第10話 参加のお誘い

 キャンプ場バイト二日目の朝を迎え、洗面所で並んで歯を磨く。


「先輩、寝起きいいですね……」

「迅堂は半分寝てるな」

「枕が変わったので寝つきが悪く……」


 意外と繊細だな。


「一時間すればギアチェンジできるので……」

「のんびりしておきなよ。朝食はフレンチトーストでいいか?」


 今から和食に切り替えるのはご飯が炊けるまでの時間がかかりすぎるので無理だけど。

 迅堂は無言でこくりと頷いた。

 さっさと朝食の準備をしていると、ギアが入り始めた迅堂が天気予報を眺め始める。


「先輩、十日か十一日に台風が来そうです」

「そうか。忙しくなるな」


 というか、十日は大学生グループがやってくる日だ。予約を入れた直後に台風発生とは、可哀そうに。

 台風が来るとテントが飛ばされたりするから固定出来ているかのチェックなども必要になる。風が強くなれば焚火からの火災もあり得るので、俺の死因にも直結するだろう。


 迅堂とフレンチトーストを齧りつつ、俺もニュースを見る。すでに台風が発生しかけていると気象予報士が説明していた。

 それほど勢力は強くないようだけど、警戒しておいた方がいいだろう。


「斎田さんにメールしておこうか。台風が来ると、周辺の人がカップ麺とか買いに来るし」

「本格的にコンビニ感覚ですよね、このキャンプ場」


 周囲のコンビニが遠いからね。

 朝食を終えて食器を洗っていると、管理小屋のカウンターベルが鳴らされた。

 迅堂がすぐに反応して、リビングを出ていく。

 カウンターの方から聞こえてくるのは若い女の子の声二つ。

 誰だろうと思っていると、ほどなくして戻ってきた迅堂が報告してくれた。


「吹奏楽部の子たちだったので、バンガローを貸しておきました」

「まだ午前八時なのに、熱心だな」


 強豪校だったりするんだろうか。

 今日はキャンプ場内に利用客がいないし、バンガローの中であれば周辺住民の迷惑になることもないだろう。

 キャンプ場の利用方法がこれでいいのか、という疑問はあるけれど、オーナーの斎田さん公認だから俺が何か言うのもおかしい。

 すぐに吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。


「俺たちもお仕事しますかね」

「宿泊者がいないのですることはほとんどないですけどねー」


 それはそうだけど、じっとしてるのも落ち着かないんだよ。

 迅堂と一緒に管理小屋を出ようとした時、近所のおばさんと目が合った。

 ジョギング中だったのか、ジャージ姿でわずかに汗をかいているおばさんは俺たちを見つけると進路を変更してこちらに走ってくる。


「いま、売り場は開いてるかしら? 飲み物を買いたいのよ」

「大丈夫ですよ。どうぞ、中へ」


 迅堂が売り場におばさんを通す。

 迅堂に任せておけば大丈夫だろうと、俺は管理小屋の裏手にある倉庫へ向かった。

 叫びまくる蝉の音を聞き流す。吹奏楽部の演奏と合わさって凄い騒ぎだ。

 倉庫の引き戸に手をかけて力を籠める。


「ちょっと立て付けが悪いな」


 ギシギシと不安になる音を響かせて、倉庫の扉が開く。

 埃っぽい空気が中から漂ってきた。こちらの掃除が今日の仕事になりそうだ。


「いろいろあるな」


 ガソリン発電機や灯油ストーブは分かるんだけど、なんだこの垂れ幕。映写機まである。映画上映でもするのかな。

 でかい水槽にビニールプール、消費期限切れの虫用の餌。

 雑多なものがごろごろしている倉庫から、虫干しが必要なものを出したり、ゴミの類をまとめておく。


「先輩、手伝いに来ましたよ」

「ありがとう。でも、そこで見ててくれ。埃まみれになったら接客ができないからな」


 さっきのおばさんを始め、売り場の利用客は多い。食品も扱うので埃まみれの状態で応対するわけにはいかないのだ。


「というわけで、迅堂には綺麗なままでいてほしい」

「いつでも可愛い迅堂春ですが何か?」

「そんな話はしていない」


 倉庫の掃除を続けていると、お昼ごろにキャンプ場へ見覚えのある車が入ってきた。

 迅堂が車を振り返って口を開く。


「斎田さんが帰って来ましたよ」

「みたいだな。迅堂は迎えに行って昨日今日の報告を頼む。陸奥さんだっけ? 吹奏楽部の子も挨拶に来るはずだから、迅堂がいた方が陸奥さんも緊張しないで済むだろ」

