第30話 打破の鍵

 寝袋の中で目が覚めた。

 早朝の山の新鮮で涼しい空気。清々しいはずの朝。

 ――最悪の気分だった。


「……ちくしょう」


 悪態ついて、体を起こす。

 迅堂と笹篠が死ぬ。


 丑の刻参りの女性とは別に犯人が存在する。

 杖突、火の玉の正体はおそらく丑の刻参りで確定だ。

 もう一人の犯人の正体と目的が全く分からない。情報を整理しつつ、動かないと。


 今日は何日だ?

 周囲を見回す。バンガローの個室だ。ということは、十三日の朝か?

 いや、十三日の朝は迅堂とリビング部分に雑魚寝だ。別の日だな。

 現状を把握しようとしていたら、部屋の扉が開き、ジャージ姿の迅堂が入ってきた。


「――おは、先輩! 朝ごはんにしますか? それともラジオ体操? それとも、わ・た・し?」

「今日は何日だっけ?」

「十日ですよ。バイトも折り返し地点。そろそろこの迅堂春攻略に乗り出してみたら、先輩の運気も上昇確実です! 朝の占いでやってました!」

「台風はどの辺?」

「明日にはここに直撃コースですね。さぁ、起きてください。今日はお客さんも来ますから、準備しましょ!」


 迅堂に急かされて、俺は寝袋を出た。


 すでに顔を洗ってきたのか、迅堂はバンガローの外で組み立て式の立派なコンロの前に立って朝食を作り始める。

 管理小屋に行って斎田さんと食べないのかと思ったが、スマホを見るとまだ時刻は五時前だった。斎田さんもまだ起きていない。

 なんでこんなに早起きしてるんだ?


 俺は水道が設置してある洗い場に向かい、頭を働かせる。

 十日なら、今日は大学生グループとあの謎の外国人が来る。

 世界線ごとに名前が異なるあの外国人はおそらく未来人だ。俺や迅堂の行動に先手を取ることが可能な人物でもある。

 笹篠を殺したのはあいつか?


 証拠がない。殺す動機も意味不明だ。接点がまるでない。それとも、ハーフの笹篠の親戚だったりするのか?

 そう言えば、笹篠の親戚が日本に来ているんだったな。

 名前を偽装しているのは本名だと笹篠の身内とばれるからか?


 駄目だ、推論ばかりで根拠がない。

 焦ってもろくなことにならないな。


 顔を洗いながら、推理よりもまず丑の刻参りの対策を考えることに決めた。

 文明の利器、スマホで調べると丑の刻参りは一週間続けるものらしい。

 レンタルビデオ屋の店長が聞いた杖突の音が丑の刻参りによるものと仮定すると、儀式の開始は遅くとも八月五日。十二日まで儀式は続き、十三日の朝に何の変化も起きないことから儀式が失敗したと判断したあの女が暴走を始める。

 失敗の原因として十三日に陸奥さんを狙いに行ったか。


 出現時間とルート、目的がはっきりしているからあの女を捕まえることは可能だと思う。だが、あの女は警戒心が強いのか、俺や迅堂、陸奥さん、小品田さんといった火の玉を追いかけた者をことごとく返り討ちにしている。

 なにしろ、山という地の利が女にあるとはいえ、迅堂を相手に追いかけっこをした挙句に追いついている。一週間の山登りで鍛えてんのかあの女。呪いなんてまだるっこしいことしないで標的を直接殺せばいいんじゃない?


 おっと、頭が短絡的な方向に流れた。気が立っているらしい。

 早い話が、あの女が介入する隙を徹底的につぶし、キャンプ場の周辺に近寄らせないのが吉だ。


 前回の十三日で襲われた理由は肝試しだろうか。俺も迅堂も火の玉を目撃していないが、ニアミスしているから、目撃されたと向こうも判断できず十三日まで保留していたと考えればつじつまが合う。陸奥さんが襲われたのも同様の理由だろう。


 今日は十日、肝試しの夜は越えており、ルートもある程度は絞れている以上不審火の通報を行うことで大石さんたち消防団を動かし、あの女を捕まえる方向で誘導したい。

 後はあの女がどこで儀式を行うかだな。神社だとは思うが、大石さんたちをあらかじめ配置すると女の方が避けていくだろうし。

 警察は信用ができない。あの女が起こした事件の内、俺や迅堂が被害に遭うと隠ぺいを図るから、俺の通報で動いても女を逮捕しない可能性がある。


 警察による捜査ができない以上、大石さんたち消防団への一回の通報で確実にあの女を捕まえないといけない。

 足音に気付いて振り返ると、迅堂が歩いてきていた。


「先輩、ご飯できましたよ。さっぱりしましたか?」

「まぁ、わりとな」


 やることは明確になったし。

 迅堂と連れ立ってバンガローに戻る。トーストとコーンポタージュなど洋風な朝食を食べつつ、行動計画を立てる。


「迅堂、肝試しの夜に言ってたおすすめのホラー映画の話なんだけどさ。キャンプ場の倉庫の中に映画上映用の道具があったんだ。大学生グループも来るし、上映会とかしてみない?」

