第3話 死因の一つ
「よく来てくれたね! アイスがあるんだ。ささ、中にどうぞ」
キャンプ場オーナーの斎田さんが管理小屋の戸を開けて俺たちを出迎えるなり、早速中へと手招く。
管理小屋の中は意外と広々としていた。
入ってすぐ左に受付カウンターがあり、右にはキャンプ道具やスナック、飲み物などの販売所がある。ちょっとコンビニっぽいけれど、壁面は木材でキャンプ場の雰囲気を壊さないようになっている。商品棚も木製だ。
左手の受付カウンターの向こうには扉があり、その奥は生活スペースになっているという。
「リビングと部屋が二つ、トイレもあるけど関係者以外は使えないからその点は注意してね。宿泊名簿なんかもあるから部外者の立ち入りは禁止だ。そこだけは厳重に管理してほしい。備品は好きに使っていいから。はい、アイス」
マシンガントークで注意事項を飛ばしながらチョコモナカアイスを渡してきた斎田さんは木製の椅子に座るとスマホを取り出してメールを打ち始めた。
「よし、お嬢様にも無事に到着した旨の連絡を入れておいたよ」
「それ、本来は俺の両親にするべきでは?」
「……言われてみれば、そうだね。巴君に関してはお嬢様の方が保護者っぽいところがあるから、つい」
完全に無意識だったのかよ。
隣で迅堂も両親に連絡を入れていた。高校生の女の子を泊りがけのバイトに送り出す両親というのもちょっと想像つかないが、娘を信用してるんだろう。
斎田さんはこまごまとしたことを説明した後、マニュアルだと言って冊子を渡してくる。新品そのもののそのマニュアルの中身は覚えたてのパソコンで作ったらしくチープな飾り文字が踊りまくっていて非常に読みにくかった。
「巴君、これを見てくれ。このキャンプ場が紹介された雑誌でね。もう十二年前のモノなんだけど――」
斎田さんの自慢話を聞き流しつつ、マニュアルを頭に入れる。読みにくいものの、書かれている内容は簡潔でまとまりがよく、慣れてしまえば覚えるのに時間はかからない。後は実際にキャンプ場の中をみて把握した方がいいかな。
「休憩は終わりにして、そろそろキャンプ場の掃除を始めましょうよ。日が暮れちゃいますし」
アイスを食べ終えた迅堂が率先して立ち上がり、慣れた様子で管理小屋の外に向かう。
実際に慣れてるんだろうな。
斎田さんも壁掛け時計を見上げて慌てたように立ち上がった。
「そうだね。野焼きは夜にやるとまずいから。片付けておこうか。巴君も来てくれ」
「分かりました」
斎田さんの後についていくと、すでに迅堂が箒を持ってきていた。
斎田さんが目を丸くする。
「宮納さんから聞いていたけど、働き者だね……。巴君、逃がしちゃだめだよ。頑張れ!」
「頑張って掃除しまーす」
だんだん受け流すのにも慣れてしまったな。
「はい、先輩の分の箒です。ちゃっちゃといきますよー!」
斎田さんの指示を待つまでもなく、迅堂はキャンプ場内に落ちている枯葉を集めるべく動き出す。
熊手を持った斎田さんが感心するほど、迅堂の働きぶりは堂に入ったものだった。
負けてはいられないので、俺もてきぱき動く。
「お、蛇だ」
排水用にキャンプ場の周辺をぐるりと囲む溝の枯葉を除いていると、慌てたように逃げ出す蛇が目に留まった。
種類は分からないけど、意外と大きい。八十センチくらいあるんじゃないだろうか。
ふと、迅堂は爬虫類系が大丈夫なのだろうかと心配になり、姿を探す。
迅堂は洗練された無駄のない動きで枯葉の除去を終え、空を見上げていた。
雨でも降るのかと俺も空を見上げてみるが、雲一つない。
山の天気は変わりやすいともいうから油断はできないな。さっさと仕事を進めよう。
溝の三分の二ほどを掃き終えたところで、斎田さんが声をかけてきた。
「巴君、すまないけど、後を任せていいだろうか?」
「後は捨て場に枯葉を放り込んで焼くだけですよね。大丈夫ですよ。どうかしたんですか?」
「うちの隠居が姿をくらましてね」
困ったように苦笑して、斎田さんは肩をすくめる。
俺も苦笑を返した。
膝を悪くしている斎田の御隠居は根っからのアウトドア派で、このキャンプ場も元々はご隠居がオーナーだ。
「またですか。あの人も大概落ち着きがないですよね」
「ボケてないから余計に質が悪いんだ。多分、釣りに出かけたんだとは思うが……」
「……もしかするとうちの親父が誘ったのかもしれないです」
「白杉さんも大概だから。お互い、苦労するね。娘の迎えもあるから、今日は帰ってこれない。予約なしの客が来たら対応を頼むよ」
「了解です」
俺は迅堂を呼ぶ。
「迅堂、オーナーが出かけるから後をよろしくってさ」
「お任せです!」
仕事を請け負って敬礼をする迅堂に、斎田さんは朗らかに笑いながら後を任せてキャンプ場に停めてある車へ向かった。
なんか、斎田さん、今日一日で迅堂への信頼度が爆上がりしてない?
