線の指定だったんじゃないか?

 世界線ごとに偽名を変えてくるあの外国人が家狩を名乗ることでバタフライエフェクトが起きる。または、バタフライエフェクトを起こした結果、あの外国人が家狩を名乗る。


「……映画上映か」


 前回と大きく違う項目。

 可能性は高そうだが、あの人が偽名をコロコロ変える理由にはならない。せいぜい二つでいいはずだ。


 国兎信、波理否、家狩用

 ……そもそも、偽名としても完成度が低くないか?

 なんだよ、用って。別に使わない字ではないとしても、偽名ならもっとそれらしい文字を使いそうなものだ。


 それに、あの外国人が世界線の変動で偽名を変えるとしても、正解となる世界線を認識し、さらには俺に教える動機や目的があるのか?

 俺が未来人だと知ったら、『チェシャ猫』であの外国人の記憶も人格も消し飛ぶ。

 協力する気があるなら最初から未来人だと明かしてもいいくらいだ。

 利用者名簿を見つめて、ふと思う。


「俺が死んだ世界って観測できないよな」


 偽名がこれだけとは限らないし、三つだったとしても俺が死んだ世界を含めるとすでに何回か周回しているのでは?

 例えば、偽名の順番が俺の観測通りでは無かったら?


「……そういうことかよ」


 この偽名、並べてから縦読みか。

 国兎信。

 家狩用。

 波理否。


「国家波兎狩理信用否、国家は兎狩り信用否……」


 兎って『ラビット』のことか。

 俺や迅堂の死が自殺として扱われるのは狩られているから。犯人を捜したくないのがよく分からないけど、『ラビット』が入ったスマホを横領するにあたり裁判の証拠品として出されないようにしたいのか。

 裁判官や弁護士が『ラビット』の存在に注目したら、もう警察内では収められなくなる。もしくは、警察よりも上の方から圧力がかかるのか。

 警察ではなく国家はというくらいだし、上からかな。


「映写機はちゃんと動きましたよー。先輩、どうしたんです?」


 リビングからやってきた迅堂が俺を見て不思議そうに首をかしげる。


「告白の台詞でも悩んでますか? シンプルイズベストですよ?」

「バイト代の使い道に悩んでるよ。どこか行くか?」

「いいですね! 夏祭りは十五日にあるからいいとして……昆虫博物館に行きましょう! これなら笹篠先輩も来ないはず。名案では!?」

「笹篠はバイトしてないんだからどっちにしても誘わないけど、昆虫博物館とは面白いところを選んだな」

「やっぱりなしで。笹篠先輩を呼ばないなら早く言ってくださいよ! 笹篠先輩が来ないならもっとムードのある所に行きます!」


 あ、行かないんだ。俺はちょっと行きたいとか思ったけど。


「笹篠とは水族館に行ったし、無難なところだと映画館とか遊園地とか」

「プールですね。山もいいですけど、蚊の対策であまり露出できないので、プールにします」

「変態っぽい理由だな」

「違いますよ! 先輩に見せるって話です! 何ならここにビニールプールでも広げて一緒に入っても目的達成ですよ!」

「子供か!」

「失礼な。スレンダーですがそれなりにありますよ」

「行動の方を言ってるんだよ。それに、こんな山の中にビニールプールなんて広げたら、それこそ蚊が大量にやってくるぞ」

「言われてみればそうですね」


 指摘されてようやく気付いたのか、迅堂は管理小屋の玄関を見て「うむむ」とわざとらしく唸った後、ろくでもないことを思いついた顔をして口を開いた。


「ひらめきました」

「却下」

「まだ何も言ってないです!」

「どうせ、密室なら蚊はやってこないとか言って、風呂場で混浴とか言い出す気だろ」

「先輩ったらいつの間に未来予知ができるようになったんですか?」

「日頃の言動からの推測だよ」


 利用者名簿をカウンター裏に片付けると、斎田さんが帰ってきた。


「映画上映会はできそうかい?」

「映写機は動きます。後はパソコンとかに繋げるかどうかですね」

「あぁ、貴唯が大画面ゲームをするとか言って、小遣いで買ってきたケーブルがあったはず……。どこにやったかな」


 斎田さんが頭の後ろをかきながら、リビングの方へ入っていく。俺も迅堂と共に後に続いた。

 リビングをざっと見まわした斎田さんは薄型テレビの後ろをごそごそと探ると、白いケーブルを出してくる。


「これだ。繋げてごらん」

「お借りします」


 ケーブルを受け取ってコネクタを確認する。規格もあっているようだ。

 映写機とノートパソコンを接続してみるときちんと接続できた。

 リビングの白い壁にノートパソコンの画面が映し出されている。


「大丈夫だね。上映するホラー映画は今から借りてくるんだろう? お昼を作っておくから、行っておいで」

「ありがとうございます。迅堂、案内を頼めるか?」

「お任せです。ふっふっふ、先輩とお客さんを恐怖のドツボに叩き込んでやりますよ」

「坩堝な」

「恐怖のどん底だと思うけど、若い人の間だと坩堝になっているのかい?」

「……やーい、先輩引っかかった! ピザって十回言ってくださーい」

「一瞬沈黙しただろ! 迅堂も間違って覚えてたな!?」

「ドはあってますもん! 先輩はかすりもしてませんよー?」


 言い合いながら管理小屋を出て、俺と迅堂はレンタルビデオ屋へ向かった。

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