「面白そうな企画ですね。明日は台風ですから、やるなら今日ですね。深夜のホラー映画上映会。ウケるのでは?」


 にやりと笑った迅堂はノリノリで俺の提案に頷いてくれた。

 十日の夜はこの映画の音で丑の刻参りの女性を遠ざける。見られたら失敗する儀式の真最中にイベント会場の横を通る理由がないからな。

 これで小品田さんが狙われるリスクを減らせるはずだ。


 朝食を食べ終えて、バンガローの片づけをしてから斎田さんに映画上映会の話を持ち掛けると、懐かしそうな顔で倉庫を振り返った。


「あぁ、キャンプ場に来た子供たちに映画の上映会をしていた頃があったね。娘の貴唯の退屈しのぎも兼ねてだったが、なかなか好評だったよ。機材もまだ使えると思うけど、確認してもらっていいかな?」

「了解です」


 敬礼をした迅堂が早速倉庫へ走り出す。俺より積極的に行動しているけど、そんなに映画上映したいの?

 単にあの自主制作ホラー映画の布教がしたいのかな。

 倉庫から道具類を引っ張り出してコンセントがネズミに齧られていないかなどを検査する。


「見た感じ大丈夫ですね。ただ、ビデオデッキから接続するみたいですけど」

「ノートパソコンとケーブルで接続すればDVDでも見れるだろ」

「その辺の近未来技術は分からないです」

「現代技術だよ、未来人」


 ツッコミを入れて機材を運び出し、ひとまず管理小屋に持っていく。

 斎田さんがちょうど管理小屋から出てくるところだった。大学生グループをバンガローに案内するらしい。


「あ、ちょうどよかった。管理小屋を頼むよ」

「分かりました」


 誰も来ないと思うけどね、と軽く笑う斎田さん。

 来るんだけどね。あの外国人が。

 垂れ幕を持っている迅堂を見て、大学生グループの女性の一人、難羽さんが声をかけてきた。


「なになに、スクリーンかな? 映画上映でもやるの?」

「飛び切り怖い自主制作映画を見つけたので、深夜の上映会を敢行します。ふるってご参加ください。ハンカチはいりませんけど、抱きついても怒られない友達は必須です」


 迅堂が宣伝すると、難羽さんたちは顔を見合わせる。


「面白そうだし、見ようよ。あ、お酒の持ち込みは大丈夫?」

「大丈夫ですよ。スナック類は管理小屋でも販売してますので、なんなら上映会場に出張販売します」

「やり手だねぇ。なら見せてもらおっかな」


 女性陣の難羽さんも与原さんも上映会に前向きだ。

 どうやって誘うかと考えていたけど、手間が省けて助かる。

 男性陣はと見てみると、大塚さんはあまり乗り気ではなさそうだったが、小品田さんに肩を叩かれている。


「あの二人が見たいっていうなら止められないだろ。俺たちも見ようぜ。それとも怖いか?」

「別に怖くはないけどさ。……しかたがないか」


 大塚さんが肩をすくめて諦観交じりに参加を承諾した。

 バンガローに残っているとリアル火の玉が拝める上に何ならスプラッタホラー並みの殺人鬼と遭遇する率が上昇するから、ホラー映画観賞会の方が怖くないですぜ。

 まぁ、言わないけど。

 大学生グループを先導してキャンプ場内のバンガローへと向かう斎田さんたちを見送って、俺は迅堂と共に管理小屋に入る。


「ひとまず映写機が動くかどうかですね」

「埃をかぶってたから、分解掃除が必要かもしれないしな」

「分解なんてできるんですか?」

「やろうと思えばね。改造みたいなことは無理だけど」


 リビングに持ち込んでコンセントを繋いでいると、売り場の方で呼び出し用の鈴が鳴らされた。

 予想していたので、俺はすぐに反応する。


「俺が出るから、作業を進めておいて。分かるところまでで大丈夫」


 迅堂に映写機を任せてリビングから廊下へ、扉を開けてカウンターに出る。

 そこには呼び出し鈴の中を覗き込んで興味深そうな顔をしている外国人がいた。

 国兎信とも、波理否とも名乗る、謎の外国人。


「やあ! おはよう。飛び入りだけど、キャンプ場に泊まりたいんだ。場所は開いてるかい? 外国人お断りだったりする?」

「場所は開いていますし、外国の方でもご利用いただけますよ。英語はあまり通じませんが」

「おそろいじゃないか。僕も母国語や英語を忘れ始めているんだ!」


 里帰りできるのか、それ。

 キャンプ場の説明を行い、ついでに深夜に映画上映会を行うことを話す。

 この人だけがキャンプ場で孤立していたら、例の火の玉女に殺されかねない。未来人の可能性が濃厚とはいえ、まだ敵と決まったわけではない。

 凄く怪しいけど。


「へぇ、映画上映会。自主制作ホラーね。日本のホラー映画は血が飛ばないのが多いから見たいなぁ」


 外国人も乗り気になったところで、俺はカウンター裏から利用者名簿を取り出す。


「以上で質問はありませんか? でしたら、こちらに名前の記入をお願いします」

「オッケー。名前を書くのは得意さ」


 いくつも持ってるくらいですもんね。

 国兎信か、波理否か、それともまた別の名前か。


「はい、これでいいかい?」


 すっと、差し出された名簿には第三の名前が、欠けていた情報のピースが書かれていた。


 ――家狩用と

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