第28話 未観測の事件
差し入れを持って旅館に向かう迅堂と斎田さんを見送って、俺は箒を取り出す。
管理小屋の掃き掃除を始めると、笹篠は適当なウッドチェアに腰かけて長い脚を組んだ。
デニムショートから伸びる白い脚がまぶしいので背を向ける。
「情報共有をしましょう。私が知っている未来とちょっと食い違っているみたいだから。それと、こっちを向きなさい。別に、脚でも胸でも見ればいいわ」
なんと男前なセリフか。
笹篠は不思議そうに管理小屋を見回して、キャンプ場土産のステッカーをしげしげと見つめつつ話す。
「肝試しは無事に切り抜けたようね?」
「無事だったね。笹篠が知る限りでは肝試しで何かが起きた?」
笹篠は俺や迅堂が未来人であることを知らないため、話を円滑に進めるべく情報をもらっておく。
半ば予想通り、笹篠が知っている世界線では肝試しで俺か迅堂、陸奥さんが焼死体で発見されるという。犯人は見つからず、自殺、他殺の警察判断も変わらない。
さらに、肝試しの夜から不定期に俺か迅堂、陸奥さん、斎田さんを含むキャンプ場の誰かが一人でいるところを誘拐され、焼き殺される。
俺が知る限り、斎田さんが殺害されたことはないが、笹篠の介入で何らかのズレが生じるのだろう。
「私が昨日、つまり十二日までにキャンプ場に来てしまうと斎田さんが死んでしまうの。斎田さんの娘さんの貴唯ちゃんに懐かれてしまって、いろいろあったのよ」
「貴唯ちゃんは社交的な子だからね。笹篠みたいなカッコいい系のお姉さんはタイプだし、無理もないかな」
一人っ子の貴唯ちゃんは歳の近いお姉さんを欲しがっているのだ。笹篠はドストライクだろう。
「まぁ、ファッションとかいろいろね。私としても好きよ、あの子。ただ、十二日までに来ると斎田さんが亡くなるから、残念だけど仲良くなるわけにいかないのよ」
本当に残念そうに、笹篠はため息を吐く。
何度仲良くなっても、その父親が亡くなる未来を引き当ててしまう。だから、関わらないのがお互いにとっての幸いと結論付けるしかなくなったのか。
介入日を今日に選んだ理由は分かった。
掃除を終えた俺は売り場の在庫管理表を引っ張り出して点検作業を始める。
「夏休み中に時間を作ってくれれば、貴唯ちゃんと交流する時間は作れるよ」
「……この世界線だと面識がないのよ?」
「部活を頑張っているご褒美ってことで連れ出せるし、うまく合流するとかさ」
「ありがと……。でも、今は死の運命の回避が先よ」
「そうだな。で、本題に入るけど、なんで今日を介入日に選んだんだ? これから、何が起こる?」
本来ならバイトも佳境に入っているとはいえ、今の状況はもう撤収するところだ。
笹篠はカバンからココナッツミルク味の一口チョコを取り出した。解けないように保冷剤入りの保冷バッグに入れてあったらしい。
「まず、私が知っている状況だと、本来のこの時間、白杉や迅堂さんは事件のことを知らないで過ごしていたわ」
「事件はなにも起ってなかったってこと?」
「いいえ。あくまで知らなかっただけよ」
笹篠がスマホの画面を見せてくる。このキャンプ場がある山の衛星写真が表示されていた。
「私が出かける直前に、台風でがけ崩れとかが起きてないかを調べた際にニュースサイトで見つけたのが、山中のレンタルビデオ屋さんが焼死体で発見されたというニュース」
「レンタルビデオ……」
あの自主制作ホラー映画の店主か。
本当に無差別殺人だな……。
笹篠がくれたチョコを口に放り込む。かなり甘い。
「白杉は知らないだろうけど、レンタルビデオ屋さんがあるのよ。個人営業のね。そこの店長さんが帰宅途中、何者かに襲われて焼死体として発見されるの。十一日にね」
「台風の日か」
小品田さんと大塚さんが泊まるバンガローに放火され、迅堂が失踪後に焼死体で見つかった事件の日でもある。
「山のどのあたり?」
「麓の方で発見されたって話よ」
神社ではないのか。
「それで、その後はどうなるんだ?」
「今日、私が差し入れに来た場合、白杉と迅堂さんは助かるんだけど、迅堂さんの中学時代の同級生が亡くなって、今年の秋ごろに白杉、迅堂さん、松瀬さんが相次いで自殺。これは水族館で話したわよね」
水族館デートの時の話か。
なんだかもう遠い過去のような気分だけど、暦の上では二週間しか経っていない。
俺、老けてないよね?