「了解です」


 駆けだしていく迅堂を見送って、俺は倉庫の中を掃き掃除する。


「……あとは空気の入れ替えだけでいいか」


 この倉庫掃除でいよいよ仕事がなくなってきたな。

 そろそろお客さんもやってくる時期だから、完全に暇にはならないと思うんだけど。

 俺は埃まみれの服を着替えるべく管理小屋に向かう。

 すると、管理小屋の前で斎田さんと迅堂がバーベキューセットを持ち出していた。


「先輩、斎田さんが良いお肉を買ってきてくれましたよ! BBQしましょ!」

「巴君、おつかれさま。着替えておいで。何なら、シャワーを浴びてもいいよ。まだ準備が終わってないからね」


 テンション高い迅堂に苦笑しつつ、斎田さんは炭と着火剤を持ち上げる。


「ごちそうになります。ちょっとシャワー浴びてきますね」


 せっかくのお肉なのに、喉まで埃っぽいので。

 着替えを用意して脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びて戻ってみると、迅堂が道端に小石を積んでいた。

 タオルで髪を押さえつつ、迅堂に声をかける。


「何してんの?」

「お、湯上り先輩。いい感じですね!」

「昨日の夜も見たろ。それで、何してんの?」

「そんなに気になります?」


 迅堂がちょいちょいと下を指さす。覗き込んでみると、アリが行列を作っていた。


「働き者の彼女たちの旅路が楽しいものになるように、観光名所を建設中です」

「見向きもされてなくね?」


 迅堂が小石を積み上げて作った円塔はアリたちの興味を引けずにぽつんと建っている。

 迅堂が不敵な笑みを浮かべた。


「この円塔の中が空洞なのには理由があるんですよ。我に秘策アリです」

「蟻と掛けてんの?」

「いえ、偶然です。塔の中にこれをポイッと」


 迅堂が放り込んだのは虫用の餌だ。俺が倉庫の掃除中に不要と判断してまとめたものを拝借してきたらしい。

 使用期限が切れているからか、それともまだ気づいていないだけなのか、アリたちはまるで興味を示さずに相変わらず行進を続けていた。

 実験としてはいつ気付くか興味があるので、俺は迅堂の横にしゃがみ込む。

 迅堂が仰け反った。


「うわっ、先輩、良い匂い!」

「シャンプーの匂いだろ。安物だぞ」

「先輩が良い匂い!」

「それはねぇわ。というか、いまの迅堂の動きで塔が崩れたぞ」

「あっ……。ふっ、廃墟もまた、味があっていいじゃないですか」

「餌も中に埋まってるしな」

「美味い!」

「上手いな」


 馬鹿なことを言っていると、斎田さんが顔を出す。


「ご両人、準備ができたからおいで。肉を焼くよ」


 塔は廃墟のまま、アリの行進に背を向けて俺と迅堂はバーベキューをするべく斎田さんの下へと歩き出す。


「貴唯ちゃんは部活ですか?」

「あぁ、部活だよ。だから、今夜はキャンプ場にいられるね」

「となると、俺はバンガローの方を利用しましょうかね」


 管理小屋は部屋が二つしかない。斎田さんを含めて三人となると、誰かがバンガローに行くことになる。


「私も先輩とバンガロー泊まりします!」

「おやおや、巴君、愛されてるねぇ」

「俺は高級なお肉の方が好きです」


 バーベキューグリルに野菜が乗っている。すでに程よく焼かれていた。肉はこれから焼くのだろう。

 斎田さんが菜箸で肉をつまみ、焼き始めながら思い出したように吹奏楽部が練習しているバンガローを振り返る。


「そうだ。さっき吹奏楽部の顧問が来てね。今夜、肝試しをするから参加しないかと言われたよ。懐中電灯なんかの備品を貸し出すから、回収役ってことで参加しないかい?」

「肝試しですか。何時くらいです?」

「草木も眠る丑三つ時さ。いまどき、本格的だよね」


 午前二時かよ。もう明日だな。


「ということらしいけど、迅堂はどうする?」

「先輩が参加するなら、ご一緒しますよ」

「結局、備品の回収は必要でしょうから参加します。ちょっとコースの確認をしてきてもいいですか?」


 バイト中ではあるけど、もう仕事の大半が終わってしまっている。午後は完全に暇だ。

 斎田さんも分かっているのか、二つ返事で頷いた。


「行っておいで。せっかく山に来たのにバイトばかりもつまらないだろうからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る