第4話 未来からの伝言
管理小屋横の窪地で枯葉を燃やし、日が暮れかけたころに作業を中断する。
残りは明日に回そうと、俺と迅堂は枯葉の上にブルーシートを掛けて管理小屋に入った。
留守電は入っていない。新たな予約などはなさそうだ。
カウンター奥の扉を開けてリビングに入る。
「意外と広々してるな」
少しくたびれたソファが一つ、薄型テレビやゲーム機がある。多分、斎田の娘さんが持ち込んだものだろう。
リビングの端にはキッチンもあった。電気コンロが三台あるほか、電子レンジなども置いてある。冷蔵庫には中身は自由に使っていいとの張り紙があった。
「先輩の手料理万歳!」
「俺が作るのは決定なわけね」
「共同作業にします?」
「キッチンが狭いからいいや。俺一人で作るよ」
「それじゃ、部屋の掃除でもしてますね」
本当に働き者だな。
冷蔵庫の中身を調べて酢豚にしようと決め、材料を取り出していく。
調理に取り掛かっていると、迅堂が顔を出した。
「酢豚はパイナップル抜きですよね?」
「入れたいなら入れるよ? 缶詰があるのは確認済み」
「入れないでください」
「分かった」
俺もあまり入れたくはない派だ。
野菜を切り、迅堂を振り返る。
「掃除は終わったのか?」
「えぇ、ばっちりで――」
言葉の途中で迅堂は口を閉ざし、スマホを取り出して何かを見た後、俺に視線を戻した。
「先輩、話があります」
「……未来から戻ったか?」
「はい」
頷いた迅堂は冷静そのものに見えた。
何度も繰り返しているからか、それとも気持ちの整理をつけてから過去に戻ってきたのかは分からないけど。
迅堂は姿勢を正して俺をまっすぐに見つめる。黒い澄んだ瞳には使命感のようなものが見え隠れしていた。
「未来の先輩から、いまの先輩への伝言です」
「未来の俺から?」
いや、どういうことだよ。
死にかけているとしても意識があるのなら過去に戻ってくればいいはずだ。
……そうか。迅堂がその場にいたから、過去に戻れなかったのか。
迅堂の前で『ラビット』を使えば、俺が未来人バレしてしまって、チェシャ猫が発動、迅堂の記憶や人格が吹き飛んでしまう。
苦肉の策で、迅堂をメッセンジャーにしたってわけだ。
「未来の俺はなんて?」
「はい。意図はよくわからないんですけど、『家を狩られた時、投げるなら西だ』とだけ伝えるように言われました」
もっとストレートに情報を寄越せよ、未来の俺!
死に際でテンパっていたのか。直接的なことを言うと迅堂に未来人バレする危険性でもあったのか。
何かの暗号なのか。さっぱり分からない。西に何を投げるんだよ。
西ねぇ。
なんとなく、西を向く。
このリビングには西と北に窓がある。どちらも小さな窓で小柄な迅堂なら通り抜けられても俺では無理といった大きさだ。しかも、外には格子が付いている。
東側には廊下に出る扉がある。廊下にはトイレ、風呂場、物置が面しており、廊下に出てすぐ左、北側の扉から管理小屋のカウンターに出られる。
南側には扉が二つ。どちらも個室で俺と迅堂がそれぞれ使う部屋だ。
というか、家ってどこのことだよ。ここは小屋だ。実家が狙われるのか?