「私が来なかった場合、キャンプ場内で火事が発生、利用客の一人が死亡。同時に行方不明になった白杉が夜に山中で焼き殺されるわ。迅堂さんがトラウマになって、その後は学校にも来ない引きこもりになり、自殺。時を同じくして松瀬さんも自殺するわ」
トラウマか。まぁ、そうなるよな。
脳裏をよぎる迅堂の焼死現場をため息とともに追いやった時、ふと違和感に気付く。
迅堂が引きこもる?
俺の死は確かにショックだと思うが、迅堂がバイトもせず学校にも行かないなんて選択をするのか?
何もできない、させてもらえないマスコットキャラが嫌でバイト漬けになったあいつが?
状況を考えれば無理もない。自惚れかもしれないが、俺の死が迅堂に悪影響を与えるのは十分に想像がつく。
だが、どうにもイメージに合わない。俺の勝手なイメージの押し付けかもしれない。
それでも、迅堂は俺が死んだくらいで何もしなくなるような、意志の弱い奴ではない。
意志が弱かったら、何度も過去に戻ってきたりはしないだろう。
俺が違和感と格闘している間に、笹篠は話を続ける。
「キャンプ場の利用客がこんなに早く亡くなって、白杉たちが帰宅の準備を始める世界線は初めてだから、来るべきか悩んだわ。でも、今回は白杉の勧めに従った」
「ありがとう。参考になったよ」
管理小屋でやり残した仕事はないかと見回しながら、情報を整理する。
笹篠から得られた新しい情報は、レンタルビデオ屋の店長が殺される可能性があること。その後の世界線では俺が焼死、迅堂と海空姉さんが自殺の未来。
すでに得られている情報として、火の玉が二時から三時の間にキャンプ場近くを通ること。それを追いかければ死ぬこと。
十三日になった今日、陸奥さんが日中に火の玉によるものと思われる犯行で焼死すること。
火の玉は肝試しの夜から活動していることなどだ。
「さっぱりわからん」
「未来人の私が分からないのに、白杉が断片的な情報だけで真相を突き止められるはずがないでしょ。安楽椅子探偵じゃないんだから」
俺も未来人ですぜ。
なんか見落としているんだ。多分、この時間軸では詰んでいるんじゃないかとすら思う。
根拠になるのは、迅堂が未来の俺から託されたという伝言と、『ラビット』に登録された謎のメッセージ。
どちらも状況を打破するキーワードのはずなのに、現在に至るまで使用するタイミングがなかった。
それでも過去に戻る踏ん切りがつかないのは、この世界線が今までの俺が発見できていなかった正解ルートかもしれないと思うからだ。今日を乗り切ればひとまず家に帰れるという、大詰め感も手伝っているとは思う。
笹篠が足を組み替える。
「まぁ、白杉が死ななければ迅堂さんが自殺する意味がないし、今日、中学の同級生が無事なら迅堂さんが気に病むこともないと思うのよね」
「自殺は防げるってことか」
「本当に自殺なら、だけどね」
それも不安だよな。
やれやれ、と肩を落とした時、ポケットのスマホが震えた。
スマホを取り出すと、迅堂からの着信が入っている。
旅館から戻るという連絡だろうか。
「どうした、迅堂?」
『――先輩、犯人が分かりました!』
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