第32話 映画上映会

 夜も更けり、キャンプ場の一角で俺はパソコンを操作していた。

 キャンプ場に泊まっている小品田さんをはじめとした大学生グループと、現在は家狩用を名乗る未来人と思しき外国人、迅堂とオーナーの斎田さん。

 キャンプ場のフルメンバーが集まっただけでなく、映画監督ことレンタルビデオ屋の店長もゲストにお越しいただいての観賞会である。


「監督、画面を見るべきでは?」


 パソコンを操作する俺の横に座っている店長――監督と呼ばれたがっているのでそう呼ばせてもらっているが――に声をかける。

 監督はスクリーンではなく小品田さんたちや斎田さんを熱心に見つめて反応を観察していた。


「観客の反応を生で見れるこんな機会は滅多にないからね。次回作の参考によく観察しておかないといかんのだ。いやぁ、こんな機会をくれて本当にありがとう」

「いえいえ、迅堂に言ってやってください」

「彼女には一度も貸したことがないはずの自主制作映画の内容をどうやって知ったのか、そっちの方がホラーな気もするけどね」

「耳がいい奴なので、風の噂で聞いたんじゃないですかね」


 未来で俺と一緒に見たからだ、なんて言えるはずもないので適当にごまかす。

 映画の反応は上々だった。渋っていた小品田さんと大塚さんものめり込んでいる。女性の与原さんや難羽さんはなぜか迅堂を挟み、スクリーンに集中している。

 俺は映写機とつながっているパソコンの管理だが、上映中はほとんどやることがないので監督とお話しつつ映画観賞中。


 キャンプ場の周囲には民家がないこともあって大音量で垂れ流しているため、虫や動物の気配が周囲にない。場所も迅堂が殺された現場に最も近い場所であるため、丑の刻参りの女がここに来ることはないだろう。

 今晩はこれで凌げる。問題は明日以降だ。


 明日の夜は台風の直撃で山は豪雨と強風に見舞われる。消防団があの女を先に発見して捕まえるのは難しいだろう。

 勝負できるとすれば明後日の十二日だ。丑の刻参りの最終日であり、これを逃すと陸奥さんへの襲撃が行われる。


 どうやって消防団を動かすかな。キャンプ場や神社の周辺に張り込んでもらいたいくらいだけど、理由を説明できない。

 火の玉の目撃証言だけだと見間違いだと思われるし、逆上して殺しにかかってくる女の危険性を伝えないと消防団に死者が出るかもしれない。

 かといって、丑の刻参りのことを話そうものなら、どうやって知ったのかという話になってしまう。

 やっぱり、目撃証言をでっち上げるしかないか。


 ……待てよ。

 前の世界線で笹篠は十一日にレンタルビデオ屋の店長が殺害されたって話をしていた。

 この上映会の後、店長さんの帰宅途中で出くわすのでは?

 遺体が発見されたのが十一日で、殺害されたのは十日の今夜かも。

 帰りに送ったほうがいいな。


 映画が佳境に入る。観客は些細な音を立てることすら嫌ってスクリーンを見つめ、店長さんだけは観客の方を見ていた。

 最後、娘役がビデオカメラの電源を切って映画が終わると、観客は一斉にため息をついた。

 怖かったと口々に言いあう観客を見て、監督が満足そうな顔で頷く。俺と目が合うと、恥ずかしそうに目をそらした。


「いま何時だい?」


 突っ込まれる前に話を変えてきた監督に苦笑し、スマホで時間を確認する。


「三時過ぎですね」

「そうか。……そういえば、このくらいの時間だったな。君、杖突って妖怪を知ってるかい?」

「高知の妖怪でしたよね」

「知ってたか。そう、それだ。五日の夜だったかな。このくらいの時間に杖突の音を聞いたんだよ」


 やっぱり、五日の夜だったか。儀式の一週間の始まりがそれなら俺の推測した時系列は正しそうだな。


「杖突の音って聞いたら死ぬんですよね?」

「おう。だから死ぬ前にこんな機会をくれてありがとうな」

「死なないでくださいよ。次回作も期待してるんですから」

「はっはっは、迷信だ。死にはしないって」


 笑いながら片手をひらひらと振る監督は、俺がノートパソコンから取り出したブルーレイディスクをケースに収めると席を立った。


「さて、帰るとするかね」

「送っていきますよ」

「え? 別にいらんよ」

「このイベントの企画をしたのは俺なので、参加者の帰宅を見届ける義務があるんです」


 という名目で、あの女がどこで儀式をしているのかをおおよそでも把握したい。それを知っておけば、十二日の夜に「不審な音が聞こえる」と消防団へ通報してあの女を捕まえることもできる。

 俺と監督の話を聞いていたのか、迅堂が駆け寄ってくる。


「私も行きます。こんな映画を見た後で、バンガローに戻って一人で寝られないですよ!」

「暗い山道を歩くことになるぞ。大丈夫か?」

「先輩がいるならそんなに怖くないので」


 監督が一歩引いて、無精ひげを撫でる。


「なんだか、いちゃつくためのダシにされた気分だが……」

「そんなことはないですよ。さぁ、行きましょう」

「片付けは良いのかい?」

「帰ってからやります。皆さん、酒盛りを始めちゃってますし」


 家狩さんの音頭でワインやウイスキーを片手に映画の感想を言い合いながら、大学生グループも酒盛りを始めている。斎田さんが売り場から持ってきたおつまみを販売しながら、ご相伴にあずかっていた。

 あの空気の中で片付けを始めると水を差すことになりそうだ。

 監督も苦笑いして、歩き始める。


「参加したいくらいだが、明日も仕事なんでね。帰るとしよう。君たち二人から感想も聞きたい」


 斎田さんに声をかけてから、俺と迅堂も監督の後を追う。

 街灯もまばらな夜道、台風が迫っているとは思えない雲一つない夜空の下は月明かりでそれなりに見通しが利いた。

 これであの女の儀式の場所を割り出せれば良いんだけど。

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