「仕事ができる女、迅堂春ですから!」
「心を読むな」
というか、いつの間にこんな近くに来てたんだよ。
迅堂はニヤニヤ笑う。
「口に出してましたよ、未来で」
「まったく、未来の俺は口が軽いな」
二人で溝の掃除を再開する。迅堂に割り当てられた区画はすでに終えたらしく、残すところはこの溝掃除だけだ。
「これで早くも二人っきりですね。先輩、今夜はお楽しみですよ」
「そうだな、夕飯どうする?」
「この流れで凄く華麗に受け流しましたね。一学期の間にずいぶんと上達してませんか?」
お前と笹篠が未来人トークを始めようとするたびに妨害してきたせいで会話誘導の経験値が溜まりまくっているからだよ。
溝の掃除も終わり、枯葉を一か所に集めて掃き残しがないかキャンプ場を見回っていると、頭上からカラスの鳴き声がした。
さっきの蛇でも捕まえて食べたりするんだろうか、と頭上を見上げた瞬間。
「――どっか行け!」
迅堂がカラスに向かって箒を思いきり投げつけた。
当然、驚いたカラスが木の枝から飛び立ち、どこかへ逃げていく。
いきなりの暴挙に唖然とした俺だったが、すぐに我に返った。
「いきなり何してんだよ!?」
「放火魔を追い払ったんです。これですよ、これ」
悪びれた様子がないどころか、ミッションコンプリートとでも言いたそうな顔で、迅堂は落ちてきた箒を難なくキャッチすると同時に転がってきたガラスを指さした。
透明なガラスのレンズだ。フレームが欠けているが、どうやら手のひら大の虫眼鏡らしい。
迅堂は虫メガネを拾い上げて、枯葉の山を指さす。
「カラスがこの虫メガネを枯葉の山に捨てるんです。そこに西日が差し込んで、着火、風に煽られた枯葉で管理小屋に延焼します。そして、中で夕飯の支度をしていた先輩ごと燃え尽きるんですよ」
「……これが焼死の原因か」
一学期の時は全部犯人がいたから、人の意志が介在しない死因は想像していなかった。もっと視野を広く持たないとな。
「バタフライエフェクトを警戒していたのはこれが理由か」
「人が原因なら明確な目的意識がありますけど、カラスが原因ですからね。どんな要因でキャンプ場に来るのか分からないですし、到着時間が大きくズレても困ります。なので、秘密にしておきました」
迅堂は虫メガネはポケットに入れて、枯葉の山を見る。
「これで心置きなく燃やせますね。量があるので、小分けしながらになりますけど」
「先に水の準備だな。風が強まるならなおさら、延焼の可能性を潰しておきたい」
枯葉の山へと歩き出す。
カラスが原因と知っているのなら、迅堂は今日よりも後の未来からやってきたことになる。
俺、この夏に何回、焼死の運命を乗り越える必要があるんだろうか。
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