駄目だ、情報が足らない。
「迅堂、他にヒントはないか?」
「ないですね」
迅堂はきっぱりとそう言って首を横に振る。
本当にヒントがないのか。それともバタフライエフェクトを恐れて口に出せないのか。いずれにしても迅堂から新たにヒントはもらえない。
多分、いまは考えるだけ無駄だな。
まだキャンプ場に来て一日目だけあって情報が足りなすぎる。
伝言はスマホのメモ帳にでも書きこんで後々読み返すことにしよう。
酢豚を作り終え、もう一品サラダでもと野菜を物色していると迅堂がテレビをつけた。
「先輩! カラオケ機能がありますよ! 今日は誰もキャンプ場にいませんし、歌いましょうよ!」
「迅堂って切り替え早いよな」
「先輩に言われると反応に困るんですけど。先輩こそ、もう伝言のことを考えてないですよね?」
「まぁな。もうすぐ夕飯だから、カラオケは後にしなさい」
「はーい」
素直ないい子。
というわけで、さっくりとサラダも作って夕食タイムである。
料理をリビングのテーブルに持っていき、ソファに並んで座る。
正面にあるテレビでチャンネルを切り替え、互いに目配せして動物番組に落ち着いた。
「猫いいですよねー」
テレビ画面に映るマヌルネコを見て目を輝かせる迅堂に同意する。
「猫はいいぞ。我が家のソノさんも可愛いし」
「そういえば、猫を飼ってるんでしたね。写真とかないんですか?」
「ないな。スマホを向けると逃げるんだ。カメラなら撮れるんだけど、デジカメだと逃げる」
フィルム写真には写ってくれるのに他だとすぐに逃げ出すのだ。
迅堂が怪訝な顔をする。
「えっと、電磁波か何かを察知してるんですか?」
「さぁな。でも、そんな気まぐれさもいいところだよ」
「猫に懐柔されていますね」
人間は猫の下に平等な奴隷である。
「というか、迅堂は未来でソノさんを見たりはしてないんだな」
「話には聞いてますけど実際に姿を見たことはないですね。先輩の家にお邪魔したのも数回だけなので、機会もなかなか」
ソノさんは来客時には必ず姿を消すからな。
食事を終えて洗い物を始める頃には外は風が強まってきていた。
西日に輝く曇りガラスの窓をなんとなく見て、俺は洗い物を食器乾燥機に入れて迅堂に声をかける。
「ちょっとブルーシートの様子を見てこよう。飛ばされないか心配だ」
「ですね。お供しますよ」
迅堂も心配だったのだろう、二つ返事で応えて一緒にリビングを出る。
トイレなどの扉が並ぶ廊下から左の扉を開ける。押し開きのその扉を出るとすぐに受付カウンターだ。
「ついでに売り場の窓も鍵を閉めておこうか」
「私がやりますよ」
ぱたぱたと足音を立てながら迅堂が売り場の窓を閉めていく。俺はカウンターの中にある鍵付きの引き戸を開いた。中からキャンプ場内のバンガローの鍵を取り出す。
このキャンプ場には三か所にバンガローがあり、客が宿泊できるようになっている。ただ、定期的に確認しておかないと蛇やネズミが入ることがあるため今日のように風の強い日には内部を確認しなくてはいけない。
強い風から避難するのは人間だけではないのだ。
「窓は全部閉めました。いきましょう」
「オッケー」
迅堂と共に管理小屋を出る。枯葉に被せたブルーシートは風に煽られていたものの、飛ばされてはいない。
「うーん、重しを増やすか」
「手ごろな石はもうないですよ?」
「薪束があるだろ。ちょっとここで見ててくれ」
俺は迅堂に監視を任せ、管理小屋の裏手に回る。販売用の薪が金属製の収納庫に入っていた。針金で括られている薪を二つ取って、迅堂の元に戻る。
「この辺でいいか。雨は降らないと思うし」
「確か、夜のうちに降ることはなかったはずです。朝露が付きますけど」
「それくらいならすぐに乾くから問題ない」
ブルーシートの重し代わりに薪を置いて、バンガローを見回りに行く。
陽が傾いて少しずつ暗くなっていくキャンプ場で、俺は懐中電灯を片手にバンガローを見て回る。蛇やネズミはいないが、軒先にぶら下がっていた蝙蝠が俺たちの接近に気付いて逃げて行った。フンは落ちてないようだ。
「お、ひぐらしが鳴いてる」
「夏の夕暮れらしいですね」
陽が落ちて涼しくなってきたからか、活発に鳴きだしたひぐらしの音に耳を澄ませてバンガローの確認を終える。
泊りがけのバイトはきついかもと思っていたけれど、山の上だけあって涼しいし管理小屋は設備も整っていてあまり不便に感じない。
「明日には帰るけど、割のいいバイトかもしれないな」
「命の危険がなければ、ですけどね」
その言葉に、俺は迅堂ともども苦笑した。
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