第8話 マスコットキャラ
荷物の整理を終えて、管理小屋の裏手で薪割りを始める。
小さな丸太と一緒に保管されていた斧を手に取る。飾り気のない和斧であまり重さを感じない。
間伐材を切り出した物らしい細めの丸太を台において、斧の先端を食い込ませてから軽く持ち上げてトントンと台に打ち付ければ、気持ちいいくらい簡単に丸太が割れた。
「うーん、リズム感が足りませんねぇ。四十点!」
「迅堂、早いな」
独自の評価基準で点数を付けながら現れた迅堂を見る。
「旧交を温めなくていいのかよ?」
真っ二つにした薪をさらに割って四等分にしながら問いかける。
迅堂は安全な距離を見極めて適当な岩に腰を下ろし、脚をぶらつかせた。
「いえ、陸奥さんからしてみれば、中学卒業以来の再会ですけど、こっち視点だとそうでもないんですよね。向こうの近況はある程度知っているので、違和感を持たれる前に退散してきました」
そっか、未来人だもんな。
「未来人暴露はしなかったのか?」
チェシャ猫をまるで警戒していない迅堂のことだから、考えなしにカミングアウトしそうなものだけど。
迅堂は首を横に振った。
「未来人ですって名乗っても普通は信じませんよ。向こうの近況を言い当てても、共通の友人から又聞きしたんだろうって思われるだけです」
「そこは現実的に見てるのな」
「まぁ、そもそもあまり仲が良かったわけでもないですからね。中学卒業と同時にやり取りしなくなったくらいには、疎遠なんですよ」
冷たい言い方に聞こえるものの、俺も中学時代の友人とは数人としか連絡を取っていない。学校でだけの付き合いは男女関係なくあるものだ。
「迅堂の場合、バイトばかりで友達と遊ぶ時間も取りにくそうだもんな」
「それ、先輩が言います?」
「言っちゃうんだな、これが」
おどけてみせると、迅堂は苦笑した。
割った薪を横に退けていると、迅堂が針金を持ってきて代わりにまとめてくれた。
俺は斧を横に置いて、迅堂に声をかける。
「春姫様にそのようなことをさせるわけには……」
一瞬キョトンとした顔で俺を見上げた迅堂は手を止めずに乗ってくる。
「よいのです。家臣にだけ苦労を背負わせるなど、上に立つ者の行いではありません」
「おぉ。流石はおままごと界のアドリブ女王。違和感なく乗ってきたな」
「当然ですよ。最初は何言ってんだこの人、と思いましたけど」
俺は斧を手に取り、薪割りを再開しながら気になっていた質問を投げる。
「何で姫扱いされてたんだ?」
「あぁ、この流れでそれ聞くのは地雷です」
「え? 地雷なの?」
しかも踏み抜いたっぽい。
迅堂はひとまとめにした薪束を横に置いて、岩に座りなおした。
「まぁ、単なるジョークの類ですし、先輩がそういう人間ではないと理解しているので大丈夫なんですけどね」
「怖い前置きだなぁ」
迅堂はバンガローの方から聞こえてくるクラリネットの音色に目を細めた。
「ほら、私って可愛いじゃないですか?」
自分で言うのかよ、とツッコミを入れかけたが、迅堂の声色に自嘲の色を感じ、無言で先を促す。
迅堂は脚をぶらつかせつつ、続けた。
「可愛い女子っていくつかの種類があるんですけど、私の場合はマスコットキャラだったんですよ」
「マスコット?」
「言い換えればペットですね。男女どちらからもウケが良い。それは誰とも恋人関係には発展しない安心感の裏返しで、動物的な可愛さです。庇護されるのが当然の保護動物みたいなものです」
「なんとなくわかってきた」
いるだけでその場に和をもたらす存在。目の前にするだけで毒気を抜かれる可愛さ。
あるいは、和を作ることを強制するクラス内の安全装置。
迅堂はぶらつかせていた足の踵で岩を軽く蹴る。今気づいたが、俺が薪を割るタイミングに合わせて蹴っていた。
「別に、クラスのみんなも悪気はないんですよ。それは理解してるんです」
「でも、迅堂はマスコット扱いが不満だった?」
「そうですね。一番不満だったのはちょっと違うところです。それこそが姫扱いなんですよ」
珍しく不機嫌そうに顔をしかめて、迅堂は続ける。
「例えば日直の仕事とかを肩代わりされちゃうんですよ」
「……猫かわいがりか」
「まさにそれです」
軍手をはめた手でビシッと俺を指さして、迅堂は肯定した。
「マスコットには何もできない。何もさせない。手のかかる無力な存在でなくてはならない。だから、仕事はさせないし肩代わりすることで自分の優しさを周囲にアピールする絶好の機会になる。だから、春姫なんて呼ばれて甘やかされるんですが――それがうざったくて仕方がなかったんです」
盛大なため息をついて、迅堂は俺を見る。
「贅沢な悩みだと思います?」
「全然。自立の妨げにしかならない有難迷惑によく耐えたな、とは思う」
「そうでしょ!? 褒めてくださいよ!」
「偉い、偉い」
迅堂が言う通り、他人によっては贅沢な悩みだと取られるのだろう。
しかし、迅堂の話を聞く限り、彼女の中学時代は人として扱われていないのだ。周囲の思惑はどうであれ、迅堂本人は不満で仕方がなかったのだろう。
迅堂は俺が割った薪をひとまとめにして針金で括る。
「だから、高校に入ってすぐにバイトを始めたんです」
「仕事をさせてもらえる環境に身を置いたのか。周囲の認識を変えるより手っ取り早いな」
薪割りを終えて斧を保管場所に収めて、俺は迅堂がまとめてくれた薪束を数個まとめて持ち上げる。
迅堂がまとめたばかりの薪束を二つ持って俺に続いた。
「お察しの通り、バイトを始めたのは仕事をさせてもらえるからです。同じバイトの人に仕事を肩代わりされそうになっても、バイト代分は働かないといけないので、と断れるのも大きいですね」
「迅堂のそれも高校デビューかな?」
「高校デビューの成功例ですよ」
得意そうに胸を張る迅堂に俺も同意する。
「目的を達成してるんだから、間違いなく成功例だな」
倉庫に薪を収めて、鍵をかける。
管理小屋に戻ろうと歩き出すと、迅堂が横に並んだ。
「そんなわけで、先輩とバイトするのって楽しいんですよ」
「え、なんで?」
バイト仲間は誰でもいいのでは?
「先輩は効率重視で動きます。人の作業を肩代わりする時ですら好感度を稼ごうとかの打算がありません。あるのはただ、肩代わりした方が早いからって理由です」
「……いや、そんなロボットみたいな考え方はしてないって」
「でも心当たりがありますよね?」
ないこともない。
迅堂はくすくすと小さく笑う。
「だから先輩と仕事するのって楽しいんですよ。先輩が私に任せてくれるってことは、実力を認めてくれているからです。張り合いがあるんですよねー」
「迅堂が働き者なのは知ってるよ」
今は無き喫茶店のバイトでも助けられたし、このキャンプ場でもそうだ。
迅堂は照れたように赤い顔で視線を逸らすと、数歩先までスキップした。
「コーヒーでも淹れてきます。働き者なので!」
「じゃあ、俺はお茶請けでも出そうかな」
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